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第一章 忘れられた約束
6こわいもの
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「ベイ! 久しぶり! ディルにぃの相手大変でしょ?」
「ちょっとティア。どういう意味?」
「大変も大変。ちょーー大変」
「ちょっとベイ」
「あっちに行きたい、こっちに行きたい。あれが欲しいこれを手に入れてこい、って、もう馬車馬のようにこき使われたよ」
ベイリーはしくしくと噓泣きをはじめる。
そしてすぐに爽やかな笑顔でメルティアたちに向き直り、恭しくお辞儀をした。
「ディル様、メルティア様。本日はお供させていただきます、ベイリー・フォン・ランストです」
一応かしこまるベイリーにメルティアはクスクス笑う。
「そういうとこ、ジークにそっくり」
「兄弟だからなぁ」
言いながらベイリーはメルティアの手を取り、馬車へとエスコートする。
メルティアが定位置である奥の窓際に座ると、隣にディルが座った。そしてメルティアたちの前にベイリーが腰かけ、馬車はゆっくりと動き出す。
「ベイたち今回はどこに行ってたの?」
「西にある小さな国。あ、ティアにお土産あるよ」
「え! 本当?」
ベイリーが馬車の中に置かれていた袋から小さな包みを取り出す。
「紅が名産品なんだって。淡いピンクの紅があったからティアに似合うかと思って」
「わぁ! ありがとう!」
さっそく包みを開けてみる。楕円形をした陶器のケースが出てきて、上にピンク色の花模様が描かれている。
「可愛い!」
「ティアっぽいだろ?」
「つけてみたら?」
「でも、今鏡持ってないよ」
「ほら貸して」
ディルがメルティアの手から紅を奪い取る。そしてケースを開けて、指に薄く色を乗せると、メルティアの顎を軽く持ち上げて薄紅色を小さな唇に移す。
「うん。可愛い」
「本当?」
「うん」
「ジークも可愛いって言う?」
「言うんじゃない? ねぇ?」
ディルは指先に残った紅を持っていたハンカチで拭いながらベイリーに問いかける。ベイリーはにこにこと笑いながらうなずいた。
「そりゃ言うだろー」
「そ、そうかな?」
メルティアはそわそわと唇の下を撫でた。
「というか、ティアはいつになったら義妹になるんだい?」
何気ないベイリーの言葉に、メルティアはぎくりとする。
そういえば、ベイリーたちは知っているのだろうか。ジークが結婚することを。
「えっと……」
「ティアまだジークに言ってないの?」
「い、言ってない……」
「さっさとくっつけばいいのに」
メルティアとジークが一緒になることに、疑問すら抱いていない二人の眼差しが居心地悪い。
ディルもベイリーも、ジークの結婚のことは知らないようだ。
二人の話題はどんどん広がっていく。式はどうなるとか、おまえと義兄弟になるのは嫌だとか。
メルティアは気まずさに押しつぶされそうになりながら馬車の天井の木目をなぞった。
そして、ちゃんと言っておこうと、重たい口を開く。
「あ、あのね……」
「ディル様、メルティア様、ベイリー様。到着いたしました」
タイミング悪く、メルティアの声と御者の声がかぶった。
「ついたって」
「ティア何か言いかけてなかったかい?」
「え。う、ううん、なんでもないよ」
声はあっさり引っ込んだ。
久しぶりのディルたちとの外出だし、変な空気にすることもない。
メルティアはそう切り替えて、先に降りて手を差し出してくれているベイリーの手を取った。
「足元気を付けて」
「うん。ありがとう」
メルティアたちが石畳の地面に降り立つと、街を歩いていた女の人たちがきゃあっと小さく悲鳴を上げた。
「ディル様たち帰っていらっしゃったのね!」
少し距離を取って頭を下げる街の人たちに、メルティアも会釈して、ベイリーはにこにこと手を振る。
メルティアが街に来るのはそう珍しいことではないが、今回はディルとベイリーがそろっているため、いつもよりも注目されているようだ。
「ティアは行きたいとこある?」
ディルに聞かれてメルティアは考える。
これと言って欲しいものがあるわけではない。ただ家を不在にしがちな兄と一緒に買い物がしたかっただけだ。
「たまには服とか買ったら?」
「でもいっぱい持ってるよ?」
「正装と庭いじり用の服ね。そうじゃなくて、もっと着飾った服とか」
メルティアは目を瞬いて小首をかしげる。
「でも、どこに着ていくの?」
「……まぁたしかに」
あっさりうなずいてディルは遠い目をした。
「別に着飾らなくたって、ティアは可愛いから問題ないよなー?」
いつもなら笑顔で「ありがとう!」と言うメルティアだが、今日はぎこちなく笑った。
「ティア?」
「う、ううん。なんでもないよ。……やっぱり、可愛いお洋服買おうかな……」
メルティアは小さな声でつぶやいた。
それを耳にしたディルとベイリーが驚愕の顔を浮かべる。
「えっ……ティア何かあった?」
「何かって?」
「いつもならそんなこと言わないじゃん」
メルティアはそわそわと視線を彷徨わせる。
「は? 何? まさか誰かに何か言われたとか?」
「言われてないよ!」
「誰? 八つ裂きにする」
ゴォゴォとディルの背後に炎が舞う。
メルティアは慌てて首を横に振った。
「ち、違うよ! えっと、可愛いお洋服着たら、ジークに可愛いって思ってもらえるかなって」
ディルの怒りの炎が鎮火した。
「なんだ。そういうこと」
「可愛い乙女心ってやつだね」
「う、うん。そう!」
適当にごまかしたメルティアの近くに、チーがふよふよとやってきてニヤニヤと笑う。
「いいのかい? ジークが結婚するって言わなくて」
「チーくん」
メルティアがつぶやいた瞬間、隣にいたベイリーが大げさなほど肩をはねさせた。
顔色も悪く、そわそわと周囲を見回す。
メルティアはしまったと口を押え、ディルはやれやれとため息をつく。
「ベイ、まだ妖精が怖いわけ?」
「妖精が怖いんじゃない。目に見えないものが苦手なんだって」
「一緒じゃん」
「幽霊でも鬼でもへっちゃらな図太いおまえと一緒にするなよー!」
「僕は繊細だけど」
「この大嘘つきが」
ベイリーがどすッとディルをどつく。
そして申し訳なさそうにメルティアを見た。
「ごめん、ティア」
「ううん。チーくんも気にしてないって」
チーがクスリといたずらに笑って、ちょいっと指を動かす。
ふわっと、ベイリーの体がつま先分くらい浮いた。
「うわ、うわ、うわっ!?」
「チーくん!」
「そう怒るなって、メル。怖がられると悪戯したくなるだろ?」
メルティアがチーを窘めていると、青白い顔をしたベイリーがきょろきょろと空中を見る。
「ティア! もしかして妖精めっちゃ怒ってる?!」
「怒ってないよ。ベイが怖がるから面白がってるみたい」
「なんだそのディルみたいな性格の妖精は!」
「ちょっと、さりげなく失礼なんだけど」
メルティアは珍しく怒った顔をしてチーを見る。
「悪かったって。そんな顔するなよ、メル」
「怖がっている人にしたらダメでしょ。ベイにあやまって」
「悪かったよ」
ふっと、ベイリーの足が地面につく。
ベイリーは冷や汗を拭ってぎこちなく笑った。
「ごめんティア」
「どうしてベイがあやまるの? チーくんがごめんねだって」
「いいよいいよ、気にしてないから」
カラカラと笑ってはいるが、強がりなのはバレバレだ。
「ごめんね、ベイ」
「ティアがあやまることじゃないさ。俺こそ、幼いころティアがどういう思いをしたか知っているのに……」
ベイリーはハッとした顔で口をつぐんで、やるせない顔でメルティアの頭をくしゃくしゃとなでた。
「ごめんな」
メルティアは小さく首を振る。
「ねぇ、辛気臭い雰囲気のところ悪いんだけどさ」
「辛気臭いとか言うなよ」
「あれ、ジークじゃない?」
ディルの指さした方を、メルティアは見た。
そして、石像のように固まる。嫌な汗がドッと噴き出た。
「ねぇ。あれ、どういうこと?」
メルティアの耳をディルの言葉が通り抜けていく。
視線はジークにくぎ付けだ。吸い寄せられているかのように離れない。
だって、ジークは一人じゃなかったのだから。
「ジーク、見たことない女の人といるんだけど」
「ちょっとティア。どういう意味?」
「大変も大変。ちょーー大変」
「ちょっとベイ」
「あっちに行きたい、こっちに行きたい。あれが欲しいこれを手に入れてこい、って、もう馬車馬のようにこき使われたよ」
ベイリーはしくしくと噓泣きをはじめる。
そしてすぐに爽やかな笑顔でメルティアたちに向き直り、恭しくお辞儀をした。
「ディル様、メルティア様。本日はお供させていただきます、ベイリー・フォン・ランストです」
一応かしこまるベイリーにメルティアはクスクス笑う。
「そういうとこ、ジークにそっくり」
「兄弟だからなぁ」
言いながらベイリーはメルティアの手を取り、馬車へとエスコートする。
メルティアが定位置である奥の窓際に座ると、隣にディルが座った。そしてメルティアたちの前にベイリーが腰かけ、馬車はゆっくりと動き出す。
「ベイたち今回はどこに行ってたの?」
「西にある小さな国。あ、ティアにお土産あるよ」
「え! 本当?」
ベイリーが馬車の中に置かれていた袋から小さな包みを取り出す。
「紅が名産品なんだって。淡いピンクの紅があったからティアに似合うかと思って」
「わぁ! ありがとう!」
さっそく包みを開けてみる。楕円形をした陶器のケースが出てきて、上にピンク色の花模様が描かれている。
「可愛い!」
「ティアっぽいだろ?」
「つけてみたら?」
「でも、今鏡持ってないよ」
「ほら貸して」
ディルがメルティアの手から紅を奪い取る。そしてケースを開けて、指に薄く色を乗せると、メルティアの顎を軽く持ち上げて薄紅色を小さな唇に移す。
「うん。可愛い」
「本当?」
「うん」
「ジークも可愛いって言う?」
「言うんじゃない? ねぇ?」
ディルは指先に残った紅を持っていたハンカチで拭いながらベイリーに問いかける。ベイリーはにこにこと笑いながらうなずいた。
「そりゃ言うだろー」
「そ、そうかな?」
メルティアはそわそわと唇の下を撫でた。
「というか、ティアはいつになったら義妹になるんだい?」
何気ないベイリーの言葉に、メルティアはぎくりとする。
そういえば、ベイリーたちは知っているのだろうか。ジークが結婚することを。
「えっと……」
「ティアまだジークに言ってないの?」
「い、言ってない……」
「さっさとくっつけばいいのに」
メルティアとジークが一緒になることに、疑問すら抱いていない二人の眼差しが居心地悪い。
ディルもベイリーも、ジークの結婚のことは知らないようだ。
二人の話題はどんどん広がっていく。式はどうなるとか、おまえと義兄弟になるのは嫌だとか。
メルティアは気まずさに押しつぶされそうになりながら馬車の天井の木目をなぞった。
そして、ちゃんと言っておこうと、重たい口を開く。
「あ、あのね……」
「ディル様、メルティア様、ベイリー様。到着いたしました」
タイミング悪く、メルティアの声と御者の声がかぶった。
「ついたって」
「ティア何か言いかけてなかったかい?」
「え。う、ううん、なんでもないよ」
声はあっさり引っ込んだ。
久しぶりのディルたちとの外出だし、変な空気にすることもない。
メルティアはそう切り替えて、先に降りて手を差し出してくれているベイリーの手を取った。
「足元気を付けて」
「うん。ありがとう」
メルティアたちが石畳の地面に降り立つと、街を歩いていた女の人たちがきゃあっと小さく悲鳴を上げた。
「ディル様たち帰っていらっしゃったのね!」
少し距離を取って頭を下げる街の人たちに、メルティアも会釈して、ベイリーはにこにこと手を振る。
メルティアが街に来るのはそう珍しいことではないが、今回はディルとベイリーがそろっているため、いつもよりも注目されているようだ。
「ティアは行きたいとこある?」
ディルに聞かれてメルティアは考える。
これと言って欲しいものがあるわけではない。ただ家を不在にしがちな兄と一緒に買い物がしたかっただけだ。
「たまには服とか買ったら?」
「でもいっぱい持ってるよ?」
「正装と庭いじり用の服ね。そうじゃなくて、もっと着飾った服とか」
メルティアは目を瞬いて小首をかしげる。
「でも、どこに着ていくの?」
「……まぁたしかに」
あっさりうなずいてディルは遠い目をした。
「別に着飾らなくたって、ティアは可愛いから問題ないよなー?」
いつもなら笑顔で「ありがとう!」と言うメルティアだが、今日はぎこちなく笑った。
「ティア?」
「う、ううん。なんでもないよ。……やっぱり、可愛いお洋服買おうかな……」
メルティアは小さな声でつぶやいた。
それを耳にしたディルとベイリーが驚愕の顔を浮かべる。
「えっ……ティア何かあった?」
「何かって?」
「いつもならそんなこと言わないじゃん」
メルティアはそわそわと視線を彷徨わせる。
「は? 何? まさか誰かに何か言われたとか?」
「言われてないよ!」
「誰? 八つ裂きにする」
ゴォゴォとディルの背後に炎が舞う。
メルティアは慌てて首を横に振った。
「ち、違うよ! えっと、可愛いお洋服着たら、ジークに可愛いって思ってもらえるかなって」
ディルの怒りの炎が鎮火した。
「なんだ。そういうこと」
「可愛い乙女心ってやつだね」
「う、うん。そう!」
適当にごまかしたメルティアの近くに、チーがふよふよとやってきてニヤニヤと笑う。
「いいのかい? ジークが結婚するって言わなくて」
「チーくん」
メルティアがつぶやいた瞬間、隣にいたベイリーが大げさなほど肩をはねさせた。
顔色も悪く、そわそわと周囲を見回す。
メルティアはしまったと口を押え、ディルはやれやれとため息をつく。
「ベイ、まだ妖精が怖いわけ?」
「妖精が怖いんじゃない。目に見えないものが苦手なんだって」
「一緒じゃん」
「幽霊でも鬼でもへっちゃらな図太いおまえと一緒にするなよー!」
「僕は繊細だけど」
「この大嘘つきが」
ベイリーがどすッとディルをどつく。
そして申し訳なさそうにメルティアを見た。
「ごめん、ティア」
「ううん。チーくんも気にしてないって」
チーがクスリといたずらに笑って、ちょいっと指を動かす。
ふわっと、ベイリーの体がつま先分くらい浮いた。
「うわ、うわ、うわっ!?」
「チーくん!」
「そう怒るなって、メル。怖がられると悪戯したくなるだろ?」
メルティアがチーを窘めていると、青白い顔をしたベイリーがきょろきょろと空中を見る。
「ティア! もしかして妖精めっちゃ怒ってる?!」
「怒ってないよ。ベイが怖がるから面白がってるみたい」
「なんだそのディルみたいな性格の妖精は!」
「ちょっと、さりげなく失礼なんだけど」
メルティアは珍しく怒った顔をしてチーを見る。
「悪かったって。そんな顔するなよ、メル」
「怖がっている人にしたらダメでしょ。ベイにあやまって」
「悪かったよ」
ふっと、ベイリーの足が地面につく。
ベイリーは冷や汗を拭ってぎこちなく笑った。
「ごめんティア」
「どうしてベイがあやまるの? チーくんがごめんねだって」
「いいよいいよ、気にしてないから」
カラカラと笑ってはいるが、強がりなのはバレバレだ。
「ごめんね、ベイ」
「ティアがあやまることじゃないさ。俺こそ、幼いころティアがどういう思いをしたか知っているのに……」
ベイリーはハッとした顔で口をつぐんで、やるせない顔でメルティアの頭をくしゃくしゃとなでた。
「ごめんな」
メルティアは小さく首を振る。
「ねぇ、辛気臭い雰囲気のところ悪いんだけどさ」
「辛気臭いとか言うなよ」
「あれ、ジークじゃない?」
ディルの指さした方を、メルティアは見た。
そして、石像のように固まる。嫌な汗がドッと噴き出た。
「ねぇ。あれ、どういうこと?」
メルティアの耳をディルの言葉が通り抜けていく。
視線はジークにくぎ付けだ。吸い寄せられているかのように離れない。
だって、ジークは一人じゃなかったのだから。
「ジーク、見たことない女の人といるんだけど」
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