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50.ウーンデキム祭(上)
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エミリア嬢作の冠は、ウーンデキム祭の出品締切にギリギリ間に合った。
三日間のウーンデキム祭のうち、俺は一番人が少ない二日目に見に行った。俺が初めてウーンデキム祭に興味をもったから家族は驚いたけど、母さまとティリーが一緒に行ってくれた。
正直、絵画や彫刻、宝飾品あたりは、よさがわからなかった。でも魔道具やこれまでになかった発想の道具類も展示してあって、そっちはおもしろかった。
エミリア嬢作の冠には、俺が行ったときはそこそこ人が群がってたし、母さまとティリーの受けはよかった。
ロバートの金杯もあった。俺は目にするだけで腹が立つけど、他の人は事情を知らないからな。豪華だとか、きれいだって感想がきこえてきて、もやっとした。
エミリア嬢とオードリー嬢は連日、アルバートとルイーズ嬢は最終日に参加した。
俺が二日目だけ行くっていったら、最初はみんなから抗議された。
『ノアさまも三日目にいらしてください。午後の授賞式のあと、宴会があるそうです。参加には招待状が必要ですが、カーティス伯爵家なら届いているはずです』
『きいただけでうんざりするな』
『私たちはみな行くのだから、談笑する相手はいるぞ?』
『俺と話したければ、そっちから出向いてこい。なぜ俺が、わざわざ足を運んでやらなければならん』
エミリア嬢のことは気になるけど、俺が行こうが行くまいが変わるものじゃない。それに人がたくさんいる場所は、あんまり得意じゃないんだよね。
他の人たちが不満そうにしてるなか、思いがけずルイーズ嬢が援護をしてくれた。
『ノアくんは、社交界でのお披露目はまだだよね。それなら、たしかに宴会には顔を出さないほうが得策かな』
『ルイーズさま、わたくしも披露目がすんでおりませんが、ウーンデキム祭の宴会には参加できるときいております』
貴族が社交界に正式に参加するのが認められるのは、一般的には成人の儀のあとだ。それまでは、社交界に一人で出る資格がない子どもだってみなされる。でも昼間の宴会や、ウーンデキム祭みたいに特別な催しのときは状況次第で参加できる。
年齢制限なら大丈夫だっていうオードリー嬢に、ルイーズ嬢が軽く首を横に振った。
『それは知ってる、わたしだって昔から両親と一緒にいろいろな場所に顔を出しているからさ。そうじゃなくて、ノアくんはこの容姿で、この能力で、この性格だろう。彼のことを知る人間がまだ少ないなら、いまのところそのままにしておいたほうが平安じゃないかな』
みんなが、『あー』って言った。俺に視線が集中する。他の人たちの気持ちを代表するように、アルバートが口をひらいた。
『ノア、君は大きな宴会などに出たことはどれくらいある?』
『おなじことを言わせるな。俺に拝謁したければ自ら参上しろ。会ってやるとは限らんがな』
『親族以外の集まりで、もっとも大きかったのはなんだい』
規模でいうなら今年の夏茶会かな。そう言ったら、みんな黙りこんだ。グラン・グランの呪いを思い出さずにはいられないからだろうか。親族は関係ない集まりって、あとはなにがあったっけ。
『塔での催しもあったか。俺が出てやるのは、塔の魔法使いのみの会くらいだがな。それ以外の輩との接触に使う時間なぞあるか』
『なかなかうらやましい立場だな』
嫌でも他人と交流しなきゃならない王子さまから、本気でうらやましがられてしまった。いや、友だちがいなくて、塔しか知らないだけなんだよ。
そうだ、それに初花の集いがあった。それくらいかなって話したら、深くうなずかれた。
『つまり、塔と学園の人間以外はノアのことをほぼ知らないか。なるほど、ルイーズがいうとおり、君はウーンデキム祭の宴会に顔を出さないほうがいい』
『たしかに……よくわかりませんが、なんだか大変なことになりそうです……』
『どういう意味だ。フン、そこまで反対されると逆におもしろそうだな。では、俺も三日目に――』
全員が今度は『却下!』って叫んだ。なぜだ。
『わたくし、考えちがいをしておりました。ノアさまは、どうかウーンデキム祭の宴会にお越しにならないでくださいませ。エミリアのことだけで手一杯なのです、それ以外に思いがけない事態が起こったら対処しきれませんわ』
俺、問題は起こさないよ? そう思ったけど、もとから行きたいわけじゃなかったから別にいいやってそれ以上主張しなかった。
だから俺は、最初の予定どおり二日目に見に行った。
ただ、たしかにエミリア嬢の作品への評価は知りたい気もしたんだ。だからルイーズ嬢に、「時の録」の魔道具をつけてってお願いした。
時の録の機能は、一定の時間その場の出来事を記録できるというものだ。これは作るのが難しくて、一般に出回るようなものじゃない。俺が知ってるところだと、裁判所が持ってるくらいだ。
見た目は、ひと抱えくらいある長方形の魔道具で、側面に円いガラスがはめこまれてる。
本来は、だ。
俺がルイーズ嬢に渡したのは改良中のやつで、親指の先ほどの大きさの玉だった。真ん中に黒い玉が入った透明な特殊加工ガラスでできてる。
完成品じゃないのは、まだまだ欠点があるからだ。たとえば使えるのが一回だけだし、二時間くらいしか記録できないし、ものすごく魔力をくうし、その魔力もあらかじめ登録しておく必要があるから一人分しか動力源にならない。ほかにも直すべきところが満載だ。
改良されたのは大きさだ。記録する性能と、記録された風景や音を再現する性能を分けて、あと魔術式の構成を徹底的に省略可して、とにかく小さくすることを目的にした。
塔でやってた研究は、個人で進めていいものと、塔の外に持ち出すのが許されてないものの二種類ある。時の録は塔以外でも研究していいやつだったから、試作品が手元にあったんだ。欠点はあるけど、とりあえず今回の祭りをちょっと記録するくらいなら使えそうだった。
『どうして、わたしなのかな?』
『箒スズメが上手くあつかえるわけがない。黄巻バネヅタは魔力が足りん』
『たしかにエミリアちゃんは、気が動転することがあったら魔道具の起動を忘れたり、落としたり、記録がとれない場所で一所懸命記録してるつもりになったりしそうだね』
エミリア嬢のドジっぷりについて、俺とルイーズ嬢の見解は一致していた。
『アルバートは、都合よく記録できる場所にいるとは限らん。それから、この魔道具は試作段階だから他人に話すな。秘密の保持は貴族ならお手の者だろう。つまり消去法だ、けっしてきさまを選んだわけではない』
『たしかに彼は、王子だから自由に動きまわりにくいか。へえ、つまりノアくんは、わたしなら信頼できて、魔力が多く、記録者としてふさわしいって高く評価したわけだ。選ばれてうれしいね』
『きさまの耳は節穴か!?』
そんなちょっとしたやりとりのあと、ルイーズ嬢は現場を記録するって約束してくれた。時の録の玉は、装飾品にみせかけるらしい。
祭りが終わったあと、ルイーズ嬢は早々に時の録を返してくれた。
『記録を読むんだろう? わたしも見たいな』
そういわれたけど、記録用の魔道具を最小にした分、再生用の魔道具は大がかりなものになってしまったんだ。学園に気軽に持ってこられる大きさじゃないからって断った。これも課題だなあ。
その晩、俺は時の録を再生した。魔道具は、自室の隣に作ってもらった魔法実験部屋においてある。映像と音の再現だから、室内を暗くした。再生用の魔道具の調整をして、壁にかけた再生板白い板に映し出す。
戸外にある舞台がみえた。シャインフォード公爵家の庭園かな。一段高くなったところで、中年男がしゃべってる。再現の程度は、ガラス板を何枚か通したかんじで、相手の特徴は判別できるくらいの見え方だ。
『……以上で絵画部門の表彰を終わります。次は、宝飾品部門です』
ウーンデキム祭で賞をとった作品の発表場面みたいだ。
賞は部門別に四、五種類あって、下のほうが三人くらい、上になるにつれ二人、一人と受賞者数が減っていくらしい。
視界が動いて、舞台とは反対側が映った。ルイーズ嬢は舞台の前のほうに設けられた席に座ってたみたいだな。かなり後ろに、青い顔をしてるエミリア嬢と、見た目はいつもとおなじツンとしたオードリー嬢がいる。
実はこの玉は全方向を映せるんだけど、操作が難しいからルイーズ嬢にはその説明をしていなかった。代わりに、だいたい自分の視野が映ると思えばいいとだけ言ったから、気を利かせてエミリア嬢のほうに時の録を向けてくれたみたいだ。
一人、また一人と、受賞者が発表されていく。そのたびにエミリア嬢の眉根が寄っていって、オードリー嬢が彼女に身をよせる。
『以上が、宝飾部門での佳作からシャインフォード金賞までの受賞者となります』
司会が読み上げた中に、エミリア嬢の名前はなかった。
目の前で、未来の可能性が一つ閉ざされた。そうと知った茶色の頭が深く垂れて、眼鏡をかけた顔が隠れる。でもエミリア嬢がどんな表情をうかべてるかが想像できる気がした。オードリー嬢が彼女の肩を強く抱いた。
学園で本人から結果をきいてた俺でさえ、すごく胸が痛んだ。
宝飾部門の受賞者に向けて、会場から拍手が起こりかける。
司会者は、右手を挙げてそれを制した。
『ここで一つお知らせがあります。今回、急きょ新しい賞が設けられました』
ほとんどの人が初耳だったんだろう、会場がざわついた。
司会者いわく、審査員たちのあいだである作品の評価が真っ二つに割れた。一方は、停滞していた宝飾部門に新しい息吹を感じるっていう高評価。他方は、技巧に頼って思想がないっていう低評価だ。でも、今後の可能性が期待されるという意味では、受賞するにふさわしい作品だという点で審査員たちの意見は一致した。
次にどの賞を授けるかということでひと悶着起きて、ふさわしいものがないという困った事態に陥った。
『そこで、このたび新たな賞が作られることになったのです! 十一の月より若く、生き生きとした緑をもたらす五の月を意味する「クィーンクェ賞」です。賞が新設されたのは、なんと十二年ぶりのことになります。クィーンクェ賞は、将来性が期待される新規性に富んだ作品に、部門を越えて授けられる賞となります。では、クィーンクェ賞の名誉ある最初の受賞者を発表いたします。登録番号二〇七「金冠」の出品者、エミリア・チャップマン!!』
今度こそ、大きな拍手がわき起こった。
新しい賞を作ってしまったエミリア嬢は、最初は自分の名前が呼ばれたことに気づいていないみたいだった。彼女より先にオードリー嬢が、信じられないというように舞台を凝視した。それから、うつむいてるエミリア嬢の肩を揺すった。耳元で何度も呼びかける。
ようやく顔を上げたエミリア嬢は、あたりを見回して、オードリー嬢になにかしゃべりかけた。ぼうっとして、否定するみたいに頭を横に振って、舞台に視線を移す。自分が受賞したっていう実感がないんだろう。
オードリー嬢に背中を叩かれて、エミリア嬢はしゃきんと座りなおした。ゆっくりと両手で口元をおおう。
なにが起きてるのかを、やっと受けとめたみたいだ。
『ハッ、当然だ。この俺が手を貸したんだぞ』
そんなひとりごとをつぶやいた俺だけど、心の中では「やったああああ!!」って叫んでた。
今日、学園に行ったら朝一番にエミリア嬢が『ノアさまあああ、もらいましたあ。ありがとうございますううぅ!!』って半泣きで突撃してくるし、その後ろでアルバートが苦笑しながらも『快挙だったよ』って賞賛するし。昼食の時間にオードリー嬢が、授業後にルイーズ嬢が、当日の様子をしゃべりに来るし。だからだいたいの流れはわかってたけど、こうやって映像でみると、話できくだけよりもっとずっと感動した。
エミリア嬢、がんばってたもんな!
俺の気が狂いそうなくらい試行錯誤してたもんな! あ、ダメだ、思い出したら頭がクラクラしてきた。自分が魔法実験をするときはおんなじくらい集中してる気がするけど、他人の補佐だと疲労度がちがうのを初めて知ったよ。
努力したって、成果につながるとは限らない。でも、この結果はエミリア嬢の才能と努力の両方がなかったら出せなかった。えらいよ、エミリア嬢。
ほんっと、よかった。
そのあと宝飾部門の受賞者たちが舞台に上がって、それぞれ記章を授けられた。エミリア嬢は登壇直前までオードリー嬢に支えられながらよろよろ歩いて、舞台では右手と右足を同時に前に出して進んでた。
映像は、エミリア嬢が記章をもらって舞台を下りるところでいったん途切れた。
三日間のウーンデキム祭のうち、俺は一番人が少ない二日目に見に行った。俺が初めてウーンデキム祭に興味をもったから家族は驚いたけど、母さまとティリーが一緒に行ってくれた。
正直、絵画や彫刻、宝飾品あたりは、よさがわからなかった。でも魔道具やこれまでになかった発想の道具類も展示してあって、そっちはおもしろかった。
エミリア嬢作の冠には、俺が行ったときはそこそこ人が群がってたし、母さまとティリーの受けはよかった。
ロバートの金杯もあった。俺は目にするだけで腹が立つけど、他の人は事情を知らないからな。豪華だとか、きれいだって感想がきこえてきて、もやっとした。
エミリア嬢とオードリー嬢は連日、アルバートとルイーズ嬢は最終日に参加した。
俺が二日目だけ行くっていったら、最初はみんなから抗議された。
『ノアさまも三日目にいらしてください。午後の授賞式のあと、宴会があるそうです。参加には招待状が必要ですが、カーティス伯爵家なら届いているはずです』
『きいただけでうんざりするな』
『私たちはみな行くのだから、談笑する相手はいるぞ?』
『俺と話したければ、そっちから出向いてこい。なぜ俺が、わざわざ足を運んでやらなければならん』
エミリア嬢のことは気になるけど、俺が行こうが行くまいが変わるものじゃない。それに人がたくさんいる場所は、あんまり得意じゃないんだよね。
他の人たちが不満そうにしてるなか、思いがけずルイーズ嬢が援護をしてくれた。
『ノアくんは、社交界でのお披露目はまだだよね。それなら、たしかに宴会には顔を出さないほうが得策かな』
『ルイーズさま、わたくしも披露目がすんでおりませんが、ウーンデキム祭の宴会には参加できるときいております』
貴族が社交界に正式に参加するのが認められるのは、一般的には成人の儀のあとだ。それまでは、社交界に一人で出る資格がない子どもだってみなされる。でも昼間の宴会や、ウーンデキム祭みたいに特別な催しのときは状況次第で参加できる。
年齢制限なら大丈夫だっていうオードリー嬢に、ルイーズ嬢が軽く首を横に振った。
『それは知ってる、わたしだって昔から両親と一緒にいろいろな場所に顔を出しているからさ。そうじゃなくて、ノアくんはこの容姿で、この能力で、この性格だろう。彼のことを知る人間がまだ少ないなら、いまのところそのままにしておいたほうが平安じゃないかな』
みんなが、『あー』って言った。俺に視線が集中する。他の人たちの気持ちを代表するように、アルバートが口をひらいた。
『ノア、君は大きな宴会などに出たことはどれくらいある?』
『おなじことを言わせるな。俺に拝謁したければ自ら参上しろ。会ってやるとは限らんがな』
『親族以外の集まりで、もっとも大きかったのはなんだい』
規模でいうなら今年の夏茶会かな。そう言ったら、みんな黙りこんだ。グラン・グランの呪いを思い出さずにはいられないからだろうか。親族は関係ない集まりって、あとはなにがあったっけ。
『塔での催しもあったか。俺が出てやるのは、塔の魔法使いのみの会くらいだがな。それ以外の輩との接触に使う時間なぞあるか』
『なかなかうらやましい立場だな』
嫌でも他人と交流しなきゃならない王子さまから、本気でうらやましがられてしまった。いや、友だちがいなくて、塔しか知らないだけなんだよ。
そうだ、それに初花の集いがあった。それくらいかなって話したら、深くうなずかれた。
『つまり、塔と学園の人間以外はノアのことをほぼ知らないか。なるほど、ルイーズがいうとおり、君はウーンデキム祭の宴会に顔を出さないほうがいい』
『たしかに……よくわかりませんが、なんだか大変なことになりそうです……』
『どういう意味だ。フン、そこまで反対されると逆におもしろそうだな。では、俺も三日目に――』
全員が今度は『却下!』って叫んだ。なぜだ。
『わたくし、考えちがいをしておりました。ノアさまは、どうかウーンデキム祭の宴会にお越しにならないでくださいませ。エミリアのことだけで手一杯なのです、それ以外に思いがけない事態が起こったら対処しきれませんわ』
俺、問題は起こさないよ? そう思ったけど、もとから行きたいわけじゃなかったから別にいいやってそれ以上主張しなかった。
だから俺は、最初の予定どおり二日目に見に行った。
ただ、たしかにエミリア嬢の作品への評価は知りたい気もしたんだ。だからルイーズ嬢に、「時の録」の魔道具をつけてってお願いした。
時の録の機能は、一定の時間その場の出来事を記録できるというものだ。これは作るのが難しくて、一般に出回るようなものじゃない。俺が知ってるところだと、裁判所が持ってるくらいだ。
見た目は、ひと抱えくらいある長方形の魔道具で、側面に円いガラスがはめこまれてる。
本来は、だ。
俺がルイーズ嬢に渡したのは改良中のやつで、親指の先ほどの大きさの玉だった。真ん中に黒い玉が入った透明な特殊加工ガラスでできてる。
完成品じゃないのは、まだまだ欠点があるからだ。たとえば使えるのが一回だけだし、二時間くらいしか記録できないし、ものすごく魔力をくうし、その魔力もあらかじめ登録しておく必要があるから一人分しか動力源にならない。ほかにも直すべきところが満載だ。
改良されたのは大きさだ。記録する性能と、記録された風景や音を再現する性能を分けて、あと魔術式の構成を徹底的に省略可して、とにかく小さくすることを目的にした。
塔でやってた研究は、個人で進めていいものと、塔の外に持ち出すのが許されてないものの二種類ある。時の録は塔以外でも研究していいやつだったから、試作品が手元にあったんだ。欠点はあるけど、とりあえず今回の祭りをちょっと記録するくらいなら使えそうだった。
『どうして、わたしなのかな?』
『箒スズメが上手くあつかえるわけがない。黄巻バネヅタは魔力が足りん』
『たしかにエミリアちゃんは、気が動転することがあったら魔道具の起動を忘れたり、落としたり、記録がとれない場所で一所懸命記録してるつもりになったりしそうだね』
エミリア嬢のドジっぷりについて、俺とルイーズ嬢の見解は一致していた。
『アルバートは、都合よく記録できる場所にいるとは限らん。それから、この魔道具は試作段階だから他人に話すな。秘密の保持は貴族ならお手の者だろう。つまり消去法だ、けっしてきさまを選んだわけではない』
『たしかに彼は、王子だから自由に動きまわりにくいか。へえ、つまりノアくんは、わたしなら信頼できて、魔力が多く、記録者としてふさわしいって高く評価したわけだ。選ばれてうれしいね』
『きさまの耳は節穴か!?』
そんなちょっとしたやりとりのあと、ルイーズ嬢は現場を記録するって約束してくれた。時の録の玉は、装飾品にみせかけるらしい。
祭りが終わったあと、ルイーズ嬢は早々に時の録を返してくれた。
『記録を読むんだろう? わたしも見たいな』
そういわれたけど、記録用の魔道具を最小にした分、再生用の魔道具は大がかりなものになってしまったんだ。学園に気軽に持ってこられる大きさじゃないからって断った。これも課題だなあ。
その晩、俺は時の録を再生した。魔道具は、自室の隣に作ってもらった魔法実験部屋においてある。映像と音の再現だから、室内を暗くした。再生用の魔道具の調整をして、壁にかけた再生板白い板に映し出す。
戸外にある舞台がみえた。シャインフォード公爵家の庭園かな。一段高くなったところで、中年男がしゃべってる。再現の程度は、ガラス板を何枚か通したかんじで、相手の特徴は判別できるくらいの見え方だ。
『……以上で絵画部門の表彰を終わります。次は、宝飾品部門です』
ウーンデキム祭で賞をとった作品の発表場面みたいだ。
賞は部門別に四、五種類あって、下のほうが三人くらい、上になるにつれ二人、一人と受賞者数が減っていくらしい。
視界が動いて、舞台とは反対側が映った。ルイーズ嬢は舞台の前のほうに設けられた席に座ってたみたいだな。かなり後ろに、青い顔をしてるエミリア嬢と、見た目はいつもとおなじツンとしたオードリー嬢がいる。
実はこの玉は全方向を映せるんだけど、操作が難しいからルイーズ嬢にはその説明をしていなかった。代わりに、だいたい自分の視野が映ると思えばいいとだけ言ったから、気を利かせてエミリア嬢のほうに時の録を向けてくれたみたいだ。
一人、また一人と、受賞者が発表されていく。そのたびにエミリア嬢の眉根が寄っていって、オードリー嬢が彼女に身をよせる。
『以上が、宝飾部門での佳作からシャインフォード金賞までの受賞者となります』
司会が読み上げた中に、エミリア嬢の名前はなかった。
目の前で、未来の可能性が一つ閉ざされた。そうと知った茶色の頭が深く垂れて、眼鏡をかけた顔が隠れる。でもエミリア嬢がどんな表情をうかべてるかが想像できる気がした。オードリー嬢が彼女の肩を強く抱いた。
学園で本人から結果をきいてた俺でさえ、すごく胸が痛んだ。
宝飾部門の受賞者に向けて、会場から拍手が起こりかける。
司会者は、右手を挙げてそれを制した。
『ここで一つお知らせがあります。今回、急きょ新しい賞が設けられました』
ほとんどの人が初耳だったんだろう、会場がざわついた。
司会者いわく、審査員たちのあいだである作品の評価が真っ二つに割れた。一方は、停滞していた宝飾部門に新しい息吹を感じるっていう高評価。他方は、技巧に頼って思想がないっていう低評価だ。でも、今後の可能性が期待されるという意味では、受賞するにふさわしい作品だという点で審査員たちの意見は一致した。
次にどの賞を授けるかということでひと悶着起きて、ふさわしいものがないという困った事態に陥った。
『そこで、このたび新たな賞が作られることになったのです! 十一の月より若く、生き生きとした緑をもたらす五の月を意味する「クィーンクェ賞」です。賞が新設されたのは、なんと十二年ぶりのことになります。クィーンクェ賞は、将来性が期待される新規性に富んだ作品に、部門を越えて授けられる賞となります。では、クィーンクェ賞の名誉ある最初の受賞者を発表いたします。登録番号二〇七「金冠」の出品者、エミリア・チャップマン!!』
今度こそ、大きな拍手がわき起こった。
新しい賞を作ってしまったエミリア嬢は、最初は自分の名前が呼ばれたことに気づいていないみたいだった。彼女より先にオードリー嬢が、信じられないというように舞台を凝視した。それから、うつむいてるエミリア嬢の肩を揺すった。耳元で何度も呼びかける。
ようやく顔を上げたエミリア嬢は、あたりを見回して、オードリー嬢になにかしゃべりかけた。ぼうっとして、否定するみたいに頭を横に振って、舞台に視線を移す。自分が受賞したっていう実感がないんだろう。
オードリー嬢に背中を叩かれて、エミリア嬢はしゃきんと座りなおした。ゆっくりと両手で口元をおおう。
なにが起きてるのかを、やっと受けとめたみたいだ。
『ハッ、当然だ。この俺が手を貸したんだぞ』
そんなひとりごとをつぶやいた俺だけど、心の中では「やったああああ!!」って叫んでた。
今日、学園に行ったら朝一番にエミリア嬢が『ノアさまあああ、もらいましたあ。ありがとうございますううぅ!!』って半泣きで突撃してくるし、その後ろでアルバートが苦笑しながらも『快挙だったよ』って賞賛するし。昼食の時間にオードリー嬢が、授業後にルイーズ嬢が、当日の様子をしゃべりに来るし。だからだいたいの流れはわかってたけど、こうやって映像でみると、話できくだけよりもっとずっと感動した。
エミリア嬢、がんばってたもんな!
俺の気が狂いそうなくらい試行錯誤してたもんな! あ、ダメだ、思い出したら頭がクラクラしてきた。自分が魔法実験をするときはおんなじくらい集中してる気がするけど、他人の補佐だと疲労度がちがうのを初めて知ったよ。
努力したって、成果につながるとは限らない。でも、この結果はエミリア嬢の才能と努力の両方がなかったら出せなかった。えらいよ、エミリア嬢。
ほんっと、よかった。
そのあと宝飾部門の受賞者たちが舞台に上がって、それぞれ記章を授けられた。エミリア嬢は登壇直前までオードリー嬢に支えられながらよろよろ歩いて、舞台では右手と右足を同時に前に出して進んでた。
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時々さかのぼって部分修正することがあります
誤字脱字の報告大歓迎です(かなり多いかと…)
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スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
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