リンダ

Tro

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#5 雲海、そして雲海

#5.2 寝るときは目を閉じて

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賑わいのある街に入る。ここでは平常通りなのだろう、ネオンぴかぴかで通りを多くの人達が闊歩しているのが見える。まだこの辺では左右の国のいさかいは及んでいないようだ。そんな喧騒とした通りから少し離れたところで宿を見つけ、車を降りる俺達である。

多少立派な建物のようで10階以上はあるだろうか。そこで一部屋を借りて休息だ。勿論、三人別々という不経済なことはしない。広めの部屋を借りたので問題ないだろう。しかしメイド姿の子連れである。もしかしたら俺達は奴隷商人か誘拐犯に見られたかもしれない。つい勢いでメイド服を推してしまったが、街中では少々不便だったかもしれない。出来ればもう少しリンダの身長があればと思うが、無いものは仕方ない。幸い、『この子はなんだ』という風に聞かれたことは無いので大丈夫だろう。

部屋に入ると先にシャワーを浴びるジョンである。その間にテレビでも見ようと思ったがだ、その前にリンダが玄関付近で立ったままである。それで疲れるとかは無いのだろうが見ているこちらの方が痛々しい。

「リンダ、そこの椅子に座ってくれ」

木製の椅子が置いてあったので、それに座ってもらったが、行儀よく座る姿は本当に『少女』そのものである。しかし瞬きしない瞳、形ばかりの鼻と口、動かない両肩、身動き一つしないというのは人形と区別がつかない。何かが、どこかが動いでこそ『人』のように見えるものだ。それともう一つ、木製の椅子ということもあり、椅子が時折ギシギシと悲鳴を上げているようである。何であれ、見た目以上に『重い』ということだ。いや、一つ訂正しよう。口だけは人一倍開くことができる。それで救われもしたが、あれだけは顎が外れても人では真似はできないだろう。

テレビをつけると、多分ニュース番組だと思うが、そこには赤いオープンカーに乗った恰幅の良いおじさんが人込みの中で手を振っている光景が映っている。そこに字幕やら音声で何やら言っているがさっぱりである。例の『タコ』をで聞き取るのも面倒なので、そのまま見入っているとジョンのお出ましである。

シャワーを浴びてすっきりしたジョンが頭を拭きながらテレビを注視している。その厳つい顔が更に険しくなっている。

「とうとう戦争が始まる」

「そうなのか」

どうやらテレビでは戦争の話をしているようだ。俺が見ている分では、まるで選挙のようである。

「あの赤い車に乗っている奴は偉いのか」

「あれはこの国の大統領だ。両国に対して中立を宣言したところだ」

はて、中立で何故戦争が始まるのか、まるっきり分からない俺である。そんな疑問の目でジョンを問い詰めると、解説してくれるらしい。

「あの大統領が言っている中立とは、攻撃してきたら両方とも攻めると言っているのと同じだ」

攻撃してきたら、と言っても既に俺は攻撃されているのだが、それは無視なのか、ジョン。

「既に戦争準備は整ったそうだ。明日にでも始まるだろう」

俺の心の訴えに答えてくれるジョンである。それにしても明日からだとは急な話だ。とは言っても相手が待ってくれる訳でもなさそうだ。こうなれば急いで旅立つ必要があるだろう。

「ジョン、それなら今直ぐに出発した方が良くないか」

決して臆病者になったのではない。より安全な方法を考えただけであるが。

「いや、戦況が分からない内は下手に動かない方がいい」

「そうだな」

納得できる話には即座に同意する俺である。変な意地やプライドは邪魔なだけだ。

納得できたところで俺も一風呂とシャワーを浴びまくり、その後は腹ごしらえである。生憎と贅沢なルームサービスや食堂などはここには無い。食事の必要の無いリンダを置いてジョンと外食である。

ジョンが先に部屋を出たので、部屋の電気を消して、と思ったがリンダが居ることを失念していた。

「リンダ、もし泥棒がやってきたら、やっつけてもいいぞ。ああ、手加減は不要だ」

俺の言葉に頷くリンダ、のような気がする。序でに「夜道は危険だから気をつけて、ね」と聞こえた、ような気がする。その様子を伺っていたジョンがまた怪訝そうな顔で俺を、俺達を見ている気がする。十分、ジョンの言いたいことは分かるのだが、いくら食べないからといって一人置いていくのは何かと気が引けるものである。



静かな朝を迎えた俺達だ。車に乗っていただけとはいえ、ここは異国の地、それも緊迫する情勢である。その疲労で熟睡していたようだが、既にジョンは起きて窓の外を伺っていた。

「ジョン、何か変わったことは起きていないか」

「いや、普通だ」

普段と変わらないのはそれに越したことはない。ベットから起き上がり着替える、と思ったが服を着たまま寝ていたので省略である。

ふとリンダを見ると相変わらず椅子に座ったままであるが、何か様子がおかしい。どこが、というわけではないが、まるで死んでいるように見えたのだ。朝から縁起でもないが、そう思ってしまったのだから仕方がない。その違和感が何なのかを考えていると、そうである、リンダが目を閉じているのではないか。これはもしかしてスリープモードというものなのか、それとも電池切れで力尽きたのか。

「ジョン! リンダが」

あれこれ考える前にジョンを呼んでしまった俺だ。それに動じないジョンである。

「どうした、壊れたか」

壊れた? 壊れた! まあ、そういう表現もあるだろう。寝息でもしていれば勘違いで済むところだが、それさえ無いときている。だが、ほれ、見てくれ、ほれ、と思ったが寝息が聞こえるはずがない。どうやらまだ寝ぼけているようだが、それは朝に弱い俺であるからだ。

ジョンはそう言ったきり無関心である。厄介な荷物が減ったとでも思っているのだろうか。だがリンダは……機械だ。それが目を閉じているといことは、取扱説明書が欲しいところである。機械なら、そうだろう、万国共通の修理方法を思い出した。そう、機械は叩けば直る。

早速、リンダの頭を叩こうと、ん? 何故、頭なのか、それはどこでも良いわけではあるまい。どこかに起動スイッチのようなものがあれば、それを試しただろう。だがそれの位置、場所が分からないのだから仕方あるまい。では、まいる。

「お早うございます」

俺が頭を叩く寸前にリンダが目を覚ましたようだ。その目はパチクリしている。序でに挨拶までした、ような気がする。

「ジョン! 動いた」

「そうか」

俺の感動も虚しく捨て去るジョンである、非情である、鬼である。だがここで問題発生である。目を閉じて寝ていたということは、今後、椅子に座らせて寝かすわけにはいかなくなったことだ。それを考慮しなければ俺の方が非情な鬼になってしまうではないか、ジョン。



車での旅は続く。今日は昨日と違い空一面に雲が広がり、どこからが空なのか、その境界が曖昧な、どんよりとした天気である。

昨日と同じ配置で座席に座っているが、車のエンジン音と走行音以外、聞こえてこない殺伐とした車内である。まあ陽気な旅ではないので仕方のないところではあるが、三人とも無口では、まるで仲が悪そうである。だがもし誰かおしゃべりの者がいたら、それはそれでウルサイと思うのだろう。

ジョンは車の運転に集中し時折、街の様子を伺っている。俺は退屈で欠伸が出そうだが、リンダもそうではないかと見てみると案の定、大口を開けて欠伸をしている、ような気がした。

街の中はいたって普通の様子だが、ある場所から人の行列が増えた気がする。もしかしたら今日は特売日か何かなのだろうか、長い行列があちこちで見ることができる。

「早いな、もう始まっている」

相変わらずジョンのセリフは短くて何を言っているのかさっぱりである。聞き返すこっちの身にもなって欲しいと要望するものだ。

「ジョン、何が始まったのだ」

「買占めだ。戦争が始まる前に準備しておくつもりだろう。直に食料の奪い合いになる」

それは特売日以上の問題だ。俺達も列に並ぶ必要があるのではないだろうか。

「俺達も並ばなくて良いのか」

「次の街で準備しよう」

「そうか」

列に並ぶとすれば、こちらはリンダも含めれば三人である。少しセコイようだがリンダにも活躍してもらおうと考える俺である。

俺達を乗せた車はそのまま街の外れを通り過ぎ、開けた一本道を只管ひたすらに進む。



車は幾つかの街を経由したが、それぞれに人の行列があり進めば進むほどその状況は悪化しているように見えた。要は都会から離れるに従って『物』の争奪戦が激しさを増しているという具合だ。それらを目撃した俺は列に並びたくてうずくのであった。

「ジョン、俺達も買いだめしておいた方が良いのではないか」

「皆が不要な行動をするから状況が更に悪化する。それに加担したいのか」

ジョンの余裕はどこから湧いてくるのか不思議に思う俺である。それは、何も無くなった棚を指をくわえて見ている光景が思い浮かんだからだ。それとも行列の出来ない店を知っているというのだろうか。

「そうはしたくはないが、これから先、困ることになるかもしれない。手に入れられるうちに、というのは悪くないと思うが」

誰も好き好んで列に並びたい訳ではない。どうにもならなく前に対処しようというだけである。

「ケイ、俺達の目的はこの国を出ることだ。つまりこの状況から離れるという意味だ」

「なるほど」

言われてみれば納得である。もう少しで俺も、ここの国民になりきり、列に並ぶところであった。いわば俺達は異邦人である。今の状況には同情するが、所詮は通りすがりにすぎない。それなのに列に並べは俺達の方が余計な者扱いされかねない。

車は止まることなく走り続け、幾つもの街を抜けると、遠くに山々が浮かんでいるように見えてきた。それに向かってひた走り、高度が上がるにつれ耳が遠くなる俺である、ゴクリンコ。

「なあ、ジョン。ここはどの辺なんだ? そろそろ国境に近いのではないか」

耳が遠くなったせいか、つい大声で言っているようだ。

「国境はあの山の先だが、日が暮れてからは危険だ。ふもとで一泊しよう」

とうとう国境近くまで辿り着いたようだ。案外、簡単な移動で拍子抜けだが何も起こらなくてなによりだ。明日には国境を越え、そこから飛行機で戻るだけだが、さて、リンダは手荷物になるのだろうかと心配である。そうならなければ荷物として運ばれることになるが、それはどうしたものだろうかと悩むところである。

いっそうの事、コンパクトに畳めないものかとリンダに視線を動かすと、おや、目を閉じてお休み中である。それもそうだろう、車での移動で体を動かす必要がないのだ、眠くもなるというもの。今度は騙されない俺である。

車はロッジ風のホテルに到着。場所は山の中腹あたりといったところか。ここで一休みして明日は国境を目指す、はずである。因みに借りた部屋は二人用である。つまりリンダは人数に含まれていないことになるが、これ以上広い部屋は五人用となりいきなり料金が倍増である。別にケチるわけではないが他に空いている部屋がなかったにすぎない。



夕食後、ジョンは窓際の椅子に座りウトウトとしている。俺も車の運転は出来るのだが生憎と国際免許を持っていない。そのおかげで一人で運転している訳である。おまけに単調な移動なので一気に疲れが来たのだろう。

リンダも椅子に座り、まだ目を開けている。それも多分、車内での昼寝が影響しているのだろう。夜眠れなくなっても知らないぞと思いながら、俺は暇なのでテレビを見る。

相変わらず言葉は分からないが、その映像だけで十分理解できる内容だ。どうやら各地で暴動に近い争いが起こっているらしい。襲撃された店、商品の無い空の棚、破られたショーウィンドウ。だが、どこの国でも報道は誇張して報じるものだ。今の所、俺達の居る場所は平和そのものである。都市から離れた山中というのもあるだろうが、自然豊かなこの場所では争いごとは皆無のようだ。

テレビでは街中の騒乱の次に何処かの宮殿が映し出されている。ライトアップされたその宮殿は元の色が青いのか俺には奇妙に見えて仕方がない。まるで何処かのホテルのようでもある。そして映像は、これはパーティーでもしているのだろうか。華やかな雰囲気の中、昨日見た大統領やらが満面の笑顔で何かを言っているようだが、これもサッパリである。

それにしても外界の騒乱を余所に国の中枢は呑気なものである。戦争をすると言っておきながら、この騒ぎようだ。何かの前祝いのつもりなのだろうか。それにこんなものを放送して国民は平気なのかと余計な心配をしていると、いつの間にかに起きたジョンがテレビを食い入るように、いや、視線だけ向けている。顔が厳ついのでそう見えただけだろう。

ところでジョンはこの国の人間ではないのだろうか。ふっと俺の前に現れ、ふっと消える。それが消えそびれて今は俺と行動を共にしている。この国で出会ったのだから自国民と見るのが普通のような気がするが、どことなく俺と同じように他人事のように捉えている節がある。

「なあ、ジョンはこの国の人なのか」

「いや、違う」

「そうか」

違うのなら、では何処なのかという興味もあるが、それを聞かないのもルールだ。個人的に深入りしないのが紳士協定であると紳士の俺は思ってみたりもする。

◇◇

さて、やることも無くなり疲れた体を休めるためにも寝なければならないのだが。

ここで問題発生である。それはまたしてもリンダである。何故ならリンダが目を閉じて寝るという事実を知ってしまったからに他ならない。それを知りながら椅子の上に放置なぞ出来ない相談である。

ベットの前で悩む俺であるが、それを見たジョンは何も言わずに自分のベットに潜り込んで、さっさと寝た振りをしている。どうやら小言の一つでも言いたいのだろうが、それも飽きたのだろう、『なるようになれ』である。

物は試しにとリンダを俺のベットに寝かせてみた。ベットはその重量に耐えているが、どこか、やせ我慢である。かなり沈み込んでいるのが見て取れる。だが力士級の人も客として訪れることがあるはずだ。小さいが重いリンダに耐えられないわけはないだろう。

ベットにリンダを寝かせてはみたものの、服を着たままである。しかしそれを脱がすわけにもいかない。よってそれはそのまま、ということで決着だ。

次に最大の難問、俺はどこで寝るのかということだ。

「ケイ、一緒に寝るのか」

寝たはずのジョンがまた卑猥なことを言っている。第一、リンダをベットに寝かせていること自体、反対のはずだ。それをよりによって一緒に、ときたものだ。

「まさか」

当然俺は即座に答えたが、それも悪くないと思っている自分がいる。リンダをリンダとは思わず、抱き枕の一種と思えば納得だ。それに合理的でもある。これで全員が幸せに眠ることが出来るのだから考慮しない手はないだろう、しかし。

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