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8.雑煮

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「年明け会うし、その時にちゃんと断るつもり。ホッシーと話すのは楽しいし、楽だけど、やっぱりタイプじゃないから」
「楓がそう思っているなら仕方ないけどさー。なんか腑に落ちないんだよね、振る理由に」 
さすがに琴美は鋭い。楓は迷った末に少しだけ本音を話した。
「ホッシーと付き合うと、常に営業できない自分に向き合わないといけないから」
二人は一瞬黙りこくった。楓が営業から営業事務に移った理由は同僚は皆知っているから。
同期の二人は特に楓がどれ程営業が好きか知っているから。
病気で仕方ない。一時的なものだ。
そう自分を誤魔化してはいるが、悔しいのだ。
自分の開拓した顧客を引き継いだのも。
今はアシスタント業務にしか携われないことも。
どれだけ有効な資料を作っても、評価されるのは営業なのも。

沈黙を破ったのは琴美だった。
「もどかしいね、それ」
琴美の続く言葉に、楓は驚いた。
「楓がライバル視するのって昔からホッシーだよね。同期でずっと同じ部署だしね」
「ホッシーの方がずっと私の前走ってるのに。ライバル視なんて……」
「してないって言い切れないでしょ?」
「……」
「だからホッシーが好きかどうか考えるよりも、悔しいとか妬ましいって思うんじゃない?」

自分でも自覚はしていなかった。
星野をそんなふうに思っていたなんて。
でも琴美に指摘され言葉にされると、そんな気もしてくる。

琴美は更に続けた。
「それに営業でいたら、今も対等な立場にいたらホッシーと付き合う可能性あったってことだもんね」
「え?」
「だって楓、さっき自分で言ってたじゃん。「ホッシーと付き合ったら」って。
反対に病気じゃなかったら、営業のままだったら、ホッシーの告白を受け入れてたんでしょ。
タイプじゃなくても」
「……」

営業の時に星野に告白されていたら、自分はどう返事をしただろう。
考えてもみなかった。
だが、とっさに出た「付き合っていたら」の言葉。
これは、本音?
まさか、タイプじゃないのに?

楓はグルグルする頭で考え込んでしまった。

沈黙を破ったのは、今まで静かに楓と琴美の会話を聞いていた田中が口を開いた。
「星野に全部話してみたら?」
「え?」
「俺等が気づいてるんだから、星野はうすうす感づいているでしょ。告白を受け入れない理由を」
思い当たるフシはあった。断った時の理由に、意外というように驚いたり、諦めが悪かったり。
いつもと違う星野。その理由が楓に惚れているからだけでなく、自分でも気づかなかった心の奥底の気持ちまで敏感に感じていたとしたら……?

真っ赤になっていた楓の顔から表情が抜け落ちた。
数回深呼吸する。元営業だ、繕うことは得意だ。
少しだけ時間をおいて気持ちを整えたのだろう。
口を開いた彼女は、よく知らない人が聞くといつも通りだった。
「……そうかな?」
少しだけ下がったトーンで琴美と田中には伝わった。
冷静を装っているが、かなり動揺していることが。

これは星野、チャンスじゃないか?

長い間想いを寄せているのを知っている二人は顔を見合わせ、頷いた。
琴美から合図を受け取った田中は、押せ押せとばかりに畳みかける。
「うん。本気で山下が断っていたら、星野も引き下がったんだよ。
観察力が優れているアイツが山下の考えを読み取らないわけ無いだろ?
だってだよ?」
あの営業の星野がそんな絶好の機会、見逃すはずないだろ、と田中は笑った。
「それでも諦められずアタックしてるんだから。せっかくなんだから星野と腹を割って話しなよ。こじれても、今なら関係が悪化した同期、で済むんだし」
琴美も口を挟む。
励まされているのかいないのか判断に迷う言葉だったが。
「星野はしつこいぞ。伊達に長い間惚れていないから」
追い討ちをかけるような田中の言葉。

どちらかというと穏やかな田中の珍しく強い物言いに楓は頷きそうになって、ふと気づいた。

「ホッシーって一年前くらい彼女いたよね?確か」
琴美と田中は顔を見合わせた。
「まぁ……いたような、いなかったような」
「その辺りのことは星野に……」
さすが夫婦だ。こういうときも息がぴったり。楓が食い下がってものらりくらりと話を濁された。

タイミングよく目覚めた子どもに助かったという表情をしながら、二人は話を切り上げる。
「ちゃんと星野と話しなよ」
そう言葉を添えて。

二人にまでバレているなら、星野の本心を確認するのが無難だろう。
楓は星野との気が重い会話のことを考え、がっくりと肩を落としたのだった。
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