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#6 私はこうして魔王になったで章 天職編
#6.2 イエス・マム
しおりを挟む採用面接の瞬間が訪れました。言葉の壁はありません。隣国だけあって殆ど私の国と同じです。少しだけ違うと噂には聞いていますが問題ないでしょう。お利口な私なら直ぐに覚えることが出来ます。会場は本社ビルです。地上52階、地下3階の立派なビルです。それが4棟あります。四方に聳え、中央はこれまた立派な公園になっています、パティオです。私の仕事環境としては申し分ないでしょう。
いきなりの面接です。筆記試験はありません。これは私にとってとても好都合でした。私の優秀さを直接アピールすることが出来ます、私は出来る子です。そして本当に数秒の面接で採用されてしまいました。さあ、行きましょう、私が大活躍するその舞台へ。
面接会場を後にした私は小さな部屋に移動しました。そこには既にこの難関を突破した盟友がいました。その数11人。私と大体同じ歳の方々、全員女性です。それぞれの顔には勝ち誇った笑みと優秀さが滲み出ています。斯く言う私もその一人です、同志です。数日以内に退職し、引越しをしなければなりません。ああ、引越しは後回しにしましょう。
でも今よりも少しは広いお部屋がいいな、と思っていたら少々残念なおじさんが部屋に入ってまいりました。緊張が走ります。小声で雑談していた同志も口を閉ざしました。何でしょう、この人は。
「俺がお前達のボスだ。俺に付いて来い」
いきなり無礼千万な物言いです、ざわつきます。何なのこのおじさんは? の大合唱です。
「早く来い! クビにするぞ」と威嚇してくる残念なおじさんに、
「「はい」」と答える同志一同です。
採用早々、解雇されては堪りません。とにかくその人に付いて行くことにした同志達です。迷路のように曲がったり真っ直ぐだったりと歩き続けます。
「あの、質問があるのですが」
勇気ある同志が歩きながら手を上げました。私も質問があります。だってまだ条件面の話を何一つとしてしていませんから。同志の方も同じ思いのはずです。私達はまるで捕らえられた囚人のようでしたから。
「……」
ボスは質問には答えず、ただひたすらに歩き続けます。どうやら答える気は無さそうです。それがかえって不安を大きくしたようで、ざわつき始めました。すると、それが不快だと言わんばかりにボスが急に立ち止まりました。
「不満がある者は直ぐに立ち去れ。ただし仕事はここにしかない。それを良く考えろ」
捨て台詞のように吠えたボスはまた歩き始めました。その場に立ち止まる私達です。ここで同志達による緊急会議が開催されました。このおかしな状況に誰もが不満でした。進む勇気よりも退く勇気が求めれています。私はさて、どうしたものかと様子を伺っていました。
「やっぱり、この会社は変よ、おかしいよ。私は辞退するわ」
一人がそう言うと、私も、と後に続く者が続出しました。ここで大半、7人が今来た通路を引き返して行きました。私を含めて5人がそれを見送っています。しかし誰かが背中を押したのなら、きっと全員がその場を去っていたことでしょう。
「おい、行くぞ! 付いて来い」
ボスからの号令で、残った私達は引き返す機会を失いました。でも、怖いもの見たさ、という気持ちも、その時はあったかもしれません。この先に待ち受ける未知なる世界、それも国を離れて遥々来たわけです。多少の事は乗り越えなくては行けません。
振り向くと、引き返した同志達の姿は見えなくなっていました。その時でしょうか。悲鳴のような声と、何やらドカドカと鈍い音が入り混じって聞こえてきました。私達はそれで、もう引き返せない事を知ったのです。
「ふん、お前達もあーなりたくなければ俺に従うことだ」
ボスの不明瞭な言い方は、私達を震え上がらせるには十分でした。早足で歩くボスに置いて行かれないよう、付いて行くのがやっとです。ここで逸れたら命はありません。それほど危険と隣り合わせでした。それでも私は……よしましょう。辛い思い出です。
◇◇
ある部屋の前でボスが足を止めました。その入り口には○○部署と書いてあります。この○○は伏せているのではなく、本当に丸丸部署なのです。隣の部屋は○×部署と書いてあります。
入り口から中に入ると一人の女性、オバさんがボスの元に駆け寄り挨拶をしています。それが終わると私達にキッと視線を向けてきました。この方、一瞬で分かりましたよ、この部屋のボス、お局様です。そのお局様に後は任せたと、ボスが部屋を出て行きました。さあ、これでお局様の天下布武です。
部屋の中は大層広く、大勢の人達が忙しく働いていました。皆さん無言で目の間の仕事に精を出しています。まるで養鶏場を彷彿させる光景です。
「さあ、皆さん、お疲れでしょう。そこの椅子に座って待っていてください」
そのキツイ表情とは裏腹に優しいお言葉のお局様です。これはもう、お姉様とお呼びしなくてはなりませんね。ちなみにこの部署は全員、女性の方ばかりです。
椅子は入り口の所にズラッと並んでいます。私達5人だけではスッカスカです。そこに座り少し安堵する私達。何か思い違いをしていたのかもしれません。膝の上にバッグを置き、畏まっている私達の元に、私達と同年代の女性が来られました。先輩の方とお見受けしました。
「お荷物を預からせてください。就業時間が終わりましたらお返ししますので」
私達は言われるがままに手荷物を先輩に手渡し、そのかわりエプロンとブレスレットのような腕時計を頂きました。バッグの中には貴重なパスポートやお財布が入っています。少し不安が募りました。
先輩が一通り荷物の回収を終えると、それを持って逃げるように去って行かれました。ああ、という声を上げる暇もなく先程のお姉様がお出でになられました。そして私達の前に立ち、号令を発します。
「全員、起立!」
お姉様がお局様に戻った瞬間です。私達はその声の大きさに驚いて立ち上がったようなものです。
「返事は?」とキツイお局様のお言葉。
「「はい」」
「違うでしょう!」
お局様が狂ったように叫びました。そこに先程の先輩が風に吹かれたようにお局様に駆け寄り、敬礼しながら叫びます。
「イエス・マム!」
そして先輩が私達に振り向くと、ご丁寧にも一人ずつビンタ付きの叱咤です。ど肝を抜かれて声も涙も出ません。
「いいか! お前達。班長様のお言葉には『イエス・マム!』と答えるのです。それ以外は許されません、絶対です。いいか! お前達」
「「はい、イエス・マム!」」
「はい、は不要です。さっさとエプロンと腕時計を利き手に付けなさい!」
「「イエス・マム!」」
何が何だか分かりません。私達は半分泣きながらエプロンと腕時計を付けました。気がつけば、この部署の全員がエプロンをしています。何故今まで気がつかなかったのでしょう。それに利き手に時計を身に付けさせるなんて、まるで意味が分かりません。先輩は班長様に深々とお辞儀をするとまた風のように去って行かれました。そして班長様の鋭い眼光が私達を照らします。
「いいか! お前達。お前達はケンジ部長から預かった貴重な駒だ。誠心誠意、我が社、我が国に尽くすのだ。それがお前達自身が選択した運命であり決定事項である」
「あの、あの」
横一直線に並んだ私達の、一番左端に立つ同志が声を上げました。その最後に並ぶ私から見ても体の震えが見て取れます。声は詰まり今にも消えそうです。
「春子、何時声を出して良いと言った? お前ごときが私に話しかけるなど、100万年早いぞ。身分を弁えろ」
これ以上、何かを言うとまた先輩が風神のごとく飛んできそうです。班長様のご発言が続きます。
「あと、夏子、秋子、冬子、良子にも言っておく。その腕時計を外したり細工しようとすると腕を持っていかれるから注意しろ。勿論、防水機能などは無い。以上だ。分かったら私に付いて来い」
班長様は私達に背中を向けて2、3歩進んだ所で立ち止まりました。どうやら返事を待っているようです。ここは素直に従っておきましょう。
「「イエス・マム!」」
その声を聞いて班長様は、やれやれという感じで進みます。それにしても順番的に私は良子と呼ばれたような気がします。なんだろうと思っていると前を歩く同志のエプロンには『冬子』と大きく書かれてあります。もしやと思い私の胸の辺りを見ると、同様に大きく『良子』と書いてあります。これは後で訂正して貰わないといけません。私の名前は『良子』ではないからです。
◇◇
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