上 下
28 / 61

選択肢4

しおりを挟む
「柳田さん、離婚しました」
夕飯の後、美香は千尋に告げた。
「そう」
千尋は一瞬息を飲んだが、表情を変えることなかった。
「今、柳田さんの連絡先をブロックしているんですよね。柳田さんから千尋さんと連絡が取りたいと伝言を預かっています」
そうして、柳田の連絡先を差し出す。
美香の手をしばらく見つめていた千尋だが、何かを断ち切るように息を吐いた。
「ごめん、これは受け取れない。もう二度と彼とは個人的に連絡は取らないし、会わない」
美香の立場を考えなかった訳ではない。恐らくこのまま千尋が受け取らなければ編集長に叱責されるのは美香だ。
それでも千尋は受け取らなかった。
「わかりました。このことは忘れてください」
美香も千尋の気持ちを尊重してくれた。
「ありがとう、美香ちゃん」

美香を武史の運転する車で駅まで送っていった。
「また、春に東京に戻ってくるんですよね。待ってますね!」
「ありがとう。美香ちゃんも気を付けてね!」
美香は頷くと軽やかな足取りで改札を潜った。

千尋と車に戻った武史は、寄り道をしていいか、と尋ねた。
「いいけど。タケちゃん、明日仕事大丈夫?」
「まだそんなに遅ないから大丈夫や」
そう言って車を走らせる。
10分程静かに車を走らせる。武史が連れてきた場所はライトアップされた橋がきれいに見える展望台だった。

「こんなところあるんだね!」
車を出た千尋は走りながらライトアップがよく見える場所に向かう。
笑いながら武史は後を追う。
中途半端な時間のため、人はほとんどいなかった。
(ラッキーやな)
もう少し遅くなると周りはカップルだらけになる。流石にデートスポットで知り合いに会うのは気まずかった。
「タケちゃん、大丈夫だよ」
隣に来た武史に千尋は言う。
「バレとったか」
ここに何故連れてきたか、千尋にはお見通しだったようだ。
照れくさそうに頭をかく武史に千尋は笑いかける。
「動揺はしているけどね。離婚したことにも責任も感じるし。でも、もう連絡取らない」
「そうか」
千尋は橋の方に目を向けた。
「いつか……柳田さんのこと思い出にできるかな。初めてだったから自信ないの」
「どうやろうなぁ。無理して忘れるもんでもないやろ。あとは、その人を超えるくらい好きな男ができたら吹っ切れるんやないか」
いつもの武史らしからぬ言い方に千尋は問いかける。
「タケちゃんも忘れられない人いるの?」
こういう時だけ勘がいい千尋に思わず笑う。

武史が持っている千尋への気持ちには驚くほど鈍感なのに、それ以外は敏感に反応する。
環境がそうさせていたのか、それとも元々の性格なのか、千尋には人を寄せ付けないところがある。
良い意味でも悪い意味でも異性が口説く隙がない。
恋愛偏差値が低いからこそ、柳田のような余裕のある男が臆せずに近づいてきて甘い言葉を囁くだけで、簡単に落ちたのだと武史は思っていた。
年の離れた男には警戒しないくせに、同年代の男には無意識に寄せ付けないバリアを張る。
その原因が何なのかまだ武史にも掴めていないが、少しずつバリアの内側に入れてくれているのを感じる。
(その内、話が聞ければええけどな)
「タケちゃん?」
考え込んで黙り込んだ武史に千尋は不審そうに声をかける。
「悪い、考え事してたわ」
千尋は笑いながら、いいよ、と返事をする。
「タケちゃんも忘れられない人いるんだね。どんな人だったの?」
「……気が向いたら教えたるわ」
目の前の千尋が忘れられない人だと伝えるのにはまだ早い。
そういったきり口を噤んだ武史を千尋は拗ねたような口調で軽く責める。
「私のこと色々知ってるのに、タケちゃんは何も教えてくれないんだ。ズルいなぁ」
その言い方があまりにも子供っぽく、武史は吹き出した。
「そんなに聞きたいなら、そのうち教えたるわ」
千尋は満足そうに頷いた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

ある夜の出来事

雪本 風香
恋愛
先輩と後輩の変わった性癖(旧タイトル『マッチングした人は会社の後輩?』)の後日談です。 前作をお読みになっていなくてもお楽しみいただけるようになっています。 サクッとお読みください。 ムーンライトノベルズ様にも投稿しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

お見合いから始まる冷徹社長からの甘い執愛 〜政略結婚なのに毎日熱烈に追いかけられてます〜

Adria
恋愛
仕事ばかりをしている娘の将来を案じた両親に泣かれて、うっかり頷いてしまった瑞希はお見合いに行かなければならなくなった。 渋々お見合いの席に行くと、そこにいたのは瑞希の勤め先の社長だった!? 合理的で無駄が嫌いという噂がある冷徹社長を前にして、瑞希は「冗談じゃない!」と、その場から逃亡―― だが、ひょんなことから彼に瑞希が自社の社員であることがバレてしまうと、彼は結婚前提の同棲を迫ってくる。 「君の未来をくれないか?」と求愛してくる彼の強引さに翻弄されながらも、瑞希は次第に溺れていき…… 《エブリスタ、ムーン、ベリカフェにも投稿しています》

ハイスペ男からの猛烈な求愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペ男からの猛烈な求愛

Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ 慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。    その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは 仕事上でしか接点のない上司だった。 思っていることを口にするのが苦手 地味で大人しい司書 木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)      × 真面目で優しい千紗子の上司 知的で容姿端麗な課長 雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29) 胸を締め付ける切ない想いを 抱えているのはいったいどちらなのか——— 「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」 「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」 「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」 真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。 ********** ►Attention ※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです) ※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。 ※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

処理中です...