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第2章 冬の日の別れ
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救急搬送先の病院には教員が一人同行し、茉莉花に代わって母の会社や自宅への連絡係を務めてくれた。それを受け、家政婦の美智代がやってきて医師とやりとりし、入院のための事務手続きを済ませ、必要な荷物を持ってくると言い残して家に戻っていった。
薄暗い廊下のベンチに座り、茉莉花は一人膝を抱えた。英梨花のいる病室の扉は固く閉ざされたままだ。
「マリっ!」
バタバタと靴音が廊下に響き、恭弥と彬智が駆け寄って来た。
「二人ともどうしてここへ?授業は?」
「マリを一人にして授業なんか受けていられるかよ。エリの様子は?」
鼻息荒く恭弥が尋ねた。青ざめた彬智は唇を噛み締めている。
「分からない、まだ何も聞かされていない……」
「エリはなぜ倒れたの?」
「分からない……でも手術するかもって、美智代さんが言っていたの。」
「手術!?」
ガクガクと膝を震わせ、彬智が床に崩れ落ちた。恭弥は慌てて彼の腕を掴み、茉莉花の横に座らせた。
「エリにもしものことがあったら……!」
「大丈夫よ、きっと大丈夫!」
茉莉花は気丈にも彬智の手を強く握り、何度も言い聞かせるように「大丈夫」と囁いた。
「彬智、恭弥、あなたたちはここで何をしているの。」
廊下に轟く鋭い声に驚き、茉莉花はハッと立ち上がった。視線の先にはきりりとしたスーツ姿の中年女性が立っていた。
「お母さん!」
「遅くなってごめんなさい。英梨花の具合は今お医者さまから聞きました。あの子は……流産、したそうよ。」
「えっ!?」
思わず振り向き彬智の顔をうかがった。彬智の大きな目が驚愕して見開かれ肌の色は氷のように冷めている。
「いったい誰の子供なの。まさか、恭弥、あなたが英梨花を……!?」
「お、俺は……ち、違います……」
藍咲の怒気に気圧された恭弥は、しどろもどろで弁解した。
「藍咲さま……エリの相手は、俺です。」
拳を震わせ立ち上がった彬智が唸るようにそう言った。
「あなたたちはまだ高校生じゃない!」
「俺とエリは小さい頃から愛し合っていました!だから、俺から告白して、関係を、持ちました……」
「何てことを……話は家に帰って聞きます。とにかく今日は帰りなさい。」
毅然とした藍咲には誰も逆らえない。うなだれる彬智は恭弥に背を押され歩き去った。残った茉莉花は呆然と後ろ姿を見送った。
「とんだ醜聞だわ。大事な取引先に話が広まらないと良いけれど……」
「でもエリは、アキと愛し合っているのよ!」
「バカなことを言わないで。愛し合っていれば何でも許されると思っているの?」
昔から厳しかった母が理解を示してくれるはずがない。茉莉花はがくりと肩を落とす。
「茉莉花も分かってちょうだい。今、我が社は大変な危機に見舞われているの。ここ数年良かった景気が、今年に入ってから嘘のように急激に悪化して、加えて経営の中心だった隆彬が亡くなって……私たちはずっと隆彬に頼りきりだった。彼を失った我が社は、とてつもなく厳しい現実に向き合っている。でも挫ける訳にはいかない。沢山の従業員がいるのだから。茉莉花も、そして英梨花もいつか私の後を継ぐの。だから、一時の感情に振り回されては駄目よ。」
「お母さん、分かっています。」
娘の凛とした瞳を見つめ、藍咲は満足そうに笑みを漏らした。
英梨花は治療のため入院を余儀なくされた。いつでも好きな音楽が聴けるように録音したテープと携帯音楽プレイヤーを用意し、あとは数冊の本や焼き菓子を揃えて、茉莉花は病院に向かった。
一人部屋の病室を開けると、そこにはすでに彬智がいて、ベッドに座り英梨花を抱きしめていた。
「あらやだ、お邪魔だった?」
わざとふざけて茉莉花は肩を竦めた。すると英梨花はクスクスと軽やかな笑い声をあげた。
「マリからもアキに言ってよ!私は大丈夫だから、ちゃんと学校に行くようにって。」
すると彬智は子供のようにムッと頬を膨らませた。
「こんなところにエリを一人ぼっちにしておけないよ。寂しいだろ?」
「大丈夫よ、看護婦さんたちが良くしてくださるわ。お勉強もしているし、治療だってちゃんと受けている。」
「そうよアキ、今週末はバスケの試合でしょ?キョウが焦っていたわ、アキが練習に来ないって。」
「試合になんか出ていられないよ。エリが応援に来ないのに……」
「アキは心配し過ぎ!キョウのためにも試合に出てあげて。勝ち進んだら、私だって応援に行けるじゃない?」
背の高い彬智を胸に収めるように抱えた英梨花は笑いながら彼の頭を撫でた。
「……あなたたち、何をしているの?」
スルリとドアが動いて、母の藍咲が突然現れた。抱き合う英梨花と彬智の姿を見て、キッとまなじりをあげた。
「ごめんなさいお母さん。アキがあんまり私の心配をするから、慰めていただけよ。」
「あなたたちは少し距離を置きなさい。高校生のくせに、不埒な真似はしないでちょうだい。」
彬智と英梨花は愕然とお互いを見つめた。
「エリを妊娠させたことは謝ります!だから、どうか、エリと付き合うことを認めてください!」
「今日から彬智は石月の家で暮らすのよ。屋敷で祐弥が待っているから早く家に帰って荷物をまとめなさい。」
頭の上から冷ややかな言葉を浴びせられ、彬智はうつむいたまま病室を出て行った。
「エリ、これを聞いて元気になって!足りないものはまた持ってくる!」
茉莉花は持ってきた紙袋をベッドの脇の棚に収め、泣きじゃくる姉の背中をそっと摩ると、すぐに彬智の後を追った。
廊下で崩れるように座り込んでいた彬智を見つけ、茉莉花は自らもしゃがんで彼に囁いた。
「アキ、家に帰ろう……」
「嫌だ、エリと離れるなんて!」
「今は帰ろう……お母さんもいつか分かってくれるかもしれない。」
泣きはらした目を向けた彬智に、茉莉花は手を差し伸べた。
待っていた社用車に彬智を乗せ、自宅へ向かった。高塔の屋敷の玄関先では、恭弥がうろうろと待ちわびていた。力なく歩く彬智を屋敷の中に連れていき、恭弥の父親で高塔財閥の要職にある石月祐弥に彼を託した。
「何かあった?アキがあんなに落ち込むなんて……」
心配そうに眉を寄せ、恭弥が茉莉花に尋ねた。
「お母さんが……アキとエリを引き離そうとしている……」
驚いた恭弥は言葉を失い立ち竦んだ。
「それで、俺の家にアキを引き取るのか。大丈夫、アキのことは任せて。親父もお袋も、アキが来たら喜ぶよ。」
「うん、お願いね……」
突然、恭弥は茉莉花の頭をグシャリと撫でた。
「マリも無理するな。困ったことがあったら何でも俺に相談しろよ!」
「分かった……そうだ、今週末のバスケの試合、頑張って!」
「なら、マリが応援に来て。」
「え、私?エリじゃなくて?」
「マリがいいんだ。絶対に来てよ!」
明るい笑い声をあげると、恭弥は父の待つ応接間へと消えていった。茉莉花は頭に手をやり、恭弥の大きな手の感触にふと浸った。
英梨花の病状は改善されなかった。夏が過ぎ、秋になっても入退院を繰り返した。
病院のベッドでぐったりと寝込む日が増え、心配した茉莉花は姉を励まし続けた。
「エリ、早く良くなって学校に行こうね。そうしたら、アキにも逢えるから。」
「うん……でも、なんでかな、気持ちが塞ぐの……何もかも、おしまいな気持ちになる。」
「元気を出して、そんなことを言っていたら、アキが心配するよ!」
「……アキはどうしてお見舞いに来てくれないの?」
「お母さんに止められている……でも、いつもエリの様子を気にしているわ。」
つっと涙が英梨花の頬に流れた。
「英梨花。」
スルリと扉が開いて、母の藍咲が現れた。
「茉莉花もいたのね。ちょうど良かった。あなたたちに話がある。」
厳しい表情を見せる藍咲の様子に、姉妹は密かに震えた。
「英梨花には不妊の可能性がある。子供を産めない女が相手では、『高塔の珠玉』と呼ばれる吉良家の血を絶やすことになってしまう。だから彬智のことは諦めなさい。」
「でも……でも……!」
「彬智は隆彬の大切な忘れ形見。あの子には、この高塔の力をすべて尽くしてでも最高の人生を提供する。そして最高の女性と巡り合わせる。だから英梨花はあの子を諦めなさい。」
英梨花は真っ青になり、ベッドの上に突っ伏した。
「お母さん、酷いよ!エリが可哀そう!」
「現実から目を逸らさないで!高塔家を護ることが私たちの使命なのよ!」
母はそれきり病室を出て行った。
「エリ、エリ、泣かないで!きっとアキだってお母さんの言いなりにはならないわ。」
「……でも、誰もお母さんには逆らえない……」
泣きじゃくる姉を抱きしめ、茉莉花は唇を噛み締めた。
冬が来た。雪の多い年で、その日も朝からちらちらと雪が降っていた。
病院から戻った英梨花は自室に籠りきりだった。姉の好きなオレンジのケーキを焼き、部屋に届けた。
英梨花は力なく口に含み、ニコリと微笑んだ。
「美味しい……マリは料理上手ね。」
「エリが食べれるものなら何でも作るから言って!」
「ありがとう……」
英梨花はふっと息を吐いた。
「今日は少し気分が良いの。あとで外を歩いてくるわ。」
「だったら私も一緒に行く!」
「ううん、いいの。一人でいきたい。」
英梨花はそっと妹の手を握り締めた。
「マリ……アキをお願い……彼はそんなに気持ちが強くない……」
茉莉花は姉の言葉の真意をはかりかねた。
「アキは一生エリしか愛さない。だから、元気になって、エリがアキを支えて!」
「ありがとう……大好きよ、マリ。」
そのまま寝入ってしまった英梨花をしばらく見守り、茉莉花はそっと部屋を出た。
雪が強く降り始めた。茉莉花は窓辺に立ち落ちてくる雪の結晶を眺めた。
すると、窓の外に人影が見えた。英梨花だ。
「エリ!」
茉莉花は窓を開け呼びかけた。英梨花は振り返るとニコリと笑って手を振った。
そして背を向け降る雪の中に消えていった。
薄暗い廊下のベンチに座り、茉莉花は一人膝を抱えた。英梨花のいる病室の扉は固く閉ざされたままだ。
「マリっ!」
バタバタと靴音が廊下に響き、恭弥と彬智が駆け寄って来た。
「二人ともどうしてここへ?授業は?」
「マリを一人にして授業なんか受けていられるかよ。エリの様子は?」
鼻息荒く恭弥が尋ねた。青ざめた彬智は唇を噛み締めている。
「分からない、まだ何も聞かされていない……」
「エリはなぜ倒れたの?」
「分からない……でも手術するかもって、美智代さんが言っていたの。」
「手術!?」
ガクガクと膝を震わせ、彬智が床に崩れ落ちた。恭弥は慌てて彼の腕を掴み、茉莉花の横に座らせた。
「エリにもしものことがあったら……!」
「大丈夫よ、きっと大丈夫!」
茉莉花は気丈にも彬智の手を強く握り、何度も言い聞かせるように「大丈夫」と囁いた。
「彬智、恭弥、あなたたちはここで何をしているの。」
廊下に轟く鋭い声に驚き、茉莉花はハッと立ち上がった。視線の先にはきりりとしたスーツ姿の中年女性が立っていた。
「お母さん!」
「遅くなってごめんなさい。英梨花の具合は今お医者さまから聞きました。あの子は……流産、したそうよ。」
「えっ!?」
思わず振り向き彬智の顔をうかがった。彬智の大きな目が驚愕して見開かれ肌の色は氷のように冷めている。
「いったい誰の子供なの。まさか、恭弥、あなたが英梨花を……!?」
「お、俺は……ち、違います……」
藍咲の怒気に気圧された恭弥は、しどろもどろで弁解した。
「藍咲さま……エリの相手は、俺です。」
拳を震わせ立ち上がった彬智が唸るようにそう言った。
「あなたたちはまだ高校生じゃない!」
「俺とエリは小さい頃から愛し合っていました!だから、俺から告白して、関係を、持ちました……」
「何てことを……話は家に帰って聞きます。とにかく今日は帰りなさい。」
毅然とした藍咲には誰も逆らえない。うなだれる彬智は恭弥に背を押され歩き去った。残った茉莉花は呆然と後ろ姿を見送った。
「とんだ醜聞だわ。大事な取引先に話が広まらないと良いけれど……」
「でもエリは、アキと愛し合っているのよ!」
「バカなことを言わないで。愛し合っていれば何でも許されると思っているの?」
昔から厳しかった母が理解を示してくれるはずがない。茉莉花はがくりと肩を落とす。
「茉莉花も分かってちょうだい。今、我が社は大変な危機に見舞われているの。ここ数年良かった景気が、今年に入ってから嘘のように急激に悪化して、加えて経営の中心だった隆彬が亡くなって……私たちはずっと隆彬に頼りきりだった。彼を失った我が社は、とてつもなく厳しい現実に向き合っている。でも挫ける訳にはいかない。沢山の従業員がいるのだから。茉莉花も、そして英梨花もいつか私の後を継ぐの。だから、一時の感情に振り回されては駄目よ。」
「お母さん、分かっています。」
娘の凛とした瞳を見つめ、藍咲は満足そうに笑みを漏らした。
英梨花は治療のため入院を余儀なくされた。いつでも好きな音楽が聴けるように録音したテープと携帯音楽プレイヤーを用意し、あとは数冊の本や焼き菓子を揃えて、茉莉花は病院に向かった。
一人部屋の病室を開けると、そこにはすでに彬智がいて、ベッドに座り英梨花を抱きしめていた。
「あらやだ、お邪魔だった?」
わざとふざけて茉莉花は肩を竦めた。すると英梨花はクスクスと軽やかな笑い声をあげた。
「マリからもアキに言ってよ!私は大丈夫だから、ちゃんと学校に行くようにって。」
すると彬智は子供のようにムッと頬を膨らませた。
「こんなところにエリを一人ぼっちにしておけないよ。寂しいだろ?」
「大丈夫よ、看護婦さんたちが良くしてくださるわ。お勉強もしているし、治療だってちゃんと受けている。」
「そうよアキ、今週末はバスケの試合でしょ?キョウが焦っていたわ、アキが練習に来ないって。」
「試合になんか出ていられないよ。エリが応援に来ないのに……」
「アキは心配し過ぎ!キョウのためにも試合に出てあげて。勝ち進んだら、私だって応援に行けるじゃない?」
背の高い彬智を胸に収めるように抱えた英梨花は笑いながら彼の頭を撫でた。
「……あなたたち、何をしているの?」
スルリとドアが動いて、母の藍咲が突然現れた。抱き合う英梨花と彬智の姿を見て、キッとまなじりをあげた。
「ごめんなさいお母さん。アキがあんまり私の心配をするから、慰めていただけよ。」
「あなたたちは少し距離を置きなさい。高校生のくせに、不埒な真似はしないでちょうだい。」
彬智と英梨花は愕然とお互いを見つめた。
「エリを妊娠させたことは謝ります!だから、どうか、エリと付き合うことを認めてください!」
「今日から彬智は石月の家で暮らすのよ。屋敷で祐弥が待っているから早く家に帰って荷物をまとめなさい。」
頭の上から冷ややかな言葉を浴びせられ、彬智はうつむいたまま病室を出て行った。
「エリ、これを聞いて元気になって!足りないものはまた持ってくる!」
茉莉花は持ってきた紙袋をベッドの脇の棚に収め、泣きじゃくる姉の背中をそっと摩ると、すぐに彬智の後を追った。
廊下で崩れるように座り込んでいた彬智を見つけ、茉莉花は自らもしゃがんで彼に囁いた。
「アキ、家に帰ろう……」
「嫌だ、エリと離れるなんて!」
「今は帰ろう……お母さんもいつか分かってくれるかもしれない。」
泣きはらした目を向けた彬智に、茉莉花は手を差し伸べた。
待っていた社用車に彬智を乗せ、自宅へ向かった。高塔の屋敷の玄関先では、恭弥がうろうろと待ちわびていた。力なく歩く彬智を屋敷の中に連れていき、恭弥の父親で高塔財閥の要職にある石月祐弥に彼を託した。
「何かあった?アキがあんなに落ち込むなんて……」
心配そうに眉を寄せ、恭弥が茉莉花に尋ねた。
「お母さんが……アキとエリを引き離そうとしている……」
驚いた恭弥は言葉を失い立ち竦んだ。
「それで、俺の家にアキを引き取るのか。大丈夫、アキのことは任せて。親父もお袋も、アキが来たら喜ぶよ。」
「うん、お願いね……」
突然、恭弥は茉莉花の頭をグシャリと撫でた。
「マリも無理するな。困ったことがあったら何でも俺に相談しろよ!」
「分かった……そうだ、今週末のバスケの試合、頑張って!」
「なら、マリが応援に来て。」
「え、私?エリじゃなくて?」
「マリがいいんだ。絶対に来てよ!」
明るい笑い声をあげると、恭弥は父の待つ応接間へと消えていった。茉莉花は頭に手をやり、恭弥の大きな手の感触にふと浸った。
英梨花の病状は改善されなかった。夏が過ぎ、秋になっても入退院を繰り返した。
病院のベッドでぐったりと寝込む日が増え、心配した茉莉花は姉を励まし続けた。
「エリ、早く良くなって学校に行こうね。そうしたら、アキにも逢えるから。」
「うん……でも、なんでかな、気持ちが塞ぐの……何もかも、おしまいな気持ちになる。」
「元気を出して、そんなことを言っていたら、アキが心配するよ!」
「……アキはどうしてお見舞いに来てくれないの?」
「お母さんに止められている……でも、いつもエリの様子を気にしているわ。」
つっと涙が英梨花の頬に流れた。
「英梨花。」
スルリと扉が開いて、母の藍咲が現れた。
「茉莉花もいたのね。ちょうど良かった。あなたたちに話がある。」
厳しい表情を見せる藍咲の様子に、姉妹は密かに震えた。
「英梨花には不妊の可能性がある。子供を産めない女が相手では、『高塔の珠玉』と呼ばれる吉良家の血を絶やすことになってしまう。だから彬智のことは諦めなさい。」
「でも……でも……!」
「彬智は隆彬の大切な忘れ形見。あの子には、この高塔の力をすべて尽くしてでも最高の人生を提供する。そして最高の女性と巡り合わせる。だから英梨花はあの子を諦めなさい。」
英梨花は真っ青になり、ベッドの上に突っ伏した。
「お母さん、酷いよ!エリが可哀そう!」
「現実から目を逸らさないで!高塔家を護ることが私たちの使命なのよ!」
母はそれきり病室を出て行った。
「エリ、エリ、泣かないで!きっとアキだってお母さんの言いなりにはならないわ。」
「……でも、誰もお母さんには逆らえない……」
泣きじゃくる姉を抱きしめ、茉莉花は唇を噛み締めた。
冬が来た。雪の多い年で、その日も朝からちらちらと雪が降っていた。
病院から戻った英梨花は自室に籠りきりだった。姉の好きなオレンジのケーキを焼き、部屋に届けた。
英梨花は力なく口に含み、ニコリと微笑んだ。
「美味しい……マリは料理上手ね。」
「エリが食べれるものなら何でも作るから言って!」
「ありがとう……」
英梨花はふっと息を吐いた。
「今日は少し気分が良いの。あとで外を歩いてくるわ。」
「だったら私も一緒に行く!」
「ううん、いいの。一人でいきたい。」
英梨花はそっと妹の手を握り締めた。
「マリ……アキをお願い……彼はそんなに気持ちが強くない……」
茉莉花は姉の言葉の真意をはかりかねた。
「アキは一生エリしか愛さない。だから、元気になって、エリがアキを支えて!」
「ありがとう……大好きよ、マリ。」
そのまま寝入ってしまった英梨花をしばらく見守り、茉莉花はそっと部屋を出た。
雪が強く降り始めた。茉莉花は窓辺に立ち落ちてくる雪の結晶を眺めた。
すると、窓の外に人影が見えた。英梨花だ。
「エリ!」
茉莉花は窓を開け呼びかけた。英梨花は振り返るとニコリと笑って手を振った。
そして背を向け降る雪の中に消えていった。
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