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#18 転生システム管理者の涙
#2 地球の皆さん、こんにちわ
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あれから3ヶ月。これ以上は無いっ、ていうような不満顔のおっさんが俺の前に座っている。もちろん俺も座っている。つまり、向かい合わせに座っているということだ。そのおっさん、何故か客人としての待遇を要求しているようだが、おっさんを客として招待した覚えはない。だが、礼儀は尽くしておこう。
「今日は何の要件だ? 金も暇もない、あと一つ有れば黄金のトライアングルだ。そんな俺に何の用だ? もちろん手土産は持参してあるんだろうな」
「それが物を頼んだ奴の言う台詞か。……まあいいだろう、手土産は、ある」
「では早速、食べようじゃないか」
「ほうぉ、アレを食べるのか。なら、絶対に食えよ。残したらバチが当たるからな」
おっさんは使い古した黒っぽい物体から、これまたヨレヨレのノートを取り出し、それをバーンと俺たちの間にあるテーブルの上に置いた、又は叩きつけた、若しくは捨てた。そして、
「ほれ、それが手土産だ、食ってみろ」と捨て台詞を添え、大上段に構えたものだ。
料理は見た目が大事だ。それを——思った、何時からそれが食品として認知されるようになったのだろうかと。こんな戯けた冗談に付き合っていられるほど俺は暇ではない、一昨日《おととい》来やがれ。
「で、用件はそれだけか?」
もちろん俺は、何食わぬ顔で答えた。もう一度言おう、何食わぬ顔だと。
「それだけ? ああ、忘れていた。これも供えておこう。言っとくがこれは食べ物ではないので、くれぐれも口にしないように……注意したからな」
ペラペラの紙を、さも大切なもののように取り扱うおっさんだ。そのペラペラには——なになに、『請求書』とな。これは何の冗談だろうか、ねえぇ。もちろん興味はサラサラ、無い、フンっだ。——そんな俺の態度に感心したのか、
「そのノートにはお前に頼まれた解析結果が書いてある。この3ヶ月間、昼夜を問わず働きに働き、食うものも食わずに書き上げた傑作だ。普通の奴なら30年は掛かっただろう。そこをたったの3ヶ月で仕上げたんだ。それなりの費用は30年、いや、掛かったが、俺とお前の仲だ、これでも安くしたんだぞ、感謝しろ」
と、鼻息を荒くするおっさんだ。
だが、このおっさん、『食うものも食わずに』って、オマケに風呂にも入っていない感じが、いや、匂いがする。——四角い顔に顎髭ボウボウ、数少ない頭髪をジャングルに見立て、骨董品のような黒縁メガネと、汗の滲んだ、かつては白かったシャツと灰色のヨレヨレズボンを履いたおっさんは、どこぞの浮浪者と見分けるのが難しい風体だ。それを一言で言えば、怪しいになるだろう。
「解析結果? なんのことだ。サッパリ隅から隅までこんにちわ、だな」
「なんだとぉぉぉ!」
『食うものも食わず』のおっさんは、その割にはガタイがいい。その図体を震わせながら椅子から立ち上がった波動が俺に伝播、ゆったりと座っていた姿勢のまま椅子ごと後ろにひっくり返った俺だ。おかげで床に頭をゴッツンこ、序でに脳の奥底に仕舞われていた記憶がピョコ~ンと飛び出し、俺に3ヶ月前の出来事を思い出せた、ようだ。
それで、「ああ、そう言えば、そうだったな」とガッテンしたが、序でなので失念していた理由を明かしておこう。忙しい俺にとって3ヶ月は一瞬である、が、遠い昔でもあるのだ。次から次へと襲いかかる使命と責務に忙しい俺は、些細なことを気に病んでいる暇は無い。よって、このおっさんのように一つの事柄に執着するような優雅な生活は望むべくもなく、不必要な記憶を、ただ只管に、一心不乱に、千切っては投げ、千切っては投げ、をして来た俺だ。
「それで、いいのか?」
「何がだ」
「その額でいいのか? それで満足か?」
「請求書の事か、それなら是非も無い。掛かった分だけだ、それ以上は望まん。しかし、それよりもお前、払えるのか? そっちの方が心配だ」
俺は床に頭を付けたまま続ける。その方が冷えて気持ちがいいからだ。決して身動きが取れないからではない。
「そうか、それなら安心だ。……いやなにねぇ、その、桁が一つ足りないんじゃないかと思ってね。……そうか、それでいいならそうしよう」
「何をバカ言ってる。ほら、立て」
いつの間にか俺の横に立っていたおっさんだ。そのおっさんが手を差し伸べているが、どうやらそれに掴まれということらしい。「思えば、このおっさんの事は殆ど知らないが、こういう一面もあるのか。見た目と違って優しんだな」と、おっさんの顔を見てそう思ったが、見れば見るほど、それは見当違いだと思えてならない俺だ。
仕切り直し、という訳ではないが、また椅子に座って対面する俺たちだ。ただ、この光景を事情を知らない第三者が柱の影からこっそり覗いたとしたら、——おっと、考えただけでも寒気がしてきた、話題を変えよう。
「俺が発見した新惑星。だが、誰かさんの仕事が遅いせいで、それは3ヶ月も前の出来事となった、なってしまった。しかし、誰も名乗りを上げていないところを見ると、どうやらまだ発見されていないのだろう。そこは幸運としてだな、惑星の発見など吹き飛んでしまうくらい重大な発見、地球外知的生命からの挨拶状を受け取ってしまった俺だ。これには世界中が驚き……驚き、びっくりするだろう。その手助けを……ちょっとだけ絡んだだけだが、それでも報酬を奮発しよと思っていた、のだが」
「そんなことに興味はない。さっさと払うものは払って楽になれ」
「いいだろう。だがその前に、俺が望んだ通りの出来かどうか確かめさせてもらうぞ。もし不備な点があればびた一文払わないからな、当然だろう?」
「ああ、いいとも」
「じゃあ早速、解析結果とやらを見せてもらおうか」
「だから、さっきからそこに置いてあるだろう、そのノートがそれだ」
「ふんっ、そんなことは最初っから知っていたさ。俺はな、そのノートを自分で開くのが面倒だと言っただけだ、勘違いするな」
「開かないと中身は確認できないぞ。バカなのか?」
「バカ言うな。……仕方ないから開けてやるよ」
ペラペラ・ペラペラ、ペラーノ・ペラーノ、ペチペチ・プンプン。
ノートを手に、中身をチラッと見ただけで読む気が吹っ飛んだ俺だ。何だかグチャグチャと書き殴った、到底、文字とは思えない落書きが記されている、ような気がする。それでもアレか、文字を忘れてしまったとでも言うのか、この俺が、が。
「なんで手書きなんだよぉぉぉ。こんな文字、読めないぞ、まったく。……何でタイプしてこなかったんだよ、まったく」
「タイプときたか。今時、そんなことを言うのはお前くらいなものだ」
「どうでもいいが、これじゃ確認のしようがないじゃないか。どうすんだよ、こんなのに金は払えないぞ、まったく」
「それは困ったな」
「それは俺の台詞だよ、まったく。……そうだ、これ、朗読してくれ。自分が書いたものなんだから、当然、読めるよな、当然」
「随分と態度のデカイ奴だ。……まあ良いだろう、聞かせてやる。……聞かせてやるが、その前に確認しておきたい事がある。まず、お前が発見したという惑星、本当にお前が最初に発見したのか? そもそも新発見なんだろうな、どうなんだ」
「俺を疑ってどうする、見つけたのは確かに俺だ。それも世界最速、イの一番が俺だ。どうだ、マイッタか」
「良かろう。それは信じる。こと天文について、お前は嘘を吐かないからな。だが、何故すぐに発表しなかった? お前のことだ、有頂天になって転げ回ってもおかしくないはず。それを隠しているということは、なにか都合が悪いことでもあるに違いない。さあ、正直に吐け、今なら許す」
今頃になっておっさんが不信を募らせる訳とは。まさか、俺に金が無いという裏事情がバレてしまったのか。だがその件なら心配は不要だろう。何故なら、無いものは無いのだから。そんな俺から巻き上げようなど笑止千万、不可能なことは宇宙の果てまで行っても不可能、これが真理だ。
では、俺が見つけた惑星を疑って——いるわけではないようだ。勿論その辺のデータは包み隠さずおっさんに曝け出しているから、おっさんのことだ、念には念を入れて裏を取っているだろう。だが一つだけ、表には出していないデータが、有るには有る。
おっと、『包み隠さず』という前置きをしておきながら——包んでも、そこから食み出ることは森羅万象だから仕方がない。で、その食み出た真実というのはだな、丸くないのだ、惑星の形が。
おっと、なにも惑星が完全な球体ではなかった、なんてケチ臭いことを言っているのではない。遠目から見れば、丸とか三角どころか小さな点でしかないそれが、点ではなく線だったという、ただそれだけの話である。
「なんだとぉぉぉぉぉ!」
「まあ待て、話せば分かる」
目を点にして怒りを露わにするおっさんに、「それだよそれ」と突っ込みたい気持ちを抑えつつ、おっさんを宥めると、意外にもアッサリと矛を収めてしまった。どうやらその点に付いては余り関心が無かったようだ——だったら大きな声を出すなよぉぉぉと言っておきたい。
だが、矛を引っ込めた代わりとして、「今すぐ払え、今すぐだ」を壊れた機械人形のように連呼するおっさんだ。これが、本当に機械なら直すことも出来ようが、こと人間では、特にこのおっさんでは最早手遅れと言うしかないだろう。
だがそれでも、壊れた原因を考えてみよう。解析結果をただ朗読してくれと頼んだところから話は急転回、明後日の方向に大きく舵を切った。これはきっと解析の結果が「とても残念であった」ということを指しているに違いない。だから、執拗に金を要求し、それで高飛びしようと目論んでいるのだ。——ああ、なんと卑劣で卑怯で面倒な奴なんだ、このおっさんは。——それでも、おっさんの成果を決めるのは俺だ、俺以外に居ないだろう。だって、公正公平な俺でなければ成し得ない偉業だからだ、ふんっ。
「話は、良く分かった。その気持ち、大いに理解した、無理もない、至極当然な要求だ、今すぐ払おう。そして、俺が悪かったと謝ろう、スマン、コノトオリダ、ユルシテクレ。
……だぁぁぁぁぁが、その前に、結果がどうであれ、それを知る権利が俺にはある、あるんだよ。だから、読め、声に出して読め! 話はそれからだ。そうだよなっ、なっ、なっ」
悩める表情を浮かべ、それがどんぶらこと揺らぎ始めたおっさんだ。それは、どこか苦悩に満ちた、例えば万引き犯に逃げられた店主のような苦々しい表情に似ている。——そんなどうでも良い表情から、何かを吹っ切ったようだ。それとも人生に見切りをつけたかのか、それは、おっさんにしか分からないことなので、自分の胸の内に仕舞っておけ。
「それも一理ある。……仕方ない、読んでやる、読んでやるから良く聞いておけ。……但し、絶対に途中で飽きるなよ、最後まで聞くんだ、いいな?」
「望むところだ、どんと来い、来やがれってんだ。どんなことだろうと受け止めてやるさ、俺はな」
「地球の皆さん、こんにちは。そして『初めまして』、私は、私は、宇宙人です、よろしく」
いきなりノートを手にとって読み始めたおっさんだ。もし俺が目を閉じていたら、きっと何が起こったのか分からず、恐怖で泣いていたことだろう。まったく、何もかも優雅さに欠けるおっさんだ、俺を見習え。
「そうか。なかなか礼儀正しい奴のようだな。……ちょっと待て。何で『地球』って知ってるんだよ。それに、それにさぁぁぁ……」
「馬鹿野郎。原文に無ければ、それを読み解くのが親切というもの。因みに、アホのお前でも理解できるようにと意訳してある。心して聞け」
「そうか」
◇
「今日は何の要件だ? 金も暇もない、あと一つ有れば黄金のトライアングルだ。そんな俺に何の用だ? もちろん手土産は持参してあるんだろうな」
「それが物を頼んだ奴の言う台詞か。……まあいいだろう、手土産は、ある」
「では早速、食べようじゃないか」
「ほうぉ、アレを食べるのか。なら、絶対に食えよ。残したらバチが当たるからな」
おっさんは使い古した黒っぽい物体から、これまたヨレヨレのノートを取り出し、それをバーンと俺たちの間にあるテーブルの上に置いた、又は叩きつけた、若しくは捨てた。そして、
「ほれ、それが手土産だ、食ってみろ」と捨て台詞を添え、大上段に構えたものだ。
料理は見た目が大事だ。それを——思った、何時からそれが食品として認知されるようになったのだろうかと。こんな戯けた冗談に付き合っていられるほど俺は暇ではない、一昨日《おととい》来やがれ。
「で、用件はそれだけか?」
もちろん俺は、何食わぬ顔で答えた。もう一度言おう、何食わぬ顔だと。
「それだけ? ああ、忘れていた。これも供えておこう。言っとくがこれは食べ物ではないので、くれぐれも口にしないように……注意したからな」
ペラペラの紙を、さも大切なもののように取り扱うおっさんだ。そのペラペラには——なになに、『請求書』とな。これは何の冗談だろうか、ねえぇ。もちろん興味はサラサラ、無い、フンっだ。——そんな俺の態度に感心したのか、
「そのノートにはお前に頼まれた解析結果が書いてある。この3ヶ月間、昼夜を問わず働きに働き、食うものも食わずに書き上げた傑作だ。普通の奴なら30年は掛かっただろう。そこをたったの3ヶ月で仕上げたんだ。それなりの費用は30年、いや、掛かったが、俺とお前の仲だ、これでも安くしたんだぞ、感謝しろ」
と、鼻息を荒くするおっさんだ。
だが、このおっさん、『食うものも食わずに』って、オマケに風呂にも入っていない感じが、いや、匂いがする。——四角い顔に顎髭ボウボウ、数少ない頭髪をジャングルに見立て、骨董品のような黒縁メガネと、汗の滲んだ、かつては白かったシャツと灰色のヨレヨレズボンを履いたおっさんは、どこぞの浮浪者と見分けるのが難しい風体だ。それを一言で言えば、怪しいになるだろう。
「解析結果? なんのことだ。サッパリ隅から隅までこんにちわ、だな」
「なんだとぉぉぉ!」
『食うものも食わず』のおっさんは、その割にはガタイがいい。その図体を震わせながら椅子から立ち上がった波動が俺に伝播、ゆったりと座っていた姿勢のまま椅子ごと後ろにひっくり返った俺だ。おかげで床に頭をゴッツンこ、序でに脳の奥底に仕舞われていた記憶がピョコ~ンと飛び出し、俺に3ヶ月前の出来事を思い出せた、ようだ。
それで、「ああ、そう言えば、そうだったな」とガッテンしたが、序でなので失念していた理由を明かしておこう。忙しい俺にとって3ヶ月は一瞬である、が、遠い昔でもあるのだ。次から次へと襲いかかる使命と責務に忙しい俺は、些細なことを気に病んでいる暇は無い。よって、このおっさんのように一つの事柄に執着するような優雅な生活は望むべくもなく、不必要な記憶を、ただ只管に、一心不乱に、千切っては投げ、千切っては投げ、をして来た俺だ。
「それで、いいのか?」
「何がだ」
「その額でいいのか? それで満足か?」
「請求書の事か、それなら是非も無い。掛かった分だけだ、それ以上は望まん。しかし、それよりもお前、払えるのか? そっちの方が心配だ」
俺は床に頭を付けたまま続ける。その方が冷えて気持ちがいいからだ。決して身動きが取れないからではない。
「そうか、それなら安心だ。……いやなにねぇ、その、桁が一つ足りないんじゃないかと思ってね。……そうか、それでいいならそうしよう」
「何をバカ言ってる。ほら、立て」
いつの間にか俺の横に立っていたおっさんだ。そのおっさんが手を差し伸べているが、どうやらそれに掴まれということらしい。「思えば、このおっさんの事は殆ど知らないが、こういう一面もあるのか。見た目と違って優しんだな」と、おっさんの顔を見てそう思ったが、見れば見るほど、それは見当違いだと思えてならない俺だ。
仕切り直し、という訳ではないが、また椅子に座って対面する俺たちだ。ただ、この光景を事情を知らない第三者が柱の影からこっそり覗いたとしたら、——おっと、考えただけでも寒気がしてきた、話題を変えよう。
「俺が発見した新惑星。だが、誰かさんの仕事が遅いせいで、それは3ヶ月も前の出来事となった、なってしまった。しかし、誰も名乗りを上げていないところを見ると、どうやらまだ発見されていないのだろう。そこは幸運としてだな、惑星の発見など吹き飛んでしまうくらい重大な発見、地球外知的生命からの挨拶状を受け取ってしまった俺だ。これには世界中が驚き……驚き、びっくりするだろう。その手助けを……ちょっとだけ絡んだだけだが、それでも報酬を奮発しよと思っていた、のだが」
「そんなことに興味はない。さっさと払うものは払って楽になれ」
「いいだろう。だがその前に、俺が望んだ通りの出来かどうか確かめさせてもらうぞ。もし不備な点があればびた一文払わないからな、当然だろう?」
「ああ、いいとも」
「じゃあ早速、解析結果とやらを見せてもらおうか」
「だから、さっきからそこに置いてあるだろう、そのノートがそれだ」
「ふんっ、そんなことは最初っから知っていたさ。俺はな、そのノートを自分で開くのが面倒だと言っただけだ、勘違いするな」
「開かないと中身は確認できないぞ。バカなのか?」
「バカ言うな。……仕方ないから開けてやるよ」
ペラペラ・ペラペラ、ペラーノ・ペラーノ、ペチペチ・プンプン。
ノートを手に、中身をチラッと見ただけで読む気が吹っ飛んだ俺だ。何だかグチャグチャと書き殴った、到底、文字とは思えない落書きが記されている、ような気がする。それでもアレか、文字を忘れてしまったとでも言うのか、この俺が、が。
「なんで手書きなんだよぉぉぉ。こんな文字、読めないぞ、まったく。……何でタイプしてこなかったんだよ、まったく」
「タイプときたか。今時、そんなことを言うのはお前くらいなものだ」
「どうでもいいが、これじゃ確認のしようがないじゃないか。どうすんだよ、こんなのに金は払えないぞ、まったく」
「それは困ったな」
「それは俺の台詞だよ、まったく。……そうだ、これ、朗読してくれ。自分が書いたものなんだから、当然、読めるよな、当然」
「随分と態度のデカイ奴だ。……まあ良いだろう、聞かせてやる。……聞かせてやるが、その前に確認しておきたい事がある。まず、お前が発見したという惑星、本当にお前が最初に発見したのか? そもそも新発見なんだろうな、どうなんだ」
「俺を疑ってどうする、見つけたのは確かに俺だ。それも世界最速、イの一番が俺だ。どうだ、マイッタか」
「良かろう。それは信じる。こと天文について、お前は嘘を吐かないからな。だが、何故すぐに発表しなかった? お前のことだ、有頂天になって転げ回ってもおかしくないはず。それを隠しているということは、なにか都合が悪いことでもあるに違いない。さあ、正直に吐け、今なら許す」
今頃になっておっさんが不信を募らせる訳とは。まさか、俺に金が無いという裏事情がバレてしまったのか。だがその件なら心配は不要だろう。何故なら、無いものは無いのだから。そんな俺から巻き上げようなど笑止千万、不可能なことは宇宙の果てまで行っても不可能、これが真理だ。
では、俺が見つけた惑星を疑って——いるわけではないようだ。勿論その辺のデータは包み隠さずおっさんに曝け出しているから、おっさんのことだ、念には念を入れて裏を取っているだろう。だが一つだけ、表には出していないデータが、有るには有る。
おっと、『包み隠さず』という前置きをしておきながら——包んでも、そこから食み出ることは森羅万象だから仕方がない。で、その食み出た真実というのはだな、丸くないのだ、惑星の形が。
おっと、なにも惑星が完全な球体ではなかった、なんてケチ臭いことを言っているのではない。遠目から見れば、丸とか三角どころか小さな点でしかないそれが、点ではなく線だったという、ただそれだけの話である。
「なんだとぉぉぉぉぉ!」
「まあ待て、話せば分かる」
目を点にして怒りを露わにするおっさんに、「それだよそれ」と突っ込みたい気持ちを抑えつつ、おっさんを宥めると、意外にもアッサリと矛を収めてしまった。どうやらその点に付いては余り関心が無かったようだ——だったら大きな声を出すなよぉぉぉと言っておきたい。
だが、矛を引っ込めた代わりとして、「今すぐ払え、今すぐだ」を壊れた機械人形のように連呼するおっさんだ。これが、本当に機械なら直すことも出来ようが、こと人間では、特にこのおっさんでは最早手遅れと言うしかないだろう。
だがそれでも、壊れた原因を考えてみよう。解析結果をただ朗読してくれと頼んだところから話は急転回、明後日の方向に大きく舵を切った。これはきっと解析の結果が「とても残念であった」ということを指しているに違いない。だから、執拗に金を要求し、それで高飛びしようと目論んでいるのだ。——ああ、なんと卑劣で卑怯で面倒な奴なんだ、このおっさんは。——それでも、おっさんの成果を決めるのは俺だ、俺以外に居ないだろう。だって、公正公平な俺でなければ成し得ない偉業だからだ、ふんっ。
「話は、良く分かった。その気持ち、大いに理解した、無理もない、至極当然な要求だ、今すぐ払おう。そして、俺が悪かったと謝ろう、スマン、コノトオリダ、ユルシテクレ。
……だぁぁぁぁぁが、その前に、結果がどうであれ、それを知る権利が俺にはある、あるんだよ。だから、読め、声に出して読め! 話はそれからだ。そうだよなっ、なっ、なっ」
悩める表情を浮かべ、それがどんぶらこと揺らぎ始めたおっさんだ。それは、どこか苦悩に満ちた、例えば万引き犯に逃げられた店主のような苦々しい表情に似ている。——そんなどうでも良い表情から、何かを吹っ切ったようだ。それとも人生に見切りをつけたかのか、それは、おっさんにしか分からないことなので、自分の胸の内に仕舞っておけ。
「それも一理ある。……仕方ない、読んでやる、読んでやるから良く聞いておけ。……但し、絶対に途中で飽きるなよ、最後まで聞くんだ、いいな?」
「望むところだ、どんと来い、来やがれってんだ。どんなことだろうと受け止めてやるさ、俺はな」
「地球の皆さん、こんにちは。そして『初めまして』、私は、私は、宇宙人です、よろしく」
いきなりノートを手にとって読み始めたおっさんだ。もし俺が目を閉じていたら、きっと何が起こったのか分からず、恐怖で泣いていたことだろう。まったく、何もかも優雅さに欠けるおっさんだ、俺を見習え。
「そうか。なかなか礼儀正しい奴のようだな。……ちょっと待て。何で『地球』って知ってるんだよ。それに、それにさぁぁぁ……」
「馬鹿野郎。原文に無ければ、それを読み解くのが親切というもの。因みに、アホのお前でも理解できるようにと意訳してある。心して聞け」
「そうか」
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