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つかの間の平穏

146 ザベルの奇行の原因

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ザベル視点

私はメルトポリア王国の王都アストロにあるメルリス魔法学校の魔法の歴史を教えているザベル・イービスだ。

 今日も今日とて、答案用紙の採点に、問題の作成、授業内容の選択。

 やっていることは通常の学校の教師と大差がないだろうと思う。

 職員室の自分の机で仕事を片付けていると魔法薬学の担当であるニーナ・ヴィジュルが書類と飲み物を片手に、やってきた。

「ザベル先生、書類と飲み物ですよ~」

「どうせなにか仕込んでるだろ。飲み物はいらん」

 目もくれずに飲み物を拒否したらニーナのいる方向から「チッ」と舌打ちが聞こえてきた。

 十中八九なにか仕込んでいたんだろう、大の大人がいろんな者にイタズラを仕掛けるだなんて呆れたものだ。

 何度も似たような手口に騙されては、この前の髪が七色になる現象が起こったり小さくなったり、これ以上のイタズラをうけてたまるかという話だ。

 チラリとニーナがいる方向に目を向けて、書類を受けとる。

 ニーナが持ってきた書類の内容は憤怒の薬を飲んだローシュテールが吐き出したという邪竜がまとっていた泥と酷似するものについて書かれたものだ。

「生徒の安全を優先したから結果はわからずじまいか。まぁ、仕方のないことだな」

 原因の究明も重要ではあるが、生徒の安否および安全の方が重要だ。

「一部の研究者が子供よりも新種の魔獣をなんで優先しなかったんだってうるさいですよ。どうにかして黙らせられないですか?」

 ニーナの言葉から、自分の知識欲ばかり優先する頭のおかしい科学者連中が文句を垂れている様子がありありと想像できた。

 あぁ、あの研究者達が騒ぎ立てていることを考えると頭がいたくなってくる。

 「あの“研究費や環境で縛り付けているだけの犯罪者予備軍達”の話し聞いてると頭おかしくなりそうです」

「その言い方をやめろ」

「事実でしょう?知っている人は皆言ってるんですから」

 やりすぎそうなもの達を集めて王家や研究機関の危なくない者達が監視がてら働かせているらしいが、こっちにろくでもない苦情が来ていることを考えると監視できてないのかもしれない。

 苛立ちつつ、それが表面にでないようにして白紙に紙にツラツラと文字を書き連ねていき、最後の自分の名前を書いて便箋にしまいニーナに渡す。

「うるさい連中宛に出せ、黙るだろう」

「え、なに書いたんですか?」

「要約すると、これ以上は生徒の安全を優先したことについてとやかく言うようならば研究関連の行為が一切できないように条件付けた箱庭にぶちこむ、と」

「すごい黙りそう。ていうか魔法の乱用なのでは?」

「勤務妨害を無くすためだと言え」

 やばい研究者どもの対応をしているうちの職員が病んだら駄目だからな。

 こういうのは早めに止めなければいけない。

「にしても、なんか変ですよね」

「何がだ」

「だって、試験で狙われただろう六人が現場にいたんですよ?」

「ブレイブ家の件が繋がっていると?」

「なくはないでしょう?」

 ニーナの言う通りだ。

 出生が確定していないのはローレス・レイス、永華・戌井、カルタ・篠野部の三人だったがローレス・レイスの出生が今回の一件で判明した。

 渦中にいるローレス・レイスが狙われたのではないかと言う話しも出たが、違うだろう。

 箱庭試験の魔方陣に上書きするように書かれていた魔方陣は魔力の圧力とは別に簡単に箱庭の中に教師が入れないようにするためにものだった。

 ローシュテールがローレス・レイスに邪竜をけしかける理由は、犯行理由を考えるとない。

 それどころかローシュテールがローレスの存在に気がついたのは冬休みに入ってからの事だ。

 それを証明したのはロンテで、屋敷の中に残っている書類だったのだから誤魔化していると言うことはないだろう。

「か細い糸一本くらいは繋がってそうだな」

 ブレイブ家が黒幕ではないにしろ、末端とは繋がっていそうだ。

「でも、わりと誰が狙われているのかハッキリしたのでは?」

「……否定はしないが、可能性が上がった程度だろう」

「まぁ、ですな」

「私の弟妹が、狙われているかもしれないと考えると、余計に頭が痛くなってくる」

 おもわずため息が漏れる。

「あの……」

 いつのまにか職員室に現れていた由宇太・高葉子が声をかけてきた。

「どうかしました?」

「弟妹って、永華・戌井さんとカルタ・篠野部くんの事ですよね?」

「そうだが?」

 それが一体どうしたんだろうか。

「あの二人は血縁関係がないのは、この前に入院したときにわかってますよね」

「そうだが、どうした?」

「あの、ザベル先生とも血縁関係はありませんよね?」

「さっきっからどうしたんです?」

 由宇太は怪訝そうな表情でこちらを見てくる。

「えっと、込み入った事情とかもないでしょう?」

「ないですけど」

「じゃあなんで弟妹になるんですか?」

 由宇太の質問に一瞬何を言っているんだと疑問符を飛ばす。

 由宇太の言っている言葉の意味がわかるかとおもってニーナの方を見てみれば呆れた表情でため息を吐かれてしまった。

 いつもは逆なんだがな。

「由宇太は最近働き出したんだからザベル先生が、あの二人と同じで“ジェフ・マッドハッド様”の弟子なんだって知らないと思いますよ?」

「あぁ、そういうことか」

 別に触れ回ったわけでもないが、いつのまにか学校の教師陣にお師匠様に師事していたことがバレてたからてっきり由宇太も知っているものだと思ってしまっていた。

「私が言っている弟妹の意味は弟弟子だとか妹弟子って意味なんですよ。紛らわしかったですね、すみません」

「あ、いや、よかった。そういう意味だったんですね。てっきり血の繋がってない赤の他人に兄のように振る舞うという奇行を始めて仕事のしすぎでおかしくなったのかと……」

「君辛辣ですね」

「ウケる~」

 まあ、由宇太から見ればそう感じてしまっても仕方がないことにはなっていたいでしょうし、仕方のないことだと受け入れましょう。

 隣でケラケラと笑っている良い歳したいたずらっ子に関しては後で仕返しをしてやりますよ。

「え、でもザベル先生もマッドハッド様に師事を得てたんですか?だから腕いいんだ」

「ふふ、二人の存在を知ったときのザベル先生は凄かったですよ。普段から想像できないくらいに嬉しそうで、無表情なのに珍しく笑ってたんですから驚いたものですよ」

「え、ザベル先生笑えるんだ……」

「私も人間なので笑いますが?」

 さっきっから二人揃って失礼だな。

「はぁ、言うなれば私は末弟子だったんです。お師匠の歳を考えれば私が最後の弟子だと思っていたんですよ。弟弟子や妹弟子に憧れていましたから、この歳になって二人も弟妹ができて嬉しいんですよ」

 私がお師匠のところにいたのが十年前の十七歳、十年間の間だったし、もう弟子は取らないかもしれないみたいなことを言っていたから諦めていたのだ。

「まるで一人っ子に兄弟ができたときのようですね」

「概ねそんな感じですね」

 十歳ぐらい歳の差がありますし、ほんとうに兄弟でもおかしくない年齢差なんですよね。

「しかも自己魔法が使えるんですよ?兄として鼻高々です」

「気持ちはわかりますけど、きちんと兄弟子って言いましょうよ。僕みたいな勘違いする人出てきますよ」

「む、それはめんどくさいですね。仕方がないです。事情を知らないだろう人の前では自重しましょう」

「やめないんだ……」

 やめませんよ。

 言葉足らずと言われればそうですが、事実であることには代わりないんですからね。

「本当の一人っ子で兄弟に憧れてるらしいからじゃない?」

「なるほど、でもあの二人の前で言わないのはなんででしょうね?」

「さぁ?教師らしくしようとしているのではないですかね?贔屓とかしないように線をひいているというか」

「あ~、ザベル先生やりそうだ。多分それですね」

 事実ですけど他人に言われるとなんか嫌ですね。

 あの二人はきっと私、ザベル・イービスが兄弟子である事実なんて知らないでしょう。

 お師匠は少し忘れっぽいところがありますから、私がメルリス魔法学校で働いてあることは覚えていても二人に伝えることについては忘れてそうです。
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