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魔法学校入学試験

50 不穏な影

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???視点

王都アストロ。時刻は永華とカルタが場所に揺られている頃。

 薄暗い一室、二人の人間が建物の隙間からメルリス魔法学校を見上げていた。

 シャク__

 どこか見覚えのある男がリンゴを齧っていた。

「ゴクン……。ん~、超ド派手だったけど暗殺は失敗したかぁ……」

 男の少し後ろ、黒いローブを着た男が激しく地団駄を踏んでいた。

「ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!」

「うるさぁ……」

「何故私の計画が失敗するのだ!何故、異世界人の癖に“あのお方”に求められる!“生に執着する感情が原因で多重魔方陣を発動した”だと!?そんなもの下手をうてば魔方陣同士の効果が衝突して無効になるか、混ざって混沌となり使用者が死にかねんのだぞ!なぜ成功した!なぜ!なぜ!なぜ!なぜ!」

「嫌だからうるさいって、通報されるから声量おとそうよ……」

 静かなはずの室内に男の怒声が木霊する。リンゴを齧っている男は心底迷惑そうだ。

 この男、耳が聞こえないのか?

「模造品のワイバーンを倒したことは、まだ納得できる!だが、なぜ私が作った邪龍から逃げ切れたのだ!」

「あぁ、もういい。通報されても俺だけ逃げるわ」

 リンゴを齧っている男は、後ろのうるさい男を無視しすることに決めた。

「確か“呼ぶ途中にドラゴンがやってきたて追いかけっこになったから儀式は中止した。その筈だってのに、少したって戻ってみれば魔方陣は発動した痕跡があり、近くには誰もいなかった”だっけ?」

 俺も外から呼ばれてはいるけど、あの時は黒装束の奴らに囲まれてたからカルト宗教の生け贄にされそうになっているのかと思って肝が冷えたな。

 その勘違いが原因で何人か殺してしまったけど、なぜか許された。あれは凄く不思議だったな。

「あぁ、そうだ」

 返ってくるとは思ってなかった返事が返ってきた。魔法学校の試験が終わった辺りから、あの調子だったからいくらか吐き出してスッキリしたんだろう。

 まあ、その時間がとても長いように思うけど……。

「確かに魔力は魔方陣に注いでいたが、あの量では少し足りん。いったい誰が魔方陣を発動させたのか……」

「近くにいた魔導師が面白半分で手を出した、とかじゃないの?」

 バイスの町にはスタグレみたいなことできる魔導師がいるわけだし、別に変ではない気がする。

「……無いだろうな。面白半分で異世界から二人も人間を呼ぶなんて豪遊にもほどがある」

「二人?呼ぶのは一人だけで、準備も一人分だけだったのに?」

「いや、万一にも儀式が失敗したときのためにもう一人分の予備を置いてあった。それはなくなっていたんだ」

「盗まれた可能性は?」

「無くはないが、あの量をもって逃げるのは難しいだろう。それこそ希少で価値が高いなアイテムボックスでももって無い限りはな」

「どれくらい希少なの?」

「ダンジョンを二十いくつ攻略したとして一つでるどうかは微妙だな。アイテムボックス一つで町が買える」

「……希少性は良くわからんが価値が高いのはわかった」

 ダンジョン。前々から興味はあったものの行ったことはないから実際、どれほどの脅威があり、どれほど危険かといのは知らない。

「これだから異世界人は……ダンジョンはレベルによるが、アイテムボックスが出る可能性が高いダンジョンは基本、上位体の冒険者が行くところだ」

「上澄みの危険性が高いダンジョンか」

「あぁ、それを二十いくつ攻略しても出てくるかわからない。元々上位体の冒険者は数も少ない上、上位体のダンジョンなど冒険者が死にやすい。……貴様なら良くわかるだろう。実力は見合っていても生き残る確率が低い任務があるのを。実力だけではどうにもならん、運も味方に付けねばならん苦行を」

「……なるほど」

 わりと分かりやすい。

 そういう任務はごまんとみてきたし、経験していたから身に染みてわかる。

「それに、アイテムボックスなんて便利なもの、見つけらた自分で使うだろうから市場に出回ることも早々無い。仮に所有している冒険者がきたとして、上位体の冒険者というものはバカが多い。不振な魔方陣をみれば通報するか自分達で犯人を捜すだろう」

「通報がないなら冒険者もきてないと……」

「あぁ、だから召喚に使われた可能性が高い」

 試験を受けていたターゲット達を思い出す。

 ターゲットと、他に比べて親しそうにしていた子供が異世界人疑惑が出ていたっけ。

「異世界人がもう一人ね。正直まゆつばと思ってたけどあり得なくはないのか」

「だが……忌々しい、妬ましい。私の総力を使って作り上げた邪龍が簡単に壊されてしまうとは……」

 あぁ、めんどくさいのが始まった……。

「妬ましい、妬ましい!!!忌々しいメルリス魔法学校の教員どもめ!貴様らなぞ恵まれた環境があったからこそだというのに、その自覚すらないとは!忌々しい!私こそふさわしいと言うのに!!!人を導くのも、栄誉足る王国立魔法学校の校長になるのも……!だと言うのに……」

 あー、あー、うるさい。

「にしても何で“あのお方”って言うのが異世界人を選ぶわけ?」

 わざわざ大きな対価を払ってまで異世界から人を呼び、それを殺そうとするなど、使った対価を溝に捨てるようなものだろうに。

「殺すためだよ」

「なら俺みたいな暗殺者でも差し向ければいい。今回みたいに邪龍に飲み込ませて俺たちのところに連れてこようとする、何てことしなくても」

「違う。あの異世界人は駒だ。殺さず捕らえなければいけない」

「は?駒?」

 いったいどう言うことだ。駒が欲しいって言うのならば組織の下っぱでも使えばいいだろうに。

「“あのお方”の望みは魔獣人の体だ。最初は生け捕りをお望みだったが、三十年前の怠惰の一派が失敗した。そのせいもあってお望みだった魔獣人は行方をくらませた」

「ふーん?」

「だが、“あのお方”が見つけたのだ。あの魔獣人と同じ魂を持つものを」

「同じ魂?」

 男が頷く。

「まあ、恐らくは転生体か、パラレルワールドの同一人物だろう。魂が同じ場合、類感呪術の効果範囲内だ」

 るいかん……?

 俺の疑問を感じ取ったらしい、男はため息をはいて説明してくれた。

「東の方の呪術、丑の刻参りと言えばわかるか?」

「俺、日本好きだけど呪術は知らない」

「……類似のもの、例えば形代や藁人形だな。その本体に釘や針などを刺すことで、狙っているものに危害を加える呪術だ。今回の場合、同じ魂をもつ異世界人を形代や藁人形の変わりに使うことで狙いの魔獣人を仕留めるつもりだった」

「……よくわかんないな」

「……お前は例の異世界人を私のもとに連れてくることだけ考えておけ」

「そうする」

 類感呪術……。似た者をイコールで結んで、結んだもの同士を同じ結果になるようにする……ってこと、なのか?

「……その魔獣人?は生け捕りじゃなくてもいいのか?体をお望みなんだろ?殺して問題はないの?」

「魂を壊す」

「魂を壊す?」

「あぁ、魂が壊れれば廃人とかすからな」

「廃人にすれば体に傷を付けずにすむってことか。なるほど」

 この男や組織がやろうとしてることが何となくわかった。

「だが、俺にそんなにベラベラとしゃべってもいいのか?」

「裏切れば死だ。私がお前を呪い殺す」

 男が懐から人形を取り出す。その人形の腹部には裂いて縫い直したあとがあり、いやな予感がする。

「それ、もしや……」

「あぁ、さっき説明した類感呪術だ。これにはお前の髪を仕込んでいる」

 頬がひきつる。

「この人形の胸を押せば……」

 男が人形の胸を押す。

 すると俺の胸に今まで受けたどの痛みとも比になら無い強烈な痛みが走り、思わず膝をつきリンゴを落としてしまう。

「ぐあっ!……っ!」

 こいつっ!

「あぁ、君の場合、殺すではなく半殺しの状態を永続の方がいいかな?死を望む君相手に罰が死では寧ろご褒美だろうからな」

「俺に、こんなことするって……ことは、俺の雇い主との同盟に傷が入るってことだが……いいの?」

「安心しろ。お前の雇い主には許可をもらっている」

 あんのクソ狸!俺に一言も無しに、こんなクソみたいなことしやがって……。

「あと、類感呪術はこういった人形と対象を同じ状態にする呪術だ。つまり君が死にそうになったとき、これに治癒魔法を流し込めば君の傷も癒える。裏切ったら、どうなるか。わかるな?」

 男が人形を懐にしまう。

 男が人形を押さえるのをやめた時、胸の痛みも引いていった。

 今まで味わったことのない程の痛みだったせいで冷や汗が流れて、あちこちびしょ濡れだ。

 今すぐ取り上げて殺してしまいたい。だがそうなると、この先どうなるかわからない。

「……もとより裏切る気なんてない。金を渡されてるし、ここじゃ右も左もわからない状態だからな。あんたに敵対するメリットもないしな」

「ふっ、どうだかな。お前みたいなのは信用できない」

「あっそ。さすが嫉妬の幹部候補だ」

 全く、昔っからこういう手合いの人間も組織も大嫌いだって言うのに……。

 息を吐いて立ち上がる。頬の汗を裾で脱ぐって、落としたリンゴを拾い上げる。

 ……水で洗えば食べれるか。

「さて、学校が始まるまで私たちは動けないんでだし早く帰って報告しよう」

 俺が“幹部候補”とおだてたからか、男は気分良さそうに部屋をでていった。

「……そうだな」

 こいつ、いつか痛い目に遭ってしまえ。

 ……落ち着け、そもそもこれは裏切るなと言う忠告。

 背信行為をしなければいいだけだ。その予定もないし、今後これを食らう可能性なんて微塵もない。

 ……この男がサディストでなければ。

 俺は仕事をすればいいだけ。いつもの通りに、ただ殺すか、連れてくるだけ。

「……」

 部屋をでる前に、窓から見える月を見上げり。

 あの異世界人を捕まえるには、あの親しげな人物を殺すべきだろう。

 どうやって殺すか……。

 リンゴを片手に持った男はこれからの事を考えながら部屋をでる。宿屋の主に代金を払って、自分の雇い主に報告するために暗い路地裏に消えていった。
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