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第5章 ようこそ、夜の学校へ
第36話 センパイ、作戦失敗です
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夜8時。
六条さん、吉乃ちゃん、そして私の三人は、学校の守衛さんに導かれて昇降口へとやって来た。
「では、参りましょうか」
吉乃ちゃんは懐中電灯をつけ、表情を少しも変えずに校舎のなかへと入っていく。
私と六条さんは顔を見合わせ、恐るおそる後に続いた。
夜の校舎はしんと静まり返り、窓から差しこむ月明かりはガラスのように青白い。
昼間ここで生徒たちがにぎやかに過ごしていたとは思えないくらい、空気がしんと冷え切っていた。
上履きに履きかえ、昇降口の先を懐中電灯で照らす。
すると、光のなかに吉乃ちゃんの姿が浮かび上がった。
「吉乃ちゃん、制服で来たんだ」
「はい。学校には制服で来るものと思っておりましたので」
「真面目だなあ、吉乃ちゃんは」
そう言う私はパーカーにジーンズ、スニーカー。少しも飾らない普段着だ。
校舎を歩き回るなら、動きやすい格好のほうがいいもんね。
一方、六条さんは、夜の学校に行くのにそんなにおしゃれをする必要ある? っていうくらい派手なコーデできめている。
美幽センパイが目にしたら「瞳子ちゃん、かわいい~っ!」とはしゃぎ出しそうだ。
吉乃ちゃんが静かな声でたずねた。
「それでは、どこから見て回りましょう?」
よしっ! と、私は心のなかでガッツポーズをした。いい質問だよ、吉乃ちゃん!
私は喜んで提案した。
「それなら理科室へ行こうよ!」
理科室では、美幽センパイがすでに先回りして人体模型と一緒に待っている。
私は六条さんをそこまで誘導しなければならないのだ。
けれども、肝心の六条さんが少しも乗り気じゃない。
「どうしてそんなところに行かなくちゃいけないのよ。意味があるとは思えないわ」
思いがけない反論にとまどい、私はあわてて言葉をつぎ足す。
「えーと……だって、理科室っていかにも幽霊がいそうじゃない? ほら、よくあるでしょう、人体模型がいきなりバーッて動き出したりするやつ」
「そんなホラー映画みたいなことが実際に起こるわけないじゃない。浅野さんって子どもね」
「そ、そんなことないよ。私は理科室が怪しいと思うな。薬品の匂いが好きな幽霊だっているかもしれないし」
「いったいどんな幽霊よ。薬品の匂いを嗅いでうっとりしている幽霊なんて聞いたことがないわ」
「前世が科学者だったのかも」
「前世が科学者なら、幽霊みたいな非科学的なものは信じないんじゃない?」
「むむむ……」
六条さん、手ごわい! ちっとも理科室に行こうとしてくれないよ!
私と六条さんのやり取りを眺めていた吉乃ちゃんが、おかしそうに口元をゆるめた。
「ふふ、旭さんはどうしてそんなに理科室に行きたがるのでしょう? まるで理科室に幽霊がいることを知っているかのような」
ギクッ!
吉乃ちゃんの鋭い指摘に思わずたじろぐ。
「そ、そこまで行きたいわけじゃないけど。ただ、理科室が怪しいかなーって。六条さんの言う通り、ホラー映画の影響かも」
「やっぱりね。そんなことだと思ったわ」
六条さんは勝ち誇ったように口角を上げ、さらに続けた。
「家庭科室には図書室の本が散乱していたそうよ。だから、ますは図書室を調べてみるべきよ」
「では、そのようにいたしましょう」
六条さんの提案に、吉乃ちゃんが素直にうなずく。
作戦、失敗。
美幽センパイ、ごめんなさい。理科室に行くのは当分後になりそうです……。
青白い月明かりが射しこむ冷えた廊下を、三人でゆっくり進んでいく。
視界を闇にさえぎられているせいか、図書室がいつもよりもずっと遠くに感じられた。
吉乃ちゃんはすたすたと先頭を歩く。普段と変わらず、足の運びに迷いがない。
その後ろを、私と六条さんは横に並び、慎重な足取りで進んでいく。
六条さんの身体はわずかにふるえていた。
「六条さん、もしかして怖いの?」
「はぁっ!? 誰が怖いもんですか!」
六条さんの怒ったような声が廊下にこだました。強がりなのは明らかだった。
まあ、夜の学校なんて誰だって怖いよね。幽霊がいるって知っている私でさえ怖いんだもの。
六条さんはフンッと不機嫌そうに顔をそらし、気まずさをごまかすように吉乃ちゃんの背中に話しかけた。
「それより、守谷さんって裏表がありすぎじゃない? 私、守谷さんはもっと大人しくて気が弱い子なのかと誤解していたわ」
六条さん特有の、棘のある声だった。
すると、吉乃ちゃんは立ち止まり、六条さんのほうをふり返った。
「私には裏も表もありません。もし、六条さんが私に裏表があると感じたのなら、それは六条さんには見えていない世界があったということです」
「見えていない世界?」
「ふふ、誰にでもあるのですよ。見えていない世界が」
吉乃ちゃんが怪しく微笑む。
吉乃ちゃんの悟ったような澄みわたった声が、私の耳の奥で、美幽センパイにかつて告げられた言葉と重なった。
――人にはね、まだ見えていない世界があるの。
たちまち、肌がぞわっと粟立つような感覚に襲われた。
私も六条さんと同じように、吉乃ちゃんのことを誤解していたのかもしれない。
やっぱり、吉乃ちゃんには見えているの? 美幽センパイのいる世界が――。
六条さん、吉乃ちゃん、そして私の三人は、学校の守衛さんに導かれて昇降口へとやって来た。
「では、参りましょうか」
吉乃ちゃんは懐中電灯をつけ、表情を少しも変えずに校舎のなかへと入っていく。
私と六条さんは顔を見合わせ、恐るおそる後に続いた。
夜の校舎はしんと静まり返り、窓から差しこむ月明かりはガラスのように青白い。
昼間ここで生徒たちがにぎやかに過ごしていたとは思えないくらい、空気がしんと冷え切っていた。
上履きに履きかえ、昇降口の先を懐中電灯で照らす。
すると、光のなかに吉乃ちゃんの姿が浮かび上がった。
「吉乃ちゃん、制服で来たんだ」
「はい。学校には制服で来るものと思っておりましたので」
「真面目だなあ、吉乃ちゃんは」
そう言う私はパーカーにジーンズ、スニーカー。少しも飾らない普段着だ。
校舎を歩き回るなら、動きやすい格好のほうがいいもんね。
一方、六条さんは、夜の学校に行くのにそんなにおしゃれをする必要ある? っていうくらい派手なコーデできめている。
美幽センパイが目にしたら「瞳子ちゃん、かわいい~っ!」とはしゃぎ出しそうだ。
吉乃ちゃんが静かな声でたずねた。
「それでは、どこから見て回りましょう?」
よしっ! と、私は心のなかでガッツポーズをした。いい質問だよ、吉乃ちゃん!
私は喜んで提案した。
「それなら理科室へ行こうよ!」
理科室では、美幽センパイがすでに先回りして人体模型と一緒に待っている。
私は六条さんをそこまで誘導しなければならないのだ。
けれども、肝心の六条さんが少しも乗り気じゃない。
「どうしてそんなところに行かなくちゃいけないのよ。意味があるとは思えないわ」
思いがけない反論にとまどい、私はあわてて言葉をつぎ足す。
「えーと……だって、理科室っていかにも幽霊がいそうじゃない? ほら、よくあるでしょう、人体模型がいきなりバーッて動き出したりするやつ」
「そんなホラー映画みたいなことが実際に起こるわけないじゃない。浅野さんって子どもね」
「そ、そんなことないよ。私は理科室が怪しいと思うな。薬品の匂いが好きな幽霊だっているかもしれないし」
「いったいどんな幽霊よ。薬品の匂いを嗅いでうっとりしている幽霊なんて聞いたことがないわ」
「前世が科学者だったのかも」
「前世が科学者なら、幽霊みたいな非科学的なものは信じないんじゃない?」
「むむむ……」
六条さん、手ごわい! ちっとも理科室に行こうとしてくれないよ!
私と六条さんのやり取りを眺めていた吉乃ちゃんが、おかしそうに口元をゆるめた。
「ふふ、旭さんはどうしてそんなに理科室に行きたがるのでしょう? まるで理科室に幽霊がいることを知っているかのような」
ギクッ!
吉乃ちゃんの鋭い指摘に思わずたじろぐ。
「そ、そこまで行きたいわけじゃないけど。ただ、理科室が怪しいかなーって。六条さんの言う通り、ホラー映画の影響かも」
「やっぱりね。そんなことだと思ったわ」
六条さんは勝ち誇ったように口角を上げ、さらに続けた。
「家庭科室には図書室の本が散乱していたそうよ。だから、ますは図書室を調べてみるべきよ」
「では、そのようにいたしましょう」
六条さんの提案に、吉乃ちゃんが素直にうなずく。
作戦、失敗。
美幽センパイ、ごめんなさい。理科室に行くのは当分後になりそうです……。
青白い月明かりが射しこむ冷えた廊下を、三人でゆっくり進んでいく。
視界を闇にさえぎられているせいか、図書室がいつもよりもずっと遠くに感じられた。
吉乃ちゃんはすたすたと先頭を歩く。普段と変わらず、足の運びに迷いがない。
その後ろを、私と六条さんは横に並び、慎重な足取りで進んでいく。
六条さんの身体はわずかにふるえていた。
「六条さん、もしかして怖いの?」
「はぁっ!? 誰が怖いもんですか!」
六条さんの怒ったような声が廊下にこだました。強がりなのは明らかだった。
まあ、夜の学校なんて誰だって怖いよね。幽霊がいるって知っている私でさえ怖いんだもの。
六条さんはフンッと不機嫌そうに顔をそらし、気まずさをごまかすように吉乃ちゃんの背中に話しかけた。
「それより、守谷さんって裏表がありすぎじゃない? 私、守谷さんはもっと大人しくて気が弱い子なのかと誤解していたわ」
六条さん特有の、棘のある声だった。
すると、吉乃ちゃんは立ち止まり、六条さんのほうをふり返った。
「私には裏も表もありません。もし、六条さんが私に裏表があると感じたのなら、それは六条さんには見えていない世界があったということです」
「見えていない世界?」
「ふふ、誰にでもあるのですよ。見えていない世界が」
吉乃ちゃんが怪しく微笑む。
吉乃ちゃんの悟ったような澄みわたった声が、私の耳の奥で、美幽センパイにかつて告げられた言葉と重なった。
――人にはね、まだ見えていない世界があるの。
たちまち、肌がぞわっと粟立つような感覚に襲われた。
私も六条さんと同じように、吉乃ちゃんのことを誤解していたのかもしれない。
やっぱり、吉乃ちゃんには見えているの? 美幽センパイのいる世界が――。
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