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25.代理人の依頼(上)

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 グラン・グランの呪いを解くことができる。
 そう打ち明けたら、アルバートがビシッと固まった。
 アルバートがどう思ってるかはわからないけど、言い出した以上やめるわけにはいかない。このあとは、「秘儀・俺はひとりごとをつぶやいてるだけ」を採用だ。ひとりごとでも俺の毒舌は絶好調だよ。だけど、誰かに話してるんじゃなくて自分の考えをしゃべってるだけですよってフリをしたら、暴言の発生率がちょっとはマシになるから、最近よく利用してる。提案してくれたルイーズ嬢、ありがとう。

「だが解呪には条件がある。まず、呪いの内容と呪われた人間を合致させなければならない。それしきのこと俺にとっては児戯のようなものだがな」

 本当は児戯どころじゃなくて、そこからして苦労してるんだけど。ほんと、なんで俺、自分に話してるのに見栄を張ってんだよ。素直になれよ、呪われた俺。なれるものならなりたいよ、本音の俺。

「次に、俺は呪いを解いた相手に、俺が解いたということを知られてはならない。もし俺が解呪したと知られれば、その愚民の呪いが俺に降りかかる」

 ここまでは、俺とシィレの精霊契約に盛りこまれた条件だ。あともう一つ、俺自身のこだわりというか不安がある。

「また俺は、呪われた愚民が、その呪いを解きたいのかどうかを確かめる必要がある」

 これが、最初に考えてたより問題をややこしくしてるんだよね。
 学園に入学した初日、自己紹介の時間にトレヴァーが自分の呪いを公言した。呪いが解けないようにするためにだ。
 俺は、グラン・グランの呪いはすべて解呪されなきゃダメだって思ってた。だから最悪の場合は、相手の意識を失わせて勝手に解いちゃえばいいだろうって気楽にかまえてたんだ。でもトレヴァーみたいに、呪いをそのままにしておきたい人がいたら? いまのところ、呪いが永続化したのは彼だけだ。でも、人それぞれ事情があるだろう。どんな事情を抱えているのかを話し合ったほうがいい場合があるのかもしれない。
 だけど俺は、この態度だからさぁ。穏便に事情聴取ができるとはとうてい思えない。
 というわけで、お願いなんだ。

「きいたとおりだ、おまえがやれ」

 彫刻化してたアルバートが、どうにか口を開けた。それから苦労するみたいにゆっくり舌を動かした。

「やれ、とは、なにをだい」
「俺の代理として動く栄誉をあたえてやろうといっている。ありがたく拝命するがいい」

 アルバートの顔から感情がなくなった。それまでも笑ったり怒ったりしてたわけじゃないけど、「話をきいてますよ」っていう雰囲気があった。それが消えた。
 これまでのつきあいからわかる。こいつがこんなかんじの無表情になるのは、たいてい頭を高速回転させてるときだ。

「いま、ノアが話したことは四つある。一つめは、きみは呪いを解くことができる。二つめは、きみは呪われた人と、呪いの内容を知らなければならない。三つめは、きみが呪いを解いた人間だと知られてはならない。四つめは、きみは呪われた人間が、呪いを解きたいかどうかを確かめなければならない」

 最後の一つは、しなくても俺に実害はない。だけど、勝手に呪いを解いたせいで相手が不幸になったら、寝覚めが悪いじゃないか。少なくとも絶対俺は気に病む。だからこれは、俺が俺の心を守るための手段なのだ。
 しかしアルバートはこんなややこしい条件を、一回きいただけでよく理解できるな。頭がいいんだなあ。

「最初の件については、私になにができるのかわからない。だが残りの三つなら、力を貸すことができそうだ。呪いの内容を知るために動くこと。きみが呪いを解いたと知られないようにすること。そして、解呪を望むかどうかを確認すること。それを手伝えばいいということか?」
「まだあるぞ、バカ者。おまえは、目立つおとりになれ」

 少しのあいだアルバートが考えた。

「私が、おとりか。この状況で、きみには……そうか、『呪いを解いた人間』が必要になる。ノアが解呪したことを秘密にするために」

 そうそう、そこも手伝ってほしいんだよ。さすが高速回転する頭の持ち主は違うね! 俺が言いたいことをアルバートはすぐに理解してくれる。

「つまり呪われた人間を解呪するには、表向きの交渉係と解呪係がいる。それを私に依頼したいということか」
「ボンクラが。たったこれだけのことを理解するのに、どれだけの時間をかけている」

 アルバートは返事をせず、また思案しだした。
 この頼みは、俺にとっては死活問題だけど、アルバートにはなんの利点もないんだよなあ。どうしてそんなことをしなければいけないんだって言われたら、俺はソノトオリデゴザイマスって諦めるしかない。

「ききたいことは、山ほどあるが」

 アルバートは、そう切り出した。

「まず、いまの申し出に限定して話そう。なぜ、私なんだ? 私は、きみにとって安全な人間だと思われているのかもしれないが」

 怖いくらい真剣に言われた。あ、これはマズイかも。アルバートがそっちの話をするとは思わなかった。

「さすがに話していかなったけどね。ノア、私は――」
「やめろ痴れ者、きく気などない!」

 慌てて声を張り上げて、アルバートのことばをさえぎった。

「あるマヌケが、呪われているとする。しかし、そいつが呪われているかもしれないと俺が憶測する場合と、愚かにも本人がそう認めて確定させてしまうのは、まったく意味合いが違う」

 アルバートは夏茶会にいたらしいし、呪われててもおかしくない。いまのところどっちなのか俺にはわからないから、呪われてたとしても特徴が面に出にくい部類なんだろう。そう思ってたけど、いまのアルバートの顔色と話の流れで勘づいてしまった。
 こいつ、呪われてるわー。

「俺は、おまえが呪われているかどうかになぞ興味がない。仮に呪われていたとして、その内容なんか知らん。おまえに、ひとかけらの関心もない!」

 口先だけでもそう言っておかなきゃならない。俺が、アルバートの呪いの内容を確信してるって思われたら厄介だ。たとえばこっちが何気なく話したことを、アルバートの呪いについて言ったんだと思われたら、「他人が自分の呪いを知った」っていう条件に当てはまってしまう。そしたら呪いが永続化する。
 アルバートは、あいかわらず何を考えてるのかわからない表情をしてる。この顔、王子さま仮面って呼んでやろうか。

「再度、問おう。そこまでわかっていて、なぜ私に話をした」
「フン、うろたえるな臆病者。俺は解呪を望む人間をえり好みするような能なしではない。きさまが俺の助けを必要とするなら、いつでも恩恵を授けてやる」

 頭がいいから、アルバートはすぐ俺たちの危険性に気づいたみたいだ。アルバートが呪われてるなら、解呪したらそれが俺に跳ね返ってきちゃうんだよね。だっていま彼に、グラン・グランの呪いを解くのは俺だって宣言しちゃったから。もしアルバートを気絶させて呪いを解いたって、やったのは俺だってわかっちゃうんだ。
 アルバートの立場から考えたら、俺がおかれた状況を教えられたってことは、俺が彼の呪いは解かないって宣言したってとられてもおかしくない。人の呪いを解いて、自分にそれが降りかかるなんて、誰だってしたくないだろう。
 だから、そんなことしないよー、ちゃんとアルバートの呪いも解くつもりだからねーって教えたんだ。

「私じゃない。ノア、きみのことだ」

 安心させようとしたのに、脅すみたいな低い声を出された。

「もっと危険度の低い方法をとることだってできただろう。きみが、それに気づかなかったとは思えない!」

 おおう、怒られた。目がマジだ。王子さま仮面、どこやった。
 危険度の低い方法かあ、あるけどさ。そう思ったら、なんとなく口ずさんでた。

「少年と 行かば血まみれ茨道
 少女は存外お優しい……」

 シィレの歌だ。
 少年は、アルバートだ。つまり代理人にアルバートを選んで、彼が呪われてたら、そりゃ茨道だわ。
 少女はきっとルイーズ嬢だろう。彼女は面倒見がいいし、夏茶会のときは領地にいたそうだから呪われてる可能性はほとんどない。俺が頼んだら、もしかしたら代理人を引き受けてくれるかもしれない。でも、ルイーズ嬢とコンビを組むのは、なにかちがうんだ。
 妹のティリーは、俺がこの世で唯一、絶対呪いにかかってないって断言できる人間だ。けどね、そもそもティリーをこの面倒ごとにかかわらせたくないから契約したんだよ? だからティリーっていう選択は、本末転倒でしかない。
 魔法狂。心当たりはある。塔のベイリーのことじゃないかな。魔法大好きで、新しい魔法を生み出すためならなんでもやりかねない人だ。塔では、よくいっしょに魔術式の開発をしてた。俺が学園に入学するっていったら、いちばん嘆いた人でもある。
 ベイリーは、もし呪いを解くのが俺じゃなくていいなら、解呪の魔術式を渡してやってもらえないかなって考えてた相手だ。竜のあぎとは、塔の最上階にある部屋のことだ。俺がベイリーを選んだら、そこで二人で仕事をすることになったんだろうか。
 王さまとかは、まわりの大人ってことだろう。いや、父さまや母さまを頼れないって思ってるわけじゃないよ。でも呪われた人間がたくさんいそうなのは学園で、だから俺はここを本拠地にしたんだ。生徒を相手にするのに、大人を代理人にしてもうまくいきそうには思えない。
 そういった条件はある。それに、代理人はたとえばルイーズ嬢でも他の人でもいいのかもしれないよ。だけど、なにか起こったとき、相手を巻きこむ覚悟とかさ。そういうの、いるじゃないか。

「危険性なんぞ知るか。ちっぽけなことが気になるのは、おまえの器が砂粒程度しかないからだ。そうか、ひょっとして無才のおまえには荷が重いか? なるほど、俺の代理人を務めるのは恐れ多いというなら免除してやろう。なに、おまえが能なしなのは事実でしかないから、恥じることはない」
「やるよ。その役目を誰かに譲る気はない。もうきみの話をきいてしまったから、断る意味がない」

 状況が違ったら断ってたってことかな。意味がわからなくて首をかしげたら、アルバートがくちびるをムッと曲げた。

「もしノアが私の呪いを解いたら、この呪いがきみにいくんだろう。だったら、普通は呪われていない可能性がもっと高い人間を代理人にするはずだ。きみだって、ルイーズに頼むことを考えはしたんじゃないか?」

 やめてアルバート、自分が呪われてることを前提で俺に話さないで。そこ、ちゃんとボカそうよ!

「ええい黙れ、黙れ。それ以上なにも口にするな」
「それに、呪われているかどうかは別にしても、私はきみがもっとも相談すべきではない人間の一人じゃないのか。私の……立場を考えるならな」

 苦しそうに、アルバートが問いかけてきた。ほんっとこいつ、鋭いというか問題点をみつけるのが早いよな。これが王子としての教育の成果なら、次世代の王族としてぜひ学び続けてほしい。

「おまえの立場など知るか」

 アルバートは王族として、国益を最優先にしなきゃいけないよね。だから俺が話したことを秘密にするって約束しても、それが守れないことだってあるだろう。以前ルイーズ嬢がほのめかしてたみたいに、学園の生徒アルバートの思いと王子アルバート・イスヴェニアの責務を秤にかけたら、そりゃ針は当然王子にかたむく。
 もちろん、理想的にはどの国民だって国のことを考えるべきだろう。でも国益と私益が違ったら、私益を優先させることだって多いはずだ。だから、もし国にも誰にも内緒にしたいことがあったら、王族と貴族と平民の中でいちばん話しちゃいけないのが王族だ。
 アルバートが言いたいのは、そういうことなんだろう。

「おまえ程度から被る迷惑など、取れかけのボタンほども気にならん。俺を気づかうなぞ、千年早い」
「ノア、もし私が断れば君は呪いを引き受けずにすむなら、いまからでもそうするよ。しかしそれができないなら、私が君の代理人になろう」

 アルバートの立場については仕方ないってこっちも了承してるから、あんまり重荷に思わなくていいよ。
 よし、これで代理人の話はまとまった。そう油断したら、アルバートがおどろおどろしい空気を発した。
 俺に向けた顔には、たしかに怒りがあった。
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