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第四章「血塗られた水の王国」

港町と蠢く魔物

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北西の大陸に存在する水の王国アクリム――古の時代には、エルフ族の住む領域が存在していた大陸でもあった。世界が冥神の脅威から去った後、現国王の遠い先代となる王が更なる繁栄を求めてエルフ族の領域を侵攻し、そこに一つの港町を作った。国の領土には王都アクリム、港町マリネイの二つの都市が存在する。二つの都市は、王国の槍騎兵隊と水の魔魂の適合者となる王子によって守られていた。王子の名は、テティノ・アクアマウル――。

アクリム王国の王家、アクアマウル一族には大いなる水の魔力が備わっており、王と王妃の第一子となる王子テティノは水の力による様々な魔法、第二子となる王女マレンは母なる海の加護による癒しの魔法を扱える魔力の持ち主であった。テティノには水の魔法のみならず槍術の才能も持ち合わせており、幼い頃から王による過酷な訓練を重ね、王家の仕来りで行われた試練を通じて出会った水の魔魂の化身と共にする事によって更なる力を身に付け、槍騎兵隊と共に王国を守り続けていた。テティノの妹となるマレンは癒しの魔法で傷付いた兵士達を癒しながらも、王国の人々の相談に乗ったりと様々な形での人助けを行っていた。


ある日の事――。


「……また地震か」
槍騎兵隊を連れて大陸にいる魔物の討伐に出掛けていたテティノが王都へ帰還した途端、地震が起きる。軽震だったものの、一ヵ月前から王国全体で定期的に地震が起きるようになっていた。揺れが収まると、テティノは王宮へ向かって行く。
「テティノ王子、お帰りなさいませ!」
王宮の衛兵が一斉に敬礼をすると、門を開ける。多くの兵士達に迎えられつつも、謁見の間へやって来る。玉座にはアクリム王と王妃がいた。
「テティノよ、成果の程は如何であったか?」
「はい、本日は約百体程討伐に成功致しました」
テティノが跪きながら報告すると、王は軽く咳払いをする。
「ふむ、だがその成果は槍騎兵隊との協力があってこそだ。決してお前の実力によるものではない。そこを勘違いするな」
王の厳しい評価を受け、返す言葉が出ないまま俯くテティノ。
「ところで、お前も薄々と感じているであろう? 魔物の急増ぶりを」
大陸の魔物は突然急増するようになり、元々大陸に生息していなかった醜悪かつ凶暴な魔物までも多く見られるようになっていた。テティノ率いる槍騎兵隊は魔物を毎日のように討伐するものの、凶暴な魔物の数は減らないどころか無限に湧き続ける状況であった。
「それにしても父上、以前では見かけなかった変な魔物がウジャウジャ出るようになったし、これだけ討伐しても魔物が一向に減らないなんて、何か原因があるのでは……」
「……何処かに魔物を生み出している元凶のようなものが存在しているのかもしれん。それに、一ヵ月前から地震が起きるようになっただろう」
「ええ。それも何か関係しているんでしょうか」
「……テティノよ、一刻も早く魔物が湧き出ている原因となるものを探し出せ。どうも不吉な予感がする」
「わかりました」
威圧的な態度で振る舞う王を前に、テティノは軽く挨拶をして謁見の間から去ると、上階にあるマレンの部屋へ向かう。
「あ、お兄様」
マレンが振り返る。水色の長い髪を靡かせた可憐な容姿を持つその姿は、姫と呼ぶに相応しい美少女だった。
「やあ、マレン。相変わらず退屈そうだな」
「退屈だなんてとんでもないわ。さっきまで傷付いた騎士達の治癒を施していたんですもの」
「ふーん、よくやるね。お前は僕とは違ってお姫様だし、そうしてお姫様やってるだけで生きていけるんだから気楽なもんだよ」
軽く棘のある口ぶりで言うテティノに、マレンは困惑したような表情を浮かべる。
「わ、私だってお兄様のようになりたいなって思ってるわよ! だって騎士様とかカッコ良くて憧れるし、私も騎士だったらなって考える事もあるんだから!」
「お前が騎士に? ハハハ、つまらんジョークだな。王国のお姫様たる者が騎士をやるなんてそんなバカな話があるか? 第一そんな事、父上や母上が許すわけないからな」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
「ああそうそう。別に治癒魔法はいらないよ。お前に治療されるくらいなら薬草で回復した方が鍛錬になるからな」
「何よ、お兄様のバカ!」
小馬鹿にしたような物言いに膨れっ面をするマレンを背に、部屋から出るテティノ。
「やれやれ……お前はいいよな、本当に」
テティノは部屋のドアを前に小声で独り言を呟いていた。



レウィシア達が乗っている船は、港町マリネイの船着き場に到着した。船から降り、港を出る一行。
「ひゃ~、潮の香りが心地いいですねぇ! おかげで船酔いからあっという間に覚めちゃいましたよ!」
メイコが嬉しそうにはしゃぎ始める。傍らにいるランが丸まったシッポを振りながらも笑顔で舌を垂らしていた。
「此処はアクリム王国の領土内の港町……この地がかつてエルフ族が住んでいた領域だというのでしょうか」
ラファウスはシッポを振っているランを撫でながらも、街並みの様子を眺める。何気ない日常を過ごしている様子の人々とはしゃぐ子供達の姿。更に街の中心地ではバザーが開催されており、多くの人々で賑わっていた。何の変哲もない平和で美しい港町といった光景だった。
「これは! バザーといえば私の出番ではありませんか! ふっふっふっ、商魂が滾りますねぇ! そんなわけで、私は営業に行って参りますので後はご自由になさって下さぁい!」
商魂を湧き上がらせたメイコは目を輝かせながら道具袋を担ぎ、ランを連れてバザー会場へ向かって行った。が、途中で振り返り……
「あ! バザーに御用がありましたら私のところの宣伝をお願いしますね!」
そう言い残して再び足を動かす。
「……何ですか、あの人は」
走っていくメイコの姿を見てラファウスは呆然とする。
「気にしなくてもいいわ。成り行きで同行してた行商人だから」
「そうですか」
レウィシア、ルーチェ、ラファウスの三人は街中の探索を始める。街中を歩きながらも、レウィシアの頭の中には過去の様々な出来事が浮かび上がる。黒い影と謎の道化師、そして風神の村を襲撃した復讐のエルフ族セラクとの戦い。レウィシアの渾身の一撃によって深手を負い、苦痛に喘ぐ血に塗れたセラクの姿。いつか再びセラクと戦う事になる。背く事の出来ない運命に立ち向かわなければならない現実にレウィシアは何とも言えない感情を抑えつつも、これから起きるであろう出来事を考えて呼吸を整えていた。


彼と再び戦う事になれば、ラファウスの言う通り非情になるしかないのかな。でも……。


その時、地面に僅かな揺れが起きる。地震であった。揺れは徐々に大きくなっていく。
「きゃああ!」
「うわあああ!」
突然の地震で街中がパニックに包まれる中、レウィシア達は揺れが収まるまでその場に立ち止まっていた。三十秒後、揺れは徐々に収まっていく。
「い、いきなり地震だなんて……二人とも、大丈夫?」
「うん、何とか」
「平気ですよ」
お互いの無事を確認した一行は再び足を動かす。通行人がざわめく中、一行はある会話を耳にする。
「ここんところ地震が多いけど一体どうなってんだ?」
「魔物も急激に湧くようになったしな」
「ねー。最近頻繁に地震が起きるようになったし、怖いよね」
「魔物だったら王国の槍騎兵隊と王子様が何とかしてくれるけどね」
そんな会話を聞いた一行は立ち止まる。
「地震が多い上に魔物が急激に湧き出したって、何かありそうね」
「ええ。何か悪い予感がします」
レウィシアとラファウスが話している最中、ルーチェが遠くを見つめているような表情をする。
「ルーチェ、どうしたの?」
レウィシアが声を掛けると、ルーチェは振り返らずに遠くを見つめている様子だった。
「……何だろう。何かが見えた気がする」
「え?」
「ぼくにもよくわからないけど……一瞬だけ何かが見えた。魂のような、死霊のような何かが……」
ルーチェが物憂げな表情のまま振り返る。レウィシアは何だろうと思いつつも、辺りを見回してみる。だが、レウィシアの視界には特に変わったものは見えなかった。
「まさか、気のせいよ。あんまりそういうの気にしちゃダメよ?」
レウィシアはそっと顔を寄せ、笑顔でルーチェの頬に軽く触れる。だがルーチェは俯きがちな様子だった。バザー会場に向かうと、大勢の人々で賑わう中、槍を携えたフルプレートアーマーの男がメイコの売り物を買っているのが見える。男は、槍騎兵隊の騎士だった。買い物を終えた騎士の男が去ると、レウィシア達はメイコの元にやって来る。
「あら、皆さんもバザーでお買い物ですか? さっき凄くカッコいい騎士様が買い物に来たんですよおおお!」
大はしゃぎで目を輝かせるメイコに、レウィシアはそうですかと愛想笑いする。
「騎士様というのは先程見かけた鎧を着た方でしょうか? 街中で王国の槍騎兵隊といった話をお聞きしましたが、もしかするとその方は……」
「いやあ、遠路はるばる水の王国まで来た甲斐があったものですよ! 鎧を身に纏った騎士様が私のところへ買い物に来てくれるなんて! レウィシアさん達に感謝しないといけませんね!」
「そ、それはよかったですね……」
ラファウスの呟きそっちのけではしゃぐばかりのメイコは、更にテンションを上げて商売を再開する。レウィシアはそんなメイコを一言程度で軽く応援し、その場を後にして街中の探索を続けた。レウィシア達が去ると、メイコの元に再び人がやって来る。
「いらっしゃいませ! 何かお探しです……か?」
現れたのは、忍の装束を着た怪しい男だった。背中には二つの刀を装着しており、表情が見えないように口元がマスクで覆われていた。物々しい雰囲気が漂う男を前に思わず面食らうメイコだが、落ち着いて営業スマイルに切り替えようとする。
「……薬草を買いに来た。売っているか」
淡々とした声で男が言う。
「か、畏まりました! 薬草ですね! えっと、数は一つでしょうか?」
「四つだ」
「あ、失礼しました! 四つですね!」
男が放つ雰囲気に内心動揺しながらも商売を続けるメイコ。薬草を買い終えた男が静かに去ると、メイコは周囲を確認するようにキョロキョロする。
(な、何だか近寄り難そうな雰囲気の人だったけど……悪い人じゃないのかしら。それにあの恰好……何かの物語に出てきた忍っていう役職の人?)
メイコは買い物に現れた怪しい男について色々気になっていると、ランが膝元に鼻を寄せてクーンと鳴き声を上げる。
「……ま、何もなければ気にする事ないわよね! さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
メイコはランを撫でながらも、商売を再開させた。


街中の探索を一通り終えたレウィシア達はカフェを訪れ、聞き込んだ情報を整理する。王国の領土内に突然大量の魔物が急激に湧くようになった事や、最近頻発している地震の事。王国の王子や槍騎兵隊と呼ばれる騎士の部隊が湧き上がる魔物を退治している等、様々な情報が重なっていた。カフェでの休憩を終えたレウィシア達が外に出た頃は、既に日が暮れていた。この日は宿を取り、翌日に王国の首都となる王都アクリムへ向かおうと決めた矢先、メイコがやって来る。
「レウィシアさぁぁん! 此処にいたんですかぁ?」
随分嬉しそうな様子のメイコは、バザーでの商売で見事に完売を果たしたのだ。
「私、やりましたよ! 仕入れてきた商品が見事に完売いたしました! おかげで大儲けですよぉぉ!」
「はは……おめでとうございます」
メイコが所持している金庫には売上金が大量に詰め込まれていた。
「ところで、もう日が暮れる頃ですが今日はこちらでお泊りですか?」
「ええ。明日王都アクリムへ行くところよ」
「なるほどぉ! 港町の次は王都へ観光というわけですね! ワクワクしてきます! ならば喜んで私もお供いたしますよ! 水の王国ならではの掘り出し物もありそうですからね!」
「いや、観光に来たわけじゃないんですけど……」
まだ同行する様子のメイコのテンションに苦笑いするレウィシア。宿屋で三人分の部屋を確保したレウィシア達はそれぞれの部屋で休息を取る。レウィシアの部屋にはルーチェも入る事になった。部屋のバスルームで入浴を済ませたレウィシアがタオルを巻いた姿で既に寝間着姿に着替えていたルーチェの前にやって来る。辺りにシャンプーとボディソープによる良い香りが漂う中、ルーチェはレウィシアの姿をジッと見つめている。
「本当はルーチェと一緒にお風呂入りたかったけど、流石にそこまでは出来ないかな」
タオルで全身を拭き取ったレウィシアは下着を着用し、寝間着に着替えていく。一通り着替え終えると、レウィシアはルーチェの隣に座る。僅かに開いている部屋の窓からは、心地良い潮風が入ってくる。
「夜の潮風って気持ちいいわね」
「うん、そうだね……」
レウィシアは肩に手を回しつつもルーチェの頭をそっと撫でる。
「ねえルーチェ……この戦いが終わったら、お姉ちゃんのところに来る? クレマローズのお城に」
「お城……ぼくがお城に来てもいいの?」
「勿論よ。あなたはずっと守ってあげたいから……」
レウィシアは少し物悲しい表情を浮かべながらも、ルーチェの頬を軽く撫でてそっと抱き寄せる。
「私が普通のお姫様だったらよかったのに……」
ルーチェを抱きながらも、レウィシアは様々な想いを募らせつつ目に涙を浮かばせる。
「……お姉ちゃん、泣いてるの?」
胸の中のルーチェが言うと、レウィシアは涙を堪えつつもルーチェを抱きしめる。
「ううん……泣いてないわ。涙なんて見せられないもの」
そう言って、レウィシアはルーチェを包み込むように抱きしめていた。ルーチェはレウィシアの匂いと温もりに包まれながらも、甘えるように胸に顔を埋めている。


この子を守る為にも、私は戦わなくてはならない。
けど……今私は、心の何処かで戦う事を恐れている。

敵対する存在とはいえ、自らの手で一人の男を深く傷付けてしまった事への罪悪感が、何故これ程大きく感じているのだろうか。
魔物を倒した時にはさほど罪悪感を感じなかったのに、何故だろう。

復讐に生きるあの男の戻れない運命の重さを知ったからだろうか。
その答えは、私自身にも解らない。

でも、私は戦わなくてはならない。守るべき者と、救うべき者の為にも。


一夜が明けると、レウィシアはルーチェを連れて宿屋のロビーにやって来る。そこにはラファウスとランを抱いているメイコがいた。
「おはようございます。さあ、行きましょうか」
「ええ」
「さあ、お次は王都の観光ですね! 探索を兼ねて参りましょうか!」
「だから観光に来たんじゃないんですけど……」
朝食を済ませ、旅を再開しようとした途端、地震が起きる。揺れは軽度ではあるものの、一分半に渡る長さの地震だった。
「今日もまた地震が起きるなんて……それに、風が妙に騒がしいですね」
ラファウスが不安げに呟く。
「多くの魔物が急激に湧くようになったという事も聞いたし、この地に何かが起きているのかしら。まさかと思うけど……」
レウィシアの脳裏に浮かんでくるのは、黒い影と道化師の姿だった。頻発する地震と湧き上がる多くの魔物との関連性について考えている最中、醜悪な唸り声が聞こえ始める。魔物の群れだった。その数は魔物の巣に入り込んだかのような大群である。
「な、なんて数なの?」
「キャーキャー! こ、こんなに魔物が出てくるなんて聞いてないですよおおお!」
レウィシア達が戦闘態勢に入ると、魔物の大群が一斉に襲い掛かる。ルーチェとラファウスがそれぞれの魔法で応戦する中、レウィシアは剣を振るおうとせず、盾を叩き付けていた。
「え、えーいっ! 私だってええっ!」
メイコが専用のハンマーを持って立ち上がり、襲い来る魔物の脳天に叩き付ける。
「くっ、まだまだ数は減りませんね……」
魔物の大群はまだかなりの数が控えていた。レウィシアは額から流れる汗を拭い、このままではと思いつつも剣を握り締めると、空からけたたましい鳴き声が聞こえてくる。現れたのは、中性的な容姿を持つ少年……テティノを乗せた飛竜だった。更に、馬に乗ったフルプレートアーマー製の鎧を着た槍騎兵隊がやって来る。テティノが飛竜から飛び降りた瞬間、多くの槍騎兵が魔物達に突撃する。
「下がってろ。こいつらは僕が片付ける」
テティノの全身が水色のオーラに包まれる。水の魔力を高めているのだ。
「ウォータースパウド!」
巨大な水の竜巻が巻き起こり、大勢の魔物を飲み込んでいく。突然の出来事にレウィシア達が驚いているうちに、テティノと槍騎兵隊の総攻撃によって魔物の大群は全滅していた。
「よし、これで片付いたな。お前達は引き続き大陸の調査を頼む」
「ハッ!」
槍騎兵隊が一斉に散り散りになる形で去って行く。
「ありがとうございました。えっと、あなたは?」
レウィシアが声を掛けると、テティノは髪を軽くかき上げる。
「君達は何処から来たのか知らないけど、この僕に助けられた事を光栄に思うがいいよ。僕の名はテティノ・アクアマウル。水の神に選ばれし者と言っておこうかな!」
威勢よく自己紹介するテティノ。
「水の神に……選ばれし者?」
レウィシアが首を傾げる。
「今の戦いで巨大な水の竜巻が魔物どもを飲み込んでいくのを見ただろう? あれが僕の力さ。槍騎兵隊の連中がいる事もあってもっと凄いものを見せられなかったのが残念だけどね」
「そうですか。私達は今、王都アクリムへ向かうところでして」
「王都に? 観光目的で行くつもりなのかい?」
「いいえ。私達はある目的で王様にお会いしたいのです」
テティノは一瞬眉を動かす。
「……何の用があるのか知らないけど、父上は軽々と君達余所者の相手をするような人じゃないよ。つまらん目的だったら即座につまみ出されるのがオチだ」
再び飛竜に乗り込むテティノ。飛竜は鳴き声をあげ、翼を広げて飛び始める。
「言っておくけど、変な真似だけはしてくれるなよ。わかったね?」
そう言い残すと、テティノを乗せた飛竜は飛んで行った。
「テティノさんって、もしや竜に乗る王子様でしょうか? 綺麗な顔立ちでしたねぇ! どっちかというと可愛い系の綺麗なお顔って感じで!」
メイコはテティノの事が気になっている様子だが、レウィシア達は目もくれない。
「あの方……何か私達と同じような力を感じましたが」
ラファウスはテティノから漂う水の魔力に、同じ魔魂の力を感じ取っていた。それはレウィシアも同じであった。
「テティノ・アクアマウル……彼も魔魂の適合者だわ」
レウィシアが持っている小さな道具袋からひょっこりと姿を見せたソルが、レウィシアの呟きに反応するかのようにきゅーきゅーと鳴き声を上げ始めた。



「ほほう、アクリム王国か……いずれ素材を頂きに行く場所だったが、一足先に来ていたとはな」
亜空間の中、道化師が浮かび上がる小さな魂を前に呟いている。魂は、ルーチェが街中で見た死霊のようなものが形になった存在であり、道化師の魔力によって生み出された偵察用の魔力エネルギー体だった。
「どれ、頂きに行くついでに遊んでやるか。だがその前に奴を……」
道化師は水晶玉を取り出す。玉に映し出されたのは、セラクの姿だった。


その頃セラクは、アクリム王国の領土内に存在する湖の前に佇んでいた。ゲウドによる魔改造で新しい右腕を与えられ、人間への本格的な復讐を決行すべくかつて同族が住んでいた領域に当たる場所を訪れていたのだ。湖の中心には巨大な石碑が立てられた小さな島がある。湖を泳いで渡り、島に上陸しては石碑を見つめると、セラクは心に憎悪を滾らせる。石碑には、『支配欲に捉われし先代の王と人々の罪によりて命を失ったエルフの民への償いと弔いを此処に捧げん』という文字が彫られていたのだ。セラクは右手に闇の魔力を集中させる。右腕は、どす黒く禍々しい刻印のある魔物の腕になっていた。セラクの右手から放たれた闇の光弾は石碑を粉々に破壊し、爆発を起こす。島全体が炎に包まれる中、セラクの表情が悪鬼のようなものに変わる。


――おやおや、随分と醜悪な顔になったものだな。セラクよ。


声と共に現れたのは、黒い影だった。
「貴様か……。私はそろそろ復讐を再開する」
セラクは闇のオーラを纏いながらも、鋭い目で空を見上げる。


――クックックッ、貴様に良い知らせだ。裏切り者の子と、貴様の腕を奪った愚か者の王女もこの地を訪れている。


「何っ!」
思わず拳に力を込めるセラク。


――貴様が思う存分人間どもに復讐するのは勝手だが、アクリムの王家も我が素材の一つだ。王族の者どもには手を出すな。貴様もこのオレによって生かされているという事を忘れるでないぞ。


そう言い残して消えていく黒い影。
「……人間ども……何処までも忌々しい生き物だ。裏切り者の子と、我が腕を切り裂いた人間の女……この手で八つ裂きにしてくれる。この手で、必ずな……!」
燃える島の中、憎悪のままに復讐を誓うセラクは怒りの咆哮を上げた。それに応えるかのように地面が揺れ始める。地響きは、数分間に渡るものだった。


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