小国の聖女エレナ

雪本 風香

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密談は月明かりの下で②

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定期的に隊員の検査をし、肉体的、精神的に任務に耐えられるのかチェックする。
マルーンに留まっているルトニア軍の隊員たちには既に行っている行為だが、医師のユークとの間でアタナス兵のも適用したらどうかという話が出ているのだ。

「つまり、健康状態の確認のようなものか?」
柔和な笑みを引っ込めたレオナルドは、真剣な面持ちでエレナに確認をする。
「ええ。それだけではなく、精神的な面も。少なくともアタナスとルトニアはつい先程まで戦争をしていました。人を殺めたものも多くいるでしょう。その方たちは、戦争という大義名分がなくなった途端、精神的に不安定になるのが知られているのです」
「さすがルトニア国、といったところか」
レオナルドの言葉には揶揄のニュアンスが含まれていないことにエレナは胸を撫で下ろす。
ルトニア国は、アタナス帝国に戦いを挑む前からどこかしらの国とずっと争いを続けていた。
小国であったルトニア国がここまで生き残って来たのは、領地に似合わぬ人口の多さと、聖女の力を後ろ盾にした周りを蹴散らす戦いっぷりに他ならない。
常にどこかで争い、傷ついた兵士たちは聖女に治してもらい、また戦場へと赴いた。
何度も何度も戦場に投入される兵士たち。その内心身に異常をきたすものが後を立たなかった。
せっかく聖女の力で肉体的に治療をしたところで、戦場で役に立たなければ意味がない。
それらを事前に防ぐため、ルトニア国では肉体的な治療のみならず、精神的なケアにも重点的に置いているのだ。

その一つが、教会の教えである。
全ては神の思し召し、という経典で戦いを肯定し、悩める人々の懺悔を司教が真摯に受け止める。
聖女を所有しているだけでなく兵士たちの精神的な支えでもあるからこそ、教会が王に引けを取らないくらいの力を持つようになっていたのを止めることができなかったのだ。
庶民にとっては節目に訪れ、経典に載っている神話の教えを聞くことくらいしか縁がないのだが、戦いの歴史を刻んできたルトニア貴族にとってはなくてはならない存在だったのだ。
セドリックが貴族たちに目の敵にされているのも、この点が大きく関与している。
ルトニア国軍の隊長クラスで実力があるものはほんの一握り。現状ではセドリック直轄の隊以外は――ここマルーンに駐在している兵士たちも含め――全部有力貴族たちの手の内なのだ。
教会のあり方を変えようとしているセドリックが貴族たちからの人気がない理由の一つでもある。

ルトニア国の持っている戦争を経験した兵士のケアのノウハウ。
レオナルドなら詳細を知りたいと望むはずだ。
案の定、レオナルドは興味ありげな様子を見せる。
だが、交渉の場での彼はすこぶる慎重であった。
「魅力的な提案だが、どんな方法で行うんだ?だけなら兎も角、部下を危険な目に合わせるわけにはいかない」
空気が変わる。口調はさほど変わらないのに。
いつもエレナの前ではというレオナルドがと言った程度の違いしかないのに、一気に言葉の圧が強まる。

一人の男から、国を背負う王子の顔に変わる。
きっとこちらが本来の顔なのだろう。
若くとも重圧を背負ってきた者のみが持てる凄み。

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