逆・異世界転生 Ⅰ

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#6 バルキリーの涙

人生の軌跡

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長い年月が過ぎた。ある時、男は国王から召集がかかり宮殿に入ることを許された。そこで男を待っていたのは老兵の士官である。その士官の話では王子が突如挙兵し、国王に国の引き渡しを要求しているという。そこで男に兵を伴って出陣しろとの命である。

そのまま王位を告げる王子が何故、挙兵してまでも王位に拘るのか。話を聞いた男にとっては不思議な話だったが、王の命令とあっては従うしかない。しかしまだ国中では平穏そのものであり、そのような騒動の片鱗さえ見つけるのは難しいだろう。

だが、事の発端は至極簡単である。それはこの国の仕来りのようなもので、座して王位を得ずというものである。王子はそれなりの力を示し次期国王として相応しいと国民に周知することが狙いである。

要は茶番なのだが、戦闘自体は至って真剣に行われる。それは事の真相を知る者はごく限られた者にしかおらず、適当な時期を見計らって王が降参するという演出が既に組まれていた。

そんな事とは一切知らない男は自身の格上げの好機と考え、新参の兵士三人を伴って野に下る。国はこれで内戦のていになるが、飽く迄、局地戦となるように仕向けられている。そして本当の戦闘になり戦死者も出てくるのは避けられないだろう。

そこには底辺の貴族を淘汰するという意味合いもあったようだ。事実、この戦闘に駆り出されている貴族は皆、『格』がさして高くない者たちばかりなのが証だろう。それでも国と国王に忠誠を誓った者たちである。

男が戦場に向かった時は既に真夜中である。普通、そのような時間帯で戦闘を行うことは稀であったが、敢えて人目に触れぬように計画されていたためかもしれない。しかし、野原を走る男と兵士たちにとっては身を隠す場所も無かったため、却って好都合であったようだ。

身をかがめ、低い丘を越えればその先が戦場である。それぞれが高鳴る鼓動を押さえつけながら、丘の頂上まであと少しというところで、その先から人影の群れが見えてきた。

男と兵士は足を止め様子を伺う。それは暗闇で敵味方がはっきりとせず確認する必要があったからだ。しかし、それを探っている最中、丘の上から無数の矢が飛んできた。夜目の効かない状態で、鋭い矢の発する音が恐怖を煽り、実際よりも多くの矢が真っ直ぐ自分めがけて飛んでくる、そう思わざるを得ない状況だ。

これに、男に従う兵士たちが真っ先に逃げ出した。この場に居る誰もが実戦経験の無い者たちである。恐怖に負け、逃げる者を止める手立ては男には無い。しかし、男もその場から逃げたい気持ちは一緒である。だが、背中に国の旗を背負っている以上、それは不可能に思えた。それは、もし逃げれば一生、臆病者呼ばわりされることを恐れたからだ。

男は走り出す。それは覚悟を決めたわけではない。義務、責任、名誉、など核心ではない理由のため、男は一人で立ち向かう。その時、自らを鼓舞するように声を上げた、かどうかは記憶にはない。今までためらっていた剣を高々と上げ、突き進む。

丘の上では王子側に立つオスカーが陣取っていた。皮肉なことに旧友同士が相見えることとなったわけだが、男を見下ろす位置にいるオスカーにはそれが旧友であることが分かっていたらしい。ならば旧友同士、騎士道精神に従い剣を交えるかと一瞬思ったようだが、その先を考え部下の槍隊を男に差し向けた。

5人の槍を持った兵士が男を囲み、多少の睨みあいの後、一本の槍が男の足に突き刺さる。しかし槍を持つ兵士は暗闇のため手応えのみで、どこに刺したのかさえ分からなかったが、それを合図に、残りの4人が一斉に槍を突き刺した。だがそれでも男は痛みに耐え声を上げようとしなかったが、逆にそれが槍隊の手を休めない結果となる。

そして男がその場に倒れこんだことを確認した槍隊は、生死を確認しないまま、その場を去ってしまった。それは、恐怖で男に近づけなかったこともあるが、男が立ち上がってこないことで、使命は果たしという心情が働いたのかしれない。

報告を聞いたオスカーは男が絶命したと即座に断定した。それは旧友の死を憐れむでもなく、ただ、運命はそのようなものであると考え、旧友との全てをこの場に捨て去りたかったからであろう。そして、振り返ることなく自らの部隊を引き連れて移動を始めた。



ベットに横たわるお爺さんの話は以上で終わりである。これまでの話を神妙な面持ちで聞き入っていた親族たち、中でも息子は涙を流しながら聞いていた。

「お父さん、大変でしたね、苦労したんですね。今まで話してくれなかったものですから、全然、知りませんでした。でも、その後、お母さんと出会ったんですよね」

お爺さんは話し切れたことに満足な表情を浮かべながら息子の問いに答えた。
「いや、戦に敗れた私の元に、そのような縁が有るはずも無い。まして殆ど財というものを持たない私なんかに。見ての通りだよ」

息子はその答えに疑問を持った。それは自分の生い立ち、そして母親は誰なのか、今、ここに居ない母は誰だというのだろうかと。

「お父さん、母が居るではないですか。お忘れですか」
「そのようなものは、おらんよ」

お爺さんは驚く息子を他所に孫を呼び寄せた。そして耳元でこう言うのだった。
「美しい女性には気をつけるのだ。女は魔物、それを忘れるな。もしそのことを忘れれば、私のように人生を誤ることになる。肝に銘じておけ」と。

息子は、自分の父親は既に記憶が曖昧になっているのだろうと思い、自分の妻とそれを納得し合った。そして孫に話したことは、最初の女性が今でも忘れられないのだろうと、妻と息子に対して母には口外しないように約束を交わした。

お爺さんの息は次第に速くなり、その表情もどこか苦しそうになった。そこで息子たちが懸命に声を掛け続けるが、それが穏やかになったと思われた時、お爺さんの命は尽きたのだろう。

その時、家のドアが開き、お婆さんが戻ってきたが、寸前でお爺さんの旅立ちには間に合わなかった。直ぐにその状況を理解したお婆さんは、安らかな表情のお爺さんの脇に立つと、険しい表情を浮かべた。そうしてお爺さんの両腕を胸の辺りで組ませると、長いため息をひとつ、ついた。その様子を息子たちは涙が溢れる目で見つめるばかりである。

お婆さんは一歩、お爺さんから離れると、静かだが力強く言った。

「ダメダメ! 良い夢を見ろと言っただろう。なに勝手に人生をなぞっているんだ。ダメだ、ダメ。やり直し、もう一回、やり直しだー」

お婆さんの言葉に、驚き、慌て、オロオロする家族。そして、その言葉の通り、お爺さんの夢に納得できないお婆さんは、最初からやり直すことにしたよー。

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