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11.狐の会合
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狐の会合3
気がついたら、浅葱は知らない部屋で寝ていた。
「あ、気付きやした?」
声をかけてきたのは無良だった。体を起こそうとするが、どうも重くて持ち上がらない。仕方なく声で尋ねる。
「ち……ぐさっさんは?」
自分の声が掠れていることに浅葱は驚いた。
枕元にあった水をコップに注ぎながら無良は浅葱の知りたいであろうことを話し出す。
「千草さんはまだ狐界から戻っていないす。気を失った浅葱さんをあっしに預けて尾を切るために戻っていきやした」
「よう……こ界」
「ええ。妖狐の気に当てられたんでしょう。浅葱さんは1ヶ月寝ていやした」
無良に支えられゆっくりと起き上がり、浅葱は差し出された水を飲み干す。
飲み終わったタイミングで無良が再度口を開いた。
「千草さんがいつ戻るかはわかりやせん。3本といえど尾を切るのは命に関わる。あっしは千草さんが無事戻ってこれると思っておりやせん」
「な……っ!」
絶句する浅葱に無良は告げた。服が変わっているのは理解していたが、懐に手をする。案の定、千草から預かったかんざしは、なかった。
「かんざしでしたら千草さんが持っていきやした」
無良の台詞を浅葱は呆然と聞くしかなかった。
「千草さんから伝言を預かりやした。『必ず戻る。動けるようになったら新たな場で店を開けておけ。場所はかつて吾郎のあった町だ』と。あっしにも浅葱さんを手伝うように、と」
無良は笑った。呆れたようにも、励ますようにも見える不思議な笑顔だった。
「千草さんも浅葱さんも馬鹿です。それぞれの世界で生きた方が幸せと思いやす。……けど、あなたたちはそれを貫き通した。なら最後まで突き進んでください」
そして商売人の顔に戻った無良は浅葱を捲し立てる。
「ささっ!浅葱さんは早く体力を戻してください。じゃないとあっしは稼げませんから」
そうして浅葱に考える余地を与えないように、無良は新しく出す店の候補地を説明しはじめたのだった。
※
「本当にこの看板でいいんすか?新しく新調しても」
「いえ、これがいいんです」
浅葱が店に掲げたのは、新しい店に似つかわぬレトロな看板だった。初めて店を構えた時に千草と考えを出し合い、誂えた看板。
浅葱はこれ以外の看板を店につける気はなかった。
無良は少々納得できない顔をしながらも浅葱の意思を尊重する。浅葱は看板を店の入り口に飾る。
「千草さん、まだ帰ってきやせんね」
浅葱が戻ってから半年近く立っていた。その間千草からの連絡は、ない。
「ええ。でも千草さんは必ず戻ってきます。……約束は守る方ですから」
自分に言い聞かせるように言葉に力を込める。
千草は約束を破ったことがない。帰ると彼女が行ったのなら、きっと帰ってくる。自分にできるのは、ただ、信じて待つだけだ。
浅葱は看板の先、小さな山の方を見つめる。
子どもでも1時間あまりで登れる小さな山。あの山の山頂付近に千草と出会った稲荷神社がある。
いくつか候補があった中でここを選んだのは、あの稲荷神社が店から見えるからだ。
浅葱は胸に手を当てた。
『この人間の命はもってあと10年』
狐の会合で多尾に言われたことを思い出す。
お狐様の力をもらいねじ曲げた命だ。惜しくはない。
惜しくはないはずなのに。
「千草さん、早く戻って来てください。でないと、僕の……」
――僕の命が尽きてしまう――
飲み込んだ言葉の続きは無良には分かっていたのだろうが、聞こえない振りをしてくれた。
そのことに感謝をしつつ、浅葱はここからは見えるはずがない山の山頂付近にある鳥居の方を見つめる。
戻ってくると言った。だから待つだけなのは分かっている。
だが残りの命に期限があるからか、彼女と離れている一分一秒が惜しい。
そして考える。
千草が戻って来ない可能性を。
「ささ、早く店を開けやしょ。儲けて頂かないとあっしも稼げませんし」
浅葱の思考を遮ったのは無良の言葉だった。無良に半ば追い立てられるように浅葱は店を開けた。
――必ず戻る。
千草がそういったのなら、信じて待つだけだ。
※
「日が長くなってきたなぁ」
浅葱は朝早くいつものように稲荷神社に訪れた。
千草と出会った稲荷神社。
日課のように訪れるが千草が帰ってくる気配は、ない。
彼女が帰ってこないまま、季節は一周していた。
店は軌道に載っていた。そして千草が宣言した力を持たぬ狐の教育も、千草の代わりにちょくちょく顔を出している多尾の号令の元、無良と白木家の協力もあり、少しずつ進んでいる。
どれだけ尋ねても多尾は千草のことは決して語らなかった。
ただ一言だけ。
「信じて待て」
気がついたら、浅葱は知らない部屋で寝ていた。
「あ、気付きやした?」
声をかけてきたのは無良だった。体を起こそうとするが、どうも重くて持ち上がらない。仕方なく声で尋ねる。
「ち……ぐさっさんは?」
自分の声が掠れていることに浅葱は驚いた。
枕元にあった水をコップに注ぎながら無良は浅葱の知りたいであろうことを話し出す。
「千草さんはまだ狐界から戻っていないす。気を失った浅葱さんをあっしに預けて尾を切るために戻っていきやした」
「よう……こ界」
「ええ。妖狐の気に当てられたんでしょう。浅葱さんは1ヶ月寝ていやした」
無良に支えられゆっくりと起き上がり、浅葱は差し出された水を飲み干す。
飲み終わったタイミングで無良が再度口を開いた。
「千草さんがいつ戻るかはわかりやせん。3本といえど尾を切るのは命に関わる。あっしは千草さんが無事戻ってこれると思っておりやせん」
「な……っ!」
絶句する浅葱に無良は告げた。服が変わっているのは理解していたが、懐に手をする。案の定、千草から預かったかんざしは、なかった。
「かんざしでしたら千草さんが持っていきやした」
無良の台詞を浅葱は呆然と聞くしかなかった。
「千草さんから伝言を預かりやした。『必ず戻る。動けるようになったら新たな場で店を開けておけ。場所はかつて吾郎のあった町だ』と。あっしにも浅葱さんを手伝うように、と」
無良は笑った。呆れたようにも、励ますようにも見える不思議な笑顔だった。
「千草さんも浅葱さんも馬鹿です。それぞれの世界で生きた方が幸せと思いやす。……けど、あなたたちはそれを貫き通した。なら最後まで突き進んでください」
そして商売人の顔に戻った無良は浅葱を捲し立てる。
「ささっ!浅葱さんは早く体力を戻してください。じゃないとあっしは稼げませんから」
そうして浅葱に考える余地を与えないように、無良は新しく出す店の候補地を説明しはじめたのだった。
※
「本当にこの看板でいいんすか?新しく新調しても」
「いえ、これがいいんです」
浅葱が店に掲げたのは、新しい店に似つかわぬレトロな看板だった。初めて店を構えた時に千草と考えを出し合い、誂えた看板。
浅葱はこれ以外の看板を店につける気はなかった。
無良は少々納得できない顔をしながらも浅葱の意思を尊重する。浅葱は看板を店の入り口に飾る。
「千草さん、まだ帰ってきやせんね」
浅葱が戻ってから半年近く立っていた。その間千草からの連絡は、ない。
「ええ。でも千草さんは必ず戻ってきます。……約束は守る方ですから」
自分に言い聞かせるように言葉に力を込める。
千草は約束を破ったことがない。帰ると彼女が行ったのなら、きっと帰ってくる。自分にできるのは、ただ、信じて待つだけだ。
浅葱は看板の先、小さな山の方を見つめる。
子どもでも1時間あまりで登れる小さな山。あの山の山頂付近に千草と出会った稲荷神社がある。
いくつか候補があった中でここを選んだのは、あの稲荷神社が店から見えるからだ。
浅葱は胸に手を当てた。
『この人間の命はもってあと10年』
狐の会合で多尾に言われたことを思い出す。
お狐様の力をもらいねじ曲げた命だ。惜しくはない。
惜しくはないはずなのに。
「千草さん、早く戻って来てください。でないと、僕の……」
――僕の命が尽きてしまう――
飲み込んだ言葉の続きは無良には分かっていたのだろうが、聞こえない振りをしてくれた。
そのことに感謝をしつつ、浅葱はここからは見えるはずがない山の山頂付近にある鳥居の方を見つめる。
戻ってくると言った。だから待つだけなのは分かっている。
だが残りの命に期限があるからか、彼女と離れている一分一秒が惜しい。
そして考える。
千草が戻って来ない可能性を。
「ささ、早く店を開けやしょ。儲けて頂かないとあっしも稼げませんし」
浅葱の思考を遮ったのは無良の言葉だった。無良に半ば追い立てられるように浅葱は店を開けた。
――必ず戻る。
千草がそういったのなら、信じて待つだけだ。
※
「日が長くなってきたなぁ」
浅葱は朝早くいつものように稲荷神社に訪れた。
千草と出会った稲荷神社。
日課のように訪れるが千草が帰ってくる気配は、ない。
彼女が帰ってこないまま、季節は一周していた。
店は軌道に載っていた。そして千草が宣言した力を持たぬ狐の教育も、千草の代わりにちょくちょく顔を出している多尾の号令の元、無良と白木家の協力もあり、少しずつ進んでいる。
どれだけ尋ねても多尾は千草のことは決して語らなかった。
ただ一言だけ。
「信じて待て」
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