上 下
50 / 83

ソイニーの過去〜下界巡回〜

しおりを挟む
 天地大戦の数年前の出来事。

「ソイニー、今日から俺らが下界巡回の当番だけど、最近下界人が騒がしいからめんどくさーな」

 ロイスは下界へ通ずる下門《アンダーゲート》の前で、下界への進入許可が降りるまで待機している。

「ロイスそんなこと言わないの。私たちがしっかり下界の悪の目を摘み取ることで、下界を安定させ、天界の治安を守ることに繋がってるんだから、しっかり働かないと」

 ソイニー師匠が天界魔導大学を主席で卒業後、天界公安局に入局し、天界内外の治安維持に従事していた。
 この日は、実際に下界に降り立ち、天界に刃向かう危険因子の除去を目的とした下界巡回の日。
 あらかじめ除去候補者は決められており、今日は男性1人の除去作業だけが任務で、すぐに仕事が終わる案件だった。

「今日は、この後アーシャ先生とナタリーと岩盤浴に行く予定だから、早めに仕事を終わらせましょう」

『下門進入許可』

 ソイニー師匠が背伸びをしながら、この後のお楽しみな予定を告げた時、下門進入が許可され、ソイニー師匠とロイスは、下界に降りる。


 ——————
「じゃあ、まず、自宅を捜索しましょうか」
「そうだな、日曜の朝早いから自宅にいるだろう」

 2人は、除去候補者の男の家に向かう。

 しかし、自宅に着いたが、そこには誰もいなかった。


「ついてないな。誰もいないじゃないか。あれ、これはなんだ? ソイニー、このビラを見てみろよ」

 ロイスは男の家の机に置いてあるビラをソイニーに見せる。

「大革命大会、天界支配からの脱却を果たすために集うべし、日にちはないわね」
「これは、ゲリラ集会が行われるのかも知れないな」
「ゲリラ集会か、そうね。あらかじめ日程を決めておくと、私たち天界公安局にバレてしまうものね。じゃあ、人が集まってそうな場所を探してみますか」

 ソイニーとロイスは、空を飛んで、東京23区内を監視する。
 すると、徐々に東京駅に人だかりが出きてきていることを視認する。

「取り敢えず、東京駅の集団を内偵しましょう。
 男を見つけしだい集団内で暗殺しますよ、その後は緊急離脱で」
「了解、ソイニー」


 ソイニー師匠とロイスは有楽町駅付近に降り立ち、徒歩で東京駅に向かう。
 東京駅西口にたどり着くと、そこにはざっと見ただけでも1万人以上の人が集まってきており、人はさらに増え続けている。
 これは探すのに骨が折れそうだとソイニー師匠とロイスはため息を吐く。

 2人は人を掻い潜りながら、除去候補者の男を探す。
 だが、見つける前に、デモ行進が始まったしまった。

『天界は地球から退け! 我々に干渉するな! 我々にも人権がある。お前達の奴隷ではない!』

 そう叫びながら行進を続ける。
 この時代、天界人が下界人を拉致し魂を餮《むさぼ》んだり、奴隷にして天界で飼い慣したりすることが普通の時代であった。
 そのため、今回のデモはそれに反対し、地球間での結束を促し、天界に対抗するための礎を築こうとする狙いがあった。

 デモ行進は進むに連れて激しさを増し、一部は暴徒化して、日本王国にある天界駐在所を強襲する者も現れた。
 ソイニー師匠とロイスも、デモ参加者同士とぶつかり合いながら男を探し続ける。

 ——ドン


 しかし、事は順調には進まなかった。
 ロイスがデモ参加者とぶつかる。
 そして、内ポケットから何かを落としてしまう。

「何か落としましたよ」

 と、後ろの下界人が、素早くそれを拾い上げ、ロイスに返そうとする。
 だが、その落とした代物が最悪だった。

 ……その代物は、天界公安局の身分証明書だった。



「こ、これは、お前はもしかして、天界の内通者か⁉︎」
 ロイスの身分証明書を拾った男が叫ぶ。
 そして、それを聞いた周囲のデモ参加者は一斉にロイス達を見る。

「ちくしょうばれちまった。ソイニー、別々に緊急離脱だ、下門でまた会おう」

 そういうとロイスは風魔導で、辺りのデモ参加者を薙ぎ払い空中へと逃れる。
 ソイニー師匠は、ロイスに比べてワンテンポ遅れて水球魔導を現界させ、周りのデモ参加者を倒す。
 そして、隙をついて上空に逃げようとするが、デモ参加者の中には魔専の魔導士も参加しており、魔専の魔導士は味方敵関係なく魔導を放ち、味方もろともソイニー師匠を吹き飛ばす。

「ぐはっ」

 ソイニー師匠は道路沿いのお店に吹き飛ばされ、そのまま店舗の壁もぶち破り、裏路地まで飛ばされる。

「おい、あの女天界人を追え!」

 群衆がソイニー師匠を始末しようと、店舗に流れ込む。

「逃げなければ‥‥‥、だけど、足が折れて‥‥‥」

 吹き飛ばされた衝撃でソイニー師匠の片足は折れてしまっていた。
 ソイニー師匠は、もう立つことすらできない。
 絶体絶命である。
 ソイニー師匠は命の最後を感じる。

「もっと‥‥‥生きたかったのに‥‥‥」

 ソイニー師匠はゆっくりと目を閉じる。


「こっちだ、こっちに来るんだ!」

 急に目の前の扉が開き、見知らぬ男がソイニー師匠を呼ぶ。

「動けないのか? 仕方ない。少し痛むかもしれないが、抱えるぞ」

 そういうと、男はソイニー師匠を抱え、扉の中に入り鍵を閉める。

 外からは「どこいったあの天界人は」と群衆の怒声が聞こえてくる。
 ソイニー師匠は間一髪助かったのだ。

「良かった、なんとか助かったみたいで。もし隣の店舗に飛ばされていたら、助けられなかったよ」

 男はソイニー師匠を抱えながら笑顔になる。

「あ、ありがとう、あなたは一体誰なの?」
「私は、シーモ・ヒラオカです」
「え? 日本王国民!?  天界人ではないのですか?」
「天界人では、ないですよ」
「それじゃあ、なんで私を‥‥‥助けてくれたんですか?」

 ソイニー師匠は、足が折れていて、杖もなく、反撃できない状況のため少し怯えながら訊く。

「それは、困っている人がいるなら助けるもんじゃないですか?」
「それは、そうですが‥‥‥。あ、すみません、片足で立てますので、降ろしてもらってもいいですか?」
「あ、本当に大丈夫ですか? それなら、はいっと」

 男は、ゆっくりとソイニー師匠を下ろす。
 そして、男はゆっくり話し出す。

「外にいる人たちは、言うなれば過激派です。武力で天界からの支配から脱却しようとする人たちです。だけど、私はそれには反対です。無益な血は流すべきではありません。私は人々が傷つくところを見たくない。だから、私は、天界との話し合いでこそ、現状を変える努力をすべきだと考えています」
「だから、天界人の私を助けてくれたのですね。となると、あなたも革命派なのですか?」
「革命派と言えば、そうですね。僕も、天界からの支配から脱却したいとは思っています」
「やはり、そうなんですね‥‥‥って、ちょっと待って、あなたは‥‥‥」

 ソイニー師匠は落ち着きを取り戻したところで、男の顔をしっかりと見る。
 そしてたじろぐ。目の前に立っていた男はこそが、ソイニー師匠の今回の任務の除去候補者であった。

 ソイニー師匠は今一度、顔写真を確認し、名前も確認する。
 書類には「シーモ・ヒラオカ」と記載されている。
 完全な一致である。

 ソイニー師匠は黙って考える。目の前にいる人物は革命派の人間で、天界に仇なす者。そして、今回の除去候補者。
 通常ならば、即刻始末しなければならない。
 しかし、彼は私を天界人だと知りながら、ソイニー師匠を助けた。
 そして、革命派と言えども、武力を好まず対話による革命を成し遂げたいと言っている。

 天界で習った感じとは全く異なっている。
 天界では、下界人は野蛮で、天界人を殺すことを生きがいにしている。そして、知能が低く、天界人が支配してあげないと自らも律することができないと習ってきた。

 しかし、目の前にいる彼は、優しく、紳士的で、なんなら天界人よりも己を律している。
 いや、猫をかぶってこちらの油断を誘っているだけかもしれないが、それでも、好感が持てる男性であった。

 ソイニー師匠は、困惑してしまう。
 今、目の前の彼を殺すべきか、殺さないべきか。
 助けてもらった恩もある。
 そして、この人は悪い人ではないという、ソイニー師匠の直感が言う。

 ソイニー師匠は最終的に己の正義感で判断することにし、今回は彼のことを見て見ぬ振りをすることにする。

 ソイニー師匠が葛藤して、そして意思を固めたちょうどその時、シーアが再び話し始める。

「多分、これから過激派は躍起になってあなたを探すと思います。あなたもその怪我では、すぐには天界に戻れないのではないですか? それならば、怪我が治るまで、私の隠れ家にきませんか?」

 隠れ家に? さっき出会ったばかりの除去候補者と一緒に過ごす?
 危険すぎやしないかとソイニー師匠は内心思う。
 しかし、今頼れるのは、目の前にいるシーモしかいない。
 ソイニー師匠は選択を迫られ、悪い人ではなさそうだからと、シーモの隠れ家に行くことにする。

 なんとかバレずに、シーモの車に乗り込み、東京を後にして横浜方面へと向かう。
 車中、ソイニー師匠は気になることがあったため、シーモに訊く。

「あの、シーモさん、あなたはなぜ、あんなところにいたのですか?」
「あ、私ですか? 私はですね、隠しアジトから過激派の動向を監視してたのですよ。そしたら、急に天界人のあなたが吹き飛ばされてきたから、助けたと言うわけです。ほんと、奇跡ですよ。隠れアジトの目の前に飛んでくるなんて」

 シーモは笑いながら愉快そうに話す。

「奇跡、ですか」

 と、ソイニー師匠はぽつりと呟く。
 そして、後で、天界に安否報告をしなければと思いながら、車窓から過ぎ行く街並みを見る。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

おっさんの異世界建国記

なつめ猫
ファンタジー
中年冒険者エイジは、10年間異世界で暮らしていたが、仲間に裏切られ怪我をしてしまい膝の故障により、パーティを追放されてしまう。さらに冒険者ギルドから任された辺境開拓も依頼内容とは違っていたのであった。現地で、何気なく保護した獣人の美少女と幼女から頼られたエイジは、村を作り発展させていく。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

処理中です...