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『腐れ縁の友人と懐かしき母の声』

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 二人で楽しい朝食を過ごし、一緒に片付けを済ませた。未だ魔族の女の子は起きる気配がなく、俺は一旦エリシャに留守を頼んで外に出ることにした。
 「本当に悪い。でも一度、手持ちの資金とか入用な物がないか確認しておきたくて」
 「構いませんよ。さすがに私も、外に出る心の準備はできてませんから」
 そう言ってくれたエリシャの服装は、あのボロボロのドレスではなく、俺が貸した男物のぶかぶかな服だ。どうにかして女性服の類を買ってきてあげたいところだが、さすがにこの早朝に開いている店はないだろう。

 (そもそも俺一人で買いに行くハードルが高いよな……。覚悟を決めて適当な奴を買って、次はエリシャを連れて気に入ったのをプレゼントしよう)
 一番無難なのはネットで注文することだが、届くのに二日はかかりそうなのがネックだ。あれこれ考えながら身支度を済ませ、厚手のジャンバーを羽織って玄関に向かった。
 「なるべく早く戻ってくるよ。それじゃあ、行ってきます」
 「えぇ、行ってらっしゃい」
 そう言い、エリシャは小さく手を振って俺を送り出してくれた。

 アパートの階段を小走りで降り、往来の少ない道を選んで町中を進んだ。
 銀行は時間的にも距離的にも難しいので、近場のコンビニを目指すのがいいだろう。途中これから通勤に向かうスーツ姿の男性とすれ違い、今の自分が誰よりも自由な気がして内心でちょっとだけ嬉しくなった。
 「行ってらっしゃい……か」
 誰かに送り出されるというのは、想像以上に嬉しいことだった。帰ったら出迎えてくれるだろうエリシャの姿を脳裏に浮かべると、自然と頬が緩んでしまいそうだった。
 車が行き交う大通りへと出て歩き、信号を待って十字路の横断歩道を渡った。目的のコンビニは目と鼻の先にあり、自動ドアをくぐって中に入った。
 「いらっしゃーせー」
 やる気のない店員の声を聞き流し、奥に見えるATMへと進んだ。暗証番号は子どもの時から使っていたもので、数年越しでもちゃんと覚えていた。
 「…………なるほど、こんなもんか」
 貯金が趣味だったのもあり、口座には百数十万円ほどの金があった。これならエリシャ分の生活費込みでも、半年ぐらいは余裕を持って生活できそうだ。

 当面の資金として十万ほどおろし、軽く店内を物色してみた。カップ麺やデザート類でも買おうかと悩んでいると、横から誰かが肩を叩いてきた。顔を向けるとそこには、大学からの友人で色々と馬鹿をやった仲の『夏沢拓郎』がいた。
 「よっ、煉太。こんな時間に会うのは初めてだな」
 「拓郎か、久しぶりだな」
 「……久しぶり? この前の土曜日にお前の部屋で飲んだばっかりだろ」
 「あーそうだっけか、酔って忘れてたわ」
 今日は仕事が休みなのか、拓郎も私服を着ていた。ブランド物っぽい革ジャンとボロボロのジーンズ姿で、ヤンキーっぽさがにじみ出ている。身長が結構低めなので似合ってないのだが、本人はこういう服装が好きらしく気にしないと言っていた。

 これから遊びに出かけるのかと聞いてみると、拓郎は何故かドヤ顔をしてどぎつく染めた金髪をかき上げた。
 「……煉太はさ、仕事ってどういうものだと思ってる?」
 「仕事ねぇ、誰かの役目になりつつ金をもらえる場所とか?」
 「なるほどね。まぁそれも正しい答えだろうさ。けど僕にとっては違う。仕事とは面白くかつ、情熱的にやるものだと思うんだよ!」
 「……はぁ」
 しばらくぶりなので忘れていたが、こいつは時々変なテンションになる奴だ。普段なら適当に流すのだが、今回は特別に付き合ってやることにした。
 「それで、面白く情熱的な仕事でも見つかったのか?」
 「あぁ、そうさ。聞いて驚けよ。何と僕は昨日仕事を辞めて、ついに動画配信者としてデビューを始めた! ツーツーバーって奴だ!」
 「…………」
 何言ってんだコイツと顔で示したが、拓郎は一切気づく様子なく言葉を続けた。

 「すでに偉大なる一歩として動画をアップしてきたところさ。きっと帰ったころには千人……いや一万人以上は再生してくれてるだろうよ!」
 「動画をアップしてきたって、この平日の早朝にか……?」
 「内容は僕の華麗なダンス動画だ。煉太も興味があったら見てみるといいぜ」
 ふと脳裏によみがえってきたのは、大学時代に見せられた奇怪な創作ダンスだ。確かに独創性はあった気がするが、前衛的過ぎて俺は理解できなかった。
 「まぁ……その、なんだ。頑張ってくれ。きっとお前ならやれるさ」
 ポンと肩を優しく叩き、俺はうんうんと頷いてやった。
 動画投稿などやったことはないので、口を挟むのも野暮というものだろう。だいぶ怪しい雲行きではあるが、案外こういう奴が成功しているかもしれない。
 「おう! あっという間に登録者数百万人になってみせるぜ! 有名になっても、お前とは友達でいてやっからな!」
 ぐっと親指を突き立て、拓郎はコンビニから去っていった。

 だいぶ時間を使ったので適当に買い物をし、エリシャが待つアパートへ向かった。
 途中歩きながらスマホを取り出し、画面を動かして電話帳を開いた。そして家族の欄に移動し、一番上の位置にある母親のアイコンを指でタッチし通話した。
 プルルルルと無機質な音が鳴り、わずかに間を置いて同じ音が繰り返された。どこかへ出かけているのか、待っても電話に出そうに無かった。
 「まぁ、急いで声を聞く必要もないか」
 諦めて通話を切ろうとした時、音が止まって聞きなれた声が耳に届いた。
 『おはよう煉太。こんな時間に電話掛けてくるなんて珍しいね』
 若干しわがれた母親の声に、俺は無意識に泣きそうになった。
 大学から社会人までの独り暮らしでは気にもならなかったが、異世界で生活をしていたせいで涙腺が弱くなってしまったようだ。俺は平静を装い普段通りに声を返した。
 「別に、ただ何となく元気かなって」
 『今のところは元気にやってるよ。犬も待ってるからたまには帰っておいで』
 「年末も近づいてるし考えておくよ。今は仕事次第ってしか言えないかな」
 どうやら会社が無くなったことはまだ知らないようだ。いずれはバレることになるだろうが、余計な心配を掛けさせないために黙っておくことにした。

 (……それにしても、年末か)
 その時まで俺は、こっちの世界にいれるのだろうか。エリシャや魔族の子だけでなく、俺も異世界に戻される可能性が無いとは言えない。
 『どうしたの、急に黙って。何か心配事でもあるの?』
 「いや何でもない。それより、今年は響子の受験だっけ。手ごたえはどんなもんなの?」
 『悪くはなさそうなんだけど、だいぶストレスが溜まってるみたい。推しのライブに行けないとか何とか愚痴ばっかり』
 「ははっ、あいつらしい」
 響子というのは、実家に暮らしている俺の妹だ。年が離れてるせいか喧嘩したことも少なく、だいぶ仲が良い方だと思う。去年まではアパートを拠点として、よくライブや観光に出かけていた。

 (……そういや、あいつの着替えとか押し入れに入ってたっけ)
 いちいち持って行くのが面倒という理由で、妹は着替えを何着か置いていた。一番困っていた下着類があれば、生活の上でかなり助かる。エリシャとは身長も近いはずなので、試してみる価値は大いにあった。
 それから当たり障りの無い話を二三し、通話を切ってアパートへと急いだ。
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