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17.贅沢
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あまり前の部署のことは参考にならないよ、と言ったのは楓に仕事を教えている同僚だ。
「総務はスケジュール管理が独特だから」
彼女の言葉通り、営業でしていたスケジュール管理は全く役に立たなかった。
まず前の日の勤務が終わる前に明日する業務をスケジュール管理システムに打ち込むのだ。
具体的に勤怠管理や人事面接の業務から、俗に雑務と言われるような郵便の仕分けや備品の整理などまで。
もちろん、同じ部全員のスケジュールは共有しているから、誰が翌朝どの業務をするか一目瞭然だ。
飛び込みで来る急ぎの仕事の対応や、急遽休みや早退、在宅勤務に切り替えたとしても上手く業務が回るように考えられた仕組み。
細かいところまで入力しないといけないから最初は煩わしかったけれど、フルタイム正社員が少ない総務ではそうしないと仕事が回らないとわかればその手間は惜しくなかった。
全社的に同じスケジュール管理システムを使っているのに部署によって活用レベルが全く違う。
営業にいた時は知らなかった機能も異動して二週間経つ頃には使いこなせるようになっていた。
そして、楓自身も業務を細かくスケジューリングすることでほとんど残業はなく、休日出勤に至ってはゼロになった。
それどころか。
「有給、ですか?」
「そっ。年間5日は消費しないといけないの、知っているわよね?」
「ええ」
「営業時は有給使用日が決まっていただろうけど、総務は使用日がないから、自分で有給使っていってね」
楓は戸惑った。有給なんか入社して数えるほどしか使ったことがないからだ。
顔に出ていたのだろう、課長は楓を安心させるように笑いかけた
「他の部から移ってきた人はみんなそんな反応してるわ。その内慣れるわ」
そして、課長は付け加えた。
「有給を自分の為に使えるのはある意味贅沢よ。ここで働いているのはお母さんが多いから、有給は子どものために使っている人ばかり。せっかくの有給だから、旅行行ったり自己啓発したり、
一日中家で寝てみたり。自分のために思う存分使えるのって独身の今しかないから」
「分かりました」
課長の言葉に楓は深くうなづいた。
自分のための贅沢。
営業のままならピンと来ていない言葉だが、今の楓には響く。
周りにいるのは忙しく働いている子育て世帯の女性たちが大半だからだ。
楓も実際に体験していないから想像するしかないが、周りの女性たちは常に家庭のことで忙しそうだ。
働く意欲はあるのに、子どもの熱や体調不良で出社出来ない。
朝定時ギリギリに駆け込むように出社して、保育園の迎えがあるからとバタバタと退勤する。
傍から見ている楓にも伝わるくらい時間に追われている。
家庭を持ち幸せそうな顔を知っている一方で、突発的なことがあると、自分の思い通りに進められない仕事。
楓が病気で入院していた時や営業から事務に移った時に抱えていたモヤモヤをここの部の女性は大なり小なり経験しているのだ。
それでも総務部は働きやすいよ。在宅勤務もできるし、何よりチームで仕事しているから急に休みになっても誰かフォローしてくれるから。
そして、誰かが穴埋めをした分、次は他の人をフォローする側に回るの。
彼女たちはそう言って明るく笑うのだ。
最初見たときは衝撃的だった。あまりにも前の部署とやり方が違うから。
だけど、持病で一度横道にそれた楓には、目からうろこだった。
こういう働き方もあるのだ、と。
そして、自分があまりにも盲目的だったことを。
がむしゃらに働けば結果がついてきた。そのために残業も休日出勤も厭わなかった。
休みの日でも電話が鳴るし、その環境が当たり前だと思っていた。
そんな働き方じゃないと成績が伸ばせないと思い込んでいた。
でもそれじゃあダメなのだ。
異動を告げられた時はわからなかったけれど。
楓は営業部の部長に感謝をする。
ここに異動させてくれてありがとうございます、と。
楓は初めて自分を労るために有給を申請したのだった。
「総務はスケジュール管理が独特だから」
彼女の言葉通り、営業でしていたスケジュール管理は全く役に立たなかった。
まず前の日の勤務が終わる前に明日する業務をスケジュール管理システムに打ち込むのだ。
具体的に勤怠管理や人事面接の業務から、俗に雑務と言われるような郵便の仕分けや備品の整理などまで。
もちろん、同じ部全員のスケジュールは共有しているから、誰が翌朝どの業務をするか一目瞭然だ。
飛び込みで来る急ぎの仕事の対応や、急遽休みや早退、在宅勤務に切り替えたとしても上手く業務が回るように考えられた仕組み。
細かいところまで入力しないといけないから最初は煩わしかったけれど、フルタイム正社員が少ない総務ではそうしないと仕事が回らないとわかればその手間は惜しくなかった。
全社的に同じスケジュール管理システムを使っているのに部署によって活用レベルが全く違う。
営業にいた時は知らなかった機能も異動して二週間経つ頃には使いこなせるようになっていた。
そして、楓自身も業務を細かくスケジューリングすることでほとんど残業はなく、休日出勤に至ってはゼロになった。
それどころか。
「有給、ですか?」
「そっ。年間5日は消費しないといけないの、知っているわよね?」
「ええ」
「営業時は有給使用日が決まっていただろうけど、総務は使用日がないから、自分で有給使っていってね」
楓は戸惑った。有給なんか入社して数えるほどしか使ったことがないからだ。
顔に出ていたのだろう、課長は楓を安心させるように笑いかけた
「他の部から移ってきた人はみんなそんな反応してるわ。その内慣れるわ」
そして、課長は付け加えた。
「有給を自分の為に使えるのはある意味贅沢よ。ここで働いているのはお母さんが多いから、有給は子どものために使っている人ばかり。せっかくの有給だから、旅行行ったり自己啓発したり、
一日中家で寝てみたり。自分のために思う存分使えるのって独身の今しかないから」
「分かりました」
課長の言葉に楓は深くうなづいた。
自分のための贅沢。
営業のままならピンと来ていない言葉だが、今の楓には響く。
周りにいるのは忙しく働いている子育て世帯の女性たちが大半だからだ。
楓も実際に体験していないから想像するしかないが、周りの女性たちは常に家庭のことで忙しそうだ。
働く意欲はあるのに、子どもの熱や体調不良で出社出来ない。
朝定時ギリギリに駆け込むように出社して、保育園の迎えがあるからとバタバタと退勤する。
傍から見ている楓にも伝わるくらい時間に追われている。
家庭を持ち幸せそうな顔を知っている一方で、突発的なことがあると、自分の思い通りに進められない仕事。
楓が病気で入院していた時や営業から事務に移った時に抱えていたモヤモヤをここの部の女性は大なり小なり経験しているのだ。
それでも総務部は働きやすいよ。在宅勤務もできるし、何よりチームで仕事しているから急に休みになっても誰かフォローしてくれるから。
そして、誰かが穴埋めをした分、次は他の人をフォローする側に回るの。
彼女たちはそう言って明るく笑うのだ。
最初見たときは衝撃的だった。あまりにも前の部署とやり方が違うから。
だけど、持病で一度横道にそれた楓には、目からうろこだった。
こういう働き方もあるのだ、と。
そして、自分があまりにも盲目的だったことを。
がむしゃらに働けば結果がついてきた。そのために残業も休日出勤も厭わなかった。
休みの日でも電話が鳴るし、その環境が当たり前だと思っていた。
そんな働き方じゃないと成績が伸ばせないと思い込んでいた。
でもそれじゃあダメなのだ。
異動を告げられた時はわからなかったけれど。
楓は営業部の部長に感謝をする。
ここに異動させてくれてありがとうございます、と。
楓は初めて自分を労るために有給を申請したのだった。
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