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#13 学ぶ風

#13.2 観察する風

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薄暗い霧が立ち込める『おっちゃんのボロボロ幽霊船』に取り残された『ような』ケイコです。そう、

「マ"チ"コ"ー"」と叫ばずにいられない口をクッと噛み締め、とにかく船の中央を目指して前に進みます。えっ? 居なくなったマチコを探さないのかって? ええ、だって、振り返られない、後戻り出来ないケイコですから。

『ねえねえ、行っちゃうよ』
『いいのぉ、あの子はぁ、ああいう子だから』

おっと、何やら『コソコソ話』が聞こえて参りましたが、コソコソなのでケイコには聞こえていません。でも一体、この声はどこから? まあ、それはそれとして、先を急ぎましょう。

ギーコギーコ。

ケイコが歩くたびに床が軋む音がしてきます。そのせいなのか、何かをグッと堪える表情のケイコです。でも、足を止めることなく進んで行く、勇気あるケイコでもあります、ガンバレ。

そうしてギーコギーコと歩いて行くと、足元の床が急にパカーンと、下に向かって開きました。そう、落とし穴のようなものです。ですが、それに気がつかずに進むケイコ、トボトボです。

『ねえ、何で落ちないの?』
『それはねぇ、ケイコがまだ気が付いていないからよぉ』

「おわあああ」

やっと気がついたケイコです。その開いたところに向かって、ふわふわと落ちるケイコ、何とか大声を出さずに済んだようです。

『ねえ、何で、ストーンって落ちないの?』
『それはねぇ、私たちが「風の子」だからよ』
『ふ~ん』

落とし穴に落ちたケイコは、船の一段下、通路のようなところに降り立ちました。そこは、真っ暗ではないものの、ボンヤリと赤黒く見えています。しかし、暗いことには変わりありません。

そこを二、三歩、歩いた時でしょうか、足元にある何か、を蹴飛ばしたようです。それがコロコロっと転がったので、それを拾い上げたケイコ、ちょっとびっくりです。それをよく見ると、なんとそれはケイコ愛用の『魔法の杖』ではありませんか。それも例によって、杖と言うより箒そのものといっても過言ではありません。

「何故、ここに」

そう不思議に思っても、握り締めているケイコです、決して離すことはないでしょう。それはケイコ愛用の一品であるかどうかは定かではありませんので、誰かに拾われるよりも自分が、のケイコです。

そうして通路のようなところを進んで行くと、床や天井、それに左右の壁にも、大きな矢印が『これでもか』、というくらい書いてありました。それはつまり、『こっちに行け』ということでしょう。それに素直に従うケイコ、トコトコです。

手に持つ箒、いえ、魔法の杖が勇気を分け与えてくれるのでしょうか。少しだけ動揺が治ったところに、今度は行き止まりとなりました。しかし、道順を案内する矢印が、その先を指し示しています。そう、目の前は立ちはだかる壁、行き止まりですが、矢印は『その向こうに行け』と言いたいのでしょう。しかし、そんな無理なことを言われても——

おっと、そのまま前に進むケイコです。それは、私を止めることは誰にも出来ない、それとも目の前の壁が目に入らないのか、それともアホなのか。

それらはともかく、手に持っている魔法の杖でコツコツと壁を突くケイコです。そうして「ふむ」と呟くと、そのままその壁をすり抜けて行きます。

『ねえねえ、なんで? ねえねえ』
『それはねぇ、私たちが「風の子」だからよ』
『ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ』

壁の向こう側に出たケイコです。その時のケイコの感想は「なんと!」と驚きに満ちた声を上げたのでした。それもそのはず、目の前の光景が『おっちゃんのボロボロ幽霊船』から、一挙に大渓谷に変わったからなのです!

乾燥した大地にニョキニョキと生えるような小高い山々、どこまでも続く青い空にクネクネと細く曲がりくねった川。それらを上空から見下ろしていました。そんな急激な変化に、

「おっと、飛ばねば」と冷静に対処するケイコ、大人です。なにせケイコは空中に浮かんでいることになっていたからなのです。

早速、風を掴まえようと右手を伸ばしました。『飛ばねば』と言っている割には風に頼るところがケイコらしいでしょう。しかし、風が一向に吹いてきません。そこで面倒くさそうに魔法の杖に跨ると、今まで見せそうで見えなかった背中の羽を広げました。

『ねえ、あれ、私にもあるって、本当?』
『それはねぇ、私たちが「風の子」だからよ』
『ねえ、聞いてないでしょう』

背中の羽をブーンではなく、パタパタとさせるケイコです。それは、そんなに一生懸命に羽ばたなくても落ちないからでしょう。よく見れば、ケイコの足元は何か、そう、床の上に立っているようにも見えなくもないです。そして、魔法の杖に跨ってはいるものの、それに乗っているというより、握っている、そう見えて仕方ないのです、はい。

それでもケイコの周りの風景は、どんどんと変わって行きます。それはまるで飛んでいるかのように……いえ、飛んでいるのです。それが、まるで周囲の光景だけが動いていて、かつ、ケイコが羽を伸ばしたまま全然動かしていなくても、です。それでも風を切ってビューンと宙を舞うケイコ、その気になっています、やる気になっています。するとそこに、

「助けてぇぇぇ、誰かぁぁぁ、じゃなくて、ケイコぉぉぉ」と救助を求めるマチコの声が! それを聞きつけたケイコは、
「今、馳せ参じる。暫し待たれよ、とうぉぉぉ!」と急旋回、声のする方向を目指して一直線のケイコです。

そして向かったのは小高い山の山の山の、谷の谷の谷のどこかその辺で見つけた洞窟の入り口です。ということは、はい、その洞窟の中からマチコの声が、ということでしょうか。ここはケイコの耳と勘、そして幸運を信じて付いて参りましょう。

洞窟の入り口に降り立ったケイコです。そしてズンズンと進んで参ります。しかし、洞窟なので奥の方は真っ暗です。そこで活躍するのが魔法の杖。それを一振り、

「あらったまほんにゃらほんぷー」です。

するとどうでしょう、鬼火のような頼りない炎がポツンポツンと現れ、暗い洞窟を照らし始めました、やったね、です。

『ねえねえ、あれなに、なんなのあれ、あれあれあれえええ』
『それはねぇ、私たちが「風の子」だからよ』
『ねえってばあああ』

洞窟の奥へと、どんどん進んでいくケイコです。時々、「マチコー」と呼んでいましたが、自分の声が洞窟内で響きまくるのでめてしまいました。

そうしてソロソロと歩いていると、何やら光るものが! それに駆け寄ると、なんと光り輝く宝箱ではありませんか! それに両手を当て、サクッと……開けるのではなく、その前に、前後左右あらゆる方向に気を配るケイコです。

勿論、それは誰かに宝箱を開るのを手伝って貰うため、ではありません。では一体、どのような理由、訳なのでしょうか。それは、それは、そっとしておいてあげてくださいませ。

宝箱を開けると、中から更に光り輝く一品、金メダルが出てきたではありませんか! 勿論、「わあおおお」と感激するケイコ、早速、首に掛けてご満悦です。

『ねえねえねえ、あれ、私も欲しいーよー』
『それはねぇ、私たちが「風の子」だからよ』
『アホなのー、マチコはアホなのー』
『なっ』

ニコニコ顔のまま洞窟を進んでいくと行き止まりに突き当たったようです。でも、そこには扉があり、更に先に進めそうです。そこで扉のノブを捻り、ギギギィと開けてみると、おお、ああ、えっええええ、の海が広がっていました。勿論、開けた扉を閉めたケイコです。今、海で遊んでいる暇はないのです。

トントン。

閉めた扉の向こうから誰かのノックが聞こえてきました。それは、次のように聞こえたようです。

「ケイコー、助けてー、あんただけが頼り、なのよー」と。勿論これに、
「今、行くのじゃあああ、待っておれえええ」と、扉を開け、海に飛び込んだケイコ、ジャブーン、です。

ぶくぶくぶく。長い髪を上になびかせながら沈んでいくケイコです。

『ねえねえ、なんで沈んでいくの?』
『それはねぇ、あの子だからよぉ』
『アホなのー、ケイコはアホなのー』
『あんたもね』
『えっ?』

そうして海底まで沈んだケイコは前進あるのみ、スタスタと歩いて行きます。それはまるで、水の抵抗が存在しないかのようなスタスタです。

そこに、大きな魚がやってきました。その正体はクジラかイルカかサンマか、または世界征服を企む凶悪なサメか。とにかく大きな魚がケイコに迫っていました。そこで、「とうおおお」と飛び上がり、その大きな魚の背びれを掴んだケイコです。

それに驚いたのか、または予定通りなのか、一気に浮上を始めた大きな魚です。そして、その勢いで海面をジャンプ! これに「おわあああ」と声を上げると、今度は、空高く舞い上がっていくケイコです。一体全体、これはどうしたというのでしょうか。ちょこっと海面に出たと思いきや、遥か彼方、いろんな形をした雲が漂う大空まで飛び上がってきた、というよりも、気が付いたらそこに居た、ということらしいです。これではケイコでなくても驚いてしまうでしょう。

そして当然ながら、空高く舞い上がれば次は落ちるのみ。両手両足をバタバタさせ、それに贖うケイコ、風でよく乾きます。もう、マチコを救うどころか、自分が助けて貰いたいくらいの気持ちでしょう。それで一生懸命、バタバタ、バタバタです。

そんな一生懸命のケイコに救いの手が差し出されました。しかし、全然それに気が付かないケイコです。そこで、救いの手はケイコの頭をポンポンと叩きました。本当は肩でも良かったのですが、なにぶん暴れているものですから。

「およ、マチコではないか!」

救いの手を見上げたケイコです。そうして空中の光景は綺麗さっぱりと無くなり、床の上でバタバタしている自分に「はっ」と気が付いたケイコ、その脇に立つマチコ、その隣にエリコです。

その場でゴロンを仰向けになったケイコは目頭を手で押さえつつ、

「マチコおおお、無事じゃったんじゃなあああ、心配かけおってえええ。この、お転婆めえええ」と安堵するのでした。それに、

「はいはい、あんたのお蔭で助かったわ。さあ、起きて」とケイコの顔を覗き込むマチコ、その後ろで同じように見つめるエリコです。



ケイコの現在位置は、アイのおっちゃん、その船の中です。そう、あの幽霊船に乗り込んだ時から、そこは偽装した船の中だったのです。

では、ここまでの道程でケイコが経験した様々な出来事は何だったのでしょうか。それはひとえにエリコの教育、風の子としての基礎を教えることだったのです。そこで、『百聞は一見に如かず』と、ケイコに実演して貰った、ということになります。

何故、そんなことをする必要があったのかというと、今までアイのおっちゃんと過ごしてきたエリコは、自分が風の子だということを知る由もなかったのです。そこでリンコが一人前の風の子にしようと思ったようですが、自分で教育するのが面倒だったのでしょう。そこで、たまたま隣に住むことになったエリコのご近所さんに「よろしくね~」と託されたマチコです。

頼まれると嫌と言えないのが風の子です。勿論、引き受けたマチコは、あれこれと考えた末、『風の子とは』を見せることにしました。そこでアイのおっちゃんを協力させ、ケイコの活躍を解説を交えながらエリコと一緒に観察していた、ということになります。

そして、一番重要な役割を担ったケイコは、そんな裏の事情を知ることなく、マチコと、序でにエリコを救えたことに満足、お手柄のケイコとして、マチコたちから感謝されたのでした、パチパチ。

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