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第17章 裏切り

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薄暗いルームライトが灯るホテルの一室で、恭弥は馴染みになったクラブの女をベッドの上に組み敷いた。女は高く喘いで細く括れた腰をくねらせ豊満な乳房を艶めかしく揺らす。律動を速め、女が絶頂に達したところで彼も果てた。

荒い息を吐きながら女が胸に縋りつく。行為の余韻を楽しみたいのだろう。だが恭弥はそっとその腕を振りほどきシャワールームに向かった。熱い湯で隅々まで洗い、女の痕跡をきれいに消し去る。部屋に戻ると、女は不満げにベッドに横たわっていた。

「ねぇ恭弥、今夜はこのまま泊まりたいわ。」

「分かった、金は払っておくから朝まで居なよ。」

「私一人で?」

「ああ、俺は帰るよ。家で奥さんが待っているからね。」

バンと枕を投げつけられた。横目で確認すれば女は涙目になっている。

「次はいつ逢えるの?」

「また連絡する。店にも顔を出すよ。」

「ウソよ、この前もそう言って、私から連絡するまで何も言ってこなかったのに!」

女の罵声を浴びながら、身支度を整えた恭弥は部屋を後にした。

「あの子とはこれっきりだな。」

独り呟き、ホテルを出てタクシーに乗り込み、ふうとため息を吐き目を閉じた。

妻のいる身で女遊びをするなんて……

昔から女に不自由はしなかった。誘わなくても女の方からすり寄って来た。だが特定の彼女を作ったことは無い。

大学時代に知り合った神崎大貴の手ほどきで、後腐れ無い女を見分け遊ぶことを覚えた。社会人になり接待などで知り合った複数の女と深い関係を持つようになった。一人に執着せず、必要以上に深入りはしなかった。

遊びで女を抱くのは、我が家に帰る前に汚れた劣情を吐き出すためだ……



玄関を開けた途端、恭弥はギクリとした。寝ているとばかり思っていた妻の彩乃がニコリと出迎えたのだ。

「お帰りなさい!」

「ただいま。俺の帰りを待っていたのか?遅くなって済まなかったね。」

「恭弥さん、最近お疲れだから気になって……」

心配そうに眉を寄せる彩乃を見て恭弥は微笑んだ。その頬に口付けを落とそうと身を寄せた途端、妻は硬直した。

しまった、気付かれたか……

スーツに残った甘ったるい香水の香りが鼻をついた。だが妻は素知らぬ振りで夫から上着を受け取る。

彩乃は穏やかで温和しいが決して愚鈍では無い。夫の浮気など既に気付いているだろう。だが黙認しているのは、彼が本気にならないことを信じているからか……

「祐都は?」

「もう寝ています。明日は土曜日だから、朝からサッカークラブの練習があるんですよ。」

小学校に上がった息子は才気活発で、友達も多く、誘われるままに近くのサッカークラブに入会した。幾つか試合にも出るようになり、彼の活躍を観るのが恭弥も楽しみだった。

「じゃあ、明日の朝は早起きして弁当作りがあるんだろ?後は俺がやるから……」

そそくさと寝室に逃げ込み、気まずくて背を向けた恭弥のシャツを彩乃が掴んだ。

「今、お仕事、忙しいんですよね……」

「う、うん、そうだよ?」

顔だけ後ろに向けて妻を見やると、背の低い彼女の表情は俯いていて窺い知ることが出来ない。

「……マリさんと、一緒にお仕事されているんですよね……」

妻の邪推は強ち外れていない。先日、大規模な事業を獲得したばかりだ。そのプロジェクトを茉莉花と進めている。チームで行動することが多いが、彼女と二人きりで会議室に籠りきりになることも多い。今日などは正しく一日中茉莉花と過ごした。そのために、己の卑しい欲望を嫌でも思い知らされた。

その汚れた情欲を妻に知られたくない、ぶちまけたくはない。だから外で発散してきたのに……

「マリとは仕事をしているだけだよ?何を心配しているの?俺、浮気なんかしないでしょ?」

すると彩乃はぷくっと頬を膨らませ上目づかいに恭弥を睨んだ。なんでそんな可愛い顔をするのだと、恭弥は思わずニヤけてしまう。

「もしかして、香水の匂いがするから、今までマリと一緒に居たって思った?」

コクリと頷く妻の額に、恭弥はチュッと口付けを落とす。

「ごめん……接待でクラブに行ったから、その時隣りにいた女の子の匂いが移ったんだよ、きっと。」

するするとネクタイを緩め、シャツのボタンを外して脱ぎ捨てタンクトップ姿になり、妻を抱き寄せる。

「困ったな、彩乃に疑われたら、俺、悲しいよ。」

「……ごめんなさい、私……」

「彩乃は俺のことが好きでたまらないんだね。」

クスクス笑って妻を抱きしめると、縋りついた彩乃は恭弥の首に腕を回して肩に顔を埋めた。

「痛っ!」

かぷりと噛みついた彩乃の歯形が薄らと鎖骨の上に浮かんでいた。

「遊んで帰ってきたことを、それで許してくれるの?」

「ばか、ばか、恭弥さんのばか!」

いやいやと顔を横に振る彩乃を一旦離して着ていた服を引き千切るように脱がせ、下着だけになった彼女を横抱きにした。

「どうしようかな、今夜は彩乃のこと、寝かせてやれないんだけど?」

「いいです、恭弥さんが欲しいなら、私、朝までだってお付き合いします……」

「フフ、君が起きれなかったら俺が祐都の弁当を作るよ。それでサッカーの練習へも連れていく。だから、俺の気が済むまで君を抱かせて。」

ベッドに彩乃を投げ落とすとすぐに着ていたものを全て脱ぎ捨てた。彩乃を全裸にし全身を隈なく貪りつくす。甘える彩乃の声に煽り立てられ、恭弥は身体を繋いで思い切り揺さぶった。

「あ……あ……ダメ、恭弥、さんっ!いっ、ちゃうっ!」

「いいよ、何度でもいかせるから。朝までいいんだろ?」

「ああっ!」

「もう一人くらい子供が欲しいな。次は女の子がいいな。」

数時間前、他の女を抱いたのに、身体の奥底から湧き上がる欲望を抑えられない。恭弥は彩乃の太ももを大きく割って最奥を目指して身体を打ち付けた。

「恭弥さん……好き……好き……だから、私だけに、してください……」

夫の猛る愛撫を全身で受け止め、彩乃は嬌声を上げる。

茉莉花への想いを封印して、誰よりも彩乃を大切にしたいのに……湧き上がる劣情を堪え切れずに彩乃を裏切り他の女を抱いてしまう……

彩乃だけは傷つけたくない、なのに……後ろめたい気持ちを押し隠し、恭弥は仰け反る彩乃を抱きしめ、彼女の中に熱い精を放った。



「お母さん、お帰りなさい!」

「ただいま、遅くなってごめんなさい。」

いつもより遅い時間に屋敷に帰り着くと、子供たちがわらわらと出迎えた。その後を家政婦の希実がついてくる。彼女は夕方からこの屋敷に来て深夜まで子供たちの面倒をみているのだ。

「お母さん、今日はアキも一緒なの!」

美桜が嬉しそうに笑う。彬従は華音と手を繋いでニコニコ笑っていた。

「梢子さんは、また?」

「ええ、小学校の役員の会合があるからって、アキちゃんを預けて出ていかれました。」

希実の声には棘があった。梢子がPTAの役員を引き受けたことは知っていた。だがそれを理由に頻繁に家を空けるようになった。

「会合って、本当は飲み会なんですよ。近くのバーで奥さまがたとお騒ぎになっているって。」

彬従の耳に入らないように、希実はひそひそと話す。当の彬従は、母が不在ならば大手を振って高塔の屋敷で夜遅くまで遊んでいられることを喜んでいた。

「茉莉花おばさま、今日は泊まってもいい?」

「ええどうぞ。明日は土曜日だから、祐都とサッカーに行くのよね?」

「うん!お弁当持っていくからね!」

「お弁当は涼花さんが用意してくれましたよ。冷蔵庫に入っています。」

希実は伝言を残して屋敷を後にした。茉莉花は一息吐く間もなく子供たちを風呂に入れ、寝支度を済ませて絵本を読み聞かせた。華音のベッドには彬従が当然のように潜り込み、二人仲良く寝入っていた。一人にされた美桜がいつまでもぶつぶつ文句を言っていたが、茉莉花がしばらく相手をしてやると気が済んだのか眠りに就いた。

忙しい一日がやっと終わった。恭弥と進めている新規の事業が落ち着くまでは気が抜けない。子供たちの面倒もあるのだが……

「マリ、おかえり。遅かったね。」

リビングでぼんやりしていたところに突然彬智が現れた。

「アキ、ただいま。アキなら……ああ、彬従なら、華音と一緒に寝てしまったわ。」

「そうか、うちに戻って来ないと思ったら……」

彬智はクスクスと笑っていた。

「久しぶりね、アキがこの家に来るの。」

「マリと仲良くすると、あの人がヤキモチを妬いてウルサイからね。」

すとんとソファーに座り込むと、彬智はため息を吐き目を閉じた。

「……やっぱりここは落ち着くな。」

「遠慮しないで来ればいいのに。私もアキと話しがしたい。」

もうずいぶんと彬智とは会話をしていなかった。梢子の手前、二人きりで逢うことが無くなったからだ。

「俺、来年から別の大学に勤めることにするから。」

「え!今の大学は御園生さんの経営する学校でしょ?そこを離れるの?」

「学会で知り合った教授がいてね。准教授のポストが空くから誘われたんだ。」

茉莉花は彬智の顔をじっと見つめた。

御園生家では再三に渡り彬智に御園生財閥の一員になるよう説得を続けていたが、彼は断固として拒み続けた。大学院を卒業するとそのまま大学の助教に就き、すぐにも准教授の地位が約束されていた。

「俺は少しでも御園生の配下から抜け出そうと思っている。今までは収入が無くて、あの人の実家に頼り切りだったけど、就職してもう援助を受けなくてもいい。恩を仇で返すことになるけど……」

「梢子さんやあちらのご実家が納得する?」

「御園生とは縁を切りたいんだよ。」

冷たい光を宿す大きな瞳に、茉莉花はドキリと震えた。

「それって……」

「出来れば、離婚したい。」

毅然とした物言いに、思わず茉莉花は姿勢を正した。

「お母さんが許すはずが無い。」

「このままでいいの?高塔は御園生の言いなりだって、キョウも心配していた。」

高塔財閥は以前経営不安に陥った時、御園生家に援助を求めその関係は今でも続いていた。だがまるで支配下にあるような扱いにその関係は変わっていた。

「俺のせいで、御園生と手を切れないなら、気にしなくていい。」

「でも……梢子さんとは上手くやっているじゃない。それに、彬従だっているのよ?」

「表向きだけだよ、そんなこと。だからあの人、外で愚痴を零しまくっているんだ。」

「アキ……」

「ごめん、またマリに迷惑を掛ける……」

「いいのよ、アキの人生だもの。」

茉莉花が頷くと、ホッとしたのか彬智はガクリと肩の力を抜いた。

「俺もここで休んでいい?マリのそばにいたいんだ。」

「じゃあ、毛布を持ってくる。」

パタパタと駆け出し寝室から毛布を持ってリビングに戻ると、彬智はもう横になって寝息を立てていた。

安らかな寝顔を眺め、茉莉花はまた不意に心を揺さぶられた。

ダメよ、アキは梢子さんの夫なの。例え離婚したって、私のものにはならないわ……

だが衝動は抑えきれない。眠る彬智の薄い唇に己の唇を重ね合わせた。

途端にグイと身体を引き寄せられた。彬智が目を開け、茉莉花の腰に腕を回しソファーに押し倒すとその身を重ねた。

「アキ!?」

「……このままでいて。」

茉莉花の肩に顔を埋め、彬智は静かに涙を流した。

「戻りたい……あの頃に……この屋敷で、マリと二人で暮らしたあの頃に……」

「もう傷つかないで。私が何とかするから。」

広い背中をそっと撫で、茉莉花はギュッと彬智を抱きしめた。安心した彬智が寝入ったあとも、茉莉花はその身体を抱いたまま薄暗い天井を見つめていた。



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