上 下
33 / 49
13.挫折したことあるんだ?

1

しおりを挟む
13.挫折したことあるんだ?
「ホッシーって挫折したことあるんだ?」
「……あるよ。ってか挫折しまくり」
「うそだぁ」
ジロッと星野に睨まれる。そんな真っ赤な顔で見られても全然怖くないけど。
「いやいや本当だって」
楓とやり取りするうちに少し落ち着いたのか。
本棚の前にいる楓の手から、挫折の証の本を奪い取ると奥付を見せた。
そこには。
「えっと9年前……?」
「そっ。大学のときに挑戦してたの。それで経営学部選んだようなもんだし。留学してたのも経営関係。
……俺、大学受験失敗した口でさ」
珍しく過去のことを饒舌に話す星野。話を聞いていた楓だが、ふと引っかかる。
「失敗したって、ホッシー確か……」
日本でもトップレベルの私大だったはずだ。それで失敗と言われたら楓の出身大学なんて。
ムッとした楓に星野は慌てて言い繕う。
「いや、そういう意味じゃなくて。第一志望の国立失敗してんの。高校まで順調でさ、模試でも合格圏内だったんだけどね」
星野は志望していた大学名を口にする。日本でも経営で有名な国立大学だった。
超難関の二校を挙げてくる星野に、楓は感嘆する。
「賢かったんだね」
「まぁ、そこそこ。県内でトップの進学校で上の方にいたし、先生に進められるまま選んだ国立だったんだ。
でも落ちてさ。就活で見返してやろうといろんな資格に挑戦したんだ」
星野は取った資格名をあげる。
簿記一級にファイナンシャルプランナー、す宅地建物取引士、マイクロソフトオフィス スペシャリストにビジネス会計検定まで。
「……すごい」
そうそうたる資格の数に楓は絶句する。星野は大したことないように、いやいや、と首を振った。
「経営学部だったし、金融機関に就職考えていたからね。時間もあったし」
「いや……でも。授業もあってサークルもしてたんでしょ?それに留学まで」
楓はただ驚くだけだ。
自分の学生時代を振り返ってみてもこんな発想はなかった。
なのに彼はこなしている。
意識の高さを見せつけられるようで楓は唸る。
楓が頑張って努力してやっと追いかけることが出来るのに、星野はいとも簡単にクリアしていく。
楓が1日に10しかできないことも星野は100できる。
頭の出来が違うと思っていた。
だけどこうして地道な努力を昔からしていたのだ。
差がつくのは当たり前だ。
スタート地点が既に違っていたのだから。
レベルが違いすぎて同じ会社にいることが奇跡のようだ。

「……すごいね。私は学生の頃、そんなこと考えていなかったよ。ただ授業受けて、サークル活動とバイトして。そりゃあ資格も取ったけど、それは既定の授業取ったら貰える資格だし。将来の就職先のこと考えてじゃないもん」
星野は自嘲するように笑う。
「俺ってそれなりにこなせるんだよね。大体のことは。要領がいいというか」
彼以外がいうと自慢に聞こえる言葉も、星野はどこか苦しそうに喋る。
「傍から見たら行ってた大学も今の会社も世間でも知られてるところだからさ。うまくいってる、成功してるって言うんだ、周りは」
「うん」
「でもさ、結局それだけなんだよね。大学だって東京に出たかったから、本当はどこでもよかったんだ。
要領いいから勉強するのは苦じゃなかった。理系科目は駄目だけど、数学が得意だから経営学部。
第一志望の国立には落ちたけど大学は合格した私大の中で一番偏差値が高いところ。
金融関係の資格はいくつも挑戦したけど、公認会計士だけはあと数点足りなくて不合格。
就職先は希望していた金融機関は駄目だったから、第二志望の業界で一番先に内定もらった会社」
「それだって……」
ホッシーの努力だよ、と言いかけて楓は口を閉じる。
直感だが、星野が欲しい言葉は違うような気がしたのだ。

しばらく黙りこくって星野の言葉を反芻する。
楓には羨ましいと思う経歴。
だけど星野自身はそうは思っていない。

んー、と唸る楓を星野はそっと見守る。

いくつか、ポイントがあったはず。

自虐的な話し方。
挫折した、と言ったこと。
要領がいいと言いながらどこか卑下しているところ。

「あっ」
楓は一つ思い当たる。オブラートに包むことなく星野にぶつけた。
「いつも手に入れるのは二番目の選択肢なんだ」
「正解」
流石だね、と星野はいい、持っていた本を棚に戻した。
「俺ってさ、あんまり本気になったことがないんだよね。
いつも8割の力で手に入れたものをみんな褒めてくれるんだ。
高校もそう。大学もそう。就職先も。
「この程度でいいだろ」ってどこか自分で上限を設定して、そこそこのものを手に入れて来て。
大学の時に取った資格だって半分暇つぶしだし。
限界まで努力していないから、届かなかったことに悔しいとか次は、って気持ちがなくて、それで満足しちゃうんだ」
ふっと息を吐く。自嘲気味だった顔が少し緩む。
「最初は仕事だってそんな意識だった。適当にしていた訳じゃないけど、全力でしなくてもそこそこ出来たから」
「……それって、イヤミ?」
「違う違う」
星野は首を振りながら否定する。
「俺は仕事に全力投球するのは出来ないのに山下はいつも全力だったやん?
覚えてる?若手社員の時、俺が負けたことあるの」
もちろん覚えていた。
入社三年目までの若手営業社員対象の年間売上成績で一度だけ楓は星野を上回ったことがあるのだ。
入社して二年目の成績で。
一年目の成績が同期の中でダントツ一位の星野ではなく、楓が。
三年目は僅差で星野が勝ったのだが。

「あれ、めっちゃ悔しかったんだ」
「そうなの?」
楓は驚いた。その時の星野は悔しがる様子もなく、楓におめでとう、と言ってくれたから。
「うん。めっちゃ悔しかった。
きっと同期には負けることないって思っていたし、山下のことなんか正直眼中になかったから」
「……そうですか」
なんか貶されている気がする。少しだけモヤっとしていたから返事は微妙になった。
敏感に楓の心中を察した星野は、ごめんと謝る。
「その時さ、思ったんだ俺の中で悔しいって気持ち、あったんだって。
で、山下をめちゃくちゃ観察してた。飲みに誘ったりして」
「え?あっ、それで!」
最初は星野とそこまで仲良くなかったのだ。ある時に急に接点が増え、話すようになり、同志のような関係になったのだ。
一つ謎が解けて、楓はスッキリする。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※完結済み、手直ししながら随時upしていきます ※サムネにAI生成画像を使用しています

それは、あくまで不埒な蜜戯にて

奏多
恋愛
設楽一楓は、高校生の頃、同級生で生徒会長だった瀬名伊吹に弱みを握られて一度だけ体の関係を持った。 その場限りの約束のはずが、なぜか彼が作った会社に働くことになって!?   一度だけのあやまちをなかったことにして、カリスマ的パワハラ悪魔に仕えていた一楓に、突然悪魔が囁いた――。   「なかったことに出来ると思う? 思い出させてあげるよ、あの日のこと」     ブラック企業での叩き上げプログラマー兼社長秘書 設楽一楓 (しだら いちか)  × 元同級生兼カリスマIT社長 瀬名伊吹 (せな いぶき) ☆現在番外編執筆中☆

新米社長の蕩けるような愛~もう貴方しか見えない~

一ノ瀬 彩音
恋愛
地方都市にある小さな印刷会社。 そこで働く入社三年目の谷垣咲良はある日、社長に呼び出される。 そこには、まだ二十代前半の若々しい社長の姿があって……。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

腹黒御曹司の独占欲から逃げられません 極上の一夜は溺愛のはじまり

春宮ともみ
恋愛
旧題:極甘シンドローム〜敏腕社長は初恋を最後の恋にしたい〜 大手ゼネコン会社社長の一人娘だった明日香は、小学校入学と同時に不慮の事故で両親を亡くし、首都圏から離れた遠縁の親戚宅に預けられ慎ましやかに暮らすことに。質素な生活ながらも愛情をたっぷり受けて充実した学生時代を過ごしたのち、英文系の女子大を卒業後、上京してひとり暮らしをはじめ中堅の人材派遣会社で総務部の事務職として働きだす。そして、ひょんなことから幼いころに面識があったある女性の結婚式に出席したことで、運命の歯車が大きく動きだしてしまい――?  *** ドSで策士な腹黒御曹司×元令嬢OLが紡ぐ、甘酸っぱい初恋ロマンス  *** ◎作中に出てくる企業名、施設・地域名、登場人物が持つ知識等は創作上のフィクションです ◆アルファポリス様のみの掲載(今後も他サイトへの転載は予定していません) ※著者既作「(エタニティブックス)俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる」のサブキャラクター、「【R18】音のない夜に」のヒーローがそれぞれ名前だけ登場しますが、もちろんこちら単体のみでもお楽しみいただけます。彼らをご存知の方はくすっとしていただけたら嬉しいです ※著者が読みたいだけの性癖を詰め込んだ三人称一元視点習作です

先輩と後輩の変わった性癖(旧タイトル『マッチングした人は会社の後輩?』)

雪本 風香
恋愛
※タイトル変更しました。(投稿時のミスで他サイト様に掲載している分とタイトルが違っていたため) オトナのおもちゃを使って犯されたい… 結城加奈子は彼氏に言えない欲望の熱を埋めるべく、マッチングアプリを始めた。 性癖が合う男性を見つけた加奈子は、マッチングした彼に会うことにする。 約束の日、待ち合わせ場所に現れたのは会社の後輩の岩田晴人だった。 仕事ではクールぶっているが、実際はドMな加奈子。そんな性癖を知っている晴人はトコトン加奈子を責め立てる。晴人もまた、一晩で何回もイける加奈子とのプレイにハマっていく。 おもちゃでクリトリスでしかイけなかった加奈子だが、晴人に膣内を開発をされ、ナカイきを覚える頃にはおもちゃだけではイけない体になっていた…。 体の関係から始まる恋愛を書きたいと思います。 ムーンライトノベルズ様にも掲載中です。

【R-18】3月9日

熊野
恋愛
憧れの上司の転勤が決まって、告白しようとする部下の話。【R18】

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

処理中です...