逆・異世界転生 Ⅰ

Tro

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#7 バンパイアの涙

ストレート・シックス

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腹が膨れたので早速、日光浴である。そこで建物の外へと向かうが、外界に近づくにつれ脚が震えてくるではないか。まあ、それも無理はなかろう。日光は俺にとっては禁断の最終破壊兵器である。それを全身で受け止めようなどとは気が触れたのか、否、今の俺は昨日までの俺とは別次元で違うのだ。例えるならn次元方程式並みと表現しておこう。

恐る恐る開けるドアから差し込む恐怖の大魔王、だが既に日光は上の部屋で体験済みである。であるが、この手の震えはなんなのだ? 俺としたことが今更、恐怖に怯えているとでもいうのか、否、ニュートリノが俺の手首に突き刺さったに過ぎない、いざ行かん!

ギコギコバコーン、ドアは開かれた。後で爺さんに油を挿しておくように言いつけておこう。そして煌めく太陽の光、晴れ渡った空、澄み切った新鮮な空気。どれもこれも俺を待ち侘びていたことだろう、長らく待たせたな、ただいま、おかえり、俺。

生まれ変わったに等しい俺の行く末やいかに。暫し考慮する時間が必要である。そこで都合よくベンチがあったので、そこに腰掛け悠久の時を楽しもうではないか。

人間に戻った、若しくは人間化してしまった余のこれからだが、アレもコレもと考えると、とても100年ぽっちでは時間が足りぬではないか。やはりここは元の姿、バンパイアに戻るしかあるまい。しかしどうやって、ふむふむ、ウトウト。

「おやおや、これはお笑いだねぇ、人間になってしまうとはねぇ、進化したのかぇ、ホホ、やだよぉ、間抜けだねぇ、愚かだねぇ」

どこぞのババアーが俺に不敬なことを言うではないか! と思えば、その姿、その醜さ、その悪態、まさしく腐ったバンパイアの女王様ではないか。これがバンパイアの直系純血起源始祖だというのが情けない。これでは恥ずかしくて誰にも紹介出来んぞーとな。

「うるさい! 好きでなったわけじゃないぞ、ババアー、ではなく女王様」
「よいよい、虫けらごときに何を言われても痛くも痒くもないさねぇ。せいぜい生きなされぇ、アーハハハへへへトピュン」

「言われなくてもそうするさー、見てろよー、ババアー、ではなく女王様」と叫んだところで目が覚めた俺である。序でに、これで俺のすべきことが決定したというものだ。あのババアー、ではなく女王様に頼み込んで、バンパイアにしてもらえば良いだけのことである。

しかしババアー、ではなく女王様に頭を下げるのは不本意ではあるが、俺の野望と欲望と家族計画を実現するためには止むを得ないだろう、一時の辛抱である。それに直系純血起源始祖のバンパイアから契りを受ける必要があるのだ。それは直系純血起源始祖以外の者からでは、その者の眷属にされてしまうから尚更致し方あるまい。そうと決まれば善は急げだ。

◇◇

ボロローン。凹んだボンネット、蜘蛛の巣状にひびが走るフロントガラス。だが、こいつは俺の呼び掛けに応え、息を吹き返したのだ。それもそうだろう、俺を弾き飛ばしたお前だ、いくら悪の言い成りになっていたとはいえ、詫びる気持ちぐらいはあるようだな。

バババッババーン。アクセルを煽ると、どうも5000回転以上は苦手のようだ。それも仕方あるまい、あの爺さんでは整備のイロハも分かるとは到底思えないからだ。だが、常用域2000回転付近では滑らかに吹き上がる。流石は直6と言っておこうか。では行こう、ババアー、ではなく女王様の居る館へ。

「おい! 待たんかー。それはワシの車だぞー、ドロボー」

もう、お前のご主人が目を覚ましたらしい、頑丈な爺さんだ。だがな、よーく聞いておけ、たった今から、お前の主人はなー、

「俺だぁぁぁぁぁ」

フルスロットルで駆け抜ける俺である。唸るエンジン、空回りするタイヤと恋心だ。それでもズズズと前進しグググと大地を蹴る、正しく人車一体、アイヤー。

こうして俺はヤブ医者の元を離れ、一路ババアー、ではなく女王様の住む館へと山道を疾走。右コーナーのインを攻め出口でアクセルを蹴飛ばし、左コーナーでは、よっこらしょと舵を切り、ギアをシフトアップ、クラクションを鳴らしながら痛快にワインディングロードを制覇する俺であ~る。



コースレコードを何度も塗り替えていると、我の行く手を阻む渋滞が発生しているではないか。この一刻も争う緊急事態に、「コンチクショー」と宣言し、車の列に並ぶ俺である。これでも順法精神に従う律儀な余を自負している俺だ、ゴホン。

ノロノロ渋滞の元凶は不埒な国家権力による検問である。なんでこんな山奥で、と思うが、何やら昨夜、この付近で轢き逃げ事件が発生したそうである。しかし、轢き逃げと言う割には、その轢かれた人物が居ないらしい、困った展開だ。

プップー。全然進まない渋滞に思わず警笛を鳴らしてしまった俺である。以後、謹んでおこう、プップー。

やっと俺の順番が巡って来たようだ。よく見てみると検問に当たる警察官の中には婦警さんも混じっているように思われる。どうせなら女性の方が良いだろう。いや、どちらでも俺は構わないが。

俺の二台前には男性警官が、そして次も男性で、俺のところにも野郎が走って来るではないか。どちらでも構わないが、チエッ。

おっと、俺のところに向かってくる警官が誰かに呼び止められ、代わりに婦警さんと交代のようだ。どちらでも構わないが、ラッキー。

「あっれー、前の方、凹んでますよ~、どうしたのかなぁ」

婦警さんは顔に似合わず、都合の悪いことを聞いてくるではないか。そんなものは俺にとって本来必要では無いのだが、ここで揉めるわけにはいかないだろう、穏便にやり過ごそうではないか。

「気分が凹むと車も凹むのだよ」
「へえぇ、そうなんだ~。そんれじゃぁねえぇ、前のガラス、割れてるみたいだけどぉ、どうしたのかなぁ」

この婦警さん、真面目に聞くつもりがあるのだろうか。それとも新手の詐欺か。こうして誘惑しつつ嘘の自白に導くための作戦か、その手に乗るものか、アイヤー。

「心が叫ぶとヒビが入るのだよ」
「へえぇ、そうなんだ~。まるで~人を~轢いたみたいなんだけどぉ、そうでしょう、オージサ~ン」

出た! 早速、俺を犯人扱いしだしたぞ。轢かれたのは俺の方だというのに。だが話の通じる相手ではなさそうだ。そうして何人もの愚かな男を落としてきただろうが、お前ごときの誘惑に負ける俺ではない、年季の違いというものを見せてやろう。

「お前、ブスだな」
「公務執行妨害、猥褻物陳列罪、侮辱罪、名誉毀損で逮捕しちゃおうかなぁ。それも現行犯で、今すぐ、死刑でもいいかなぁ」
「待て、話せばわかる」
「なにが~、わかるのかなぁ。その前に~、言うことが~、あるでしょう~、ほれ、言わんかい」

本当にブスに見えてきたぞ。口が悪いと全てが台無しだ。それでは嫁の貰い手も居ないことだろう。なに? 余計なお世話だと? 一生独身でいると。まあ、それはそれ、人それぞれだからな。

だがな、お前にそれを貫き通すだけの根性はあるのか? なに? 余計なお世話だと? まあ、いいだろう。お前の好きな人生を歩め。

「すまない、心になぁぃことを言ってしまった。許せ、お嬢さん」
「なぬ、お嬢さん! お嬢さん? お嬢さん! では免許証を見せてください」
「免許証か、永久ライセンスで構わないか?」
「えっ? ……とにかく見せてください」
「それだが、見せたくても今は不可能だ」
「不可能、だと?」
「そうだ。何故ならライセンスは尻のポケットに入っている。だから不可能だ」
「お尻? では車から降りなさい」
「だから、さっきから不可能だと言っているだろう」

しつこい婦警さんだ。おまけに頬を膨らまして怒っている、ように見えるが、それは勘違いだろう。まさかそんな恥知らずな顔を人に向けられるはずがないというものだ。

「オラオラオラー、車から降りんかい!」

急に態度が変わったぞ。それとも本性が現れたとでもいうのか。だが、ここで仲間を呼ばれては面倒である。ここは穏便に対処しておこう。

「無理だ。俺は目的地に着くまではこのハンドルから手が離せないのだ。なんなら尻に手を突っ込んで取ってくれても構わんぞ」

ピーヒャラピッピー、いきなり笛を吹き出した婦警さんだ。それまで余所見をしていた他の者たちまでもが、こちらに視線を向けてしまったではないか。こうなっては尻が痒くてたまらん。おまけに、俺に銃を突き付ける婦警さんだ。まったく、これだから女のヒステリーには付き合いきれないというのに、この先、更に上手の女帝に会わなければならないと思うだけで、先が思いやられる。

「撃つぞー、撃つぞー、撃っちゃうぞー」

顔を真っ赤にした婦警さんは豆鉄砲のような銃を振り回し、俺に命の勝負を挑んできたぞ。その勝負、受けて立ちたいが、生憎と女性と争う気は、無い。これにて失礼する。

よっこらしょとハンドルを回しアクセルを踏みつける。唸るエンジン、高鳴る鼓動、未体験ゾーンが俺をいざない、俗世の未練を蹴散らす、サラバ。

軽快かつスマートに山道を疾走する俺、その先に邪魔するものは存在しない。流れるように去っていく紅葉、雲ひとつ無く澄み切る青空、ああ、生きているって素晴らしい。だが、俗世にまみれた輩どもが騒音を撒き散らしながら余の後塵を拝している。

「止まれー、前の車ー、止まれー」と無粋な声が木霊する山間部。待てと言われて待つ者がどこの世界にいようか。例えそれが恋しがる君の声であったとしても、俺には話せぬ事情、そして住む世界が違うのだ、堪えてくれ。

ここでハンドルをクルクルと左に回し、山道に逃げ込む。いや、ここがあの女帝への近道なのだ。思い出すだけでも吐きそうだが、今は止むを得ない。立ち塞がる木々を華麗に避けつつ追手を引き離す所存だ。それでもまだ食い下がる俗世の民たちである。

細い道を正確にトレース、小石を弾き土を耕す様はまるで森の野獣。行き先を眼で追うのではない、心の眼で見るのだ。肌で風を感じ、匂いで未来を嗅ぎ分ける。そうすることで聞こえてくるものがあるだろう、己に隠された能力、遺伝子の組み替えが行われるその瞬間の芽生えが。ふふ、俺としたことが、まいるぜ。

既に俺を追う者の姿なし。序でに、昼間だというのに暗く重い空気が漂い始めたようだ。うむ、あの女帝の館に近づいた証でもある黒い霧であろう。これが俗に言う『領域』または『結界』というものである。人の住む世界とアレの住む世界を隔てるもの。要は人避けの『柵』のようなものとでも考えてもらいたい。なにせ女帝は大の人間嫌い、または臆病者であるからだ。

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