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11.狐の会合
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自分の残りの命が尽きる日と千草が帰ってくる日、どちらが早いのだろうか。
ふとした瞬間に浮かび上がるマイナスな思考を首を左右に振って追い払う。と、目の前に朱色の花弁が飛び込んで来た。
辺り一面に咲き誇る花に浅葱は暫し圧倒された。
千草の黒髪を引き立てるように混じっている朱色の髪を彷彿するような鮮やかな色。
昨日までは気づかなかったから、今朝咲いたのだろう。その美しさと野草ならではの逞しさに思わず顔が綻ぶ。
「千草さんにも見せたいなぁ」
花が好きな千草のことだ。顔には出さないが、きっと何時間も飽きずに見続けるだろう。
社に腰をかけて花を眺めている千草の姿がありありと想像できる。
浅葱はごめんねと呟きながら、そっと一房手折る。
帰って店に飾る。何故か、この花が千草を呼び戻してくれるような気がした。
※
店の前に立ち鍵を開けようとした浅葱は、小声で呼び掛けられた気がして振り向いた。
だが誰もいない。気のせいかと呟いた浅葱は、次の瞬間その場で固まった。
「今、戻った」
後ろから囁かれた言葉。
それは浅葱が待ち望んでいた声だった。
「ち、ぐさ……さん」
声が掠れる。返事はない。浅葱が知っているよりも弱い気配。だが、背中越しに感じる妖力は紛れもない彼女のものだった。
ふっと、彼女が息を吐く声が聞こえる。ため息か、それとも笑ったのか。
その場から指一本動かすことができない浅葱には、千草の顔に浮かんでいたのはどちらだったのか、知ることはできなかった。
――カラン。
喫茶店のドアにつけたベルが鳴る。
開いたドアが閉じる音が合図だったように、浅葱は動き出した。
慌てすぎて縺れる足を何とか動かし、店のドアを開ける。
――ガラン!
けたたましく鳴るベルに驚く様子もなく、カウンターの椅子に腰かけたその人物は、ゆっくりと浅葱の方を振り向いた。
黒色の髪は浅葱が贈ったかんざしで留められていた。
千草がこのかんざしを身につけるのは初めてだからか、それとも久しぶりに会ったからか。
形の良い唇に悠然とした笑みを浮かべた彼女は、ハッとするほど美しかった。
「 」
音にはならない声。だが、千草の耳にはきちんと届いたようだ。
眉を寄せると、千草は言い訳がましく早口で弁明する。
「仕方なかろう。尾を切った際に気を失って気づいたら時が過ぎておったのだ」
ぷいっと浅葱から目をそらした千草は口の中でモゴモゴと、すまぬ、と詫びを口にする。
そんなところが千草らしい。ずっと待っていた愛しい人。その人が今戻ってきた。
ずっと見つめていたいのに、何故か彼女の姿が滲んでよく見えなくなった。
込み上げる嗚咽を押さえようとしたら、喉から変な音がなった。
格好よく決めたかったのに。
ボロボロと涙を流している今の自分では、何を言ってもカッコつけることはできない。
そういうのも自分らしい。浅葱は泣きながら笑みを浮かべた。
そしてずっと言いたかった言葉を押し出した。
「おかえりなさい。千草さん」
湿った声だったが、何とか震えるのは押さえることができた。
今自分のできる最高の笑みを浮かべる。
千草は黙って微笑んでいた。
その笑みは、妖狐としての気高いものではなく、浅葱がよく浮かべる穏やかな、何もかも包み込むような人間らしい笑顔だった。
ーFox Tailー
そこは不思議な喫茶店。
妖狐と人間と狐が一時を過ごすその店には
黒髪に朱色のメッシュの気高い女性と
女性に寄り添うように立っている穏やかな笑みを浮かべた青年が
いることでしょう。
あなたにお勧めの飲み物を用意して
彼らは店で待っています。
店の名前は――
『ーFox Tailー 狐のいる喫茶店』
Fin.
ふとした瞬間に浮かび上がるマイナスな思考を首を左右に振って追い払う。と、目の前に朱色の花弁が飛び込んで来た。
辺り一面に咲き誇る花に浅葱は暫し圧倒された。
千草の黒髪を引き立てるように混じっている朱色の髪を彷彿するような鮮やかな色。
昨日までは気づかなかったから、今朝咲いたのだろう。その美しさと野草ならではの逞しさに思わず顔が綻ぶ。
「千草さんにも見せたいなぁ」
花が好きな千草のことだ。顔には出さないが、きっと何時間も飽きずに見続けるだろう。
社に腰をかけて花を眺めている千草の姿がありありと想像できる。
浅葱はごめんねと呟きながら、そっと一房手折る。
帰って店に飾る。何故か、この花が千草を呼び戻してくれるような気がした。
※
店の前に立ち鍵を開けようとした浅葱は、小声で呼び掛けられた気がして振り向いた。
だが誰もいない。気のせいかと呟いた浅葱は、次の瞬間その場で固まった。
「今、戻った」
後ろから囁かれた言葉。
それは浅葱が待ち望んでいた声だった。
「ち、ぐさ……さん」
声が掠れる。返事はない。浅葱が知っているよりも弱い気配。だが、背中越しに感じる妖力は紛れもない彼女のものだった。
ふっと、彼女が息を吐く声が聞こえる。ため息か、それとも笑ったのか。
その場から指一本動かすことができない浅葱には、千草の顔に浮かんでいたのはどちらだったのか、知ることはできなかった。
――カラン。
喫茶店のドアにつけたベルが鳴る。
開いたドアが閉じる音が合図だったように、浅葱は動き出した。
慌てすぎて縺れる足を何とか動かし、店のドアを開ける。
――ガラン!
けたたましく鳴るベルに驚く様子もなく、カウンターの椅子に腰かけたその人物は、ゆっくりと浅葱の方を振り向いた。
黒色の髪は浅葱が贈ったかんざしで留められていた。
千草がこのかんざしを身につけるのは初めてだからか、それとも久しぶりに会ったからか。
形の良い唇に悠然とした笑みを浮かべた彼女は、ハッとするほど美しかった。
「 」
音にはならない声。だが、千草の耳にはきちんと届いたようだ。
眉を寄せると、千草は言い訳がましく早口で弁明する。
「仕方なかろう。尾を切った際に気を失って気づいたら時が過ぎておったのだ」
ぷいっと浅葱から目をそらした千草は口の中でモゴモゴと、すまぬ、と詫びを口にする。
そんなところが千草らしい。ずっと待っていた愛しい人。その人が今戻ってきた。
ずっと見つめていたいのに、何故か彼女の姿が滲んでよく見えなくなった。
込み上げる嗚咽を押さえようとしたら、喉から変な音がなった。
格好よく決めたかったのに。
ボロボロと涙を流している今の自分では、何を言ってもカッコつけることはできない。
そういうのも自分らしい。浅葱は泣きながら笑みを浮かべた。
そしてずっと言いたかった言葉を押し出した。
「おかえりなさい。千草さん」
湿った声だったが、何とか震えるのは押さえることができた。
今自分のできる最高の笑みを浮かべる。
千草は黙って微笑んでいた。
その笑みは、妖狐としての気高いものではなく、浅葱がよく浮かべる穏やかな、何もかも包み込むような人間らしい笑顔だった。
ーFox Tailー
そこは不思議な喫茶店。
妖狐と人間と狐が一時を過ごすその店には
黒髪に朱色のメッシュの気高い女性と
女性に寄り添うように立っている穏やかな笑みを浮かべた青年が
いることでしょう。
あなたにお勧めの飲み物を用意して
彼らは店で待っています。
店の名前は――
『ーFox Tailー 狐のいる喫茶店』
Fin.
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