逆・異世界転生 Ⅰ

Tro

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#12 俺の涙

青年期

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男は教室のような場所で『人生計画』を書いている。今回は特に成人するまでを細かく書いているようだ。しかし男に前世の記憶は無い。無いが心のどこかに引っかかる『何か』かあったのだろう。そうしなければ、そうでなければならない『何か』に突き動かされる男である。

それと似たような思いとして、魂の、そう、『格』のようなものを感じている。それが以前とは違う、一段階上がったような心持ちなのだ。もちろん、比べるべき『以前』を知らぬ男ではあるが、最低の位置から少なくとも一段くらいは上がっている、という気のせいで済まされそうなものを、なんとなく感じていたようだ。

「先生、出来ました」

こうして『人生計画』を書き上げた男は手を挙げ先生を呼んだ。その先生は男から『人生計画』を受け取ると間を置かずに、

「まあ、良いでしょう」と答えた。それが男にとって不安でもあったが、(相手は先生である。先生が良いと言えば悪いはずがない……だろう?)と自問自答し納得した、ようだ。

「じゃあ、行ってきます」
「良い旅を」

男の声に、無関心な優しさを込めて見送る、または送り出す先生である。



男は成人するまでの間、可もなく不可もなく成長したが、成人を迎えた時、時代は戦争へと突き進む。では、男の『人生計画』では成人後のことはどうであったのか。それは、成人すればその後のことはどうにでもなるだろうと楽観したため記載がない。よって、その後の運命は不定となる。

なぜ男がそうしたのかは男自身にも分からないが、今更、後戻り出来るものでもない。ここは、男の今後を暖かく見守っていこうではないか。と続けたいところだが、男は呆気なくその生涯を閉じてしまった。

それは、戦争という時代に飲まれたのではなく災害によってである。

合掌。



男は教室のような場所で『人生計画』を書いている。それはごく普通の、ありふれた人生を物語っているようで、男が最初に描いたゴーシャース・強欲な人生は一行も書かれてはいない。

はて、一体なにが男にそうさせているのだろうか。相変わらず前世の記憶が無いはずの男が自ら自重した、とは考え難い。では前提を外し、前世の記憶が男の元に在るとしたらどうだろうか。だがそれでは慎ましい人生を描いていることに矛盾が生じてしまう。

その答えは男のレベルが上がったからである。それは魂のレベルとでも言って良いだろう。何度も生死を繰り返した男である。その間に男の魂は磨かれ、より強固なものになったのだ、と男は考えた。

しかしそれは『気のせい』と殆ど変わらないものでもある。何せそれを確認する手立てが無く、己のどこかに成長した痕跡や記憶の欠片も見当たらないからだ。別の言い方をするれば、それを妄想と呼んでも良いかもしれない。

だが、一度湧き上がった妄想をそう簡単に滅することは難しい。それこそが、そもそもの証拠かもしれないが。

そこで男は隣の席の者に、「なあ、あんた。前世の記憶って持ってるかい?」と尋ねたが、隣の者は返事をしなかった。それはあたかも聞こえていないかのようでもある。そこで男はしつこく同じ質問を繰り返した。

「ねえねえ、どうなんだよ、あんた。ねえねえ」

その男に根負けしたのか、隣の者が漸く口を開いた、が。

「すまない。君の言っている意味が、言葉が分からないので答えようがない」

隣の者の白けた返答に、逆に困ってしまう男である。そこで次は逆の、左側に座っている者にも同じ質問をしたが、ほぼ同じように返されただけである。

「そこ、私語は慎んでください。それと、隣同士で相談しないように。これは貴方たち自身のことですから自分で考えてください」

遠くに居たはずの先生に間近で注意された男である。その先生の声は、まるで天使のようでもあり悪魔の囁きのようでもあった。それは相反するものが同時に存在する二律背反にりつはいはんなのかもしれない。

男は他に良い手はないものかと考えたが、結局、周囲の者と自分とではレベルが違うのだということで納得した男である。

「先生、出来ました」

せっかく近くに来た先生である。そこで書き上げた『人生計画』を手渡すと、

「まあ、良いでしょう」と何時もと変わらない返事をする先生である。だがその時、男は少し驚いたのである。何故なら先生の返事が『いつもの』であることを知っている俺って、となったからだ。

しかしそれを先生に悟られまいと平静を装う男である。それは、そうすることで何か『お得』のように感じただけなのだが、とにかく男は、

「じゃあ、行ってきます」と宣言し、
「良い旅を」と先生が言った瞬間、先生の手元から自分の『人生計画』を奪い去った。

なぜ男はそのような狼藉を働いたのか。それは男にも分からないが、咄嗟にそうすることが『お得』に感じたからだろう。それを多少援護すれば、なにかこう変化が欲しくて、そのような行動に出たのかもしれない。

そうして駆け出した男は、(取ってやったぜ。欲しかったらここまで来い! お尻ペンペンだ)と心の中で精一杯、意気がり教室を駆け抜けたが、その先生はただ男の行方を見ているだけであった。

もしかしたら、こうなることを予知していたのかもしれない。何せ先生である、何でも可能な、全知全能の神のような存在、それが先生であると男は定義していた。だが、それも確証のないことである。よって次に会うまでの宿題にしておこうと思った、そうだ。



男はごく普通の人生を歩んでいたが、それもそのはずで、それが男の望んだ人生だったからに他ならないからだ。それでも男の記憶に前世の記憶は無い。だから、そんなことと無縁な男でもある。

それに例え前世の記憶が有ったとしても、それらは大して役には立たないだろう。それは、40歳を少々越えたことで、男にとっては前人未到の領域に踏み込んだばかり、つまりは未体験ゾーンであるからだ。前世を含め最年長の記録更新中であるのだ。

とはいえ、ごく普通の人生を送る男にとっては感動も実感も無いことである。そんな男が仕事で出張に行った時のことだ。その出張先に早めに到着したこともあり、その辺をぶらつこうと、重い荷物を駅のコインロッカーに預けることにした。

そうしてロッカーの扉を開けると、既に先客が居たらしい。この『らしい』というのはロッカーの中に一冊のノートが入っていたことを指す。それを邪険に取り払おうとしたが、何かの気まぐれか、そのノートを頂戴した男である。それを拾うという行為が、(何か『お得』な感じがする)と急に湧いてきたらしい。もしかしたら何がしらの秘密が描かれているかもしれない、そう次いでに思ったかもしれないが。

少し離れた場所でノートをペラペラとめくり始めた男は、そこに他人の秘密を覗き込むような興味と、背徳感の入り混じった後ろめたさを感じたが、ノートを読み進める内に興味を失ってしまったようだ。

それは、誰かの人生が淡々と綴られていたからで、要は日記のようなものであったからだ。それに……つまらない人生だが、どことなく男の人生とよく似ていたからかもしれない。いや、それどころか酷似していると言っても過言ではないだろう。

しかしそうであるからこそ、(こいつ、随分とつまらない人生を送ったんだな)と自分のことは棚上げで、ノートの持ち主だった者を卑下する男である。

だが、既にお察しの通り、このノートは男が生前に書いた『人生計画』である。あの教室から持ち出した紙が現世ではノートとなって男の前に現れた、ということになるのだが、そんな記憶を持ち合わせていない男にとっては想像すら出来ないことだろう。

所詮は他人が書いた戯言、そう男が思っても不思議ではない。そうしてそのノートを捨ててしまおうとした男が、その前に最後のページだけは目を通しておこうと覗いた時、男の考えが変わった。

それは、ノートの最後に転職3回目でなんとか食いつなぎ、不思議なノートをローカーで拾うと書かれていたからだ。転職の回数は、まあ誰にでも有り得そうだが、ノートを拾う辺りは、そうはないだろう。

そこで、これは誰かの悪戯かもしれないと考えた男だが、それも考えにくい。何故なら、ローカーが空いていた箇所は一つではなかったからだ。それを男が偶然に開け、自分のことのように書かれた日記のようなものを拾うなど、とても偶然とは思えない。

これで確信を得た男は前のページを読み漁り、そこで衝撃の事実を知った。それは、いい歳をして独身である男の、その理由であったからだ。それは、『運に任せる』と書かれていたのだ。

軽い衝撃が、いや、打ちのめされた男である。(俺って、なんてバカなんだよ。本当にバカだ)と後悔する男だが、それで諦めないのも男の性格である。男にとって、ノートには自分の人生が書かれている。それも日記のようで日記ではない、人生の計画書または予定であると断定した男である。

ならば、(これから起きることを書き足せばいいんだ)と、この男でなくても考えつくだろう。そこで早速、バラ色の人生を書こうとした男である。が、ががが。

何をどうしようとも、ノートに書き込めないのだ。一見、普通の紙のように見えるノートなのだが、ペン先のインクは弾き飛ばされ、マジックや鉛筆さえも受け付けないときている。それはまるで水面に文字を書くが如し、である。

ということで、この男の話はここまでにしておこう。男にとってノートは何の役にも立たない存在だったため、これ以上、有益な話は無い。強いて言えば、自動日記帳くらいの役には立ったかもしれない。それは男が歳を追うごとに、それまでの出来事がノートに自動で現れていた、くらいのものだろう。

最後に、男が此の世を去る時、同時にノートの存在も失われたことを伝えておこう。現生において唯一『人生計画』を手に入れた男、それがどうした、である。

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