異世界ネクロマンサー

珈琲党

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38 便所の問題

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 生活の魔法は便利なものだ。
 今やそれがないと生活が立ち行かないほどに頼り切っている。
 妻であるリサがその生活魔法の達人なのは頼もしい。

 実りの魔法を畑に使えば、作物は驚くほどのスピードで発育する。それこそ食っても食っても、食いきれない分量の作物が実る。それに酒の熟成にも有用だ。
 乾燥の魔法を使えば、保存用の乾燥野菜も作り放題、干し肉も作り放題。それに酒の蒸留までできてしまう。
 修復の魔法は、物の修理のほかにも、ちょっとした怪我や病気にも有効。
 着火の魔法は、火打石要らずで一発点火。
 温めの魔法はいうなれば電子レンジで調理が超楽。
 灯りの魔法はランプ要らず。夜中でも読書し放題。
 洗濯の魔法を使えば、風呂要らず洗濯要らず掃除要らずで、いつも清潔に快適に過ごせる。
 これら生活魔法のおかげで、俺は何一つ文句のない快適な暮らしを送れているのだった。


 何一つ文句がないと言ったが、実は一点だけ問題があった。
 そしてそれが今も解決できずにいる。

 それは便所の問題だ。
 この世界の便所はぼっとん便所が基本だ。
 現代っ子の俺は、このぼっとん便所が苦手なんだな。まぁ得意という奴はいないと思うが。

 俺たちの住む家も当然ぼっとん便所なわけだ。
 いわゆる汲み取りというものでもなく、もっとシンプルなものだ。
 庭の一角に深めの穴を掘って、その上に便所小屋を置いただけのもの。
 穴が一杯になると、別な所に穴を掘りなおして便所小屋をその穴の上に移動させるのだ。
 元の排泄物でいっぱいの穴は土をかぶせて自然にかえす。

 便器などはなく、木の板に穴が開いているだけ。そこに座って用を足す。
 そこから下をのぞき込むと、素敵な光景が広がっているわけだ。
 ブツを落とすとお釣りをもらうこともあるし、匂いも上がって来るし、虫もわくし……。

 ちなみにトイレットペーパーなんかないから、ハンドウォシュレットだ。
 洗面器的なものに水を入れてその水でケツを洗う。冬は水だと寒すぎるので、湯を入れて使う。もちろん紙で拭くよりはきれいになるだろうが、いろいろと抵抗がある。
 ウンコの後にリサに洗濯の魔法をかけてもらうのもちょっと気がひけるしな。リサは自分でやってるんだろうけど。

 しばらく暮らして慣れはしたが、やはり何とかならないかと思うのだった。
 なにせ、俺は清潔で快適な水洗トイレを知っているからなぁ。

 しかし、この世界には下水道という設備はない。
 だから水洗トイレを作りたいなら、浄化槽を作って配管をして……、となるのだろうが、そのための資材がそもそもないのだった。だいたい浄化槽ってどう作るんだよ。
 浄化槽はあきらめて、例えば森の一角に大きな穴を掘って、そこまで配管して排泄物を流し込んでいくという方式も、この世界ならたいした問題にはならないだろう。
 俺たちが出すブツの量なんて知れてるしな。
 しかしそのための配管もないし、陶器の便器なんかどこにも売ってないだろうしなぁ……。


 リサは嫌がったが、以前に実験をしてもらったことがある。
 たまった排泄物に生活魔法をかけるとどうなるのか。
 洗濯の魔法をかけると排泄物が非常に細かい粉になった。サラサラのウンコパウダーだ。
 なるほど、体の汚れとかこんな感じに分解されるのかと感心していると、その細かいウンコパウダーが風で舞い上がって、俺たちに降り注いできた。
 実りの魔法を排泄物にかけると、熟成されて肥えになった。これは想像通り。
 乾燥の魔法をかけると、水気が抜けてかさが減った。洗濯の魔法をかけたほどではないが、さっきよりは粗めの粉末状になっている。嫌な予感がした直後に、そのウンコの粉が風で舞い上がって俺たちに降り注いできた。

 泣きそうなリサをなんとかなだめて、ウンコパウダーに着火の魔法を試してもらう。
 思惑通り綺麗に燃えて、たまった排泄物を処理することができた。
 危険な粉が風で舞う問題を解決できれば、何とかなりそうな感じだが、リサは乗り気ではない。
 そこまでしなくても、自然に分解させたり、肥えにして畑に撒いたりすればいいじゃないかと言う。

 確かにそうかもしれない。
 それに、俺が問題視しているのは排泄物の処理方法ではなく、便所の使い心地だからな。


 ということで、俺は粘土をこねて皿とかコップを作っている。
 最初に陶器の便器を自分で作れないものかと考えたのだが、そんなものいきなり作れるわけはないので、まずは簡単なもので練習してみようと思ったのだった。

 昔、N〇Kの教育番組とかで、焼き物の作り方は見た覚えがある。

 粘土で形を作って、
 乾燥させて、
 一度低い温度で焼き固めて、
 釉薬をかけてもう一度焼く。

 でもその番組では工芸品みたいな茶碗を焼いてたから、いわゆる白くてツルツルの便器がこれで出来るのかは分からん。
 そもそも釉薬ってなんだろう。原料が分からん。灰をまぶしたりとか、そういう工程も見た気がするが、あれは何だったのか。

 とにかく分からないなりにとりあえず作り始める。
 粘土はいくらでも手に入ったので、それで器をたくさん作った。
 リサの乾燥の魔法を使うと器がヒビだらけになってしまったので、ゆっくり自然乾燥させた。
 その間に記憶を頼りに、レンガや粘土を使って窯のようなものを頑張って作った。
 熱源はウィザードの加減した火球が使えた。
 窯の中をチロチロと焙ってやると、それらしい感じになるのだ。
 そして、失敗を重ねながらも、まずは赤茶色の素焼きの器を焼き上げることができた。

 その上に釉薬を塗るんだろうけど、原料がわからず、しばらく悩んだ。
 陶器の表面のツルツルを作るためなんだが、表面のツルツルってたしかガラスなんだよな。
 だからガラスの原料を塗ればいいはずなんだけど、そんなものその辺で手に入るのかね。

 ある時ふと地面を見て思いついた。
 以前に、小道を整備したときに、ウィザードの火球で道の表面を融かして固めたが、そういえばガラスっぽくなってる部分があるぞと。
 つまり、そのへんの石にガラスの原料が含まれてるんじゃなかろうか。
 早速、それっぽい石を拾い集めて細かく砕く。
 それを緩くした粘土によく混ぜて、素焼きにした器に塗った。

「おぉ!? なんかそれっぽくね?」

 俺は誰に言うともなく声を上げた。
 クロゼルは何も言わず、俺のやることを興味深そうに見ている。
 釉薬らしきものを塗った素焼きの器をまた窯に入れる。
 それからウィザードの火球で焼く。
 最初の時よりは強めに、しかし本気の火球だと器がドロドロに融けてしまうので、加減をする。

 それから数日後。
 
「さてさて、どんなものかな」

 窯が冷えたのを確認して、器を取り出してゆく。

「器としてはほとんど失敗だが……」

 九割以上が割れたり、形が崩れたり、器の体をなしていない。

「しかし、重要なのは表面の状態だ」

 適当に作った釉薬もどきだったが、良い感じに融けているようだ。
 ガラス状になった膜が器の表面をコーティングしているぞ。

「焼き物としては失敗だらけだが、実験としてはとりあえず成功だ!」

 奇跡的に数枚の皿と、数個のコップが無事に出来上がっていた。
 思い描いた真っ白い陶器ではなく、薄い青や緑のまだら模様ではあったが。

「なんとか実用レベルって感じか。前の世界では、陶器の皿やコップって当たり前にあって、安い物だったんだけどな。ここまで難しい物だったとは……」

『しかし、このような品を見るのは初めてじゃ。私には逸品に見えるがの』

『逸品かぁ。俺としては普通の大量生産品並みのものが欲しいんだけどなぁ』

『大量生産品じゃと? なんじゃそれは?』

『あぁ、そうかこの世界だと、まだ物は手作りが普通なんだったな。俺たちの世界だと、同じ形の同じ品質のものを大量に安く作って売ってるんだよ』

『ほほぉ!? なるほど工業製品というものか。興味深いのぉ、ふぅむ……』

 クロゼルが俺の記憶を読んでしきりに感心している。
 彼女には肉体由来の欲はないのだが、知識欲だけは強い。
 そうこうしていると、リサが様子を見に来た。

「ねぇ、イチロウ。この皿とかコップって売り物?」

「いや、これは試作品だから、いるなら持っていけばいいよ」

「わぁ、ありがとう!」

「食器なら家にいくらでもあるだろ?」

「数はあるけど、こんなツルツルできれいなのはないよ」

 そういえば、家にあるコップとか皿は、素焼きと陶器の中間みたいな素朴な感じの奴だったな。
 ザラザラした表面で分厚くて重い感じの、あれは何ていう種類の焼き物なんだろうか……。

「なんだったらもっと作ろうか? というかお前も作ってみるか?」

 もっと焼き加減とかいろいろ試さないといけないしな。

「いいの? 面白そう!」

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