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SS 道具屋ドレイク

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夕闇の調べ亭午後5時――

酒場の店内に聞きなれない民族的な音楽が鳴り響いていた。
舞台で踊る麗しい2人の女性が目を引き付ける。

ドレイクはそんなタイミングで酒場に入り少し離れたテーブルに腰を下ろした。

「いらっしゃい。良い時に来たね。今日だけの特別なステージだ。……エールで良いかい?」
「ああ。適当にツマミも頼む」
「あいよっ」

改めて店内を見渡す。
場にそぐわぬ美しい少女が目に留まった。

「……あれか……ザッカートの阿呆が。……あれで変装したつもりか?ったく」

件の少女はどうやら怒り心頭のようで頬を含まらせていた。
ゆらりと少女の上に殺気が走る。

「っ!?……とんでもねえな……レルダンめ、言葉が足りねえだろうが」

すぐに届けられたエールを自身を落ち着かせるように煽る。
そして舞台袖に目を向けた。

そこにはいやらしい笑みを浮かべるアルディの姿があった。

「……相変わらずの下種野郎だ。…!?レマーノ、だよな。……くそっ、そういう事か」

レマーノ・ナルダムス。
イリムグルド交易都市の副市長、ナルダムス子爵の長女。

1週間前から行方が分からなくなっており、秘密裏に調査依頼を受けていた女性だ。

「ったく。俺は情報屋じゃねえんだよ。くそが」


※※※※※


ドレイク。
ザイール道具店の店主。
本名ザイドレイト・ギアナニール。
実年齢83歳。

レベルは53。
暗殺者のジョブを高練度で習得している。
そしてサブのジョブは諜報者だ。

彼は偽名を名乗り既に家名である『ギアナニール』は捨てた。
魔族の彼は遠い故郷を飛び出しこの国に流れ着き、紆余曲折を経て商売を行っている。
すでに40年は経過しているだろう。

魔族はヒューマン族の中で特に魔力が高く長寿の種族だ。
300年は生きる。
そのため83歳の彼はヒューマンでいうところの30歳程度の見た目だ。

だが魔族はその力故恐れられ、種族として迫害を受けることもあった。

彼の故郷ザナンテス魔導国はそんなヒューマン族に対し断絶を選んだ。
ギアナニール家は6大貴族の1席を担う情報に特化した一族だ。
3男の彼はその決定が不満だった。
優秀な兄たちと比べ魔力の劣る彼はどうしても外の国に行きたかったからだ。

結果彼は国を捨て脱走する。
きっと故郷ではもう彼は死んでいることになっているのだろう。
後悔はない。

そして今自分は、商売人としてその仕事に誇りを持っていたのだが……
どうしても長年叩き込まれた諜報の能力は、精神に刻まれた暗殺者のジョブは、彼を自由にはしてくれなかった。

ある時情報を拾い有力者の娘を気まぐれで助けたことで、裏社会で彼の名は周知されてしまう。

当然彼は否定する。
しかしそれはあまりにも不自然でいまだに依頼が来るほどだった。

彼は善性だ。
いくら否定しようとその事実は揺るがない。
だからどうしても疼いてしまう。
手が届くなら差し伸べてしまう。

レルダンが引き抜きたいと思っているのもそういう背景があるからだ。


※※※※※


ドレイクは小魚をフライにしたものを口に放り込み、店員にエールのお替りを頼んだ。
そしてため息一つつき、すぐ隣で警戒しているイギニアに話しかける。

「……今夜はいい月が出ているな」
「……新月では?」
「目が曇っているのかねえ」

合言葉。
敵ではないことの証明。
イギニアはほっと小さく息を吐く。

「久しぶりだ。あんたが敵じゃなく良かった。だが今は警戒中だ。あとで良いか」
「ああ。……ほう、ずいぶん育ったな」
「……女は化けるもんさ」

ちらりと舞台を見て零す。
そしてあり得ない魔力が一瞬例の少女の方からあふれ出した。

「っ!?……魔力反応が消えた?……おい、お前らのマスター、どうなっていやがる」
「……女神で聖女様だ」
「……はあっ?」
「っ!?動くようだ。俺は店の外から警戒する。あとでな」

ぶれるように姿がかすむイニギア。
思わず口笛を吹いてしまう。

(ふん。腕を上げたな……さて、と。…お手並み拝見と行きますか)

テーブルに銀貨5枚を置きドレイクはまるで溶けるようにその気配を消した。


※※※※※


(在りえねえ。……なんだこの出鱈目な魔力は)

完全に姿と気配を消したドレイクは目の前で解呪を行っている少女から目を離せなくなっていた。

当然ドレイクとてアルディが怪しいのはもう数十年前から分かっていた。
そしてこいつが色々掻き回していることも。

何度かは命を奪おうと対立したこともあった。
しかし何故か煙に巻かれてしまう。
何よりアルディは、彼の知る限り他人を殺していない。

だが間違いなくアルディは善ではない。
ドレイクはいつか殺すと誓いながら二の足を踏みだせないでいた。

そんなアルディが年端も行かぬ少女にあっさりと無力化されている。
ドレイクは自身が震えていることに気づいていなかった。
そしてさらに驚愕が彼を襲う。

「ミネアっ!!絶対治すから!『エクストラオーバーヒール!!』」

(なっ?!エクストラ、だと?!!馬鹿なっ!?)

神聖な緑の魔力が爆発的に少女から噴き出す。
そしてミネアを包み込んだ。
みるみる艶やかになり気を失うミネア。

(おいおい、過剰すぎるだろ?……死に、はしねえか……なあっ?!)

さらに極大の魔力が立ち昇る。
思わず声が出そうになり自分の口を押えた。

「カシラっ!!!大丈夫だ!!それ以上はダメだ」
「美緒さまっ!!それ以上は体がもちません。ミネアを殺す気ですかっ!!!」

慌てて止めるザッカートともう一人の男。
その隙にドレイクは慌ててその場から立ち去った。


※※※※※


「……やべえ。やばすぎる。……なるほど、ザッカートが傾倒するわけだ。あの嬢ちゃんはアブねえ」

傍らに気絶させた件のレマーノを抱え、独り言ちるドレイク。
彼は町の正式な自警団の詰め所へ彼女を届け、

「おいっ、酔っ払いだ。保護を頼む。ああ、丁重に扱えよ?副市長のお嬢様だ」
「えっ?ああっ!?レマーノ嬢!?……って、あれ?……」

面倒を嫌う彼は姿を消した。
まあ前金で金貨10枚は貰っている。

それよりも……

「ふん。一度イギニアと話するか」

そして再び彼の姿は闇夜に紛れた。
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