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10. キスの残り香
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「よかった、出てくれて」
ほっとしたような顔をした星野は、いつもの冷静さを取り戻していた。
「全然連絡取れんから心配しとった」
あ、お国訛り。ということはこれは星野の本音だ。
さっきまで変なことを考えていたからか、まともに星野の顔を見れない。つい突き放した言い方をしてしまう。
「商談は?」
「問題なし。作ってくれた資料が役立った。サンキューな」
星野は気にした様子もなく、手に持っていたビニール袋を渡す。
「はい、土産」
玄関先で星野が差し出したのは。
「たこ焼きと焼きそば。どうせ食ってないだろ、まともに」
「ゔっ……」
当たり前だがバレてる。
今まで散々仕事やプライベートなことを語り合ってきたのだ。
楓のことなどお見通しなのだ。
「山下」
「……何?」
「それ、2人分あるんだ。俺も食べていっていい?」
強引に玄関を開けさせた人と同じとは思えないくらい穏やかな発言。
「イヤならこのまま帰るから」
この星野の言い方は知っている。どんな表情をしているかも。
恐る恐る目線を合わせる。案の定、楓が予想していた通りの顔をしていた。
楓の心の内を知っているとでもいうような、何もかも見透かすような表情。
楓がイヤというはずないという確信を持った顔。
なのに、ほんの少しだけ。
楓に――今まで仕事中やタカノで沢山語り合ってきた人にしかわからないくらいの――少しだけ自信がない星野の顔。
その顔が本能が母性か、楓の核に近いところの感情を震わせる。
「……いいよ」
無意識に口をついて出てきたのは、星野を招き入れる言葉。
お互い、家に入るとどうなるかわかっていた。
昨日は逃げられたが、今日は絶対に逃げられない。
昨日は逃がしたが、今日は絶対に逃さない。
二人の視線が絡む。星野の瞳に昨日の熱の欠片を見つけて、楓は背筋がゾクッとなる。
「山下」
靴を脱いだ星野が楓の耳元でささやく。
「ありがとう」
流される以外の選択肢は持ち合わせていなかった。
※
星野がジャケットとネクタイを外して、楓が差し出したハンガーにそれらをかける。
その間に楓はこたつ机の食器を片付けて、キッチンの電気ポットでお湯を沸かしていた。
「山下」
星野が後ろに立つ気配がする。
「一つだけ教えて。……なんで昨日逃げたん?」
楓は息を呑む。こんな早く聞かれるとは予想していなかった。
答えはある。
でも正直に答えたら、星野を好きって言っているようなものじゃないか。
言いあぐねている楓に星野の質問は止まらない。
「俺に惹かれてる。これって勘違いじゃないよね」
「勘違いだよ。ホッシーのこと、同僚以上に考えられないから」
琴美や田中にもバレているくらいだ。勘のいい星野が察していないはずはない。
それでも素直に返事をするのには、まだ楓の気持ちがついていかない。
男として星野に惹かれている。それは間違いない。
でも営業として生き生きと輝いている星野に抱いている妬み嫉み。
星野の問いに、はいと返事をするには、嫉妬心が大きすぎるのだ。
答えない楓に星野は更に問いを重ねる。
「もしかしてイヤやったん?ならなんで受け入れたん?キスも、家に入れるんも」
あぁ、ズルい。そんな聞き方されたら。
「イヤじゃない……」
そう答えるしかないじゃないか。
「だよね。嫌われてる気はせんから。だからわからない、昨日の山下の行動が」
追求している口調ではない。単にわからないから質問しているだけだ。
責められているように感じてしまうのは、楓が気持ちを隠しているから。
好きだとアピールしてくる星野に誠実に返事が出来ていないから。
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