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顔をあげれば古民家カフェ三日月 3

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 三日月のオープンと共に夏がやって来た。
 店内は涼しい物の外はうだるような暑さに兄貴は早朝の山の手入れをし終えた後園芸部を連れてやってくるようになった。
 ほんのわずか十分の手入れ。
 そんなにもどこに手入れする物があるのかと思うもこの時期虫が卵を産んで木が弱るからとチェックに来てくれているらしい。そして園芸部にも庭の手入れのノウハウを教えていた。

「畑と職場の往復ばかりだったから楽しいわよ?」
「そうっすよ。山の木とか畑の木とか大物ばかりだからこう言った可愛い奴らと遊べるのはほんと贅沢っすね」

 残念ながら俺には木に対して可愛い奴らとか遊べるって意味が理解できなかった。
 だけど二人はキャッキャ言いながら木が大きくならないように落とす枝の見分け方や次に花を咲かすための剪定の仕方をキャッキャ言いながらも真剣に話している。
 兄貴の知識の凄さも凄いけど、キャッキャ言いながら真面目に仕事をしているのもまたすごい。お互い好きな事をしているから楽しいんだろうなと言う事は理解できたが、そのテンションで沢山の情報を伝達するのもまたすごいんだろうと思うけど素直にすごいとは思えないのはキャッキャしすぎだからだろうか。
 このテンションにはノれないのでそっとお水とおしぼりを差し出すだけだった。
 
 オープンしてのあの初日の賑やかさは少しなりを潜めた物の長沢さんの作品の展示会から長沢さんの奥様の展示会に変ったらまた凄い人が集まった。
 動画で紙をすいて傘を作ったり扇子を作ったり発表していた時があった。勿論骨組みは長沢さんの作業だが、紙をすいて綺麗に張り付け、そして漆を塗ったりと工芸品をどんどん仕上げていた。
「もう長い事作って無かったけど何とかなる物ね」
 展示中の間ずっと蔵の入った所で椅子に座って案内をしていたが、さすがの人の多さに蔵の二階で休んで貰ったりしていた。
 蔵の二階は休憩所として使う事にした。長椅子を作ってもらって横にもなれるように、そして軽食が取れる様に机も用意したのだが、婆ちゃんが来た時当然知り合いなので家の住居側の二階へと上がってもらってずいぶん長い事お喋りに花を咲かせていた。
 
 そして小山さんや飯田さんも帰り宮下の手伝い期間も終わった頃に夏休みが始まった。
 緊急のお手伝いとして伯父さんところの姪っ子の理沙が手伝いに来てくれた。
 ちなみにリアルJK。
 夏休みの間手伝ってくれる事になっている。勿論二階に住みこんでいる。
 伯父さん一家と親父はかなり年が離れているけど同じ男兄弟同士で仲がいいのもあり、俺は従兄弟にも小さい頃からたくさん遊んでもらった位仲も良い。かなり早く結婚して出来た姪っ子にも昔してもらったようにこっちに来た時は遊んでやったりアイスを買ってあげたりとそれなりに仲良くしていたので気安さはある。
 もちろん女の子と言う事も気になったがそこは従兄弟夫妻の教育が良かったのかはきはきとした言動で逞しく乗り切ってくれた。
 10時オープン19時閉店と言うやる気のない時間帯のように思えるかもしれないが、休憩時間1時間入れた8時間労働。お休みも週に2日は入れて、その代打は実桜さんにお願いしてある。実桜さん有能過ぎる。
 この時から俺は実桜さんを兄貴と呼ぶ事を止めた。
 それなりにしっくりと来ていると思ったのだが、凛ちゃんの教育の為にと言う理由ならばごもっともですと頭を下げるしかない懸案。

「夜月のこう言う所が社会人時代に他の社員さん達に距離取られてた原因じゃね?」

 声がでかいだけじゃなくと宮下にずばりと言われた事で俺は盛大に顔をしかめた。
 俺は少しでも馴染めるようにとしたつもりが、ただのDQN行為だった事を今更ながら知った。
 高校の友人達とは気の知れた幼い頃からの友人や、同レベルの友人。圧倒的クラスのヒエラルキーが確立していたからこそ仲良くなれたが、社会に出て格上との付き合いをするなら、しかもそれが新人と言う立場ならこそ敬うと言う事を忘れてはいけなかった。
 新人だから親切に、そして気を使っていてくれたのを仲良しの友人のように思ってた俺が一番の原因。
 魔王の忠告は高校時代からこうなる未来が判り切っていた既にヤバい状況だったのだろう。
 それに考えてみれば高校の時の友人はみんな既に転職を済ませていた。
 フリーターなり、自宅警備だったり。勿論小さな会社で細々働いていたり、転職を繰り返していたり。それなりにみんな頑張っているなと思うもよくよく考えたら全然頑張っているように思えなくなっていた。

 その点ここの人達は人を気遣ったりと言う事もせず、厳しい言葉をぼんぼん投げつけてきた。

 寧ろもう少し気遣ってくださいとお願いしなくてはいけないくらい泣きそうになった事もあったし、遠く離れた海外に居るのに魔王の的確な指示に誰もが俺の意見何て聞かない始末。
 だけどおかげでこんないい店が出来たし、何より魔王のおかげで沢山の俺を叱ってくれる人と出会えた。
 この年で俺の性格を矯正してくれる人達とも出会えた。
 山口さんとの腹を壊すほどの1日コーヒー修行が一番きつかった。
 家の整理と言ったお手伝いよりもきつかった。
 一口飲んではダメ出しの10時間。
 ほんと俺はダメな子でしたと理解して何とかものになった所で飯田さんの止め。
 これが一番きつかった。
 出来ると思ってたのは総て錯覚だ。一体今日は何を学んできたか。
 あれだけ苦労したのに無意味に終わったのだと思い込みながらももう後には引けない状況に運び込まれた一番苦しい時間。更にワッフル事件もあったし、店のメニューやそう言った随所に飯田さんは影を深く落として行った。
 もう会った時は反射的に背筋を伸ばすくらいトラウマもの。でも全部大切な事なので逃げ出す事も出来ない。
 それ以上に何よりも衛生を気を付けるので、未だに店のキッチンはカビの影も何もない。
 水回りは毎日漂白をして最後に布巾で拭かされ、その湿った布巾で床を磨く。毎日の事なので布巾さえ汚れない清潔ぶり。実家のお袋にもぜひ学ばせたい。
 棚も毎日乾拭きをしたり、空いた時間は綺麗に洗っても残るコーヒーのシミが浮かぶカップを磨く。
 一番忙しい時でも週一でチェックしに来る飯田さんの検査は厳しく、このルーティンが俺に程よい緊張を与え続けてくれていた。
 因みに姪っ子も当然飯田さんに餌付けされていた。
 基本山奥の魔王の牙城の世話をしているらしいが、沢山料理を作ったからとおすそ分けに来てくれる。勿論それは篠田達がメインで、俺はおこぼれに預かっているのだが、そこは道を挟んだお向かいさん。高校生の夏休みを伯父の店で青春を潰すのを哀れに思ってか物凄く気遣ってくれていた。

 いや、しっかりバイト代稼いでいるぞ?
 ぜんぜん哀れじゃないし、充分青春を謳歌してるぞ?

 実桜さんとも仲良くなってお泊りに行って凛ちゃんと遊びまくったと言う顔は究極に癒されたと言う物。そしてなぜか篠田の家に集まる顔も知らぬ後輩達が姪っ子を遊びにつれて行ってくれたり、宿題の面倒も見てくれた。おかげで休み明けのテストは順位をかなり上げたと従兄弟夫妻からも感謝された。解せねー。
「とーかちゃん私ここにすみたいー!
 皆良い人だし、屋根裏部屋素敵だし!あそこ私の部屋ね。絶対私の部屋ね」
「何を言ってる。みんな夏休みだから顔を出してくれているだけで直ぐに仕事をしてる所に戻るんだぞ」
「でもさー……
 そうだ!私お料理勉強してくるから!
 沢山メニュー増やして一緒に盛り立てよう?」
「兄ちゃん達が泣きそうなことを言わないでくれ」
 俺なんかと違ってしっかりと出来る子なので
「こんな片田舎に引っ込むには早すぎるし、ここに居たら結婚も難しいぞ」
 言えば
「えー?結婚って意味ある? 
 私が目指すのは自立した人間だから結婚する必要ないしー」
 逞しいがまだわかってない。
「自立した人間が人に依存するんじゃない。
 自分で店を開くのが自立って言うんだろこの場合」
 今でこそオープン需要があるので人を雇う余裕があるが、夏休みが終わればこんな賑わいが無くなる事は目に見えている。そうなれば人を雇う余裕なんてなくなって散々魔王にお金を出してもらっている俺が自立を語るのも烏滸がましいが、経験からの忠告位は出来る。
「やりたい事を見つけるのが学生の仕事だ。その場のノリで決めたらだめだぞー」
「判ってるけどさー、やりたい事が分らないまま高校卒業しそうなのよー。
 何かやりたい事がいっぱいでどうすればいいと思う?」
「その相談は俺じゃなく親にしろ!」
「えー?」
 笑う理沙の明るさに久しぶりの一人暮らしの寂しさがまぎれ、明るいはきはきとした声は瞬く間に看板娘になっていた。



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