上 下
52 / 126
第二章「王国の五大騎士家」

第32話 追い続けた果て

しおりを挟む
 加速を加えながら放たれたオウカの一撃は剣を直撃した。

「ぐあっ!?」

 シオンの体が宙に浮く。
 その一撃は、普段のオウカの技を遥かに上回る威力だった。
 元々無茶とも言える体勢で攻撃を受け止めたシオンはそれに対応できるはずもなく、壁まで吹き飛ばされる。

 オウカの技では二つの術式が用いられていた。
 まずは『加速』。フロスファミリアの剣技の基盤となる術式だ。
 そしてもう一つは剣へ作用させていた『硬化』だ。
 この術式を使うと、物体の強度が高まる。
 しかし、あくまで高まるのは強度だけであって剣の切れ味はむしろ悪くなるため、斬撃には不向きな術式だ。

 だが、この技に限ってはむしろそれ自体が意味を持つ。
剛華絶刀ごうかぜっとう』は斬撃ではなく、打撃とも言える剣技。
 即ち『硬化』で強度の増した剣を『加速』の速度で生み出された慣性のまま全体重を乗せて叩きつける。
 それによって放たれた一撃は凄まじい破壊力を生み出し、攻撃対象を砕くのだ。

「……やってくれたね、オウカ」

 壁に叩きつけられたシオンがゆっくりと立ち上がる。

「『剛華絶刀ごうかぜっとう』……武器破壊の技だったとはね」

 その手に握られた剣は中ほどから先が失われていた。
 オウカの技は確かにシオンの剣を砕いていた。だが――。

「さすがはフロスファミリアだ、予想を超えた動きをしてくれる。でも……」
「くっ……」
「代償は大きかったみたいだね」

 オウカが膝をつく。
 シオンが十分に魔力を運用できなかったために威力こそ低かった。
 だが、それでも『天昴烈火てんこうれっか』をまともに受けたのだ。
 軽傷とは言え、全身にダメージを負っていた。
 そして、問題はそれだけではなかった。

「残念だったね。狙いはこっちだったんだろけど、生憎と兄の剣は折れてない」
「……浅かったか」

天昴烈火てんこうれっか』のダメージがわずかに技を鈍らせていた。
 シオンが防御の際に交差させた剣の内、前に位置していた彼の剣は技の威力で砕かれていた。
 だが、その後ろにあったブルニアの剣は折れずにいたのだ。

「『緋炎双牙ひえんそうが』は撃てないけど、兄さんの剣があれば十分だ……あの技が使えるし」

 シオンは残された兄の剣を持ち変え、掲げながら告げる。

「術式展開――――『纏化』」

 炎が集う。
 だが、今回はシオンの体にではない。
 掲げたブルニアの剣を包み込む様に炎が集まり、刀身全体を覆って行く。

「シオン、そいつは!?」

 その術式の使い方を見てカルーナの顔色が変わる。

「さすがにカルーナは知っているよね」
「ブルニアの技じゃねえか……」

 炎の剣が完成する。
 刀身を遥かに超える長さの炎が垂直に伸び、
 剣そのものを炎上させているかのように炎が揺らめく。

「あいつの技まで再現できるのか……」
「兄さんの剣と技、そしてそれを僕が使う……決着をつけるのに相応しい技だよ」
「お前、そこまでして本当にあいつが喜ぶとでも思ってるのか」

 カルーナの言葉にシオンはしばらく沈黙する。
 そして、微笑んで答えた。

「……兄さんができなかったことを代わりに果たすんだから喜んでくれると嬉しいな」
「馬鹿野郎……っ!」
「まずはそのための一歩だ。オウカ、君を倒して王国最強の称号をいただく」
「くっ……」

 オウカは立ち上がるが、剣を構える手に力が十分に入らない。

「その分だとこれは避けきれないね。でも、手加減する気はない」

 両の手で剣を握り、シオンは更に魔力を注ぎ込む。
 周囲の炎を全て取り込み、柄から炎が吹き上がる様に剣が燃え上がる。

「よせ、ブルニアの奴は――」
「さあ行くよ、オウカ!」

 カルーナの言葉も届かない。
 シオンが駆ける。

「僕の……いや、僕たちの勝ちだ!」

 炎の剣を振り上げる。
 刀身の二倍以上の長さとなった炎がオウカへと襲い掛かる。

「やめろシオン!」

 カルーナの叫びの中、炎の剣が振り下ろされる。
 ――異変が起きたのは、まさにその瞬間だった。

「え……?」

 シオンが、否、その場にいた誰もが目を疑った。

「そん……な……」

 振り下ろした剣はオウカに届くことはなかった。

「何で……」

 その前に突然、剣が砕け散っていた。
 刀身という媒体を失った炎の剣は消滅し、炎を纏った破片が落ちていく。

「剣が……兄さんの剣が!」

 戦いの中であるにもかかわらず、あまりの衝撃にシオンは剣を取り落として膝をつく。
 彼にとって、兄の剣を使ってオウカに勝つという事に意味があった。
 その剣を失ったことで戦いを継続する意思が完全に失われていた。

「何で……オウカの技は当たっていなかった。なのにどうして刀身が砕けるんだ!?」
「……技が原因でなければ考えられることは一つだけだ」

 剣を納め、オウカが呟いて答えた。

「術者の力に剣が耐えられなかったんだ」
「そんな馬鹿な!」

 シオンが強く否定する。
 それは彼にとって最も有り得ないことだった。

「この剣は、兄さんが全力を出しても壊れないように特別に作られたものだ。僕の魔術で剣が壊れるなんてまるで――」

 そこまで言ってシオンは気づく。

「あ……」
「……そういう事になるな」

 大事な兄の剣だ。手入れは怠っていない。
 オウカの技は当たっていない。技の威力で壊れたのではない。
 ならば、シオンの使い方に剣の方が耐えられなかったという事になる。
 だが、兄の全力に耐えられる剣が耐えられなかった。それはつまり――。

「まさか……そんな」
「お前は既に、実力の上ではブルニア団長を超えていたんだ、シオン」

 いくつかそれを思わせる点はあった。
 そもそも魔術を用いた技は術者の力量に影響される。
 いかに肉親とは言え、他人の技をほぼ完璧に再現することは難しい。

 例えばオウカたち姉妹が顕著な例だ。
 二人は父の技である『瞬華終刀』を習得している。
 だが、魔力量や身体能力、技の威力や速度など細部はどうしても異なる。
 それをさらに自分なりに応用し、彼女らは長所を生かした派生技を編み出した。
 豊富な魔力を持つオウカは爆発的な加速で相手の死角に回り込む『瞬華終刀・鮮花』を。
 常人を上回る剣速を誇るトウカは一瞬で何度も斬り付ける『瞬華終刀・彩花』を。

 だが、シオンは困難なそれを行って見せた。
 兄に匹敵するか、それ以上の魔力や技量を持っていなくてはできない芸当だ。

「そんなことって……」

 いつかあの人の様になりたい。
 そう思って追い続けた兄の背中。
 その為に人の何倍も努力した。
 兄に並び立つ存在になるために。兄亡き後は兄なら果たせたはずの事を成し遂げるために。
 その中で理想の存在を追い越していたことにも気づかずに。

「……教えてくれオウカ。僕はこれからどうすればいいのかな?」

 果たして、自分はこれまで何のために頑張って来たと言うのか。
 あれだけ固執していた目標を失い、シオンは茫然としていた。
 
「……兄への憧れを捨てろとは言わん。だが、もう少し自分本位になっても良いんじゃないか」
「……僕が、僕のためにしたい事か……そうだな」

 シオンは一つ深呼吸をしてオウカを見上げる。

「それじゃ、いつかオウカに勝たなくちゃね」
「勝負がついた覚えはないが?」
「僕の負けだよ。もう君と戦う気が起きない」

 ずっと彼を突き動かしていた呪縛も、その象徴も失われてシオンはどこか憑き物が落ちた表情を覗かせていた。

「兄の仇を討ちたい気持ちが無くなった訳じゃないけど、今は復讐以上に君に勝ちたいって気持ちの方が大きいよ。今度は借り物の技や理想じゃなくて、自分自身の意志と力で」
「……今更だが、私に勝ってもまだ上がいるからな」

 シオンはオウカの言葉に驚きを見せる。

「はは……ははは……」

 そして、いつしか笑い出していた。

「そうか、君を倒しても王国最強になれなかったのか……」
「私も、あいつに勝たなくてはいけないからな。お前に負けてやるつもりはないさ」
「……世界は広いね」
「まったくだ」

 二人で苦笑する。
 もう心配はない。そこにいるのはオウカのよく知る幼馴染のシオンの姿だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

魔剣士「お姫様の家出に付き合うことになった」【現在完結】

Naminagare-波流-
ファンタジー
  世界の中心と呼ばれた王都"セントラル王国"に住む「魔剣士」。 彼は幼い頃、病に倒れた親を失ったという哀しい過去を背負いながらも、 長年の夢だった冒険家になるため、王国付近の迷いの森で剣を振り、鍛錬を積んでいた。 ……だが、その物語は突然始まる。 いつものように魔剣士は迷いの森で鍛錬にいそしんでいた時、 ふと…茂みのほうから盗賊が現れたことに気がつく。 魔剣士は自分が盗賊に狙われたと剣を向けたが、盗賊は引き下がらない。 むしろ、盗賊は「俺の話を聞け」と言い寄ってきた。 魔剣士は聞く耳を持たなかったが、盗賊の喧嘩腰の言葉に、ついつい話を聞いてしまう。 そして、その内容は、まさかの言葉であった……。 盗賊「…なぁ、姫様を誘拐しないか?」 と……。 【2015年8月18日】 ・8月初旬更新予定でしたが、次回は9月以降となります。申し訳ありません 【6月7日より3日間隔・18時に更新中!】 【台本形式SS】 <2016年8月16日コマーシャル> http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/916072263/ 魔界の金貸しゲルドベーゼ 「魔界の金貸しに弟子入りすることになった」 上記新連載「1~2日間隔の更新」をモットーに、新作を開始しました。 <2015年5月25日追記:コマーシャル> http://www.alphapolis.co.jp/content/cover/706036279/ アルファポリス様サイト内上記ページにて、 魔界の雑貨屋さん~ねこみみ繁盛記!~を連載開始! ※完結しました。

君を愛することは無いと言うのならさっさと離婚して頂けますか

砂礫レキ
恋愛
十九歳のマリアンは、かなり年上だが美男子のフェリクスに一目惚れをした。 そして公爵である父に頼み伯爵の彼と去年結婚したのだ。 しかし彼は妻を愛することは無いと毎日宣言し、マリアンは泣きながら暮らしていた。 ある日転んだことが切っ掛けでマリアンは自分が二十五歳の日本人女性だった記憶を取り戻す。 そして三十歳になるフェリクスが今まで独身だったことも含め、彼を地雷男だと認識した。 「君を愛することはない」「いちいち言わなくて結構ですよ、それより離婚して頂けます?」 別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。別人のように冷たくなった新妻にフェリクスは呆然とする。 そして離婚について動くマリアンに何故かフェリクスの弟のラウルが接近してきた。 

追い出された万能職に新しい人生が始まりました

東堂大稀(旧:To-do)
ファンタジー
「お前、クビな」 その一言で『万能職』の青年ロアは勇者パーティーから追い出された。 『万能職』は冒険者の最底辺職だ。 冒険者ギルドの区分では『万能職』と耳触りのいい呼び方をされているが、めったにそんな呼び方をしてもらえない職業だった。 『雑用係』『運び屋』『なんでも屋』『小間使い』『見習い』。 口汚い者たちなど『寄生虫」と呼んだり、あえて『万能様』と皮肉を効かせて呼んでいた。 要するにパーティーの戦闘以外の仕事をなんでもこなす、雑用専門の最下級職だった。 その底辺職を7年も勤めた彼は、追い出されたことによって新しい人生を始める……。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

お母さんに捨てられました~私の価値は焼き豚以下だそうです~【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公リネットの暮らすメルブラン侯爵領には、毎年四月になると、領主である『豚侯爵』に豚肉で作った料理を献上する独特の風習があった。 だが今年の四月はいつもと違っていた。リネットの母が作った焼き豚はこれまでで最高の出来栄えであり、それを献上することを惜しんだ母は、なんと焼き豚の代わりにリネットを豚侯爵に差し出すことを思いつくのである。 多大なショックを受けつつも、母に逆らえないリネットは、命令通りに侯爵の館へ行く。だが、実際に相対した豚侯爵は、あだ名とは大違いの美しい青年だった。 悪辣な母親の言いなりになることしかできない、自尊心の低いリネットだったが、侯爵に『ある特技』を見せたことで『遊戯係』として侯爵家で働かせてもらえることになり、日々、様々な出来事を経験して成長していく。 ……そして時は流れ、リネットが侯爵家になくてはならない存在になった頃。無慈悲に娘を放り捨てた母親は、その悪行の報いを受けることになるのだった。

スライムと異世界冒険〜追い出されたが実は強かった

Miiya
ファンタジー
学校に一人で残ってた時、突然光りだし、目を開けたら、王宮にいた。どうやら異世界召喚されたらしい。けど鑑定結果で俺は『成長』 『テイム』しかなく、弱いと追い出されたが、実はこれが神クラスだった。そんな彼、多田真司が森で出会ったスライムと旅するお話。 *ちょっとネタばれ 水が大好きなスライム、シンジの世話好きなスライム、建築もしてしまうスライム、小さいけど鉱石仕分けたり探索もするスライム、寝るのが大好きな白いスライム等多種多様で個性的なスライム達も登場!! *11月にHOTランキング一位獲得しました。 *なるべく毎日投稿ですが日によって変わってきますのでご了承ください。一話2000~2500で投稿しています。 *パソコンからの投稿をメインに切り替えました。ですので字体が違ったり点が変わったりしてますがご了承ください。

悪役令嬢が転生してきました

冷暖房完備
ファンタジー
平々凡々な夫婦の元に全然 平凡じゃない子供が産まれてきました。 普通に生きて普通に終わってゆくと思っていたのに……どうなる!?我が家!!

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

処理中です...