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最終章 帰る場所
44妖精
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生きているかのように、巨大な蔦がうねる。
皇帝を捕えた蔦はそのまま皇帝を外へと引っ張り出し、空中で手足を拘束して磔にした。
そこに、ピンクの瞳をしたメルティアがふよふよと浮かびながらやってくる。
その後ろには焦った顔をしているチーが。
「おいメル! 落ち着けって!」
「珍しいね、チーくんがそんなこと言うなんて」
冷たく目を細めるメルティアに、チーは一瞬固まる。
長年の付き合いから、ブチギレているときのメルティアだとすぐにわかったからだ。
メルティアはすぐに視線をそらして、空中で磔にされている皇帝の頬をするりと撫でた。
蔦で口も拘束されているから話せないらしい。
信じられないものを見るような怯えた目でメルティアを見ていた。
「あそこに手は出さないって、約束したのに。どうして破ったの?」
話せないとわかっていながらメルティアは問いかける。
と、そこに銃弾が飛んできて、チーが風で吹き飛ばす。
「ほらわかるだろ?! 今のメルは人間なんだ! 当たったら死ぬし、いつものように力は使えない!」
メルティアは視線を下げた。
怯えて戦意喪失をして神に祈る兵士と、何とか戦おうと震えながら銃を構える兵たち。
さっきの銃弾はこの兵たちから飛んできたものらしい。
帝都の空中に浮かび上がったメルティアは、それを見て下から上に何かを持ち上げるように手を動かす。
すぐに地面がうねりだし、いくつもの巨大な木が生えて兵たちとの間の壁になった。
「だからやめろって! ジークはどうするんだ! こんなことして、ジークが喜ぶはずないだろ!」
その言葉にはピクリと反応して、でも切なげに目を伏せる。
「……もういいの」
「もういい?」
チーが勇ましさをなくしていく。
興奮したオーラを治め、静かにメルティアを見つめる。
「どういうことだい。また、何百年も待つ、ってことかい」
「ううん。違う。もう、やめる」
「……」
「ジークを待つのは、もう、やめる」
「どうして」
チーが信じられないものをみるような目でメルティアを見た。
「だって、メル、全部、思い出したんだろ?」
メルティアが口を開こうとしたその時、声が聞こえた。
「メルティア様ーッ!」と、そう呼ぶ、聞きなれた声が。
「……ジーク?」
メルティアは少し離れた街へと視線を落とす。
突然の異変に怯える人、神に祈る人、逃げ出す人、武器を構える人。
その中を、一頭の黒馬が駆け抜けていた。
黒い髪に凛々しい目元、左手で手綱を操り、右手には愛用の剣を持つ。
ジークだ。
近づく兵士を器用にかわして、近づいてきた者を剣の柄で突く。
ジークの周りが、キラキラと光っていた。
ファルメリア王国にいた妖精たちが何人かついてきているらしい。
「ジーク!」
ジークが街を超え、妖精たちが吹き飛ばした城門を超えてメルティアの近くまでやって来る。
大勢の兵士たちがいるにもかかわらず、無謀すぎる。
ジークが一斉に取り囲まれて、メルティアは慌てて力を振るった。
ジークの周りにいた兵たちが後方へと吹き飛ぶ。
と同時に、メルティアもふらりとよろめいた。胸元を苦しそうに押えて、荒く呼吸を繰り返す。
「メル!」
「……大丈夫」
「だから無理だって言ってんだろ! 人間のまま力を使うなんて!」
「……」
メルティアはチーのお説教を聞いていなかった。
ただ、ジークを見ていた。馬をなだめ、メルティアを見上げるジークを。
どうして、ジークがここに。
「メルティア様! こちらに!」
手を伸ばされる。
空に浮いて、どう見てもジークの知る「メルティア様」ではないはずなのに、それでもジークは手を伸ばしてくれる。
メルティアはふよふよとジークの近くに寄った。
距離が縮まって、ジークがほっとしたように目元をゆるめる。
メルティアはジークの背後に銃を構えた兵がいるのに気づいて、慌てて力を振るった。
「ジーク!」
ジークの周りに巨大な薔薇の壁が出現する。
ジークが驚いて自分の周りを見て、次にメルティアを見る。
メルティアは胸元を押さえながらジークを見つめ返した。
ジークが、迎えに来てくれた。
メルティア様と、そう呼んでくれる。
ジークと一緒にいたい。
これからも。
そう思う気持ちを、メルティアは胸元を強く押さえながらグッと押さえつける。
一緒にいたい。けど。
このままでは、ジークを護れない。
人の体では限界がある。
少し暴れただけで息が切れて胸が苦しい。
メルティアは自分の手のひらを見つめた。
帝国に行くと決めたとき、もう二度と、ジークとは会えないと思った。
一目見れただけで、奇跡じゃないか。
こうやって、会いきて、名前を呼んでくれる。
それ以上を望むなんて。
欲深すぎる。
メルティアは手のひらを見つめたまま、ぐっと覚悟を決める。
すると、メルティアの手の中にパッと小瓶が現れた。
とろりとした赤い液体が中にたっぷりと詰まっている。
「メルティア様!」
ジークがメルティアを見上げていた。
こっちに来いと手を伸ばしていたが、訝し気にメルティアの手のあたりを見て、ぐっと眉間のしわを深くする。
「……メルティア様、それを置いてください」
メルティアは黙ってジークを見つめ返した。
「メルティア様、こちらへ……」
「ジーク。もういいよ。もう、終わりにしよう?」
ジークの言葉を遮って、メルティアはそう口にした。
その瞬間、さっとジークの顔色が変わる。
メルティアはジークに微笑んで、小瓶の蓋を開けた。
そして、ピンクの小さな唇に小瓶の淵をつけ、そのまま傾けようとした、瞬間。
バリンっと、小瓶にヒビが入り、そのまま粉々に砕け散った。
赤い液体が地面に降り注ぐ。
驚いて手元を見るメルティアのそばに、ふよふよとチーがやって来る。
「オイラさ、ジークといるときのメル、結構好きなんだよね」
メルティアはゆっくりとチーを見た。
「何年も一緒にいるけど、メルが幸せそうに笑うの、ジークがいるときだけだから」
「……」
「それに、オイラ、知ってるんだ」
チーが泣き笑いのような顔で下にいるジークを見た。
「ジークはいつだって、メルのことばかりだ」
メルティアは、そっと、下にいるジークを見た。目が合うと、ジークはうんと優しく微笑んで、「ティア、こっちにおいで」と、手を伸ばす。
「……」
黙ってそれを見ていたメルティアは、やがてするするとジークの腕の中に向かって落ちていった。
メルティアの瞳の色も、ピンクから輝くような金色に戻っていく。
それと同時に、メルティアの意識も急激に遠のいていった。
メルティアは最後の力を振り絞ってジークの瞳に手を伸ばすと、何かをささやいた。
そして、こと切れたように、ジークの腕の中で眠りに落ちてしまった。
ジークは腕の中に落ちて来たメルティアを見てほぉっと息を吐いた。
暖かいから生きている。
瞳の色が変わって宙に浮いていたときは何事かと思ったが、今さらメルティアがなんであったって気にならない。
それだけの時間を過ごしてきたのだ。
「おい、ジーク。安心してると死ぬぜ」
聞いたことがないはずなのに、聞き覚えがある。
そんな不思議な声が聞こえて、ジークは驚いて顔を上げる。
目の前に、青い肌に四枚の羽根を持つ不思議な生き物がいた。
「おまえは……チー?」
「オイラが見えるのかい」
チーはジークと視線が合っていることに驚いて、やがて嬉しそうにイヒヒと笑う。
「それよりメルの力の効果が切れる」
ジークはそれだけで状況を理解をした。
深くうなずくと腕の中のメルティアを左手で抱きかかえ、右手に剣を持つ。
薔薇の壁が細かい光の粒となって崩れていき、すぐにジークたち目掛けて銃弾が飛んできた。
チーが風を操ってそれを弾き飛ばす。
ジークも剣の刃で器用に銃弾を弾き返した。なぜか、弾が見えたのだ。
必死に応戦していると、人の波を掻い潜って、ゾンビのように体を左右に揺らしながら一人の男が歩いてくる。
目は血走って、歯をむき出しにしながら、怒りに震えている。
メルティアに磔にされていた皇帝だった。生きていたらしい。
「貴様ら……ふざけるな……こんなことが許されるかァ!」
近くにいた兵の剣を奪い取り、それを乱暴にジークに投げつけた。
ジークはそれを剣で器用に弾き返すと、険しい顔で相手を見据えたのままメルティアを抱えなおす。
「必ずお守りします。命に代えても」
覚悟を決めた戦士の顔でそう呟く。
「オイラの力を貸すよ」
「チー?」
チーはジークの剣に触れ、聞き取れない言葉をささやいた。
「剣を振って、ジーク」
ジークは言われた通りに剣を振ってみた。
その瞬間、ジークの剣から風の衝撃波が生まれ、近くにいた兵も皇帝も一気に後ろへと吹き飛ぶ。
「これは、風の斬撃か?」
「そう。ただし、人間が使うには気力がいるから、死ぬなよ」
「死んだっていいさ。メルティア様を守れるなら」
次々に襲い掛かってくる剣や銃弾を弾き、ジークたちは少しずつ後退する。
腕や足に多少のケガを負ったものの気にしている余裕もない。
メルティアが無傷ならそれでいい。
あと少しで一気に退却できるのではないか、そう思っていた矢先、怒りに我を忘れ、獣のような顔をした皇帝が勇ましく進み出てきた。
ドォンと足音を響かせ、ふぅふぅと獣のような息を漏らす。
最後の戦いなるかと、顔を引きしめたそのとき、皇帝が突然口から血を吐いて動きを止めた。
皇帝の胸から、血に濡れた長剣が飛び出ていた。
「……な、に?」
ザワリと空気が揺れた。
ジークも異変を感じて強く剣を握って警戒を強める。
「武器を下ろせ」
凛とした若い男の声が聞こえた。
兵たちが顔を見合わせ、次々に武器を下ろす。
そして静かに跪いた。
立っていたのは一人の男だった。
長い金色の髪を後ろで結わい、赤い瞳を縁取る長いまつ毛。
唇も妖艶に赤く染まっている大変な美丈夫だった。
「前皇帝は玉砕した。これからの皇帝はこの私だ。異議のあるものは前へ」
高らかに宣言して、長い飾り紐の付いた長剣を地面に突き立てる。
誰一人として前に出るものはいなかった。
男は剣を捨てゆっくりと歩み寄ってくると、その場で跪いて眠っているメルティアの手に口づけをした。
ジークの顔がきゅっと嫌そうに歪む。
「愚父が大変な失礼を。非礼をお許しください」
兵たちも顔を見合わせ、礼をするようにうつむいた。
「あなた方の住む聖域を決して侵さないという長年の誓約を、愚父は愚かにも破ってしまいました」
男は立ち上がるとメルティアの顔をのぞき込んだ。
「この方が伝説の……」
ジークはメルティアの顔を隠すように抱きしめる。
「おや。これはこれは、嫉妬深いナイトがいらっしゃる」
男はおどけたように笑って肩をすくめた。
敵ではないようだが、それでもジークは男が急にメルティアを攻撃したりしないよう、男の挙動を注意深く見つめた。
「このような場で長話もいけませんね。また改めて非礼を詫びさせてもらいます。お疲れでしょうから休んでいかれてはどうでしょう?」
「……敵地で休むほど愚かではありません」
「おや残念。皆の者下がれ!」
男の一声でザッと道が割れる。
なんだかわからないが退却できるなら好都合だと、ジークはメルティアを片手に抱いて、右手で馬の手綱を握る。
「ああ、そうだ。ディルによろしくお伝えください」
ジークが馬を蹴るのと同時に、そんな声が聞こえた。
皇帝を捕えた蔦はそのまま皇帝を外へと引っ張り出し、空中で手足を拘束して磔にした。
そこに、ピンクの瞳をしたメルティアがふよふよと浮かびながらやってくる。
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「おいメル! 落ち着けって!」
「珍しいね、チーくんがそんなこと言うなんて」
冷たく目を細めるメルティアに、チーは一瞬固まる。
長年の付き合いから、ブチギレているときのメルティアだとすぐにわかったからだ。
メルティアはすぐに視線をそらして、空中で磔にされている皇帝の頬をするりと撫でた。
蔦で口も拘束されているから話せないらしい。
信じられないものを見るような怯えた目でメルティアを見ていた。
「あそこに手は出さないって、約束したのに。どうして破ったの?」
話せないとわかっていながらメルティアは問いかける。
と、そこに銃弾が飛んできて、チーが風で吹き飛ばす。
「ほらわかるだろ?! 今のメルは人間なんだ! 当たったら死ぬし、いつものように力は使えない!」
メルティアは視線を下げた。
怯えて戦意喪失をして神に祈る兵士と、何とか戦おうと震えながら銃を構える兵たち。
さっきの銃弾はこの兵たちから飛んできたものらしい。
帝都の空中に浮かび上がったメルティアは、それを見て下から上に何かを持ち上げるように手を動かす。
すぐに地面がうねりだし、いくつもの巨大な木が生えて兵たちとの間の壁になった。
「だからやめろって! ジークはどうするんだ! こんなことして、ジークが喜ぶはずないだろ!」
その言葉にはピクリと反応して、でも切なげに目を伏せる。
「……もういいの」
「もういい?」
チーが勇ましさをなくしていく。
興奮したオーラを治め、静かにメルティアを見つめる。
「どういうことだい。また、何百年も待つ、ってことかい」
「ううん。違う。もう、やめる」
「……」
「ジークを待つのは、もう、やめる」
「どうして」
チーが信じられないものをみるような目でメルティアを見た。
「だって、メル、全部、思い出したんだろ?」
メルティアが口を開こうとしたその時、声が聞こえた。
「メルティア様ーッ!」と、そう呼ぶ、聞きなれた声が。
「……ジーク?」
メルティアは少し離れた街へと視線を落とす。
突然の異変に怯える人、神に祈る人、逃げ出す人、武器を構える人。
その中を、一頭の黒馬が駆け抜けていた。
黒い髪に凛々しい目元、左手で手綱を操り、右手には愛用の剣を持つ。
ジークだ。
近づく兵士を器用にかわして、近づいてきた者を剣の柄で突く。
ジークの周りが、キラキラと光っていた。
ファルメリア王国にいた妖精たちが何人かついてきているらしい。
「ジーク!」
ジークが街を超え、妖精たちが吹き飛ばした城門を超えてメルティアの近くまでやって来る。
大勢の兵士たちがいるにもかかわらず、無謀すぎる。
ジークが一斉に取り囲まれて、メルティアは慌てて力を振るった。
ジークの周りにいた兵たちが後方へと吹き飛ぶ。
と同時に、メルティアもふらりとよろめいた。胸元を苦しそうに押えて、荒く呼吸を繰り返す。
「メル!」
「……大丈夫」
「だから無理だって言ってんだろ! 人間のまま力を使うなんて!」
「……」
メルティアはチーのお説教を聞いていなかった。
ただ、ジークを見ていた。馬をなだめ、メルティアを見上げるジークを。
どうして、ジークがここに。
「メルティア様! こちらに!」
手を伸ばされる。
空に浮いて、どう見てもジークの知る「メルティア様」ではないはずなのに、それでもジークは手を伸ばしてくれる。
メルティアはふよふよとジークの近くに寄った。
距離が縮まって、ジークがほっとしたように目元をゆるめる。
メルティアはジークの背後に銃を構えた兵がいるのに気づいて、慌てて力を振るった。
「ジーク!」
ジークの周りに巨大な薔薇の壁が出現する。
ジークが驚いて自分の周りを見て、次にメルティアを見る。
メルティアは胸元を押さえながらジークを見つめ返した。
ジークが、迎えに来てくれた。
メルティア様と、そう呼んでくれる。
ジークと一緒にいたい。
これからも。
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一緒にいたい。けど。
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こうやって、会いきて、名前を呼んでくれる。
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欲深すぎる。
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すると、メルティアの手の中にパッと小瓶が現れた。
とろりとした赤い液体が中にたっぷりと詰まっている。
「メルティア様!」
ジークがメルティアを見上げていた。
こっちに来いと手を伸ばしていたが、訝し気にメルティアの手のあたりを見て、ぐっと眉間のしわを深くする。
「……メルティア様、それを置いてください」
メルティアは黙ってジークを見つめ返した。
「メルティア様、こちらへ……」
「ジーク。もういいよ。もう、終わりにしよう?」
ジークの言葉を遮って、メルティアはそう口にした。
その瞬間、さっとジークの顔色が変わる。
メルティアはジークに微笑んで、小瓶の蓋を開けた。
そして、ピンクの小さな唇に小瓶の淵をつけ、そのまま傾けようとした、瞬間。
バリンっと、小瓶にヒビが入り、そのまま粉々に砕け散った。
赤い液体が地面に降り注ぐ。
驚いて手元を見るメルティアのそばに、ふよふよとチーがやって来る。
「オイラさ、ジークといるときのメル、結構好きなんだよね」
メルティアはゆっくりとチーを見た。
「何年も一緒にいるけど、メルが幸せそうに笑うの、ジークがいるときだけだから」
「……」
「それに、オイラ、知ってるんだ」
チーが泣き笑いのような顔で下にいるジークを見た。
「ジークはいつだって、メルのことばかりだ」
メルティアは、そっと、下にいるジークを見た。目が合うと、ジークはうんと優しく微笑んで、「ティア、こっちにおいで」と、手を伸ばす。
「……」
黙ってそれを見ていたメルティアは、やがてするするとジークの腕の中に向かって落ちていった。
メルティアの瞳の色も、ピンクから輝くような金色に戻っていく。
それと同時に、メルティアの意識も急激に遠のいていった。
メルティアは最後の力を振り絞ってジークの瞳に手を伸ばすと、何かをささやいた。
そして、こと切れたように、ジークの腕の中で眠りに落ちてしまった。
ジークは腕の中に落ちて来たメルティアを見てほぉっと息を吐いた。
暖かいから生きている。
瞳の色が変わって宙に浮いていたときは何事かと思ったが、今さらメルティアがなんであったって気にならない。
それだけの時間を過ごしてきたのだ。
「おい、ジーク。安心してると死ぬぜ」
聞いたことがないはずなのに、聞き覚えがある。
そんな不思議な声が聞こえて、ジークは驚いて顔を上げる。
目の前に、青い肌に四枚の羽根を持つ不思議な生き物がいた。
「おまえは……チー?」
「オイラが見えるのかい」
チーはジークと視線が合っていることに驚いて、やがて嬉しそうにイヒヒと笑う。
「それよりメルの力の効果が切れる」
ジークはそれだけで状況を理解をした。
深くうなずくと腕の中のメルティアを左手で抱きかかえ、右手に剣を持つ。
薔薇の壁が細かい光の粒となって崩れていき、すぐにジークたち目掛けて銃弾が飛んできた。
チーが風を操ってそれを弾き飛ばす。
ジークも剣の刃で器用に銃弾を弾き返した。なぜか、弾が見えたのだ。
必死に応戦していると、人の波を掻い潜って、ゾンビのように体を左右に揺らしながら一人の男が歩いてくる。
目は血走って、歯をむき出しにしながら、怒りに震えている。
メルティアに磔にされていた皇帝だった。生きていたらしい。
「貴様ら……ふざけるな……こんなことが許されるかァ!」
近くにいた兵の剣を奪い取り、それを乱暴にジークに投げつけた。
ジークはそれを剣で器用に弾き返すと、険しい顔で相手を見据えたのままメルティアを抱えなおす。
「必ずお守りします。命に代えても」
覚悟を決めた戦士の顔でそう呟く。
「オイラの力を貸すよ」
「チー?」
チーはジークの剣に触れ、聞き取れない言葉をささやいた。
「剣を振って、ジーク」
ジークは言われた通りに剣を振ってみた。
その瞬間、ジークの剣から風の衝撃波が生まれ、近くにいた兵も皇帝も一気に後ろへと吹き飛ぶ。
「これは、風の斬撃か?」
「そう。ただし、人間が使うには気力がいるから、死ぬなよ」
「死んだっていいさ。メルティア様を守れるなら」
次々に襲い掛かってくる剣や銃弾を弾き、ジークたちは少しずつ後退する。
腕や足に多少のケガを負ったものの気にしている余裕もない。
メルティアが無傷ならそれでいい。
あと少しで一気に退却できるのではないか、そう思っていた矢先、怒りに我を忘れ、獣のような顔をした皇帝が勇ましく進み出てきた。
ドォンと足音を響かせ、ふぅふぅと獣のような息を漏らす。
最後の戦いなるかと、顔を引きしめたそのとき、皇帝が突然口から血を吐いて動きを止めた。
皇帝の胸から、血に濡れた長剣が飛び出ていた。
「……な、に?」
ザワリと空気が揺れた。
ジークも異変を感じて強く剣を握って警戒を強める。
「武器を下ろせ」
凛とした若い男の声が聞こえた。
兵たちが顔を見合わせ、次々に武器を下ろす。
そして静かに跪いた。
立っていたのは一人の男だった。
長い金色の髪を後ろで結わい、赤い瞳を縁取る長いまつ毛。
唇も妖艶に赤く染まっている大変な美丈夫だった。
「前皇帝は玉砕した。これからの皇帝はこの私だ。異議のあるものは前へ」
高らかに宣言して、長い飾り紐の付いた長剣を地面に突き立てる。
誰一人として前に出るものはいなかった。
男は剣を捨てゆっくりと歩み寄ってくると、その場で跪いて眠っているメルティアの手に口づけをした。
ジークの顔がきゅっと嫌そうに歪む。
「愚父が大変な失礼を。非礼をお許しください」
兵たちも顔を見合わせ、礼をするようにうつむいた。
「あなた方の住む聖域を決して侵さないという長年の誓約を、愚父は愚かにも破ってしまいました」
男は立ち上がるとメルティアの顔をのぞき込んだ。
「この方が伝説の……」
ジークはメルティアの顔を隠すように抱きしめる。
「おや。これはこれは、嫉妬深いナイトがいらっしゃる」
男はおどけたように笑って肩をすくめた。
敵ではないようだが、それでもジークは男が急にメルティアを攻撃したりしないよう、男の挙動を注意深く見つめた。
「このような場で長話もいけませんね。また改めて非礼を詫びさせてもらいます。お疲れでしょうから休んでいかれてはどうでしょう?」
「……敵地で休むほど愚かではありません」
「おや残念。皆の者下がれ!」
男の一声でザッと道が割れる。
なんだかわからないが退却できるなら好都合だと、ジークはメルティアを片手に抱いて、右手で馬の手綱を握る。
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そんな姉は公爵令息であるマンフレットと結婚をした。彼もまた姉と同様眉目秀麗、文武両道と完璧な人物だった。また周囲からは冷笑の貴公子などとも呼ばれているが、令嬢等からはかなり人気がある。かく言うエーファも彼が初恋の人だった。ただ姉と婚約し結婚した事で彼への想いは断念をした。だが、姉が結婚して二年後。姉が事故に遭い急死をした。社交界ではおしどり夫婦、愛妻家として有名だった夫のマンフレットは憔悴しているらしくーーその僅か半年後、何故か妹のエーファが後妻としてマンフレットに嫁ぐ事が決まってしまう。そして迎えた初夜、彼からは「私は君を愛さない」と冷たく突き放され、彼が家督を継ぐ一年後に離縁すると告げられた。
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→同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)
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