上 下
5 / 29

05 ニールの町

しおりを挟む

 俺たちを乗せた馬車は、ほぼ予定の時刻に隣町のニールに到着した。
 朝に出発して、もうすぐ日暮れだ。

 途中コカトリスの襲撃はあったが、運よく被害もなく撃退することができた。
 馬車から降りて地面にへたり込む乗客もいた。この世界での長距離移動は命がけだからな。相当に緊張していたんだろう。


 御者が馬車から降りて来て、改めて俺に礼を言った。

「本当に命拾いしたよ。
 あんたのおかげで助かった。ありがとよ」

「冒険者として当たり前のことをしたまでさ。
 ところで、ここからさらに東へ行きたいんだが、乗合馬車はあるのか?」

「この町から東南に一日のところにデサントスって町がある。
 デサントス行きの乗合馬車に乗れば良いよ。
 でも、今の時期は出てないね」

「どうして?」

「サンドワームが出るんだよ。もうちょっと涼しくなればいなくなるから、
 そうだなぁ、デサントス行きの馬車が出るのは1カ月後ってとこだろうな」

 サンドワームというのは超巨大なミミズの魔物で、体長は不明、直径は数十メートル。巨大すぎて下手な魔法など効かないし、馬車など一飲みだ。とても人には対処できないので、魔物というよりは自然災害扱いされている。
 基本的には砂漠の生き物だが、この時期には南下してきて、街道にもよく出没するらしい。どうやらこの町で1カ月ほど足止めってことらしいな。

「そうか。わかった、ありがとう」

「もし次も乗るようなら、その時は割り引いてやるよ。じゃあな!」

 御者はニッと笑って去って行った。助手がぺこりとお辞儀をして御者を追う。

「無料じゃないのかよ」

 誰に言うともなく軽口をつぶやくと、俺は宿を探しに歓楽街の方へ歩く。

「いや、やっぱり先にギルドへ寄っておくか。
 宿もギルドで紹介してもらえばいいし」

 拠点を移した際には、冒険者ギルドへ移転届を出すことになっている。
 これは義務ではないが、なにかと地元ギルドからの恩恵を受けやすくなるのだ。

 冒険者ギルドはこの世界では、一種の公的な機関であり、そのギルドが発行している冒険者証はたいていどの町でも通用する。根無し草の冒険者にとっては実にありがたいものだと言える。
 どのような魔法が使われているのかは知らないが、過去の経歴や個人の能力なども冒険者証に紐づけられているようで、それによってプレートの色や水晶の有無が決まってくる。当然一般的な技術では偽造も不可能なのだという。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 冒険者ギルドはすぐに見つかった。

 この世界の連中はあまり商売っ気がないのか、店に看板を掲げていることが少ない。中を覗きこまないと、何の店なのか分からないことが多いのだ。しかし冒険者ギルドだけは、でかでかと目立つように看板を掲げている。
 それに緊急事態にも対応できるよう、24時間営業で、食堂も酒場も併設されているから、いつもその周辺だけは明るく賑やかなのだ。田舎のコンビニのごとく、遠くからも良く目立つのだった。


 ギルドの入口を抜けて、受付カウンターに向かおうとしたとき、酒場の方にいる目つきの悪い冒険者に絡まれた。俺は体格が良くないので、初めて会う奴になめられることが多い。

「てめぇみたいな貧弱なのはお呼びじゃねぇ、とっとと帰んな」

 こういうしょうもないのがいるから冒険者の印象が余計に悪くなる。
 俺は立ち止まって、そいつの方へ向き直って言った。

「あんたに言われる筋合いはないよ。
 それともあんた、ここの職員か何かなのか?」

「あぁ⁉ オッサン、喧嘩売ってんのか!」

 あまりの言い草にあきれてしまう。

「初めに喧嘩を売りつけて来たのはあんたの方だろうが。
 それにしても、ずいぶんと安い喧嘩だな、はっはっは」

「てめぇ!」

 その男がダッと距離を詰めて、いきなり殴りかかってきた。
 一応ギルド内での私闘は禁止されているのだが、これくらいの小競り合いは見過ごされている。周りの連中も何も言わずに成り行きを見ているだけだ。
 こういうのを上手くさばけないようでは一人前の冒険者とはいえない、という意見もあるから困ったものだ。

 それにしてもこの男、鉄級のプレートをしているから初心者じゃないはずだが、ずいぶんとお粗末な戦い方だ。確かに体格だけ見れば男の方が上だから、ゴリ押しでどうにかなるという算段があったのかもしれないが……。
 俺は隙だらけの男のみぞおちに、かなり手加減した衝撃の魔法を撃ち込んでやった。衝撃の魔法は俺の一番得意な魔法で、瞬時に発動できるのだ。

「はうっ!」

 男の顔が歪み、白目を向いてうつ伏せにパタッと倒れた。
 その男の仲間らしい連中が慌てて介抱に集まってくる。男は泡を吹いて悶絶しているが死にはしないだろう。

 周りがざわつく中、俺は構わず受付カウンターに向かった。


「こんばんは」

 やや表情が引きつっている受付職員に用件を話して、冒険者証を手渡す。

「かしこまりました。少々お待ちください」

 受付の職員は、俺が渡した冒険者証を読み取り端末にかける。
 端末の仕組みがどうなっているのかは以前から非常に興味があるところだが、その辺りのことは全く公表されていないし、職員も異常に口が堅い。
 端末に表示された情報を読んで、職員はビックリ仰天した。

「あ、あのご高名な、いかずちのサンダー様でございますか?
 乗合馬車組合からコカトリス撃退の件で礼金が出ておりますが……」

 俺の二つ名を知っている奴がいたのか、酒場の方からどよめきが伝わってくる。
 別に金などいらないのに律儀なことだ。お礼の言葉だけで良かったんだけどな。

 それにしても、今日の昼のことがもうギルドに伝わっているのか。無線も電話もない世界なのにどうやっているのか。やはり魔法的なやつなのだろうか。それともテレパシー通信みたいなものなのだろうか。
 金だってどういう仕組みで今すぐ出せるのか。ギルドに乗合馬車組合の金がプールされているとか? いろいろ謎だ。
 まぁ、あまり考えても答えは出ないか……。

「そうか。じゃあ、今もらっておこうかな」

「はい。こちらです」

 金貨2枚、10万ジェニーを礼金として受け取った。多いのか少ないのかよく分らん。コカトリスの群の討伐報酬と考えるとずいぶんと安いが、単なるお礼と考えると十分といえるか。しばらく分の宿代に当てさせてもらおう。

「それと、宿を探してるんだが、
 すまないが、おススメを教えてもらえるかな」

「はい――」

 職員に宿の場所と名前を教えてもらう。

「ありがとう。おやすみ」



 冒険者ギルドを出るときには、もう誰も絡んでこなかった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。

恋愛
セラティーナ=プラティーヌには婚約者がいる。灰色の髪と瞳の美しい青年シュヴァルツ=グリージョが。だが、彼が愛しているのは聖女様。幼少期から両想いの二人を引き裂く悪女と社交界では嘲笑われ、両親には魔法の才能があるだけで嫌われ、妹にも馬鹿にされる日々を送る。 そんなセラティーナには前世の記憶がある。そのお陰で悲惨な日々をあまり気にせず暮らしていたが嘗ての夫に会いたくなり、家を、王国を去る決意をするが意外にも近く王国に来るという情報を得る。 前世の夫に一目でも良いから会いたい。会ったら、王国を去ろうとセラティーナが嬉々と準備をしていると今まで聖女に夢中だったシュヴァルツがセラティーナを気にしだした。

前世で眼が見えなかった俺が異世界転生したら・・・

y@siron
ファンタジー
俺の眼が・・・見える! てってれてーてってれてーてててててー! やっほー!みんなのこころのいやしアヴェルくんだよ〜♪ 一応神やってます!( *¯ ꒳¯*)どやぁ この小説の主人公は神崎 悠斗くん 前世では色々可哀想な人生を歩んでね… まぁ色々あってボクの管理する世界で第二の人生を楽しんでもらうんだ〜♪ 前世で会得した神崎流の技術、眼が見えない事により研ぎ澄まされた感覚、これらを駆使して異世界で力を開眼させる 久しぶりに眼が見える事で新たな世界を楽しみながら冒険者として歩んでいく 色んな困難を乗り越えて日々成長していく王道?異世界ファンタジー 友情、熱血、愛はあるかわかりません! ボクはそこそこ活躍する予定〜ノシ

転生したら捨てられたが、拾われて楽しく生きています。

トロ猫
ファンタジー
2024.7月下旬5巻刊行予定 2024.6月下旬コミックス1巻刊行 2024.1月下旬4巻刊行 2023.12.19 コミカライズ連載スタート 2023.9月下旬三巻刊行 2023.3月30日二巻刊行 2022.11月30日一巻刊行 寺崎美里亜は転生するが、5ヶ月で教会の前に捨てられる。 しかも誰も通らないところに。 あー詰んだ と思っていたら後に宿屋を営む夫婦に拾われ大好きなお菓子や食べ物のために奮闘する話。 コメント欄を解放しました。 誤字脱字のコメントも受け付けておりますが、必要箇所の修正後コメントは非表示とさせていただきます。また、ストーリーや今後の展開に迫る質問等は返信を控えさせていただきます。 書籍の誤字脱字につきましては近況ボードの『書籍の誤字脱字はここに』にてお願いいたします。 出版社との規約に触れる質問等も基本お答えできない内容が多いですので、ノーコメントまたは非表示にさせていただきます。 よろしくお願いいたします。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

クラス転移から逃げ出したイジメられっ子、女神に頼まれ渋々異世界転移するが職業[逃亡者]が無能だと処刑される

こたろう文庫
ファンタジー
日頃からいじめにあっていた影宮 灰人は授業中に突如現れた転移陣によってクラスごと転移されそうになるが、咄嗟の機転により転移を一人だけ回避することに成功する。しかし女神の説得?により結局異世界転移するが、転移先の国王から職業[逃亡者]が無能という理由にて処刑されることになる 初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。 なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています こちらの作品も宜しければお願いします [イラついた俺は強奪スキルで神からスキルを奪うことにしました。神の力で学園最強に・・・]

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

スキル【疲れ知らず】を会得した俺は、人々を救う。

あおいろ
ファンタジー
主人公ーヒルフェは、唯一の家族である祖母を失くした。 彼女の葬式の真っ只中で、蒸発した両親の借金を取り立てに来た男に連れ去られてしまい、齢五歳で奴隷と成り果てる。 それから彼は、十年も劣悪な環境で働かされた。 だが、ある日に突然、そんな地獄から解放され、一度も会った事もなかった祖父のもとに引き取られていく。 その身には、奇妙なスキル【疲れ知らず】を宿して。

処理中です...