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05 ニールの町
しおりを挟む俺たちを乗せた馬車は、ほぼ予定の時刻に隣町のニールに到着した。
朝に出発して、もうすぐ日暮れだ。
途中コカトリスの襲撃はあったが、運よく被害もなく撃退することができた。
馬車から降りて地面にへたり込む乗客もいた。この世界での長距離移動は命がけだからな。相当に緊張していたんだろう。
御者が馬車から降りて来て、改めて俺に礼を言った。
「本当に命拾いしたよ。
あんたのおかげで助かった。ありがとよ」
「冒険者として当たり前のことをしたまでさ。
ところで、ここからさらに東へ行きたいんだが、乗合馬車はあるのか?」
「この町から東南に一日のところにデサントスって町がある。
デサントス行きの乗合馬車に乗れば良いよ。
でも、今の時期は出てないね」
「どうして?」
「サンドワームが出るんだよ。もうちょっと涼しくなればいなくなるから、
そうだなぁ、デサントス行きの馬車が出るのは1カ月後ってとこだろうな」
サンドワームというのは超巨大なミミズの魔物で、体長は不明、直径は数十メートル。巨大すぎて下手な魔法など効かないし、馬車など一飲みだ。とても人には対処できないので、魔物というよりは自然災害扱いされている。
基本的には砂漠の生き物だが、この時期には南下してきて、街道にもよく出没するらしい。どうやらこの町で1カ月ほど足止めってことらしいな。
「そうか。わかった、ありがとう」
「もし次も乗るようなら、その時は割り引いてやるよ。じゃあな!」
御者はニッと笑って去って行った。助手がぺこりとお辞儀をして御者を追う。
「無料じゃないのかよ」
誰に言うともなく軽口をつぶやくと、俺は宿を探しに歓楽街の方へ歩く。
「いや、やっぱり先にギルドへ寄っておくか。
宿もギルドで紹介してもらえばいいし」
拠点を移した際には、冒険者ギルドへ移転届を出すことになっている。
これは義務ではないが、なにかと地元ギルドからの恩恵を受けやすくなるのだ。
冒険者ギルドはこの世界では、一種の公的な機関であり、そのギルドが発行している冒険者証はたいていどの町でも通用する。根無し草の冒険者にとっては実にありがたいものだと言える。
どのような魔法が使われているのかは知らないが、過去の経歴や個人の能力なども冒険者証に紐づけられているようで、それによってプレートの色や水晶の有無が決まってくる。当然一般的な技術では偽造も不可能なのだという。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
冒険者ギルドはすぐに見つかった。
この世界の連中はあまり商売っ気がないのか、店に看板を掲げていることが少ない。中を覗きこまないと、何の店なのか分からないことが多いのだ。しかし冒険者ギルドだけは、でかでかと目立つように看板を掲げている。
それに緊急事態にも対応できるよう、24時間営業で、食堂も酒場も併設されているから、いつもその周辺だけは明るく賑やかなのだ。田舎のコンビニのごとく、遠くからも良く目立つのだった。
ギルドの入口を抜けて、受付カウンターに向かおうとしたとき、酒場の方にいる目つきの悪い冒険者に絡まれた。俺は体格が良くないので、初めて会う奴になめられることが多い。
「てめぇみたいな貧弱なのはお呼びじゃねぇ、とっとと帰んな」
こういうしょうもないのがいるから冒険者の印象が余計に悪くなる。
俺は立ち止まって、そいつの方へ向き直って言った。
「あんたに言われる筋合いはないよ。
それともあんた、ここの職員か何かなのか?」
「あぁ⁉ オッサン、喧嘩売ってんのか!」
あまりの言い草にあきれてしまう。
「初めに喧嘩を売りつけて来たのはあんたの方だろうが。
それにしても、ずいぶんと安い喧嘩だな、はっはっは」
「てめぇ!」
その男がダッと距離を詰めて、いきなり殴りかかってきた。
一応ギルド内での私闘は禁止されているのだが、これくらいの小競り合いは見過ごされている。周りの連中も何も言わずに成り行きを見ているだけだ。
こういうのを上手くさばけないようでは一人前の冒険者とはいえない、という意見もあるから困ったものだ。
それにしてもこの男、鉄級のプレートをしているから初心者じゃないはずだが、ずいぶんとお粗末な戦い方だ。確かに体格だけ見れば男の方が上だから、ゴリ押しでどうにかなるという算段があったのかもしれないが……。
俺は隙だらけの男のみぞおちに、かなり手加減した衝撃の魔法を撃ち込んでやった。衝撃の魔法は俺の一番得意な魔法で、瞬時に発動できるのだ。
「はうっ!」
男の顔が歪み、白目を向いてうつ伏せにパタッと倒れた。
その男の仲間らしい連中が慌てて介抱に集まってくる。男は泡を吹いて悶絶しているが死にはしないだろう。
周りがざわつく中、俺は構わず受付カウンターに向かった。
「こんばんは」
やや表情が引きつっている受付職員に用件を話して、冒険者証を手渡す。
「かしこまりました。少々お待ちください」
受付の職員は、俺が渡した冒険者証を読み取り端末にかける。
端末の仕組みがどうなっているのかは以前から非常に興味があるところだが、その辺りのことは全く公表されていないし、職員も異常に口が堅い。
端末に表示された情報を読んで、職員はビックリ仰天した。
「あ、あのご高名な、雷のサンダー様でございますか?
乗合馬車組合からコカトリス撃退の件で礼金が出ておりますが……」
俺の二つ名を知っている奴がいたのか、酒場の方からどよめきが伝わってくる。
別に金などいらないのに律儀なことだ。お礼の言葉だけで良かったんだけどな。
それにしても、今日の昼のことがもうギルドに伝わっているのか。無線も電話もない世界なのにどうやっているのか。やはり魔法的なやつなのだろうか。それともテレパシー通信みたいなものなのだろうか。
金だってどういう仕組みで今すぐ出せるのか。ギルドに乗合馬車組合の金がプールされているとか? いろいろ謎だ。
まぁ、あまり考えても答えは出ないか……。
「そうか。じゃあ、今もらっておこうかな」
「はい。こちらです」
金貨2枚、10万ジェニーを礼金として受け取った。多いのか少ないのかよく分らん。コカトリスの群の討伐報酬と考えるとずいぶんと安いが、単なるお礼と考えると十分といえるか。しばらく分の宿代に当てさせてもらおう。
「それと、宿を探してるんだが、
すまないが、おススメを教えてもらえるかな」
「はい――」
職員に宿の場所と名前を教えてもらう。
「ありがとう。おやすみ」
冒険者ギルドを出るときには、もう誰も絡んでこなかった。
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