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第三章「魔王の血族編」
第8話 ずっと、いっしょに
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その日の夢は、いつもと違っていた。
「――私じゃ、ダメ?」
それは、いつも見ている夢の瞬間から少し前の時間にあった出来事。
「私が、マリーの新しいママになっちゃダメかな?」
両親がいなくなり、住んでいた場所もどんどん崩れていく中、一人置いて行かれて泣きじゃくる私に精一杯の笑顔を向けて言ってくれた言葉。
今考えたらママも体中傷だらけで痛かったはずだ。それでも、私を安心させようとしてくれていた。
「マリーのお父さんとお母さんが戻ってくるまで、私がマリーを守る。その日まで、私がマリーのママになっちゃ……ダメ?」
「……ずっと、一緒にいてくれる?」
不安な眼で見上げる私に笑いかけてくれた。
「うん。ずっと一緒。約束する」
それは、私とママがした最初の約束。
あの日から、私をずっと守り続けてくれた。
一度だって、約束を破ったことはなかった。
「ママ!」
胸に飛び込んだ私を強く抱きしめてくれた。
花畑みたいないい匂い。お日様みたいな温かさ。
腕に抱かれ、幸せなぬくもりを感じながら私の視界は光に包まれていった。
「……ん」
日の光が、寝起きの目に差し込む。
抜けるような青空が窓の外に広がっていた。
「んー……ふう」
背伸びをして目を覚ます。
夏になっても朝はまだ涼しい。どうやらちょっといつもより早く目が覚めたみたいだ。
「いつもより、いい夢だったなぁ……」
夢に見たのは覚えている幼少期では最も古く、そして最も大切な瞬間だ。
私とママが母娘になった時。今にして思えばあれは歴史で習った“魔王討伐戦”の最中の事なのだろう。
本来なら敵対していた相手。仮に討ち取ったとしても誰にも咎められない、魔族の娘という存在。
子育てなんてしたこともないのに、魔族の娘を引き取ったなんて知られたら大変な目に遭うのに。敵地の中で、魔王との戦いの中でよくそんな決断ができたものだと私は呆れてしまう。
でも、だからこそママなのだとも思えた。
「よし、いい天気!」
夢見が良いのは久し振りだ。私は着替えると上機嫌で朝食を取りに向かう。
今日はいい日になりそうだった。
「あ、今日は早起きだね。マリー」
「おはよう、ママ」
ちょっと早く起きても、いつもと変わらずママは朝食を作っていた。
作家としての仕事もあるから夜は私より遅いはずだ。でも、起きるのは私より早い。
「楽しみで眠れなかったのかな?」
「むー、子供じゃないんだから」
私はむくれる。確かに楽しみで興奮してはいたけど行事の前の日に興奮して熱を出したりするような年齢はとっくに卒業済みだ。
でも、ママにとってはいつまでも私は“子供”なのだろう。
「準備、手伝うね」
「ありがと」
パンをお皿の上に置いて、ジャムの瓶を用意する。これは私の役目だ。
今はまだ、簡単な料理しかできないけど、いつか私が作った料理をママとお母さんに振る舞ってあげたい。
ずっと守られてきた私だけど、いつかママとお母さんを守ってあげられるようになりたい。
それこそが私の恩返しだ。
「ねえ、ママ」
「うん、何?」
「お母さんが来るまで、ちょっと時間あるでしょ。朝食の後は散歩に行かない?」
“ママ”と“お母さん”。私には母親が二人いる。
正確には私を産んでくれたお母さんも含めて三人だけど、小さい頃に別れたせいか、本当の親の顔はもう覚えていない。
あの日、私に新しくできた強くて優しい “ママ”。
そしてこの家にやってきた日にできた、真面目で綺麗な“お母さん”。
見た目はそっくりなのに性格が真逆の姉妹。
昔は仲が悪かったって聞いたけど、今の仲の良さを見ると信じられない。
世間では不思議な家族構成。だけど、私にとってはそれが家族の全てだ。
「珍しいね」
「たまにはね」
私の提案にママは頷いてくれた。食べ終わったら手を繋いでお散歩だ。
ずっと暗い地下に住んでいた私。ママがいなかったら、私は太陽の下を歩くこともできなかっただろう。
魔族の私を引き取って、人間の子供と同じように愛情いっぱいに育ててくれたことはどれだけ感謝しても足りない。
今日のパンは、いつもより美味しく感じた。
朝食を取ったら家から出て、風を受けながら湖へ向かう。
私たちが好きな散歩のコースだ。
「今日はいい天気だね」
「うん。そうだね」
今日は天気がいいから湖も日の光でキラキラと輝いていた。
そんな風景を楽しみながら、私たちは手を繋いで湖を回っていく。
動物が水を飲んでいたり、鳥が湖面で追いかけっこしていたりと、とっても平和な光景だ。
「あまり水に近づいたら危ないよ」
「もう子供じゃないんだから溺れないわよ」
四年前のことを思い出すと顔から火が出るくらい恥ずかしくなってくる。
水面にいる鳥の所へ行こうとして溺れかけたのだ。
さすがに今は分別がついているから水面を渡って行こうなんて思わないけど、あれから毎回水の傍にいるとママは警戒している。
途中にある大岩の前を通る。
前はこの岩のてっぺんに何があるのか気になったけど、もう軽々と上に登れる。
「五年か……マリーも大きくなったよね」
「……うん」
そう、五年。
ママとお母さん、二人の娘になってからそれだけの月日が経った。
私の傍にいつもいたのはママとお母さんだ。この五年間、ずっと私を守り続けてくれた。
私も、薄々気が付いている。
あれから五年、本当の両親が迎えに来るどころかなんの音沙汰もない。
始めの頃はママたちにそのことを尋ねてしばしば困らせてしまったけど、今はもう尋ねることもない。
恐らく本当の両親は、あの戦いの中で亡くなったのだ。ノアが以前言っていたみたいに、私を守るために戦ったのだろう。
戦争と言う状況の中のことだ。だから人間たちを恨むつもりもない。
むしろその努力のお陰で私はママたちに巡り合うことができたのだから。私の実の両親の思いは報われたのだと思う。
もしかしたら今日、ママたちから話されることは、本当の両親がもう死んでいることかもしれない。
それでも、私の答えは決まっている。
まだ十一歳。ママとお母さんと出会ってたった五年。それでも、私が生きていく道を決めるには十分だと思う。
私は、人間として生きていく。
たとえ魔族の生まれであっても、その心は美しさを感じ、誰かを好きになって、大切にしようと思う人間と同じもの。
決して、力に溺れて面白半分で世界を荒らすような魔族とは違う。
将来のことはまだ後回しだ。それでも、魔族の私を差別しないで温かく見守ってくれているたくさんの人たちの中で、ずっと生きていきたい。私がこの五年間で導き出した答えがそれだ。
春にたくさんの花が咲いていた草原を歩いて家に向かう。
夏の花もあちこちに見えている。
秋には秋の、冬には冬の姿が見えてこの場所はお気に入りの場所だ。
これからも、ずっとこの景色を見ていく。
いつかできるかもしれない私の旦那さんになる人にも、この景色を気に入ってもらいたいと思う。
私たちの家が見えて来た。
もうすぐ散歩も終わりだ。家の前に馬がいないということはお母さんがまだ到着していないということだ。
「さあて、オウカが着いたら腕によりをかけてお料理作っちゃうから。今日はご馳走だよ」
「うん、楽しみ」
私も家に戻ったらあれの準備をしておこう。
段々緊張してきた。
昔は気軽に言えたのに、今はなかなか言えなくなってしまった言葉を、気持ちを今日は伝えるんだ。
ずっと、私を育ててくれて。
ずっと、私を守ってくれて。
ありがとう。そして。
大好きだって。
――。
「ねえ、ママ」
「なに、マリー?」
私はマリー=フロスファミリア。
人間に育てられた魔族の娘。
「ずっと言いたかったことがあるんだ」
――つけた。
「……私ね」
ママの、そしてお母さんの子として。人としてこれからも生きていく。
――見つけたわ。
「――え?」
そう思っていた。
その時までは。
「――私じゃ、ダメ?」
それは、いつも見ている夢の瞬間から少し前の時間にあった出来事。
「私が、マリーの新しいママになっちゃダメかな?」
両親がいなくなり、住んでいた場所もどんどん崩れていく中、一人置いて行かれて泣きじゃくる私に精一杯の笑顔を向けて言ってくれた言葉。
今考えたらママも体中傷だらけで痛かったはずだ。それでも、私を安心させようとしてくれていた。
「マリーのお父さんとお母さんが戻ってくるまで、私がマリーを守る。その日まで、私がマリーのママになっちゃ……ダメ?」
「……ずっと、一緒にいてくれる?」
不安な眼で見上げる私に笑いかけてくれた。
「うん。ずっと一緒。約束する」
それは、私とママがした最初の約束。
あの日から、私をずっと守り続けてくれた。
一度だって、約束を破ったことはなかった。
「ママ!」
胸に飛び込んだ私を強く抱きしめてくれた。
花畑みたいないい匂い。お日様みたいな温かさ。
腕に抱かれ、幸せなぬくもりを感じながら私の視界は光に包まれていった。
「……ん」
日の光が、寝起きの目に差し込む。
抜けるような青空が窓の外に広がっていた。
「んー……ふう」
背伸びをして目を覚ます。
夏になっても朝はまだ涼しい。どうやらちょっといつもより早く目が覚めたみたいだ。
「いつもより、いい夢だったなぁ……」
夢に見たのは覚えている幼少期では最も古く、そして最も大切な瞬間だ。
私とママが母娘になった時。今にして思えばあれは歴史で習った“魔王討伐戦”の最中の事なのだろう。
本来なら敵対していた相手。仮に討ち取ったとしても誰にも咎められない、魔族の娘という存在。
子育てなんてしたこともないのに、魔族の娘を引き取ったなんて知られたら大変な目に遭うのに。敵地の中で、魔王との戦いの中でよくそんな決断ができたものだと私は呆れてしまう。
でも、だからこそママなのだとも思えた。
「よし、いい天気!」
夢見が良いのは久し振りだ。私は着替えると上機嫌で朝食を取りに向かう。
今日はいい日になりそうだった。
「あ、今日は早起きだね。マリー」
「おはよう、ママ」
ちょっと早く起きても、いつもと変わらずママは朝食を作っていた。
作家としての仕事もあるから夜は私より遅いはずだ。でも、起きるのは私より早い。
「楽しみで眠れなかったのかな?」
「むー、子供じゃないんだから」
私はむくれる。確かに楽しみで興奮してはいたけど行事の前の日に興奮して熱を出したりするような年齢はとっくに卒業済みだ。
でも、ママにとってはいつまでも私は“子供”なのだろう。
「準備、手伝うね」
「ありがと」
パンをお皿の上に置いて、ジャムの瓶を用意する。これは私の役目だ。
今はまだ、簡単な料理しかできないけど、いつか私が作った料理をママとお母さんに振る舞ってあげたい。
ずっと守られてきた私だけど、いつかママとお母さんを守ってあげられるようになりたい。
それこそが私の恩返しだ。
「ねえ、ママ」
「うん、何?」
「お母さんが来るまで、ちょっと時間あるでしょ。朝食の後は散歩に行かない?」
“ママ”と“お母さん”。私には母親が二人いる。
正確には私を産んでくれたお母さんも含めて三人だけど、小さい頃に別れたせいか、本当の親の顔はもう覚えていない。
あの日、私に新しくできた強くて優しい “ママ”。
そしてこの家にやってきた日にできた、真面目で綺麗な“お母さん”。
見た目はそっくりなのに性格が真逆の姉妹。
昔は仲が悪かったって聞いたけど、今の仲の良さを見ると信じられない。
世間では不思議な家族構成。だけど、私にとってはそれが家族の全てだ。
「珍しいね」
「たまにはね」
私の提案にママは頷いてくれた。食べ終わったら手を繋いでお散歩だ。
ずっと暗い地下に住んでいた私。ママがいなかったら、私は太陽の下を歩くこともできなかっただろう。
魔族の私を引き取って、人間の子供と同じように愛情いっぱいに育ててくれたことはどれだけ感謝しても足りない。
今日のパンは、いつもより美味しく感じた。
朝食を取ったら家から出て、風を受けながら湖へ向かう。
私たちが好きな散歩のコースだ。
「今日はいい天気だね」
「うん。そうだね」
今日は天気がいいから湖も日の光でキラキラと輝いていた。
そんな風景を楽しみながら、私たちは手を繋いで湖を回っていく。
動物が水を飲んでいたり、鳥が湖面で追いかけっこしていたりと、とっても平和な光景だ。
「あまり水に近づいたら危ないよ」
「もう子供じゃないんだから溺れないわよ」
四年前のことを思い出すと顔から火が出るくらい恥ずかしくなってくる。
水面にいる鳥の所へ行こうとして溺れかけたのだ。
さすがに今は分別がついているから水面を渡って行こうなんて思わないけど、あれから毎回水の傍にいるとママは警戒している。
途中にある大岩の前を通る。
前はこの岩のてっぺんに何があるのか気になったけど、もう軽々と上に登れる。
「五年か……マリーも大きくなったよね」
「……うん」
そう、五年。
ママとお母さん、二人の娘になってからそれだけの月日が経った。
私の傍にいつもいたのはママとお母さんだ。この五年間、ずっと私を守り続けてくれた。
私も、薄々気が付いている。
あれから五年、本当の両親が迎えに来るどころかなんの音沙汰もない。
始めの頃はママたちにそのことを尋ねてしばしば困らせてしまったけど、今はもう尋ねることもない。
恐らく本当の両親は、あの戦いの中で亡くなったのだ。ノアが以前言っていたみたいに、私を守るために戦ったのだろう。
戦争と言う状況の中のことだ。だから人間たちを恨むつもりもない。
むしろその努力のお陰で私はママたちに巡り合うことができたのだから。私の実の両親の思いは報われたのだと思う。
もしかしたら今日、ママたちから話されることは、本当の両親がもう死んでいることかもしれない。
それでも、私の答えは決まっている。
まだ十一歳。ママとお母さんと出会ってたった五年。それでも、私が生きていく道を決めるには十分だと思う。
私は、人間として生きていく。
たとえ魔族の生まれであっても、その心は美しさを感じ、誰かを好きになって、大切にしようと思う人間と同じもの。
決して、力に溺れて面白半分で世界を荒らすような魔族とは違う。
将来のことはまだ後回しだ。それでも、魔族の私を差別しないで温かく見守ってくれているたくさんの人たちの中で、ずっと生きていきたい。私がこの五年間で導き出した答えがそれだ。
春にたくさんの花が咲いていた草原を歩いて家に向かう。
夏の花もあちこちに見えている。
秋には秋の、冬には冬の姿が見えてこの場所はお気に入りの場所だ。
これからも、ずっとこの景色を見ていく。
いつかできるかもしれない私の旦那さんになる人にも、この景色を気に入ってもらいたいと思う。
私たちの家が見えて来た。
もうすぐ散歩も終わりだ。家の前に馬がいないということはお母さんがまだ到着していないということだ。
「さあて、オウカが着いたら腕によりをかけてお料理作っちゃうから。今日はご馳走だよ」
「うん、楽しみ」
私も家に戻ったらあれの準備をしておこう。
段々緊張してきた。
昔は気軽に言えたのに、今はなかなか言えなくなってしまった言葉を、気持ちを今日は伝えるんだ。
ずっと、私を育ててくれて。
ずっと、私を守ってくれて。
ありがとう。そして。
大好きだって。
――。
「ねえ、ママ」
「なに、マリー?」
私はマリー=フロスファミリア。
人間に育てられた魔族の娘。
「ずっと言いたかったことがあるんだ」
――つけた。
「……私ね」
ママの、そしてお母さんの子として。人としてこれからも生きていく。
――見つけたわ。
「――え?」
そう思っていた。
その時までは。
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