逆・異世界転生 Ⅰ

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#7 バンパイアの涙

知っているか?

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知ってるかい?

交通事故ってやつは案外、家の近くで起こるんだぜ。ほら、「もう直ぐだ」とか「やれやれ」って感じで気が緩むんだろうな。そんで、そんな心の隙を突くかのように、ほら、誰から飛び出してきやがった。なあ、今は夜中でさぁ、前がよく見えないんだよぉ、勘弁してくれっつーの、なあ、おい。

俺は、気高きバンパイアであ~る。真夜中に散歩と洒落こんでいる最中であるが、何も残業の帰りなどではない。昼間の暑くしい日差しを避け、こうして田舎道を散策するのが余の日課であ~る。そして今夜も月明かりが美しい……ではなかったが、それは傍に置いておこう。

バンパイア歴300年少々の俺は、同族どもにとってはかなりの古参である。それ故、信頼と尊敬を勝手に寄り添ってくるが、俺を知らぬものは新参者か田舎者であろう、ゴホン。まして俺のように月明かりに、いやそれは無かったが、こうして優雅に散歩を極める余裕がなければ出来ない相談である。

さて、ここは山間部であり、道はクネクネとワインディングロードとなっている。そのせいで、遠くから近づいてくる車のライトがあっちこっちと踊るように飛び跳ねている。それはおそらく無能な者が無能のせいで無謀運転をしているのだろうが、もしかしたら序でに酒でも煽り、人間を辞めているのかもしれない愚か者であろう。そんな者とは関わりを持たない方が良いに決まっている。

知っているか?

走る車の前に飛び出ると、人はなかなか後戻り出来ないものである。そのまま行けそうな、いやいや無理だろうとか考えながら進むものだ。しかし、車の方からこちらに向かって来たらどうだろうか。そんな場合、車の進路を予測し避けるわけだが、その予測が難しいとしたら。そう、俺が右に行けば車も右へ、その逆も然りだ。

では、上に避けるという案はどうだろうか。それは良い閃きだったが、俺の意思に関係なく既に空高く舞いがってしまっていた俺である。そう、どうやら愚か者が運転する車に跳ねられたようだ。俺の体は見事な大回転を演じ路上に不時着、帰らぬ人となった……わけではない。

俺はバンパイアである。そう不死身のバンパイアだ。こんなことぐらいで死ぬような俺ではないが、車と接触した瞬間、痛いので幽体離脱し難を逃れたのだ。だからこうして空中浮遊し、事の成り行きを見守っているところである。

俺の眼下には路上に転がる高貴なる俺の体、少し離れて俺を弾き殺した極悪人の車が、今やっと停車したところである。なんだ? 人を轢いておいて緊急停止しなかったのは何故だ! まあ、それは大目に見てやろう。奴の驚いた顔を見たら目をパチクリしてやれば、きっと大いに驚くことだろうに。

「ういぃ~、なんか当たった」とは車から出てきたハゲでデブでジジイのおっさんではないか。これが最初の言葉と思うと情けない。思ったように酒を飲んでいるように見えるが、それよりも早う俺を救助しないか、このバカたれめ。

酔っ払いのおっさんは絵に描いたような千鳥足で我に向かってくる。だが、その足を止めると「やっぱ、止めておこうかな~」と戯けたことをホザクおっさんである。だが、そんなことくらいで怒る余ではない、こうしてくれようぞ。

人里離れた山道に車が列を成してやってきた。中には団体を乗せたバスも混ざっている。そうして事故現場に到着するや否やおっさんを囲んでの大ギャラリーの完成だ。どうだ? これだけ人の眼があれば言い逃れは出来まい、バカたれめ。

「今、行くところなんじゃ。ほれ、ワシも足を挫いてな」と言い訳がましいジジイが右足を労いながらトボトボと要救護者に向かっている。全く仕方のないジジイだが、こんな山奥に人がワンサカと都合よく来るわけがない。何を隠そう、俺がジジイに幻覚を見せているに過ぎないのだ。こんなことは俺にとっては造作もない、知る人ぞ知るバンパイア貴族の俺である。

やっと俺のところまで辿り着いた爺さんである。ちょっとだけ手足があらぬ方向に向いている俺であるが問題はない。こんなことはへっちゃらのへーである。特に外傷など見られない頑丈な俺だ。その俺の手を取り、脈でも測っているのか爺さんの顔がムムムとしたが、それがどうしたと言ってやりたいところをグッと我慢する俺である。

「私は医者だー、心配しなくてもこの者は生きておる、大した傷ではなーい」と大嘘を叫ぶ爺さんだ。だが、俺に脈があるわけがなかろう、俺はバンパイアだぞと、そろそろ目をパチリと開けようと思ったが、ムムム。どうしたわけか俺の根性が体に戻らないではないか。このままでは何かが不味そうだ。

少しだけ、いや僅かに動揺する俺に構わず、俺の体を持ち上げ爺さんの車の中に放り込まれる俺の体である。

「この者は自宅で介抱するー、家は病院じゃー、何も心配はいらぬー」と喚きながらフル加速でその場を離れる爺さんだ。勿論、爺さんが相手にしている見物人などは居ない、一人芝居も良いところだろう。観客は俺一人しか居ないのだから。



爺さんが医者だというには嘘ではないらしい。山奥の診療所または山小屋風だが、中は病院のようになっている? のだろう。但し、患者が少ないのかヤブなのか、とても稼ぎが良いとは言えなさそうである。そんな場所に俺の、俺の体を連れ込んで一体どうするつもりなんだ?

そんな俺の懸念通り、俺の体をでっかいまな板のようなものに載せたかと思うと、ジロジロと観察を始めたではないか、恥ずかしい。

「もう死んどるかなら。さて、どうしたものかの~」と言いながら爺さんは片手に斧を持って……おい! まさか俺の体をそれでアレするつもりなのかよ! と驚いてばかりではいられない。早速、例のアレを打ちかましてやる!

「いかんいかん、わしは名医。たとえ死人でも生き返らせて見せるぞな!」とイキナリやる気になった爺さんだ。その訳は爺さんが警察に御用になったイメージをその脳裏に叩き込んでやったからだ。名付けて『後悔先に立たず』だ。

斧から何やら怪しげな道具に持ち替えた爺さん、トンカントンカン、コットンバッコン、バキンバキンと俺の体と格闘しているが、おいおい、何時までやるつもりなんだ、眠いぞこら! の状態になった俺だ。気がついた時にはウトウトと夢の中を彷徨う俺であった。

◇◇

目を覚ました俺は、全身に力がみなぎってくるのを感じた。この感覚は幽体離脱が解け、体と根性が融合した証である。一時はどうなるものかと心配したがそれも取り越し苦労であったようだ。めでたし、めでたし。

ここはどこだ? と周囲を確認すると、ナンテコッタイ、変人が俺の傍で徘徊しているぞ。そして部屋のカーテンがパーっと開かれサンサンの眩い光が俺を包む……いやいや、これはマズイぞ! 体が砕け散ってしまうではないかー。

「おう、目が覚めたか。そうじゃろう、そうじゃろう」
そんな寝ぼけたことを言っているのは例のヤブ医者ではないか。一体、俺に何をしたんだ! 白状しろ! いやいや、それよりもまず、このサンサンの光を何とかしなければ。

「お主、死んでおったのじゃぞ。心臓が止まっておったし顔色も悪かったんだぞ。それをだな~、この名医たるワシが蘇生させたのじゃ、感謝しても良いぞ」

何を言ってやがるこのジジイめ。心臓はこの300年間、止まったままだぞ、ドクン。それに人をこんなめに合わせておいて感謝しろだと? ふざけるな、ドクン。それよりも、この光を何とかしなければ。

「まあ、お主が急に車の前に飛び込むから、止むを得ず弾いてしまったが、偶然、ワシが医者で良かったものよの~、感謝するのだぞ~」

俺が車に飛び込んだだと? ふざけるな! そっちから俺に突っ込んできたくせに、ドクン。それよりも、この光を何とかしなければ。

「元気になったら二度と戻って来るでないぞ。今回の件は大目に見てやるでの。こちらも車の修理代が掛かるでの」

こいつ、自分が飲酒運転したことを無かったことにするつもりか、ドクン。なら、出るとこに出ようじゃないか、ドクン。それでお前の人生を終わりにしてくれよう、ドクン。それよりも、この光を何とかしなければ。

「ん? 何か不満そうじゃな。では治療費として、そうじゃな、お主、保険証を持っておらんじゃろう、それなら実費で3億3000万ってところかの~」

保険証だと? 俺がこの世に支配された存在とでも思っているのか? ドクン。お前ら、いやこの世界の常識を超えた存在、いやその存在自体が高貴なる存在であるぞ、ドクン。それよりも、この光を何とかしなければ。

「ああ、ワシも鬼ではないのでな~、慈悲でタダにしてやらんでもない。但しじゃ、昨夜のことは他言無用という約束でな。それを違えば……最後まで言わんでも分かるじゃろう」

なんと都合の良い事ばかり次々と湧き出てくるジジイだ、ドクン。こうなったら、こいつの生き血をだな……先ほどからドクンドクンと一体何事であるか。それよりも、この光を何とかしなければ、と考えていたが、いやいや、なんて清々しい陽気なのだろうか。これは久しぶりに感じる躍動? 生命の息吹? 生きてるって幸せだな~のアレ? これは一体。

「おい、ジジイ。俺に何をした! 心臓がドクンドクンと動いているではないかー」
「はあ? 生き返ったであろう、感謝せい」
「感謝だと! いいか、よーく聞けよ。俺はなーバンパイアだぞー、だったぞー。永遠の時を旅する男だー。それを良くも人間に戻してくれたなー」
「はあ? そんなのは知らん。命があっただけでも喜ばんか、このバカたれめが。それとも何か、永遠に生きらられるとな。それなら永遠に働いて治療費を返さんか、バカたれ」
「うんもー」

どうやら俺は治療という名目のもと、蘇生というか何というか、とにかく人間に戻ってしまったようである。何という愚かなことを。俺のバンパイアとしての優雅な生活から、時限爆弾を背負った家畜のような生物で生きながらえよというのか、バカたれはお前の方だ、バカたれめ。早速、抗議だ、訴えてやるー。

「やい、ジジイ。俺の体を元に戻せ! 戻さないと」
「それは簡単じゃ。ほれ、これでお前さんの心臓をブサリとな」

何故かメスを持ち歩く狂人のジジイである。だがな、そんなもので俺を止められるとでも思っていやがるのか、この変態ジジイめ……いや、人間に戻った今、アレに刺されると、かなり痛そうではないかい、このー。

「話せばわかる、落ち着け、爺さん」
「おや? 死にたいのじゃろう? これで元に戻れるぞい」

シュパッ、ピューと老人のくせに素早い動きを見せやがる。こやつ、手慣れているな、本気で俺を殺りに来ているぞ。その手管で何人も殺ってきたに違いない。と感心している場合ではない。だが、いくらジジイとはいえ俺にとっては青二才に等しい若造だ。そんな者に遅れをとる俺ではない、ぞ。

何か対抗しうる武器はないかと尋ねたら、有った! 何故かそこにフライパンが俺に操られるのを待っている。その柄を握り渾身の力を注入、それを高く振りかざし、はフェイントで横向きに振り回し、もフェイントで爺さん目掛けて『突き!』を繰り出すと、それに驚愕した爺さん、一歩、いや二歩下がり狼狽、そこにすかさず脳天にフライパンを打ち噛ます、これにて勝負アリだ。

◇◇

病室のような場所を抜け出し階段を降りると、クンカクンカ、ヤバイ匂いがするではないか。これはアレなのか? と思いつつそれに引き寄せられる俺である。そして開けた冷蔵庫、そこに御座すのは餃子様ではないかい。

ここ300数年来、避けに避けてきた代物。本来なら忌み嫌っていたものが俺の食欲をそそっている。手には武器として使用したばかりのフライパン。これも何かのえにし、食わねばなるまいて。

ジューと仕上げ見事なキツネ色と化した餃子様を頬張ると、

「ウッメー」

◇◇
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