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密談は月明かりの下で①
しおりを挟む「やぁ」
エレナを待ち構えていたかのように立ち上がった影は、今一番会いたくない人物――レオナルドであった。
奇しくも、今朝見張りの者から忠告を受けたばかりだ。
タイミングがいいのか悪いのか分からないではないか。
エレナはレオナルドに気づかれないようにそっとため息をついた。
それよりも。
「こんな夜更けにどうされたのですか?」
エレナの指摘通り、日付が変わろうとするくらいの時間だ。
普段ならエレナも既に床についていて、こんな時間に外には出ない。
今日はたまたま朝の出来事のせいで寝付けなかったから、少し風に当たろうと表に出てきたのだ。
門の横にある院内に入れなかった患者のための待合椅子。いつから座っていたのかわからないが、そこで一人ポツンと座っている姿すら絵になるのだから、きれいな顔の持ち主は羨ましい。
レオナルドはエレナを手招きする。
迷った末、エレナは彼の隣に腰を降ろした。
病院があるのは、町の外れ。昼間ならそれなりに人通りがあるがとっぷり日が暮れた今、出歩く者は皆無だ。
レオナルドの隣に座っていたとしても、目撃するものは居ないだろう。
それに、ここは病院の敷地なのだ。今病院の従業員の一人であるエレナが遠慮する道理は無い。
開き直ったエレナは、再度レオナルドに訊ねた。
「夜中にどうされたのですか?」
「君に会えるかな、と思って」
このセリフを吐いてニコッと笑うレオナルドに冷たい目線を浴びせたエレナは再度ため息を付いた。
レオナルドは、シレッと歯の浮くようなセリフを口にする。以前なら――前に月明かりの下で話した時であれば――軽く流せた言葉も、今のエレナはまともに受け取ってしまう。
からかっているのであろう。それでもレオナルドの言葉の躱し方がわからないエレナは、彼の言葉を黙殺することにした。
黙っているエレナをレオナルドは左右で違う瞳で見つめる。
赤とヘーゼルのオッドアイ。太陽の強い光のもとではとりたて目立たないその瞳は、月の淡い光のもとでは輝いて見える。
銀の髪も不思議な色合いをした瞳も、その身で月の光を吸い取っているかのように美しくレオナルドを彩る。
神話に出てくるルナウスがレオナルドのような容姿であったなら。
神と交わるという禁を犯し、自分が先に命が尽きるとわかっていてもルナウスに惹かれた聖女の気持ちが今のエレナには痛い程わかるのだ。
エレナは自分がレオナルドに向ける気持ちが特別なものだと、とっくに気づいていた。
今まで誰にも持ったことのない感情。それが愛だとか恋と呼ばれているものだと知っていた。
誤魔化していても自分を偽ることは出来ないくらい心は動いていた。
だけど、エレナはセドリックの手下だ。
ルトニア国のため、新たに王の座についた彼のために任務を果たさなければならない。
自分の気持に蓋をするのは簡単だ。気取られないように隠せばいい。
エレナはいつものように聖女の顔を作りレオナルドに問いかけた。
「以前治療したところは、痛んだりしないですか?」
と。
「おかげさまで」
レオナルドの返答は簡潔だ。気持ちを読み取ることは出来ない。だけどエレナは命を果たすため、次の手を繰り出した。
「なによりです。……ご提案なのですが、隊長」
「以前のようにレオ、とは呼んでくれないのかい?」
グッと言葉に詰まる。「レオ」と呼んでいたエレナが「隊長」とレオナルドを呼ぶようになったのは、マルーンの住民に関係を冷やかされたからだ。
呼び名を変えることが逆に、レオナルドを意識していると公言しているようなものだ。
だが、エレナもある意味頑固であった。一度、隊長呼びをしたのだ。今更「レオ」などとは呼べない。
咳払いを一つし、エレナは改めてレオナルドを呼びかける。
「レオナルド隊長」
呼ばれたレオナルドは苦笑をする。このまま、「レオ」呼びをゴリ押しして彼女の反応を見るのも楽しめるが、そこまで時間があるわけではない。
仕方なく呼び名は折れることにして、エレナの提案とやらを聞くことにした。
仕草で話の続きを促すレオナルドに、エレナは少しだけ表情を緩める。
「駐在している隊員たちのメディカルチェックを行いませんか?」
「めでぃかるちぇっく?」
聞き慣れない言葉だったのだろう。言いにくそうに復唱したレオナルドにエレナは内容を説明する。
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