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子は鎹
204 一部物騒
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ノックもなにも無しに、いきなり上官が部屋には言ってきたことに室内にいた私以外の人間が戸惑う。
「バチュラさん!?」
驚きの声を上げつつも私以外は軍人、サッと敬礼の姿勢を取る。
「あの、一体何かあったんでしょうか?」
「“何かあった”!?カリヤ嬢からなにも聞いていないのか!」
私がヘラクレス様と話している間のこと、ナーズビア様は私が伝を使って手に入れたい情報を元に、この軍の施設の責任者と偶然を装って接触、そして永華さん達の知り合いで証言者である佐之助さんの手紙と永華さんの手紙を渡した。
ただの青年が手紙を渡しに来ただけなら、後回しにされそうなことだが相手はフィーリー家の嫡男、ナーズビア様。
急かされれば見る他なく、ナーズビア様が持ってきたことと手紙にはララ様のお家の印と私の名前があることから、ただの戯言ではないと判断できるだろう。
これで嘘なら、家名に小さかれども傷が付くと言うことになるのだし、メンツを気にする貴族が小さいとはいえ家名に傷が付くようなことはしないだろうと思っただろう。
しかも、二人だ。
なんだったら普段は仲が悪いはずのアスロンテ軍学校の生徒と共にここに来ているのだから、なにかがあったと思うのは妥当。
そこから、これは信憑性があると判断。
火急の事態であると認識し、私がここに来ているのも偶然ではなく、ヘラクレス様を助けるために聞いてるのだと察する。
ならば、軍人がどのような対応を取るか。
簡単だ。
まだ容疑者の段階であるヘラクレス様に何かあってはいけないので、誰も手を出せない状況にかえて、ここに来ている貴族と、貴族の連れから話を聞く。
正当性がある、もしもがある。
そう判断されれば、ヘラクレス様をこの施設から別の信頼の置ける者の元へと送るだろう。
それこそ、アスロンテ軍学校やメルリス魔法学校、もしくは政府の施設だとか、一周回って郊外の施設かもしれない。
まぁ、私の考えでは今日中に決着が付きますから、そこら辺の手続きなんて入りませんけどもね。
「どっちかわからないんですもの。そう、おいそれと話すわけないでしょう?」
「そ、それもそうですな。ですが、あの手紙の内容はまことなのですか?」
手紙にかかれた内容、佐之助さんのものはヘラクレス様の容疑をはらすのに必要な証言、そして永華さんの手紙は昨日に起きた騒動の内容や理由が書かれたものだった。
まあ、疑うのも無理はないでしょうね。
「ネシャと言う方は昏睡状態で体の内側がボロボロで入院、カンツォーネ、ベルドが行方不明。しかも他に三名ほど瀕死になって病院に搬送されていますでしょう?それから一般人も巻き込んでいる。私もナーズビア様も、知っておりましてよ」
軍人が行方不明になっていることも、瀕死の重傷になっていて入院しているのも、公に出ている情報ではない。
これを私が喋ると言うことは私もナーズビア様も、真実を知っていると言うことになる。
「バチュラさん、ヘラクレスさんを安全なところに移してくれますね?暗殺なんて簡単にできてしまいそうな牢屋なんかじゃなくて、人が多いところとか……。あるでしょう?」
ナーズビア様がバチュラ様の後ろから現れた。
「し、しかしですなあ……」
「これでヘラクレスさんが死んでしまったら、知っておきながら見捨てたことになりますし、我々からの信用は地に落ちますよ。ねぇ?カリヤ先輩」
「全くですわ」
犯罪を犯したかもしれない者を檻の外に出すこと、確かに軍の施設の責任者として戸惑うのは何らおかしいことではありません。
これは、時間稼ぎ。
永華さん達がヘラクレス様の無実の証拠を得るまでか、今回の件に関わっている集団の重要人物を捕まえるまでの時間稼ぎ。
どちらかが叶えば、こちらに贈ってくれる手はず。
ヘラクレス様の安全を確保しつつ、証拠が手に入るまで待つ。
「それに、貴方だってヘラクレス様がやったとは思っていないのでしょう?」
「なっ!」
「疑っているのなら、脱獄を手伝ってしまいそうな私の面会なんて許可しませんもの」
私がヘラクレス様に恩があることは表に出ていない情報も知っているだろう軍人の人ならば知っているでしょう。
そんな私が面会に来たなんて、あからさまに怪しいではありませんか。
簡単にここに通したってことはヘラクレス様が脱獄しても問題ないと、少なからず思っているからなのではないかしら?
「……わかりました。その代わり、監視は付きますよ」
「構いませんわ。私達が無理を言っていることは承知ですもの」
むしろ監視がある分、下手なことができないと言うことですから安心ですわ。
「では、そこの君、ヘラクレスを__」
「さっき、わがままを聞いてもらったところ悪いんですけれども、ヘラクレス様のお迎えはリアンさんとニーナ先生にお願いしたく思います」
「……わかりました。では、こちらへ」
リアンさんとニーナ先生に目配せすると頷いて、バチュラさんの後を付いていく。
「……レーピオがバチュラさんは大丈夫だって言ってたけど、本当に大丈夫なんですか?」
「そう信じる他ありませんわ。何かあれば、今この場で透明な板を叩き壊して連れ去りますわ。ケイネも、スノーさんも、できるでしょう?」
「溶かすか」
「できるよ」
私を部屋から連れ出そうとしていた軍人がなんとも言えない表情をしていたが、そんなもの気にしている暇はありませんわ。
ヘラクレス様になにか怒ってはいけないと、透明な壁の向こうを睨み付けるように見ていると、そのうちリアンさんとニーナ先生が現れてヘラクレス様と共に消えていった。
そして、ヘラクレス様とともに私達が案内されたのは施設にある会議室の一室、教室程度の広さで、部屋の中には屈強な軍人がたくさんいますわ。
「危険性がない場所への移送の手続きが完了するまで、ここで待っていただきたく思います」
そういって、バチュラさんは消えていった。
その手続きは無駄になると思うのだけど……。
まぁ、言って上げる義理もありませんし、言っても永華さん達が狙われて不利になってしまうだけですわ。
そわつくなか、時間が流れていく。
数時間たったとき、ニーナ先生が鞄からなにかを取り出した。
一枚の紙と、汚れが付いているナイフだ。
「あの子達、成功したみたいですね」
ニーナ先生の言葉に笑みがこぼれる。
「失礼、バチュラさんを呼んできてくれませんこと?ヘラクレス様の無実の証拠を入手できましたわ」
「は?え、えぇ!?」
「ほら、早く行ってください。時間ないんだから」
「は、はい!」
ケイネが部屋のなかにいる軍人の一人を急かす。
ガタン__
急かされた軍人が扉を上げようとして、無慈悲にも扉が揺れるだけだった。
戸惑う軍人の声が聞こえるし、他の軍人が狼狽えて言うのが見える。
……私達が証拠を手に入れたことで動き出しましたわね。
「何が……。俺をはめたやつらが仕掛けてきたのか?」
「恐らくは……」
私達が警戒していると、天井の一部が外れて何かが投げ込まれた。
次の瞬間、投げ込まれたものから煙が吹き出す。
「吸うな!」
スノーさんの声にとっさに反応できたのがごくごく少数であり、反応できなかった人たちは直ぐにバタッと倒れてしまった。
残っているのは軍人が数名と、私達だけで、片手で数える方が早いくらいでしょう。
咄嗟に袖で鼻と口をふさいだが、これがどれだけ持つのだろうか……。
煙が部屋に充満したあと、軍服を着た物が天井の穴から部屋には言ってきた。
一気に、状況が変わりましたわね……。
「まだ起きていたか。だがまぁ、気を失うのも時間の問題だ。恩人のしたいが出来上がることを止めることができないなんて、むなしいな」
ガスマスクをしているせいで顔はわからないが、声からして男性だろうか。
「皮膚からも吸収されるから、段々と意識が遠退いてくるはずだ」
……。
フラフラと体が揺れてしまう。
地面に膝を付いて、俯く。
あぁ、これが煙の効果なのですね……。
なんとかスノーさんの声に反応できた軍人達もバタバタと倒れ出す。
私達も、倒れて……。
「なぁんて、ね」
「は?」
手で口と鼻をふさいでいたニーナ先生とリアンさんが立ちあがる。
全く煙が効いている様子はなく、真剣な表情でガスマスクをつけた軍人に向かっていく。
「ナーズビア様!」
「はい!」
ナーズビア様が魔法を放ち、窓がわれると私が得意な風魔法を使い、部屋のなかに霧散した煙を外に追い出す。
「寝たふりへたぁ!」
「研究者の観察眼なめないでくれる?」
ケイネとスノーさんは隠れて首に噛みつく機会をうかがっていた潜入者達を見つけては動き出す前に仕留めていく。
「よくも、先輩に手を出してくれたな」
「あちこち巻き込みすぎたんですよ!」
リアンさんとニーナ先生の一撃でガスマスクは吹き飛び、地面に転がる。
一瞬の出来事だった。
「騎士さん、これをどうぞ」
「あ、あぁ……あの子達の知り合いってだけあって皆規格外だなあ」
スノーさんから煙の効果を緩和する為の薬を渡されたヘラクレス様は遠い目をしていた。
「ふぅ、防衛結界を自分に密着させたままの状態を保って毒などに備える……慣れませんわね」
「もう、二度としたくない……」
全くもって同意ですわ。
「ヘラクレスくん、この顔、見覚えは?」
「……カリヤ嬢に言ってた奴ですね。それ以外は何も」
あら、やっぱりこの男だったのね。
そうこうしていると部屋の外が騒がしくなり、扉が吹き飛んだかと思えば軍人が流れ込んできた。
「何が起きた!?」
「私たちが危惧していたことが起きた。まぁ、もう終わったことだがな」
「やはり、裏切り者が出たか……。これだけの人数がいれば動かないと思ったのだが……。皆のもの、裏切り者を縛り上げ、牢屋にぶちこめ!」
バチュラさんの言葉に勢いのよい返事が返ってくる。
「すみません。皆さん……」
「想定内のことでしたので、それよりもこちらを」
ニーナ先生がバチュラさんに差し出したのはヘラクレス様が無実である証拠になるものだ。
「これは……ヘラクレス・アリスの擬装死の報告書!?こっちは……なるほど、凶器ですか」
「えぇ、向こうで頑張ってくれている子達がやってくれまして……使えますよね?」
「もちろんです」
ふふ、これならヘラクレス様が騎士に戻れるのも時間の問題ですわ。
少し散らかってしまいましたが、こちらに関しては一件落着と言っても差し支えないでしょう。
目的は達成されましたし、裏切り者もあぶり出せましたからね。
「……君たち、ありがとうね」
「いえいえ、恩を返したまでですわ」
「永華に頼まれたから……」
「貴方を助ければ嫌がらせになるでしょう?」
「まぁ、日頃のお礼です」
「先輩をはめた不届きものは処分せねば……」
「なんか、一部物騒じゃなかった?」
はは……。
にしても、敵がわざわざ書類を残してくれるタイプで良かったですわ。
そうやって、安堵のため息をこぼしていると地面が揺れた。
「なんですの!?」
外が騒がしく、何があったのかと窓の外を見てみれば西側から土煙が上がっていた。
向こうは永華さん達がいる方向では……。
「バチュラさん!?」
驚きの声を上げつつも私以外は軍人、サッと敬礼の姿勢を取る。
「あの、一体何かあったんでしょうか?」
「“何かあった”!?カリヤ嬢からなにも聞いていないのか!」
私がヘラクレス様と話している間のこと、ナーズビア様は私が伝を使って手に入れたい情報を元に、この軍の施設の責任者と偶然を装って接触、そして永華さん達の知り合いで証言者である佐之助さんの手紙と永華さんの手紙を渡した。
ただの青年が手紙を渡しに来ただけなら、後回しにされそうなことだが相手はフィーリー家の嫡男、ナーズビア様。
急かされれば見る他なく、ナーズビア様が持ってきたことと手紙にはララ様のお家の印と私の名前があることから、ただの戯言ではないと判断できるだろう。
これで嘘なら、家名に小さかれども傷が付くと言うことになるのだし、メンツを気にする貴族が小さいとはいえ家名に傷が付くようなことはしないだろうと思っただろう。
しかも、二人だ。
なんだったら普段は仲が悪いはずのアスロンテ軍学校の生徒と共にここに来ているのだから、なにかがあったと思うのは妥当。
そこから、これは信憑性があると判断。
火急の事態であると認識し、私がここに来ているのも偶然ではなく、ヘラクレス様を助けるために聞いてるのだと察する。
ならば、軍人がどのような対応を取るか。
簡単だ。
まだ容疑者の段階であるヘラクレス様に何かあってはいけないので、誰も手を出せない状況にかえて、ここに来ている貴族と、貴族の連れから話を聞く。
正当性がある、もしもがある。
そう判断されれば、ヘラクレス様をこの施設から別の信頼の置ける者の元へと送るだろう。
それこそ、アスロンテ軍学校やメルリス魔法学校、もしくは政府の施設だとか、一周回って郊外の施設かもしれない。
まぁ、私の考えでは今日中に決着が付きますから、そこら辺の手続きなんて入りませんけどもね。
「どっちかわからないんですもの。そう、おいそれと話すわけないでしょう?」
「そ、それもそうですな。ですが、あの手紙の内容はまことなのですか?」
手紙にかかれた内容、佐之助さんのものはヘラクレス様の容疑をはらすのに必要な証言、そして永華さんの手紙は昨日に起きた騒動の内容や理由が書かれたものだった。
まあ、疑うのも無理はないでしょうね。
「ネシャと言う方は昏睡状態で体の内側がボロボロで入院、カンツォーネ、ベルドが行方不明。しかも他に三名ほど瀕死になって病院に搬送されていますでしょう?それから一般人も巻き込んでいる。私もナーズビア様も、知っておりましてよ」
軍人が行方不明になっていることも、瀕死の重傷になっていて入院しているのも、公に出ている情報ではない。
これを私が喋ると言うことは私もナーズビア様も、真実を知っていると言うことになる。
「バチュラさん、ヘラクレスさんを安全なところに移してくれますね?暗殺なんて簡単にできてしまいそうな牢屋なんかじゃなくて、人が多いところとか……。あるでしょう?」
ナーズビア様がバチュラ様の後ろから現れた。
「し、しかしですなあ……」
「これでヘラクレスさんが死んでしまったら、知っておきながら見捨てたことになりますし、我々からの信用は地に落ちますよ。ねぇ?カリヤ先輩」
「全くですわ」
犯罪を犯したかもしれない者を檻の外に出すこと、確かに軍の施設の責任者として戸惑うのは何らおかしいことではありません。
これは、時間稼ぎ。
永華さん達がヘラクレス様の無実の証拠を得るまでか、今回の件に関わっている集団の重要人物を捕まえるまでの時間稼ぎ。
どちらかが叶えば、こちらに贈ってくれる手はず。
ヘラクレス様の安全を確保しつつ、証拠が手に入るまで待つ。
「それに、貴方だってヘラクレス様がやったとは思っていないのでしょう?」
「なっ!」
「疑っているのなら、脱獄を手伝ってしまいそうな私の面会なんて許可しませんもの」
私がヘラクレス様に恩があることは表に出ていない情報も知っているだろう軍人の人ならば知っているでしょう。
そんな私が面会に来たなんて、あからさまに怪しいではありませんか。
簡単にここに通したってことはヘラクレス様が脱獄しても問題ないと、少なからず思っているからなのではないかしら?
「……わかりました。その代わり、監視は付きますよ」
「構いませんわ。私達が無理を言っていることは承知ですもの」
むしろ監視がある分、下手なことができないと言うことですから安心ですわ。
「では、そこの君、ヘラクレスを__」
「さっき、わがままを聞いてもらったところ悪いんですけれども、ヘラクレス様のお迎えはリアンさんとニーナ先生にお願いしたく思います」
「……わかりました。では、こちらへ」
リアンさんとニーナ先生に目配せすると頷いて、バチュラさんの後を付いていく。
「……レーピオがバチュラさんは大丈夫だって言ってたけど、本当に大丈夫なんですか?」
「そう信じる他ありませんわ。何かあれば、今この場で透明な板を叩き壊して連れ去りますわ。ケイネも、スノーさんも、できるでしょう?」
「溶かすか」
「できるよ」
私を部屋から連れ出そうとしていた軍人がなんとも言えない表情をしていたが、そんなもの気にしている暇はありませんわ。
ヘラクレス様になにか怒ってはいけないと、透明な壁の向こうを睨み付けるように見ていると、そのうちリアンさんとニーナ先生が現れてヘラクレス様と共に消えていった。
そして、ヘラクレス様とともに私達が案内されたのは施設にある会議室の一室、教室程度の広さで、部屋の中には屈強な軍人がたくさんいますわ。
「危険性がない場所への移送の手続きが完了するまで、ここで待っていただきたく思います」
そういって、バチュラさんは消えていった。
その手続きは無駄になると思うのだけど……。
まぁ、言って上げる義理もありませんし、言っても永華さん達が狙われて不利になってしまうだけですわ。
そわつくなか、時間が流れていく。
数時間たったとき、ニーナ先生が鞄からなにかを取り出した。
一枚の紙と、汚れが付いているナイフだ。
「あの子達、成功したみたいですね」
ニーナ先生の言葉に笑みがこぼれる。
「失礼、バチュラさんを呼んできてくれませんこと?ヘラクレス様の無実の証拠を入手できましたわ」
「は?え、えぇ!?」
「ほら、早く行ってください。時間ないんだから」
「は、はい!」
ケイネが部屋のなかにいる軍人の一人を急かす。
ガタン__
急かされた軍人が扉を上げようとして、無慈悲にも扉が揺れるだけだった。
戸惑う軍人の声が聞こえるし、他の軍人が狼狽えて言うのが見える。
……私達が証拠を手に入れたことで動き出しましたわね。
「何が……。俺をはめたやつらが仕掛けてきたのか?」
「恐らくは……」
私達が警戒していると、天井の一部が外れて何かが投げ込まれた。
次の瞬間、投げ込まれたものから煙が吹き出す。
「吸うな!」
スノーさんの声にとっさに反応できたのがごくごく少数であり、反応できなかった人たちは直ぐにバタッと倒れてしまった。
残っているのは軍人が数名と、私達だけで、片手で数える方が早いくらいでしょう。
咄嗟に袖で鼻と口をふさいだが、これがどれだけ持つのだろうか……。
煙が部屋に充満したあと、軍服を着た物が天井の穴から部屋には言ってきた。
一気に、状況が変わりましたわね……。
「まだ起きていたか。だがまぁ、気を失うのも時間の問題だ。恩人のしたいが出来上がることを止めることができないなんて、むなしいな」
ガスマスクをしているせいで顔はわからないが、声からして男性だろうか。
「皮膚からも吸収されるから、段々と意識が遠退いてくるはずだ」
……。
フラフラと体が揺れてしまう。
地面に膝を付いて、俯く。
あぁ、これが煙の効果なのですね……。
なんとかスノーさんの声に反応できた軍人達もバタバタと倒れ出す。
私達も、倒れて……。
「なぁんて、ね」
「は?」
手で口と鼻をふさいでいたニーナ先生とリアンさんが立ちあがる。
全く煙が効いている様子はなく、真剣な表情でガスマスクをつけた軍人に向かっていく。
「ナーズビア様!」
「はい!」
ナーズビア様が魔法を放ち、窓がわれると私が得意な風魔法を使い、部屋のなかに霧散した煙を外に追い出す。
「寝たふりへたぁ!」
「研究者の観察眼なめないでくれる?」
ケイネとスノーさんは隠れて首に噛みつく機会をうかがっていた潜入者達を見つけては動き出す前に仕留めていく。
「よくも、先輩に手を出してくれたな」
「あちこち巻き込みすぎたんですよ!」
リアンさんとニーナ先生の一撃でガスマスクは吹き飛び、地面に転がる。
一瞬の出来事だった。
「騎士さん、これをどうぞ」
「あ、あぁ……あの子達の知り合いってだけあって皆規格外だなあ」
スノーさんから煙の効果を緩和する為の薬を渡されたヘラクレス様は遠い目をしていた。
「ふぅ、防衛結界を自分に密着させたままの状態を保って毒などに備える……慣れませんわね」
「もう、二度としたくない……」
全くもって同意ですわ。
「ヘラクレスくん、この顔、見覚えは?」
「……カリヤ嬢に言ってた奴ですね。それ以外は何も」
あら、やっぱりこの男だったのね。
そうこうしていると部屋の外が騒がしくなり、扉が吹き飛んだかと思えば軍人が流れ込んできた。
「何が起きた!?」
「私たちが危惧していたことが起きた。まぁ、もう終わったことだがな」
「やはり、裏切り者が出たか……。これだけの人数がいれば動かないと思ったのだが……。皆のもの、裏切り者を縛り上げ、牢屋にぶちこめ!」
バチュラさんの言葉に勢いのよい返事が返ってくる。
「すみません。皆さん……」
「想定内のことでしたので、それよりもこちらを」
ニーナ先生がバチュラさんに差し出したのはヘラクレス様が無実である証拠になるものだ。
「これは……ヘラクレス・アリスの擬装死の報告書!?こっちは……なるほど、凶器ですか」
「えぇ、向こうで頑張ってくれている子達がやってくれまして……使えますよね?」
「もちろんです」
ふふ、これならヘラクレス様が騎士に戻れるのも時間の問題ですわ。
少し散らかってしまいましたが、こちらに関しては一件落着と言っても差し支えないでしょう。
目的は達成されましたし、裏切り者もあぶり出せましたからね。
「……君たち、ありがとうね」
「いえいえ、恩を返したまでですわ」
「永華に頼まれたから……」
「貴方を助ければ嫌がらせになるでしょう?」
「まぁ、日頃のお礼です」
「先輩をはめた不届きものは処分せねば……」
「なんか、一部物騒じゃなかった?」
はは……。
にしても、敵がわざわざ書類を残してくれるタイプで良かったですわ。
そうやって、安堵のため息をこぼしていると地面が揺れた。
「なんですの!?」
外が騒がしく、何があったのかと窓の外を見てみれば西側から土煙が上がっていた。
向こうは永華さん達がいる方向では……。
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