逆・異世界転生 Ⅰ

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#4 ゴルゴーンの涙

アイドル三姉妹

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早速、ここはどこ、俺は俺だー、の世界に突入した俺である。周囲は暗く、良くは見えないが、どこかの部屋ではあるようだ。

「寒いじゃん、火、点けよう」
「まあまあ」

声の主はこれまたエッちゃんとステちゃんらしい。ということは俺一人ではないということだ。あとメデちゃんが居れば全員集合であろう。

エッちゃんの「寒いじゃん」の声が聞こえたかと思うと、暖炉に炎がボッと点き、周囲が少しだけ見えるようになった。そこに三姉妹が揃っていることを確認できたが、さて、ここがどこなのかは皆目見当が付かない。それでも『あの』小汚い部屋に比べれば……いや、大差ないようだ。そこにどこかのドアをノックする音が鳴り響く。

トントン。その音はどうやら外から、ということは玄関に誰かが来たということだろう。それに身構える我が方である。知らぬ場所に来て早々、これまた見知らぬ者の訪問を受けるとは予想外。よって早速、戦闘態勢に入ったのは言うまでもあるまい。

トントン、トントン、トントントントントントントントン。なんて無礼で恐れを知らぬ訪問者であろうか。居留守の技が効かぬ相手らしい。しかしなんて執拗い奴なんだ、誰もおらぬ、留守だよ留守! と不敬な訪問者に心の中で苦情を申し立てたが、ん? もしかして俺たちが家の中に居ることがバレている? とも考えた。

しかしそれはおかしなこと。物音一つさせず戦闘態勢を整えているにも関わらず何故バレる。そんなことを考えていると、なんと長女のステちゃんが動き出したではないか。そこはそこ、長女たる威厳と責任感がその身を動かしたとでもいうのか。

「どなたですか」
とうとうステちゃんは玄関のドアを開け、不審者と対峙しているではないか。でもそこはステちゃんである。ドアは全開ではなくほんの少しだけ開けただけである。そう、用心に越したことはないからな。

だが俺はそんなステちゃんの勇気ある行動よりも何時もの『まあまあ』ではなかったことに驚愕しているのだ。ここで正直に言うがステちゃんは言葉を知らないのではないかと今の今まで疑っていたのだ。だがその疑いが晴れた以上、俺は認めなくてはならないだろう。ステちゃん、あなたは『お姉ちゃん』だよ。

不審者が何やら言っているようだが、身を隠している、いや戦闘態勢の俺にはよく聞き取れない。が、その心配も無用に終わったようだ。何故ならステちゃんは不審者の戯言をぶった切るかのように玄関のドアをドカーンと締めてしまったからだ。これは文字通り『門前払い』という必殺技に違いない。

しかしそれで引き下がるような不審者ではなかった。それ故の不審者であろう。閉ざされた扉に向かってなおも「俺だ、俺だよ~、えっ 誰かって? やだよ~、俺だってば~」と続ける諦めの悪い不審者である。

「なんなの? バカなの? バカじゃん」とは毎度おなじみのエッちゃんである。そのままツカツカと玄関に歩み寄ると、そのままドアを蹴飛ばしたではないか。その衝撃でドアは玄関から別れを告げられ、ドアもろとも吹き飛ばされた不審者である。

その様子を見ようと三女のメデちゃんが玄関跡からこっそりと覗き込んでいる。何という三姉妹、これでは荒くれ者たちと何が違うというのか。もっと穏便に、平和的に解決できないものかと胸を痛める俺である。

そんな俺の心配をよそに追い打ちをかけるのか、それとも止めを刺すつもりなのか、表に躍り出るエッちゃんだ。その雄姿を陰ながら応援する俺が見たものとは。それは地面に転がる爺さんではないか。そしてどこぞの宗教を思わせる衣装。これはもしかして、もしかするのか。

あれに見える不審者、ではなく異常者が俺の爺さん、そしてそしてそうならば、俺たちはその過去、爺さんが生息していた時代にタイムスリップしてしまったのかー。そうなると俺は、俺は、時を駆ける青年、その人ではないかー。

とうとう人類にとって未到達領域、宇宙の果て、この世の理をネジ曲げ、その第一歩を踏み出す。いいのか、それでいいのか、俺でいいのか? いいとも、俺で、俺でなけれなならない理由が、訳が、必然が、絶対があるのだー。

ということで、地面でピクピクしている爺さんの元に駆け寄ったエッちゃん。その時には既に身動き一つ出来ないでいる爺さん、のように見える。そして、何の躊躇もなく爺さんを蹴飛ばすエッちゃんだ。するとまるで坂を転がり落ちていくようにコロコロと舞う爺さんだ。

はて? この状況、この展開はどこかで聞いたことが有るような無いような。そうなって来ると調べずにはいられない性分の俺である。問答無用でメデちゃんが常に携帯している本を奪い取り、フムフムと爺さんの日記を読み耽る俺である。

そしてめっけた、いや見つけたぞ。これは、これこそは歴史の再現ではないか。更に何も結果を変えずに歴史が過ぎ去っているではないか。何ということ、何というおバカな展開なんだ。これではせっかく時間を戻しても何にもならないではないかー。

転がり続ける爺さんを見送る三姉妹、その後ろで身内との喜べない再会を果たした俺。そして何も変わらぬ明日が巡ってくるのだろう。クルクルと巡る日々、さあ、今夜の夕食は何にしようかな。

「すっきりしたじゃん」
「まあまあ」とは相変わらずのエッちゃんとステちゃんだ。だがここで注意が必要だ。そもそもお前たちは何しにここに来たんだよ、と言ってやりたいが身の安全を考慮し黙って見守ることに徹した俺である。

空は青く、雲は穏やか。森の中とあって空気が旨いと深呼吸、風が、そうだな、穏やかで優しい風が頬をツネル。ん? 何だか風が痛いようなそうでないような、これは何であろうかと思った瞬間、また世界はグルグルと回り始め、世界の終わりを告げるラッパの音が。気がつけば元の狂った世界、もとい小汚い部屋に舞い戻っているではないか。これは、この謎は聞かずにはおられようか。

「メデちゃん、何で戻ってきたの?」
「メデちゃん? 誰それ? それよりも私の本を返しなさい、この薄汚い泥棒」

メデちゃんから薄汚い呼ばわりされるのは心外である。ならこの部屋の状態を何と説明するのだ! こら。

「長くは戻っていられない。せいぜい30分がいいところ」とはメデちゃんの解説である。なんだ、言いたくて仕方がなかったようだ。それならそうと最初から言えば良いではないか、このツンデレめ、とは心の中に仕舞い込んおこう。

「爺さんをあのまま返したら何も変わらないぞ。あそこは爺さんを徹底的に無視するか止めを刺しておくべきだろう」と言ったものの、あそこで爺さんに死なれては俺の存在が。いや待てよ、親父ではないのだからどうでもいいか。ならもう一度行ってやり直すのが良かろう。

だがその前に部屋の中が暗くていけない。そのことに関して一言も言及の無い三姉妹は夜目でも効くのか。そこで、
「メデちゃん、部屋、暗くない? 灯りつけようよ」と提案したが、
「停電」としか言わないメデちゃんである。

なんだそうなのか、停電なら仕方あるまいと納得したが、それは電気代を支払っていないからではないかと疑いたくなった次第だ。何故ならこの部屋を見ればそれも納得というもの。無計画、散財、やりたい放題、そんな言葉が自然と浮かんでくるではないか。そんな俺の思いとは関係なく言い始めたら止まらないメデちゃんである。

「原発を2・3か所止めたから」とはメデちゃんの言い分である。それが何故、原発であって、火力ではないのかは疑問であるが、なになに、時間を遡るには膨大な電力が必要になる、そこで適当に電気を貰っただけだと言い張るメデちゃんである。

それだけ大量に奪えるのならこの部屋の電気くらい大したことはなかろう。しかしだ、何を思ったのか気がついたのか、もう一度過去に戻ると言いだしたメデちゃんである。

そうか、根本的にやり直す気になったようだが、その度に原発を止められては敵わない。何故なら俺はこう見えても底抜けに善良な市民だからだ。既に数基を止めたと言い張っているが、これ以上止められては経済に深刻な問題が発生しそうである。ということは、この国を救えるのは俺一人ということだ。なんという運命であろうか。この俺が救国の戦士になろうとは昨日の夢にも見なかったぞ、ハクション。

「ちょっと待て、待ってくれメデちゃん」と三姉妹の暴挙を必死に食い止める俺である。が、既にメデちゃんはその辺で寛ぎながらスマホで動画を見ているではないかー。

スマホの輝きがその顔に反射し、この世の者とは思えない程、おぞましい顔をしているではないかー。いや、ただ画面を見ながらニヤニヤしているだけか。だが、このまま放置してはおけない。

「これ、面白いじゃん」
「まあまあ」とは例によってエッちゃんとステちゃんである。この二人もそれぞれのスマホを見ながら暇つぶしをしているようである。なんだ、今すぐ過去に戻るのではないのか、と安堵しつつ行動が読めない三姉妹の警戒を怠らない俺である。

この隙に良い考えを発案しなければならない。さて、どうしたものかと考えても何も浮かんではこないが、さりとて俺の肩に国の命運がかかっていると思うだけで肩がこるというものだ。

そうこうしている内に部屋の灯りがパッと点灯。そこで俺は驚愕の光景を目にしたのだ。なんと、遊び呆けている三姉妹の体がかなり透き通っているではないか。もしかしたらこのまま消えていくのかも。そうなれば俺が策を講じるまでもなく自然解決になるかもしれない。そしてその方が何かと俺にとっても国にとっても都合が良いだろう。

そんな三姉妹を眺めつつ、どうせ透明になっていくのなら服だけが……とは決して思はないが、自分たちの存在が危ういというのに呑気なものだと思っていると、またまた閃いてしまった俺である。

それは、今ならここから逃げられる、ではなく、スマホを見入る三姉妹を見て思いついたことがあるのだ。それは世間から誤認識されたことで自らの存在がその認識に引っ張られているのなら、そんな連中に現実を見せつけてやれば良いのではないか、ということである。

ここで俺は逃げても良いのだが、一度頼られたらそれに背を向けることなぞ出来ようか、という俺の信念のもと、一発逆転の方法、それが『アイドルデビュー』である。

もし三姉妹がアイドルになれば世間の注目を浴びるのは必須、そして現実に存在していることも明確になるというものだろう。これで過ぎ去った出来事に囚われることも未来に怯えることも無くなるはずだ。ということで俺は三姉妹のマネージャーとしてその手腕を発揮する決意をしたのである。

◇◇
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