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10話 お嬢様

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 坪井は荷車を引く手を止めて広場の人だかりを見つめる。日傘を刺した女に村の子ども達が群がっていた。いかにも庶民とは違うレースのついた服を着たお嬢様と思わしき人間と、メイドの恰好をした女がバケットからお菓子を配っているようだった。その後ろにはスーツを着たいかつい執事らしき従者が控えている。

 「お姉ちゃんお菓子頂戴」

 泥で汚れた幼女がそのお嬢様に抱きつく。

 「こら汚れた手でアン様のドレスを汚すんじゃないよ。うちの子がどうもすみません。汚れたお召し物はこちらで弁償いたしますのでなにとぞ穏便に」

 それを見ていた母親が無理やり引きはがすと謝罪する。
 
 「お母様、お気になさらず。汚れたら新しいのを買えば済むことですわ。それよりクッキーをどうぞ」

 アンと呼ばれた女はそう言うとバケットからクッキーの入った小袋を取り出すと幼女に手渡す。

 「お姉ちゃんありがとう」
 「いつもすみません」
 「お嬢様失礼します」

 お菓子を貰った子どもが喜んでいる脇でメイドがテキパキと汚れを布で拭いていく。

 「エミリーあれは?」
 「アン様ですよ」
 「アン様?」
 「王都の名門ダフ侯爵家の長女でこの村の近くのお屋敷で療養しているんです」
 「貴族様がこんな田舎に?」
 「詳しくは知りませんが、お体が悪いようで空気の綺麗なこの地方で療養しているとか。なんでも子ども好きでよく近隣の村々に出向いてはああしてお菓子を配っているんです」
 「ふーん、随分人が出来た人だな」

 アンはこちらに気づいたのか会釈する。

 「あら、御機嫌好う。何か私の顔についておりますでしょうか?」

 突然アンから話かけられて坪井は返答に困った。今までの人生で高貴なる御方とは喋ったことはおろか接点もなかったからである。

 「いえ、そのあなたが綺麗だったからつい見とれて」
 「ツボイさん、アン様に失礼ですよ」
 「いえいえ、そうお気になさらずに。お世辞でもそのようなことを言われて悪い気はしませんわ」

 アンはそう言ったものの坪井からすると本心だった。やや吊り目でぱっちりの開いた目に綺麗に整った巻き髪雪のように白い肌を見て思わず見とれてしまったのである。

 「お嬢様そろそろお時間です」

 メイド服の女が懐から時計を取り出してアンに見せる。

 「もうそんな時間ですの」
 「お嬢様近頃この辺りは物騒でございます。日暮れまでには帰りませんといけません」

 執事風の男が続いて発言する。

 「お姉ちゃんもう帰っちゃうの?」
 「もっとお姉ちゃんお話しを聞かせて」

 子ども達が抗議の声を上げる。

 「アン様にも都合ってものがあるのよ。どうもうちの子が我儘を言って申し訳ありません」

 子どもの母親らしき人間が頭を下げる。

 「いえ、お気になさらずに。では皆さんごめんあそばせ」

 アンは日傘を取って一礼する。

 「次はいつ来てくれるの?」
 「あんまりアン様を困らせるんじゃないの」
 「ダン来週の日曜日はどうですか?」

 ダンと呼ばれた執事は手帳を取り出すと予定を確認する。

 「お嬢様大丈夫でございます」
 「では、また来週御機嫌よう」
 「お姉ちゃんバイバイ」

 アンが馬車に乗って視界から消えるまで子ども達は手を振り続けていた。
 坪井は荷車を家に戻すとエミリーと一緒に夕飯の買い物に出かけた。

 「ツボイさんは夕飯に何が食べたいですか?」
 「肉が食べたいな」
 「お熱いね。まるで恋人か夫婦だ」

 店員が茶化すとエミリーは顔を真っ赤にして反論する。

 「もう、からかわないでくださいよ」
 「すまん、すまん、まけとくから勘弁してくれ」
 「肉は何がありますか?」
 「ハムとウィンナーがあるぜ」
 「生肉は置いてないんですか?」
 「今日は生肉を取り扱ってないんだ。悪いが日を改めてくれ」

 (そうか冷蔵庫がないから常に生肉が店頭に並ばないんだ。なんとか改善出来ないものか)

 「お客さん考えごとしてないで買ってくれよ」
 「じゃあ、ハムとウィンナーを2kg包んでくれ」
 「あいよ」

 坪井は金貨を渡すとお釣りを受け取る。

 (今日はごちそうだ)

 御馳走を手に帰りの足取りは速かった。そのまま駆け足で家に帰ると台所で調理を始める。
 しばらくして、リビングで坪井がくつろいでいるとハリソンが帰ってきた。

 「お、良い臭いだ。今日は肉か?」
 「ツボイさんが買ってきてくださったんですよ」
 「そいつはどうも」

 夕飯の団欒の最中ハリソンが気になることを言った。

 「聞いた話じゃ最近この辺りで子ども達の神隠しが流行っているらしい」
 「物騒な話ですね」

 坪井は麦酒を飲みながら相槌を打つ。

 「いなくなるのは決まって女の子だって話だ。すでに20人近く失踪しているらしいな」
 「お父さん怖い」
 「まだうちの村じゃ発生してないけど用心にこしたことはないな」 
 「警察とかはいないんですか?」

 坪井はふと疑問に思ったこと口に出してみた。

 「警察なんて王都にしかいないよ。もっぱら領主様の衛兵か村の自警団で治安維持をしているのが現状さ。ここらの自警団が女の子を探し回っているが手掛かりは一切ないようだ」
 「奴隷の人狩りかしら」
 「それもあるな」
 「奴隷?」

 現実世界にいた人間には馴染みのない言葉がエミリーから出てきた?すかさずエミリーが解説に入った。

 「うちの国では禁止されているんですが、余所の国だとまだまだメジャーで」
 「ふーん」

 こうしてその夜は過ぎていった。
 次の日の朝坪井は身支度を整えてハリソンと仕事に向かう。いくら金銭的に余裕があってもただの居候は坪井からすると居心地が悪かった。そこでハリソンに相談して今日から木こりの仕事を手伝うことにしたのだ。村を出ること1時間道具を担ぎながら険しい山道を歩く。

 「ツボイさんあそこに見えるのが作業場だよ」

 ハリソンの指差した先に小さな小屋が立ち並ぶ。

 「荷物を置いたら作業を始めるぞ。俺は恩人だろうと働くとなると容赦しないからな」
 「こちらこそお願いします」

  坪井達が木こりの作業を終えて村への帰路につく。全身汗と泥に塗れてくたくたである。

  「ツボイさんあんた若いのに根性あるな」
  「いや本当に散々でしたよ」
  「始めはみんなあんなもんだよ。なんなら一人前になるまで家にいたらいい」
  「いや~そこまでは遠慮しときますよ」

  坪井達が村に入ると広場に見かけない人物がいた。どうやら行商人のようで子どもから大人まで群がっている。

 「ハリソンさんちょっとあれに寄っていっていいですか?」
 「俺は構わないぜ。先帰っているぞ」
 「わかりました」

 女の行商人は広場で絨毯を広げて宝石や玩具を売っているようだった。坪井は赤い宝石のブローチを何気なく手に取った。取った理由はあの剣の柄に填め込まれた宝石と似ていたからである。

 「お客さんお目が高い」

 坪井はいきなり声をかけられて内心どきっとした。慌てて元に戻す。

 「こちらのブローチ今なら半額の銀貨20枚でいいですよ」
 「買うつもりはないんだ」
 「お客さんの名前は?」
 「なんでそんなことを」

 坪井は少し身構えた。つい先日盗賊団の襲撃があったばかりでやつらの残党の報復がないとは限らないからである。

 「いやね。この辺では見ない顔だと思って。気を悪くしたようだったらそのブローチをただで持って行っていいですよ」
 「流石にそれは悪い」
 「いえいえ、お気に召さずに。その変わりにお名前を教えて貰えますか?」
 「ツボイだ」

 行商人はブローチを紙袋に包み終わると坪井に手渡す。

 「ツボイさまこれからも御贔屓を。私は当分ここにいますからね」
 「そういやお前の名前を聞いてなかったんだけど」
 「これは珍しいことをお聞きになります。私はサラと申します」
 「サラか覚えておこう」

 坪井は紙袋を手に家に帰って行った。坪井がどの家に入ったのかを確認するとサラはにやっと笑みを浮かべた。
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