小国の聖女エレナ

雪本 風香

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神話になぞらえて①

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「お前なぁ、女が絡んだからといってカッカするなよ」
吐き出された言葉は、もう何度目か。
呆れたようにため息をつくアランに、レオナルドもさすがに少々辟易していた。
「悪かったって」
面倒だという態度を若干滲ませながらレオナルドは口だけで詫びる。
「まぁ、今回は結果的に良い方に転んだけどさ、本当に気をつけろよ」
「わかっている」

アランの言葉通り、会談でのレオナルドの聖女エレナへの入れ込む様は何故かルトニア国民に好意的に――熱狂的にといっても可笑しくないくらいの情熱で――受け止められたのだ。

ルトニアの神話の再来だ、と。

大司教のホレス曰く、ルトニアの神話では月神のルナウスが一人の聖女と手を取り合って太陽神であるサールニウスを影に日向に支えたと言い伝えられているそうだ。
その物語にはもちろんルナウスと聖女の愛も含まれている。

ルナウスの化身と見紛うばかりの外見のレオナルドに、歴史に名を残すであろう力の持ち主のエレナ、国民を戦争という名の混沌から救った英雄セドリック。
三者をルナウス、聖女、サールニウスに照らし合わせて国民は熱狂しているのだ。

「グウェンからの報告では、民衆はレオと聖女エレナ、そしてセドリック王の話題でもちきりだそうだ」
首都ヒースに先に訪れて様子を探っているグウェン。
レオナルド自身は会談や懇親が立て込んでいて直接民の様子を見ることができないから、グウェンの報告が唯一の情報源だ。
連日の話し合いで疲れはそれなりに溜まっている。
アランしか部屋にいないのをいいことに、首元を緩めソファーに深く体を沈み込ませながらレオナルドは訊ねた。
「いい意味で?それとも悪い意味で?」
「どちらも、だな。一番はお前たち3人の恋愛関係らしいが」
「……あぁ」
そんな気はしていた。

会談や懇親で会う貴族たちは、レオナルドを「ルナウスの化身」と見ると同時に、聖女エレナを巡ってセドリック王と対峙するのを面白おかしく聞いてくるのだ。
オブラートに包んで、時に婉曲な表現で。
それにどこの国でも民衆よりも上流階級の者たちのほうが噂好きなのだ。
尾ひれどころか背びれ胸びれまでついた話は、既にレオナルドの耳にも入っている。

どの噂も大筋はエレナを巡る三角関係の話だ。

元々のルトニアの神話は、王に仕えていた聖女が月神ルナウスのお告げを受け、サールニウスを王にするという話なのだ。
そしてサールニウスを王の座に就かせた後、ルナウスと聖女は神と人間という壁を超えて、大恋愛の末結ばれる架空の物語が、まさしく今の3人に合致するのだ。

エレナは大教会=王に仕えている身でありながら前王を裏切り破滅に追いやり、王太子ではなくセドリックに味方をした。
そんなエレナに惚れて、重要な会談の最中に感情をむき出しにする異国の第二王子のレオナルド。
そして恋愛よりも国のためと、前王を裏切った科で教会を追放されても健気に新王に尽くそうとするエレナ。
まだ国が不安定なのに忠誠心溢れるエレナを敢えて厳しく突き放し、レオナルドの元へ向かわせようとするセドリック。
ルトニア国民なら誰もが3人に神話のような美しいロマンスを期待しているのだ。
ロマンス好きなのは国民性なのか。誰もが3人の恋路を期待し、次の展開はいつなのかと待ち構えている。

この噂のおかげで、――特に貴族たちに――前評判がよくなかったセドリックの王としての株は急上昇しているのだ。

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