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第三章「魔王の血族編」

第38話 残された不安

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 シオンの放った技の威力は城の壁を吹き飛ばし、余波はフロア全体に及ぶ。ドラセナとカルーナは吹き飛ばされないよう、必死に身をかがめた。
 シオンの金色の髪が爆風の収まっていく中に現れた。最大限の力を解き放ち、魔力の尽きたその体を剣で支えて立っていた。

「はぁ……はぁ……」
「シオン……!」
「やったか……?」

 ナイトは間違いなく爆発に巻き込まれた。大量の魔力を使って放った一撃は確かにその身をとらえていた。
 だがシオンに続いてナイトも姿を見せる。その身は焼け焦げてボロボロだが、ふらつく足取りでシオンへと向かっていた。

「……よくも、やってくれたな」
「シオン、逃げて!」

 震えながら持ち上げた右手に魔力が集中しているのを見てシオンは剣を構える。だがほぼ全ての魔力を使っていた彼にそれ以上の行動を起こすことができなかった。

「殺してやる……殺して――がっ!?」

 だがその魔法がシオンへ放たれることはなかった。集めた魔力の光がナイトの苦悶の声と共に掻き消える。訝るシオンの目の前でナイトは胸をかきむしって苦しみ出した。

「あ…あ……まさか……」

 強制的に抑え込んでいた膨大な力の歯止めがなくなり、制御の効かなくなった魔力が全身を蝕む。体内に取り込んでいた力が細胞を破壊し、自己崩壊が始まる。

「嫌だ、そんな嘘だ。僕が……魔王の息子の僕が!」

 呆然とするシオンに組み付こうとナイトが手を伸ばす。しかし踏み出した足が崩れ落ち、顔面から床に倒れ込む。体を起こそうとした腕も塵芥と化して消えていく。四肢をもがれ、どんどん体が消滅していく中、ナイトはシオン達を睨みつけた。

「どうせ兄様には絶対に勝てやしないんだ……」

 それはシオンたちの言葉に対する反論だったのか。どんな困難も皆の想いで、鍛え受け継がれた力で乗り越えようとしてきた人間に対する嘲りだったのか。呪詛にも似た言葉がその場にいた三人に告げられていた。

「あはははは! 行って殺されればいい。僕たちが味わった絶望を君たちも味わいながら死ぬんだ!」

 これからシオン達が絶望に身を焦がす様を思い描き、どこまでも楽しそうにナイトは笑いながら消えていった。

「……消えた」
「勝ったのか……?」
「みたい……ね」

 三人はようやく張り詰めていた気を緩めた。だがまだやらなければならないことがある。いつまでも休んでいるわけにはいかなかった。
 戦いが始まったあたりで上階からも戦いの音が聞こえていた。トウカたちも別のフロアで戦っているのだ。アザミたちとの戦いも控えている以上、救援に行く必要がある。

「……カルーナ。申し訳ないけど君は外の援護に回ってくれないか?」
「どういうことだ。この先は俺じゃ力不足とでも言うつもりか?」

 にもかかわらず、わざわざ戦力を割くと言うシオンの物言いにカルーナは眉をひそめた。だがシオンはそれを否定する。

「逆だよ。信用できるからこそ外に行ってもらいたいんだ」

 シオンはこの場所に飛ばされる時にナイトたちの狙いを察知していた。実力者の自分たちが分断されたことにより、外の戦力はかなり削られてしまっている。騎士たちを鼓舞しながら無数の魔物たちを相手取るにはベテランであるカルーナが指揮を執ってくれた方が統制がとれるという判断だ。

「僕もドラセナも魔力をほとんど使い果たしてる。上に行くまでの間に多少は回復できるだろうけど、今はまともに動けないからね」
「救援に行くなら魔力を使い切ってねえ俺が適任って訳か。仕方ねえな」

 カルーナは立ち上がり、槍を拾って歩き出す。折しも壁にはシオンが空けた穴がある。そこから外へと出れば近道になるはずだった。

「外は責任もって俺が何とかしておく。あっちの方は任せたぜ」
「必ず」
「任せて」
「――ああ、それと。後でちゃんとマリーのことを教えてくれや」
「えっ……?」
「魔族なんだろ、あの子」

 思わぬ問いかけにシオンもドラセナも言葉を詰まらせる。だがその反応こそが肯定の証と言えた。

「ここまで来たら嫌でもわかるぜ」
「それは……」
「心配すんな。あの子が悪い奴じゃないのはわかってる。でもよ、俺はこの国の民を守る責任がある。いつまでも蚊帳の外って訳にはいかねえだろ。エリカを預かってる身としては尚更な」
「すまないカルーナ。いずれ、必ず」
「おう」

 背を向けたまま返答し、カルーナは城外へと飛び出して行った。残されたドラセナとシオンは体を休めながら言葉を交わす。

「さすがに隠し続けるのも限界かもしれないね。カルーナに知られたのはまだ運がよかったけど」
「そうね、ここまで大事になっちゃったし。今後もマリーちゃんのことを知る人はどんどん増えていくでしょうね」
「みんながカルーナみたいにマリーちゃんやトウカのことを理解している訳じゃない。何も知らない人こそ心無い言葉を投げかけてくるだろうね」
「問題はこの国だけのものじゃないわ。他国が知った場合、どんな反応をするか」
「魔族の被害に遭っている国は多いからね……理解してもらえなければ戦だって起こりえる」

 二人とも領地を持つ身だ。戦争になれば自領も巻き込まれる可能性がある。
 かつて、王がシオンに告げた言葉を思い出す。彼もまた全てを知る立場。だが為政者として民を守る立場である以上、もしもの時には冷酷に処断することも辞さないだろう。それを止めることはいかに五大騎士家の当主であってもできない。

「……今回も、トウカは国を危険にさらした責任を避けられない。マリーちゃんを魔族と知りつつ後見人になっていたオウカも、フロスファミリア家も連座する可能性すらある」
「悔しいわね。私たちじゃ庇いきれない」
「だからこそ、トウカたちには功績が求められるんだ。真の救国の英雄と言う大義が」

 マリーを育て守るための方便ではない。本当の意味でこの国を救ったという英雄としての功績。それを得ることこそが僅かに残された彼女たちの希望だった。

「それならトウカたちが手柄を立てられるよう、全力でサポートしてあげなくちゃね」
「上の方でも戦いは終わったみたいだ。僕たちも早く回復して合流しよう」

 ドラセナはうなずき、天を仰ぐ。本当ならばすぐにでも駆け付けたい。だが魔力が回復するまでは、そして城内で壊れた弓の代わりを見つけるまでは戦うこともできない。

「三人とも……無事でいなさいよ」

 ドラセナは止まらない不安な気持ちに焦れながら、今はトウカとオウカ、そしてマリーの無事を願うことしかできなかった。
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