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第五章「氷に閉ざされし試練」

本当の試練

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祭壇の間には、リランとデナが待っていた。スフレとオディアンに続き、ヴェルラウドがやって来る。ヴェルラウドは胸に手を当て、軽く敬礼をする。
「まさか本当に神の試練を乗り越えるとは……いや、この私でもどのような試練だったのかは解らぬが。いやはや、この度は見事であったぞ。ヴェルラウドよ」
リランが賞賛の言葉を与える。
「全く驚きましたわ。どうやら私は人間を甘く見過ぎていたようですわね。ヴェルラウド、無礼をお許し下さいまし」
デナはヴェルラウドを前に、頭を下げながら詫びる。
「気にするなよ。済んだ事だ。ま、一先ず目的は果たせたってところだな」
「ふむ、試練を乗り越えた以上、神雷の剣を使う資格を得たのだろう? 試しに見せてくれぬか?」
ヴェルラウドはリランの言葉に従い、神雷の剣を手に緊張した面持ちで構えを取る。スフレとオディアンがその場から離れると、ヴェルラウドは気合を込めた素振りを披露する。だが、何も起こらない。試練を受ける前は振りかざす度に全身に重りが圧し掛かると共に激しい電撃に襲われていたのに、全く何も起こらなかった。使える。剣が使える……! 試練を乗り越えた事によって神雷の剣を使えるようになっていたという事実に、ヴェルラウドは心の底から喜びを覚える。
「あー! 神雷の剣を使えるようになったのね! やったじゃない!」
スフレが歓喜の声を上げる。
「みんな、下がってろ。色々試したい事がある」
ヴェルラウドは神雷の剣で様々な剣の技を披露しようとする。
「まあ待て。ここでは場所が悪い。広い場所の方が良かろう」
リランはヴェルラウド達を聖都の広場まで連れて行く。広場に到着すると、ヴェルラウドは再び剣を構える。
「はああああっ!」
ヴェルラウドは次々と剣技を繰り出す。激しく空を切るその攻撃に、オディアンは一生懸命凝視していた。
「ふむ……あの攻撃、かつてのヴェルラウドとはまるで違う。これも試練によって得たものか」
「え、どういう事よ?」
「あの目には迷いがない。決意を固めた目に見える」
「へえ……あたしにはよく見えないけど」
スフレとオディアンが会話を交わしている中、ヴェルラウドは剣先に赤い雷を集中させ、地面に叩き付けるように振り下ろす。赤い雷は地を走るように迸り、大きな爪痕を生んだ。
「……うっわ、ここまで出来るの?」
スフレが驚きの表情を浮かべる。
「うーむ、見事だ。やはり君は赤雷の騎士の子なのだな。だが、まだ話す事がある。すぐに戻って来てくれ」
リランはデナを連れて再び神殿へ向かう。
「ヴェルラウド、凄いじゃない! 見違える程パワーアップしたってわけぇ?」
「……さあな」
「はい?」
素っ気ない返答をするヴェルラウドに、スフレは一瞬きょとんとする。
「ま、とりあえず戻るぞ。何やらまだ話す事があるらしいからな」
ヴェルラウド達は神殿の祭壇の間へ向かう。
「オディアン、ちょっといいか?」
「何だ?」
「もしよければ、後で試させてくれ。俺と剣を交える事で」
オディアンはヴェルラウドの目を見てはすぐに察し、無言で頷いた。
「ねえ何? 今度は男同士で特訓のつもり?」
「まあそういう事だな」
「何だったら、このスフレちゃんの必殺魔法フルコースによる特訓も受け付けてるわよ?」
「いらんよ。俺は剣を交えたいんだ」
「あー! 何よその素っ気ない態度! ふん、いいわよ! 男同士で思う存分チャンバラでもやってなさいよ!」
スフレは膨れっ面でさっさと走って行く。
「何だあいつ」
「ふむ、あの素振り……もしやスフレはお前の事を……」
オディアンはスフレのヴェルラウドに対する振る舞いが気になっているようだ。
「ん? どうかしたのか?」
「……ああ。何でもない。行くぞ」
オディアンが足を進めると、ヴェルラウドは何なんだと呟きながらも後に続いた。祭壇の間に佇むリランとデナを前に三人が揃うと、リランは手元の青く輝く宝玉を見つめては軽く呼吸を整える。
「よし、皆揃ったな。ヴェルラウドよ、君が神雷の剣を使う資格を得たとならば、これから闇王との戦いに挑む事になるだろう。だが、その前に一つ君達に伝えるべき事があるのだ」
「え?」
「実のところこれも密かに予知していた事なのだが、この世界には君達と同じ使命を受けた者達が存在し、やがて君達と共にする事になる。蘇りし巨大なる闇に挑む為に」
リランの予知によると、ヴェルラウド達と同様に巨大な闇に挑む使命を受けた者達が世界の何処かに存在し、その者達はヴェルラウドと共に全ての闇を司る者と戦う事になるという。そして闇王を打ち倒すには、ヴェルラウド達のように闇に挑む使命を受けた者の力も必要としているのだ。
「ええ! せっかく神雷の剣が使えるようになったのに、今度はあたし達と同じ使命を受けたという人達を探さなきゃいけないわけ?」
「そうだ。その中心となる人物は太陽に選ばれし存在となる者……太陽の戦神と呼ばれる英雄の血筋を持つ王家によって建国された王国の姫君。そして王国の名は……」
リランは宝玉を握り締めながらも念じる。
「……ローズ……クレマローズ。レドアニス大陸に存在する王国だ」
「クレマローズだと?」
ヴェルラウドは思わず声を張り上げる。クレマローズという名前を聞いた瞬間、ヴェルラウドの脳裏に浮かんだのはレウィシアであった。
「知ってるのか?」
「ああ……俺はクレマローズの王女とは縁がある。なるほど、話が見えて来たぜ。つまりクレマローズ王国の王女とその仲間となる連中が俺達と共に戦うという事だろう?」
「その通りだ。そうか、君とも所縁ある者だったのだな」
「ねえ、縁があるってどういう事よ! あんた、もしかしてその王女様と密かにデキてるとかいうオチじゃないわよね?」
スフレが詰め寄るように言う。
「んなわけねぇだろ。過去にちょっとした因縁があっただけだ。いちいち寄るなっての」
「何よ、そんなに避ける事ないじゃない」
再び膨れっ面になるスフレ。
「どうやら、我々には闇王の元へ行く前にまだやるべき事があるようだな。ヴェルラウドよ、クレマローズ王国の王女たるお方はどのような人物かは存じているのだな?」
「ああ。王女でありながら俺とタメを張る程の剣の腕を持ち、炎の力を操る事も出来る実力者だ。ワケあって一度剣を交えた事もあった」
ヴェルラウドはかつて影の女王がサレスティル王国を暴政で支配していた頃、唆される形でレウィシアと激しく剣を交え、シラリネの犠牲を機に影の女王が本性を現した際にレウィシアと共闘した事を振り返っていた。
「何にせよ、君達が次に行くべき場所はクレマローズ王国だ。今日のところは休んでおくがいい」
リランから次なる目的地を知らされたヴェルラウド達は祭壇の間を後にした。
「まさか、ここでレウィシア王女の力を借りる事になるとはな……」
ヴェルラウドはレウィシアの事を思い出しつつも考え事をしていた。
「ねえヴェルラウド。クレマローズとかいう王国の王女様と関わりがあるんでしょ? 一体どんな関係なのよ」
スフレが眼前まで顔を寄せて詰問するが、ヴェルラウドは反射的に顔を逸らすばかりであった。
「もう、人が真剣な顔で質問してるのになんでそうやって顔を逸らすのよ! 何か疚しい事でもあるわけ?」
「ったくうるっせぇな。ただの知り合いだ。特別な間柄というわけじゃない」
「本当にそうなの?」
スフレの表情はまるでヤキモチを焼いているかのような顔だった。
「よせ、スフレ。いらぬ邪推はやめておけ」
オディアンが冷静に声を掛ける。
「まあいいわ。ただの知り合いだったら別にどうという事はないもんね」
スフレは気を紛らわせようと両手を広げ、軽く身体を解し始める。
「何なんだよ……」
ヴェルラウドは訳が分からないままスフレの姿をジッと見つめていた。
「剣を交えるぞ、ヴェルラウドよ」
オディアンの一言。
「ああ。試させてもらう。神雷の剣をな」
力強く返事をしたヴェルラウドは神雷の剣を手にする。
「よし、ならば聖都の外でやるぞ」
「解った」
ヴェルラウドとオディアンは揃って歩き始める。
「あー! ちょっと待ちなさいよ!」
二人の後を追うスフレ。二人の真剣勝負は、凍てつく吹雪が吹き荒れる聖都の外で行われた。


あの試練を乗り越えてからが、本当の戦いだ――。

例え剣を使えるようになっても、まだ闇王は倒せない。剣を完璧に使いこなすまでは。そしてこの剣は闇王を倒す為に存在するものではない。全てのものを守る為に存在するものだ。

俺に出来る事なら何だってやる。サレスティル女王を助ける事は勿論、大切なものを救う事も。そう誓ったから、この剣は俺に託された。

これから待ち受ける出来事も、剣を完璧に使いこなす程の力量と心を物にする為の試練となるのだろう。

俺はもう後ろを振り向かない。何があろうと、ずっと前に進み続ける。心の中に父と母、姫様、シラリネがいるのだから――。


その日の夜、ふと目が覚めたヴェルラウドはそっとベッドから降りる。隣のベッドで寝ているはずのスフレの姿がない事に気付き、客室から出る。すると、スフレが廊下で開いた窓からの風を浴びていた。
「スフレ、お前何やってるんだ?」
ヴェルラウドの声に一瞬驚くスフレ。
「なっ、ヴェルラウド? びっくりさせないでよ!」
「それは悪かったな。どうかしたのか?」
「別に。眠れなかっただけよ」
スフレの表情はどこか物憂げであった。
「……お前、まだ俺の事で何か気になるのか?」
「違うわよ! 考え事してたのよ」
「考え事?」
「なんてーか……クチではなかなか言い表せないんだけど。正直あたしの事、どう思ってるのかなって」
「……お前の事をか?」
「そんなところよ」
俯き加減に言うスフレの顔は若干赤らめていた。
「お前は……仲間だよ。俺にとっては頼れる仲間だ」
ヴェルラウドが率直に言う。
「……仲間、か。まあそうよね。あたし達、仲間だもんね」
スフレはまるで何かを隠しているような素振りで苦笑いする。
「何故そんな事聞くんだよ」
ぶっきらぼうに言うヴェルラウド。
「ちょっと気になっただけよ! 何ていうかあたし……あんたにさ。あれこれ絡んだりしたじゃない? それでね。密かに鬱陶しいとか思われてるんじゃないかって気がして」
どこかぎこちない口調でスフレが言葉を続ける。
「……誰がそんな風に思うんだよ。お前には寧ろ感謝してるよ。試練の時も俺を助けてくれたんだからな」
「え……?」
ヴェルラウドは試練の中で起きていた出来事を語る。一部の記憶を消された形で自分の過去の記憶を元に作られた偽りの世界に迷い込んでいた時、スフレのブローチから声を聴いた事を。そしてその声によって消された記憶が蘇り、偽りの世界を叩き斬った事を。
「……あたしの祈り、しっかり届いてたんだね」
スフレの目から涙が零れ落ちる。
「お前からのお守り、まだ返してなかったな。返しておくぜ」
ヴェルラウドはブローチをそっと差し出した。だが、スフレは首を横に振る。
「いいよ。返さなくても。あんたが持ってて」
「ん? 何故だ?」
「何ていうか、あんたが持ってた方がいい気がするの。あたしの想いが込められたお守りだから……」
スフレは涙を拭い、ヴェルラウドの胸に顔を寄せる。
「これからも、あたしを頼ってもいいのよ。あたしは、いつでもあんたに付いていくから……」
ヴェルラウドは心の中で「ありがとよ」と呟き、涙を溢れさせるスフレをそっと抱きしめた。


翌日――ヴェルラウド達はリランに旅立ちの挨拶をしようと再び祭壇の間へやって来る。
「出発の時だな。クレマローズ王国は此処からだと遥かに遠い場所にある。そこでだが……暫しこの私も君達と同行させてもらおう」
「何ですって!」
リランの傍らにいるデナは驚きの声を上げた。ヴェルラウド達も予想外の出来事に驚きを隠せない様子である。
「リラン様、どういうおつもりですの? この聖都ルドエデンに統治者がいなくなられては……」
「私にもやるべき事がある。世界の運命を賭けた出来事が待ち受けている以上、大人しくしているわけにはいかぬ。現に今、父が予知していた災厄が訪れている。だからこそ彼らの力になる時なのだ」
真剣なリランの目を見たデナは思わず黙り込んでしまう。
「本当に俺達と同行するつもりなのか?」
「うむ、私にも君達の助けになるような魔力は持ち合わせている。足手纏いにはならぬつもりだ」
「なーに、スフレちゃんの魔法だってあるんだから心配無用よ! そんなわけで宜しくね、リラン様!」
リランの同行を承諾したヴェルラウド達は祭壇の間から出ようとする。
「デナよ、聖都の護衛は君に任せる。マナドールの闘士として聖都を守ってくれ。よいな?」
「……はい! この私に任せて下さいまし!」
快く返事をするデナに、リランは安堵の表情を浮かべる。
「ヴェルラウド! スフレ! デクの棒! リラン様を頼みましたわ。もし何かあったら承知しませんわよ!」
「任せなさいって! あたし達はどんな困難も乗り越えられる最強のパーティーなんだから!」
スフレが力強く返答してヴェルラウド達と共に祭壇の間を後にすると、デナはふふっと笑顔を浮かべた。


その頃、闇王の城では濃度が濃い闇の瘴気に覆われていた。ケセルに与えられた暗黒の魂を受け入れた事で爆発的な力の暴走が起こり、周囲に存在するものを次々と叩き潰し、苦しみに蹲る闇王。濁った目は禍々しい光に満ちていた。
「……赤雷の……騎士……ヴェルラウド……ニンゲン……全て……消す……全てを……滅ぼす……オッ、オオオォッ……!」
譫言のような声を上げる闇王の姿を見て驚きながらも、遠い位置から見守っている者がいる。ゲウドだった。
「な、なんというパワーじゃ……闇王様はあの頃より上回るパワーを得られたかもしれぬ……」
ゲウドは蹲っている闇王をジッと見つめている。
「か、完全に復活した闇王様を……ワシの手で制御出来れば……」
掌を僅かに震わせつつも、ゲウドは恐る恐る闇王に近付こうとする。
「……オ……オオオァァアアア! ンオオオオアアアアア!」
耳に響く程の咆哮を轟かせる闇王。
「……魂、を……魂……を……よ、こ、せ……もっ……と……もっと魂を……ウオオオオオアアアア!」
闇王は再び激しい苦しみに襲われ、四つん這い状になって息を荒くする。
「魂……ですと? さては暗黒の魂がまだ必要だと……」
ゲウドは闇王が口にした魂という言葉に首を傾げつつも、そっとその場から離れた。


神殿から出たヴェルラウド一行はクレマローズ王国へ向かう前にまず結果をマチェドニルに報告しようと、賢者の神殿に戻ろうとした。飛竜ライルを呼び出そうとスフレが笛を取り出す。
「ちょっと待て」
リランが声を掛ける。
「一瞬で賢者の神殿に行ける方法がある」
そう言って取り出したのは、翼の装飾が施された宝石――これまで行った事のある場所へいつでも自在に戻る事が出来るリターンジェムだった。
「あ、それってリターンジェムじゃない! それを使うって事は賢者の神殿に行った事があるのよね?」
「うむ。父がお世話になった場所なだけに時々顔を出しているものでな」
「何の話だ? その宝石は何なんだよ?」
訳が解らないヴェルラウドにリランがリターンジェムについて説明する。
「そんな便利なものがあればあの飛竜に乗らなくてもいいって事だな。助かったぜ」
「助かった? どういう事だ?」
飛竜による空の旅が苦手なヴェルラウドは思わず言葉を詰まらせる。
「ヴェルラウドったら、飛竜に乗るのが怖いのよ。ここに来る時もすっごい怖がってたくらいなんだから」
「おい、やかましいぞ!」
「あはははは!」
顔を真っ赤にして怒鳴るヴェルラウドを見て悪戯っぽく笑うスフレ。
「とりあえず。皆の者、しっかりと私に掴まってくれ」
ヴェルラウド、スフレ、オディアンはリランに掴まると、リランは念じながらリターンジェムを天に掲げる。すると、一行の姿は吸い寄せられるように消え、一瞬で賢者の神殿の前にワープ移動した。
「すごーい! あっという間に賢者の神殿に到着したわ! さっすがリターンジェムね!」
スフレが感激の声を上げる。
「むむ、まさかこんな事が可能だとは驚いたな……。まあともかく、賢王様の元へ向かうとしよう」
オディアンは神殿の門へ向かって行く。一行は神殿の中に入ると、内部は静まり返っていた。
「誰もいない? これはどういう事だ?」
内部の状況に思わず身構えるリラン。
「落ち着けよ、リラン様」
冷静に言うヴェルラウド。
「ふむ、誰もいない上に静まり返っている。さては……」
「賢王様ったら、あれからずっと地下で身を潜めているのかしら」
オディアンとスフレが続けて言う。
「何を言ってるのだ? 君達は事情を知っているのか?」
「大丈夫よ。賢王様は地下に避難中なのよ。説明するのも面倒だから黙って付いてきて」
スフレはリランを大祭壇の間へ連れて行く。
「お前達、無事で戻ったようだな。むむ? そこにいらっしゃるのはリラン様!」
一行が大祭壇の間に来ると、マチェドニルの声が響き渡るように聞こえ始める。
「その声はマチェドニル殿か? 何処にいる?」
「フォッフォッフォッ、ご安心を。わしらは地下にいますぞよ」
「地下だと?」
スフレはリランの手を引っ張りながらも祭壇の上に登る。続いてヴェルラウド、オディアンが祭壇に登ると、祭壇は下降していった。
「うわわわわっ! な、何事だ?」
突然の出来事に驚きを隠せないリラン。下降が止まり、地下の大広間に出るとマチェドニルを始めとする賢人達が集まっていた。
「マチェドニル殿!」
「おお、これはリラン様。こちらをお訪ねするのはいつ振りになりますかの……」
「全く驚いたぞ。まさかこんな場所を設けていたとはな」
マチェドニルの姿を確認したリランは安堵の表情を浮かべる。
「ヴェルラウドよ。その様子では上手くいったという事か?」
「ああ。何とかな」
ヴェルラウドは全ての出来事を話した。
「我々にとって未知の領域であった試練の聖地……まさかそれを乗り越えるとは。ヴェルラウドよ、試練を乗り越え、神雷の剣を使えるようになったお前はエリーゼを越える事が出来たかもしれぬ」
「……いや。まだ終わりじゃないんだ」
「ぬ? 終わりじゃない、と?」
「俺は神雷の剣を使う資格を得ただけに過ぎない。剣を完璧に使いこなす力量と心を手に入れない限り、神雷の剣の力を発揮出来ない。本当の試練はこれからだと言っていた」
そして今後の目的――クレマローズ王国へ向かい、レウィシアを始めとする使命を与えられし者達に会うという目的についてリランが話すと、マチェドニルは少し考え事をする。
「クレマローズ……かつてわしの仲間であったガウラが治める王国。太陽の戦神と呼ばれた英雄の血を分けた王家によって建国された王国でもある。ガウラ自身も大いなる炎の力を司る騎士だった。彼の子ならばきっとお前達の心強い味方になるであろう」
マチェドニルは賢人達に何か指示するように無言で手を上げるサインをする。賢人達はそのサインに応えるかのように、慌ただしく動き始める。
「ヴェルラウドよ。次なる目的を終える事が出来たら必ずわしのところへ戻って来てくれ。お前達に渡したいものがある」
「渡したいもの?」
「うむ、闇王との戦いに備えたとっておきの物を作っているところじゃ。だが、完成にはまだ時間が掛かる。こいつがあると闇王との戦いが有利になるかもしれんからの」
マチェドニルが言うとっておきの物について気になりつつも、ヴェルラウド達はクレマローズへ向かう準備を始めた。
「ねえ、賢王様……」
声を上げたのはスフレであった。
「何だ?」
「私……お父さんに預けられたんですよね?」
スフレの問いにマチェドニルは驚きの表情を見せる。
「すまない、マチェドニル殿。彼女は私の同士になる。いずれは知る事になる故に話しておいたのだ」
リランが詫びながら説明する。
「……スフレよ、確かにお前は聖地ルイナスから来た魔導師……つまりお前の父親によって預けられた子だ。そのうち話そうとは思ってはいたが……」
マチェドニルの言葉に俯くスフレ。
「それで……お父さんの行方は? お母さんは……」
「残念ながらそこまでは解らぬ。今頃聖地ルイナスにいるのか、それとも……」
マチェドニルにはこれ以上言う事は出来なかった。
「……解りました。ありがとうございます」
スフレは軽く礼を言い、気を取り直して準備に取り掛かる。マチェドニルは心の中ですまぬと詫びながらも、明るく振る舞っているスフレの姿をずっと見つめていた。

笛の音と共に、飛竜が神殿の前に降り立つ。スフレ、リラン、オディアン、そしてヴェルラウドが恐る恐る背に乗り込むと、飛竜が飛び立った。リランはクレマローズにまで訪れた事がない故リターンジェムでの移動は不可能で、飛竜ライルを利用して向かう事になったのだ。慣れない空の旅に落ち着かない様子のヴェルラウドをオディアンがしっかりと抑えている中、スフレは思う。


あたし、ヴェルラウドに惚れていたのかな。
最初は取っ付き難い男だと思ってたけど、一緒に旅しているうちに何だか放っておけなくなって。

お父さんとお母さん……生きているのか解らないけど、もし生きていたら、会いたいな。
お父さんは、あたしを賢王様に預けた時は何を思っていたのだろう。そしてお母さんは――。

けど、今はヴェルラウドの力になる事を考えなきゃ。戦っているのは、彼だけじゃない。あたしも、みんな戦っているんだから。

ヴェルラウド……あなたが試練に挑んでいた時に、あたしの祈りが届いていたという事は、いつかきっと……

……

ふふ、あたしったらこんな時に何考えてるんだろう。でも、あたしはずっとあなたに付いて行くよ。何があっても。


雲一つない晴れ渡る空の中、翼を大きく広げる飛竜の鳴き声がけたたましく響き渡った。


一方その頃――。

「たああっ!」
クレマローズ近辺の平野にて、鋭い角を持つ巨体の魔物バッファロードに槍による一撃が決まる。魔物に挑んでいるのはテティノとラファウスで、背後にはルーチェを守るように抱くレウィシアがいた。ケセルによって武器と防具を破壊され、丸腰のレウィシアは無力同然の状態であり、テティノとラファウスが戦っているのだ。
「こいつ……まだ動くぞ」
テティノが槍を構えると、ラファウスが前に出る。ラファウスの手には大型のチャクラムが握られている。風の魔魂の化身エアロが『風円刃ふうえんじん』と呼ばれる武器に変化したものであった。
「皆さん、下がっていなさい」
ラファウスは魔物に向けて風円刃を投げつける。すると、風円刃は激しく回転すると共に魔物の巨体を切り裂いていった。
「我が風の魔魂を刃に変え、回転による真空で全てを切り裂く。その名も、華円烈風閃かえんれっぷうせん
魔物が倒れると、風円刃は元のエアロの姿に変わり、ラファウスのところに戻る。
「凄いな……ここまで出来るのか」
テティノは驚いたように呟く。
「何とか倒したけど、以前よりも強い魔物が棲み付くようになったわね」
魔物の死骸を前に、レウィシアは不意に悪い予感を覚える。
「この辺りも物騒だと考えると、いつまでもモタモタしない方が良さそうですね。気を引き締めて行きましょう」
ラファウスの一言に、レウィシア達は早歩きでクレマローズへ向かって行った。

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