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18.「友情ごっこ」
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アルバートが語った俺とのいきさつを、ルイーズ嬢はたしかめるようにくり返した。
「つまりアルバート。あなたは、ノアくんを見ているうちに、彼がなにかの目的で同級生たちを観察していることに気がついた。そしてノアくんがエミリア嬢とオードリー嬢に注目したから、どちらかと話す機会を今日作ったわけか」
「そうだな」
「だが、ノアくんが同級生を探っている理由を、アルバートは知らないんだね?」
アルバートが肯定すると、ルイーズ嬢が眉をよせた。しかめっ面をしててもまったく変な顔にならないって、美形はすごい。
「どうして、そこまでするんだ。いくらノアくんから頼まれたとしても」
「いや、ノアからはなにもいわれていないな」
「なんだって!? 理由も目的もわからない相手に、進んで協力するなんて! それがどれほど危険な行為か、わかっているはずだろう」
俺に協力するのが、アルバートにとって危険になるって、どういうことだろう。怪我をするとか、そういうことを言ってるんじゃなさそうだ。
理由や目的か。そうだな、たとえば俺の目的が、誰かに害をなすことだったらどうだろう。トレヴァーたちの婚約をお祝いできなかったのは、アルバートの王子としての立場からだった。じゃあ彼が俺の手助けをしたら、王子が俺のやってることにお墨つきをあたえたってことになっちゃうのか。
もっと話を大きくして、俺が国をつぶそうとしてたら? それを手伝ったアルバートは、よくて王位継承権のはく奪や廃嫡、下手すりゃ国に仇なす者として死罪だ。
たしかに危険だよ! もちろん俺は王国の転覆なんてもくろんでない。だけど理由や目的が不明っていうのは、俺を信用できないっていうことだ。おいおいアルバート、危機感がなさすぎじゃないか。
「なぜ、ノアくんに肩入れするんだ」
「なぜかと問われれば、私が楽しいからだな」
一気に不安になった俺とは裏腹に、アルバートはのんきな返答をしてる。
「友人を信頼し、その行動を支えるのは、とても楽しい」
「おまえはバカか! 王子なら、行動の詮索をしろ!」
「だって君は、他人にもこの国にも不利益をもたらそうとしてはいないだろう」
それも祝福でわかるのか? 適当にいってるだけじゃないか? ルイーズ嬢が正しい。いくらなんでもアルバートは俺を信頼しすぎてる。
「ノアが他人に悪意を抱いてないことは、わかる。もし国への反逆でもされそうなら、私だって自分の態度をあらためるさ」
「わかった、おまえは底なしの愚か者だ。こんな面倒なヤツと関係をもった俺もまた愚かだった。俺が態度をあらためてやろう。おまえと、いっさいのかかわりを絶ってやる」
「私のことを心配してくれるのはうれしいけど、遠ざけようとするのはやめてほしいな」
「おまえの問題を、俺にもちこむなといっている!」
「そうしているし、これからもそうするよ」
俺がアルバートと言い合ってたら、ルイーズ嬢の指先がテーブルをゆっくり三回打った。その音がやけに耳に響いて、俺とアルバートが黙った。
「つまりアルバートは、『身分は関係ない』という『友情ごっこ』に酔って、夢中になっているということだね」
冷徹な声が、警告するように語った。
ルイーズ嬢からすれば、そうみえるんだろう。実際のところ、当たらずとも遠からずってところだ。アルバートだって、これが学園の生徒でいるあいだの限定友だちだってわかってる。でも、それでも友だちが欲しい気持ちは本物だろうし、限定だからって友だち関係が嘘になるわけじゃない。いや、その友だちが「俺」なのがおかしいっていわれたら、「ソウデスネ」としか返せないけどさ。
ルイーズ嬢の警告は正しい。友だちだってひとことでなにもかもが済むほど、アルバートの立場は軽くない。彼女がいう「友情ごっこ」は、俺が悪人だったらアルバートを転落させてしまいかねないものなんだ。だから彼女は、その危うさを指摘したんだ。
アルバートが、冷えた表情のルイーズ嬢ににっこり笑いかけた。
「友だちができて、その関係に夢中というのは合っているよ」
ルイーズ嬢が目を細める。彼女がにらんでるのはアルバートなのに、俺まで圧力をかけられてるような気になる。
「やめる気は?」
「ないな。責任は、私のところで収めるさ」
「いまの状態への自覚も、これから起こるかもしれないことへの覚悟もあると。でもね、覚悟があっても、あなた一人で負いきれる責任はさほど重いものじゃない」
アルバートはほほ笑んだままだ。ルイーズ嬢は厳しい表情をゆるめない。
「その『ごっこ遊び』は、学園の生徒としてやっているものかな」
「そうだね」
「学園の外では、あなたは生徒じゃない」
「ああ、そうだ」
「区別はつけているということだね」
「まあね」
「アルバート。それは、あなたの望みか」
「望みだ」
透き通った翡翠色の目と、金の混じった深緑色の目が、相手の考えを推し量ろうとするようにからみあう。
ルイーズ嬢が、ふっと息を吐いて肩をすくめた。
「なら、たかが『ごっこ遊び』を真剣に諫めたり、やめさせたりするほど、私はヤボじゃないってことにしておくよ」
アルバートが、これまでの鎧をまとったような笑いじゃなくて、本心にみえる笑顔をうかべた。
「ありがとう、ルイーズ」
「いいかい、これはかなりの譲歩だからね。本来なら学園の外、王宮にもちこんででも止めるべき案件だ。それをしないんだから、どうか重大な問題にはしないでくれよ」
「君なら、賢明な判断を下してくれると思っていたよ」
「しらじらしい。目をつぶって協力する犠牲者が必要だから、あなたに借りのあるわたしを選んだんだろう」
「まさか。私が必要とする能力を、君がそなえているからだよ」
アルバートとルイーズ嬢は軽口の応酬をしてるけど、俺はまださっきのやりとりについていけてなかった。
えっと、最初ルイーズ嬢は、俺のやってることにアルバートがつきあうのを反対した。理由は、なんのためにやってるのかがわからないのは危なすぎるからだ。
ただ、アルバートがしたがってる身分の上下がないっていう「友情ごっこ」は、学園内に限定されたものだ。逆にいうと、学園とは関係のないところや、アルバートが卒業したあとは、生徒じゃない彼に「友情ごっこ」は適用されない。
アルバートが「生徒ごっこ」をしているあいだの「友情ごっこ」は、かりそめのお遊びっていうことだ。だから、「イスヴェニア学園一年生のアルバート」がなにをしようと、「アルバート・イスヴェニア王子」を脅かすことにはならない、っていうことかな。
これって、おままごとの決まりみたいなものだな。たとえば俺とルイーズ嬢が、おままごとで夫婦になったとする。そのときルイーズ嬢が俺に「愛してる」と言ったとして、おままごとが終わったあとに俺が「あのとき愛してるって言ったよね」って迫ったら、それは俺がおかしいだろう。夫婦役のときに言ったことが、遊びのあとまで有効になるわけじゃない。「生徒アルバート」と「王子アルバート」の関係も、そんなものなんだってルイーズ嬢は確認したわけだ。
本当は、そこまで単純じゃないよね。生徒のアルバートがしたことでも、王子のアルバートと完全に無関係にはならないだろう。問題の大きさにもよるだろうけどさ。だけど「そういうこと」にして、アルバートの無茶を見逃すねって、ルイーズ嬢は折れたんだろう。たぶん。きっと。
ややこしい! きっと貴族の会話としてはわかりやすいほうなんだろうけど、俺には難しいんだよ。
だけど、こうやって組み立てられた理屈というか屁理屈が、なにかあったときアルバートを守る盾になってくれるんだろう。
「まあ、学園外でも多少逸脱するだろうが、そのときはみないふりをしてくれ」
「逸脱するのを前提で話さないでくれるかな!」
「しかし、事態の舵をとっているのはノアだ。私は彼の手助けをしているだけで、この先どうなるのか見当もつかないからな」
「どうして、こんな礼儀知らずにそこまで入れこむのやら」
ルイーズ嬢が、わけがわからないっていうように頭を左右に振った。そんな彼女に、俺は心から共感した。
「それでノアくんは、この学園でいったいなにをしているんだい」
九十九の呪いを解く鍵を探してるんです。
「勉強」
でもそうは言えなくて、返した答えは我ながらすごくムカつくものだった。しかも、せせら笑うみたいに言ってのけたよ、俺。
「生徒の本分をまっとうしているだけだが?」
「勉強以外では、なにを目的に動いてるんだい? 今日、わたしがエミリア嬢を連れてきたことに、どんな意味があったのかな」
「きさま程度に教えてやれる安い情報など、もちあわせていない」
ルイーズ嬢が、やれやれっていうかんじで俺からアルバートに視線を移した。そして彼に、これからどうするつもりかって訊いた。
「ノア、次はなにをする?」
「おまえたちの力はいらないと、何度いえば覚えるんだ、この低能」
「だが、ノアは交渉には向いてない。エミリア嬢が相手なら怯えさせてろくに話がきけないだろうし、オードリー嬢なら怒らせて、やはりまともな情報を聞き出すことができないだろう」
その通りだね! 的確すぎて、まだ遭遇していないそんな場面がありありと思い描けちゃうよ。
ルイーズ嬢が、あごに指をあてて考えた。
「ノアくんの言いたいことと、話していることに食い違いがあるとしてさ。ひとりごとをつぶやいたら、どうなるだろう。他人に向けなければ、多少はまともに話すこともできるんじゃないかな」
前向きな提案をしてくれた。俺に腹を立ててるはずなのに、アルバートのためになることならって考えてくれたんだろう。見た目だけじゃなく、性格もいい人だ。
アルバートやルイーズ嬢からの協力かあ。
そんなことをしてもらっていいんだろうかっていう気持ちはある。でも呪いの件は、俺だけじゃなく、他の呪われた人たちの人生に大きくかかわってくる。だから遠慮して失敗する確率を増やすより、少しでも無事に解呪できる方法があるならそっちを選ぶべきなんだよな。
打てる手は、ぜんぶ打つ。そのうえでアルバートに迷惑をかけないようにするのが、俺の仕事か。
だとしたら、やってもらえることはある。
「……箒スズメと黄巻バネヅタから、ききだすことがある」
ひとりごとでも口が悪いのが変わらないのは、ティリーへの実験のときでわかってた。でも、たしかに他人に反応しない分、少しは思ってることに近い内容がいえるかもしれない。
ルイーズ嬢が、「箒スズメはともかく、黄巻バネヅタって?」と頭をかしげて、アルバートが「おそらくオードリー嬢のことだろう」って返した。黄巻バネヅタは、その名の通りツタの一種だ。キンキラに黄色くて、バネみたいにぐるぐる渦巻きで、引っ張ってまっすぐ伸ばしてもすぐにビョーンって元にもどる。オードリー嬢の巻き毛がそれにみえたんだよな。
箒スズメは、尾がバサッと雑に広がった茶色い小鳥だ。こっちがエミリア嬢のことだっていうのは、ルイーズ嬢は疑わなかったんだね……。くちばしの周りにこげ茶色の小さい斑点が散ってるのも、エミリア嬢のそばかすを連想させる。
「箒スズメの指が妙なことになったことと、黄巻バネヅタの性格が変わったこと。その原因を知らなければならない。まったく、バカほどどうでもいい情報を隠したがるのは困ったものだ。ああ、バカだから情報の重要度を判断できないのか」
ルイーズ嬢が、右手を肩の高さに挙げた。
「エミリア嬢には私から声をかけるよ。オードリー嬢の情報も探ってみよう」
「きさまは、身のほどを知って退散するんじゃなかったのか」
「あのさぁアルバート、協力するうえで、ノアくんの発言をどういう気持ちで受けとめればいいのか知りたいんだけど」
「そうだな、いまのは『ルイーズ嬢には、今日の助力だけで充分に助けられた。感謝している。これ以上迷惑をかけるのは申し訳ない』あたりかな」
アルバートによる俺の心情解説が当たりすぎてて怖い。ルイーズ嬢への「感謝してます」を、もう五回ほど足してくれたら完璧だった。
「ふーん……。アルバートの見立てを疑うつもりはないから、一応そうだと思っておくよ。それでね、ノアくん。わたしは君と友情ごっこをする気はないけれど、好奇心は刺激されてるんだ。なにかが始まりそうな予感だけを味わわせておいて、お役御免といわれても、それこそわりに合わないね」
だから、自分の気がすむまでは俺につき合ってみるっていってくれた。面倒見のいい人だー! そりゃ好奇心はあるんだろうけど、それよりもこのままアルバートと、おまけで俺を放っておけないってカンジが伝わってくる。
そんな俺の感謝と感激は「ありがた迷惑とは、まさにこのことだ」になって、ルイーズ嬢からこめかみを拳骨でグリグリえぐられた。
こうして俺は、アルバートの全面的な協力と、ルイーズ嬢の半面的な協力という、とても頼りになる助力を受けることにしたのだった。
「つまりアルバート。あなたは、ノアくんを見ているうちに、彼がなにかの目的で同級生たちを観察していることに気がついた。そしてノアくんがエミリア嬢とオードリー嬢に注目したから、どちらかと話す機会を今日作ったわけか」
「そうだな」
「だが、ノアくんが同級生を探っている理由を、アルバートは知らないんだね?」
アルバートが肯定すると、ルイーズ嬢が眉をよせた。しかめっ面をしててもまったく変な顔にならないって、美形はすごい。
「どうして、そこまでするんだ。いくらノアくんから頼まれたとしても」
「いや、ノアからはなにもいわれていないな」
「なんだって!? 理由も目的もわからない相手に、進んで協力するなんて! それがどれほど危険な行為か、わかっているはずだろう」
俺に協力するのが、アルバートにとって危険になるって、どういうことだろう。怪我をするとか、そういうことを言ってるんじゃなさそうだ。
理由や目的か。そうだな、たとえば俺の目的が、誰かに害をなすことだったらどうだろう。トレヴァーたちの婚約をお祝いできなかったのは、アルバートの王子としての立場からだった。じゃあ彼が俺の手助けをしたら、王子が俺のやってることにお墨つきをあたえたってことになっちゃうのか。
もっと話を大きくして、俺が国をつぶそうとしてたら? それを手伝ったアルバートは、よくて王位継承権のはく奪や廃嫡、下手すりゃ国に仇なす者として死罪だ。
たしかに危険だよ! もちろん俺は王国の転覆なんてもくろんでない。だけど理由や目的が不明っていうのは、俺を信用できないっていうことだ。おいおいアルバート、危機感がなさすぎじゃないか。
「なぜ、ノアくんに肩入れするんだ」
「なぜかと問われれば、私が楽しいからだな」
一気に不安になった俺とは裏腹に、アルバートはのんきな返答をしてる。
「友人を信頼し、その行動を支えるのは、とても楽しい」
「おまえはバカか! 王子なら、行動の詮索をしろ!」
「だって君は、他人にもこの国にも不利益をもたらそうとしてはいないだろう」
それも祝福でわかるのか? 適当にいってるだけじゃないか? ルイーズ嬢が正しい。いくらなんでもアルバートは俺を信頼しすぎてる。
「ノアが他人に悪意を抱いてないことは、わかる。もし国への反逆でもされそうなら、私だって自分の態度をあらためるさ」
「わかった、おまえは底なしの愚か者だ。こんな面倒なヤツと関係をもった俺もまた愚かだった。俺が態度をあらためてやろう。おまえと、いっさいのかかわりを絶ってやる」
「私のことを心配してくれるのはうれしいけど、遠ざけようとするのはやめてほしいな」
「おまえの問題を、俺にもちこむなといっている!」
「そうしているし、これからもそうするよ」
俺がアルバートと言い合ってたら、ルイーズ嬢の指先がテーブルをゆっくり三回打った。その音がやけに耳に響いて、俺とアルバートが黙った。
「つまりアルバートは、『身分は関係ない』という『友情ごっこ』に酔って、夢中になっているということだね」
冷徹な声が、警告するように語った。
ルイーズ嬢からすれば、そうみえるんだろう。実際のところ、当たらずとも遠からずってところだ。アルバートだって、これが学園の生徒でいるあいだの限定友だちだってわかってる。でも、それでも友だちが欲しい気持ちは本物だろうし、限定だからって友だち関係が嘘になるわけじゃない。いや、その友だちが「俺」なのがおかしいっていわれたら、「ソウデスネ」としか返せないけどさ。
ルイーズ嬢の警告は正しい。友だちだってひとことでなにもかもが済むほど、アルバートの立場は軽くない。彼女がいう「友情ごっこ」は、俺が悪人だったらアルバートを転落させてしまいかねないものなんだ。だから彼女は、その危うさを指摘したんだ。
アルバートが、冷えた表情のルイーズ嬢ににっこり笑いかけた。
「友だちができて、その関係に夢中というのは合っているよ」
ルイーズ嬢が目を細める。彼女がにらんでるのはアルバートなのに、俺まで圧力をかけられてるような気になる。
「やめる気は?」
「ないな。責任は、私のところで収めるさ」
「いまの状態への自覚も、これから起こるかもしれないことへの覚悟もあると。でもね、覚悟があっても、あなた一人で負いきれる責任はさほど重いものじゃない」
アルバートはほほ笑んだままだ。ルイーズ嬢は厳しい表情をゆるめない。
「その『ごっこ遊び』は、学園の生徒としてやっているものかな」
「そうだね」
「学園の外では、あなたは生徒じゃない」
「ああ、そうだ」
「区別はつけているということだね」
「まあね」
「アルバート。それは、あなたの望みか」
「望みだ」
透き通った翡翠色の目と、金の混じった深緑色の目が、相手の考えを推し量ろうとするようにからみあう。
ルイーズ嬢が、ふっと息を吐いて肩をすくめた。
「なら、たかが『ごっこ遊び』を真剣に諫めたり、やめさせたりするほど、私はヤボじゃないってことにしておくよ」
アルバートが、これまでの鎧をまとったような笑いじゃなくて、本心にみえる笑顔をうかべた。
「ありがとう、ルイーズ」
「いいかい、これはかなりの譲歩だからね。本来なら学園の外、王宮にもちこんででも止めるべき案件だ。それをしないんだから、どうか重大な問題にはしないでくれよ」
「君なら、賢明な判断を下してくれると思っていたよ」
「しらじらしい。目をつぶって協力する犠牲者が必要だから、あなたに借りのあるわたしを選んだんだろう」
「まさか。私が必要とする能力を、君がそなえているからだよ」
アルバートとルイーズ嬢は軽口の応酬をしてるけど、俺はまださっきのやりとりについていけてなかった。
えっと、最初ルイーズ嬢は、俺のやってることにアルバートがつきあうのを反対した。理由は、なんのためにやってるのかがわからないのは危なすぎるからだ。
ただ、アルバートがしたがってる身分の上下がないっていう「友情ごっこ」は、学園内に限定されたものだ。逆にいうと、学園とは関係のないところや、アルバートが卒業したあとは、生徒じゃない彼に「友情ごっこ」は適用されない。
アルバートが「生徒ごっこ」をしているあいだの「友情ごっこ」は、かりそめのお遊びっていうことだ。だから、「イスヴェニア学園一年生のアルバート」がなにをしようと、「アルバート・イスヴェニア王子」を脅かすことにはならない、っていうことかな。
これって、おままごとの決まりみたいなものだな。たとえば俺とルイーズ嬢が、おままごとで夫婦になったとする。そのときルイーズ嬢が俺に「愛してる」と言ったとして、おままごとが終わったあとに俺が「あのとき愛してるって言ったよね」って迫ったら、それは俺がおかしいだろう。夫婦役のときに言ったことが、遊びのあとまで有効になるわけじゃない。「生徒アルバート」と「王子アルバート」の関係も、そんなものなんだってルイーズ嬢は確認したわけだ。
本当は、そこまで単純じゃないよね。生徒のアルバートがしたことでも、王子のアルバートと完全に無関係にはならないだろう。問題の大きさにもよるだろうけどさ。だけど「そういうこと」にして、アルバートの無茶を見逃すねって、ルイーズ嬢は折れたんだろう。たぶん。きっと。
ややこしい! きっと貴族の会話としてはわかりやすいほうなんだろうけど、俺には難しいんだよ。
だけど、こうやって組み立てられた理屈というか屁理屈が、なにかあったときアルバートを守る盾になってくれるんだろう。
「まあ、学園外でも多少逸脱するだろうが、そのときはみないふりをしてくれ」
「逸脱するのを前提で話さないでくれるかな!」
「しかし、事態の舵をとっているのはノアだ。私は彼の手助けをしているだけで、この先どうなるのか見当もつかないからな」
「どうして、こんな礼儀知らずにそこまで入れこむのやら」
ルイーズ嬢が、わけがわからないっていうように頭を左右に振った。そんな彼女に、俺は心から共感した。
「それでノアくんは、この学園でいったいなにをしているんだい」
九十九の呪いを解く鍵を探してるんです。
「勉強」
でもそうは言えなくて、返した答えは我ながらすごくムカつくものだった。しかも、せせら笑うみたいに言ってのけたよ、俺。
「生徒の本分をまっとうしているだけだが?」
「勉強以外では、なにを目的に動いてるんだい? 今日、わたしがエミリア嬢を連れてきたことに、どんな意味があったのかな」
「きさま程度に教えてやれる安い情報など、もちあわせていない」
ルイーズ嬢が、やれやれっていうかんじで俺からアルバートに視線を移した。そして彼に、これからどうするつもりかって訊いた。
「ノア、次はなにをする?」
「おまえたちの力はいらないと、何度いえば覚えるんだ、この低能」
「だが、ノアは交渉には向いてない。エミリア嬢が相手なら怯えさせてろくに話がきけないだろうし、オードリー嬢なら怒らせて、やはりまともな情報を聞き出すことができないだろう」
その通りだね! 的確すぎて、まだ遭遇していないそんな場面がありありと思い描けちゃうよ。
ルイーズ嬢が、あごに指をあてて考えた。
「ノアくんの言いたいことと、話していることに食い違いがあるとしてさ。ひとりごとをつぶやいたら、どうなるだろう。他人に向けなければ、多少はまともに話すこともできるんじゃないかな」
前向きな提案をしてくれた。俺に腹を立ててるはずなのに、アルバートのためになることならって考えてくれたんだろう。見た目だけじゃなく、性格もいい人だ。
アルバートやルイーズ嬢からの協力かあ。
そんなことをしてもらっていいんだろうかっていう気持ちはある。でも呪いの件は、俺だけじゃなく、他の呪われた人たちの人生に大きくかかわってくる。だから遠慮して失敗する確率を増やすより、少しでも無事に解呪できる方法があるならそっちを選ぶべきなんだよな。
打てる手は、ぜんぶ打つ。そのうえでアルバートに迷惑をかけないようにするのが、俺の仕事か。
だとしたら、やってもらえることはある。
「……箒スズメと黄巻バネヅタから、ききだすことがある」
ひとりごとでも口が悪いのが変わらないのは、ティリーへの実験のときでわかってた。でも、たしかに他人に反応しない分、少しは思ってることに近い内容がいえるかもしれない。
ルイーズ嬢が、「箒スズメはともかく、黄巻バネヅタって?」と頭をかしげて、アルバートが「おそらくオードリー嬢のことだろう」って返した。黄巻バネヅタは、その名の通りツタの一種だ。キンキラに黄色くて、バネみたいにぐるぐる渦巻きで、引っ張ってまっすぐ伸ばしてもすぐにビョーンって元にもどる。オードリー嬢の巻き毛がそれにみえたんだよな。
箒スズメは、尾がバサッと雑に広がった茶色い小鳥だ。こっちがエミリア嬢のことだっていうのは、ルイーズ嬢は疑わなかったんだね……。くちばしの周りにこげ茶色の小さい斑点が散ってるのも、エミリア嬢のそばかすを連想させる。
「箒スズメの指が妙なことになったことと、黄巻バネヅタの性格が変わったこと。その原因を知らなければならない。まったく、バカほどどうでもいい情報を隠したがるのは困ったものだ。ああ、バカだから情報の重要度を判断できないのか」
ルイーズ嬢が、右手を肩の高さに挙げた。
「エミリア嬢には私から声をかけるよ。オードリー嬢の情報も探ってみよう」
「きさまは、身のほどを知って退散するんじゃなかったのか」
「あのさぁアルバート、協力するうえで、ノアくんの発言をどういう気持ちで受けとめればいいのか知りたいんだけど」
「そうだな、いまのは『ルイーズ嬢には、今日の助力だけで充分に助けられた。感謝している。これ以上迷惑をかけるのは申し訳ない』あたりかな」
アルバートによる俺の心情解説が当たりすぎてて怖い。ルイーズ嬢への「感謝してます」を、もう五回ほど足してくれたら完璧だった。
「ふーん……。アルバートの見立てを疑うつもりはないから、一応そうだと思っておくよ。それでね、ノアくん。わたしは君と友情ごっこをする気はないけれど、好奇心は刺激されてるんだ。なにかが始まりそうな予感だけを味わわせておいて、お役御免といわれても、それこそわりに合わないね」
だから、自分の気がすむまでは俺につき合ってみるっていってくれた。面倒見のいい人だー! そりゃ好奇心はあるんだろうけど、それよりもこのままアルバートと、おまけで俺を放っておけないってカンジが伝わってくる。
そんな俺の感謝と感激は「ありがた迷惑とは、まさにこのことだ」になって、ルイーズ嬢からこめかみを拳骨でグリグリえぐられた。
こうして俺は、アルバートの全面的な協力と、ルイーズ嬢の半面的な協力という、とても頼りになる助力を受けることにしたのだった。
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