ある時計台の運命

丑三とき

文字の大きさ
上 下
152 / 171
王都〜第二章〜

知らない感情

しおりを挟む
鳥の囀りが耳をくすぐり、瞼の裏の明るさに目が眩む。朝を迎えたことに気づくより先に手の中にあるひんやりとした金属の存在感に心があたたかくなる。
昨夜、もらった懐中時計を首にかけたまま寝ると駄々をこねる僕にジルさんが絡まって危ないから駄目だと言い、どうしてもと言うなら手に持ったまま寝るなら良いということで落ち着いたのだ。

手の中で細かな細工の触り心地を楽しみながら眩しさにあらがうようにゆっくりとゆっくりと目を開けば、寝ぼけ眼とはほど遠い、凛々しく勇ましい顔があった。

「アキオ、おはよう」

「ん……ん~、はよぅ、ござい…………っ、ジルさん!?」


びっくりした……

ジルさんが横で寝転んでる。
いつも僕の起床時間にはすでに仕事に行ってるから、おはようと同時に隣に寝転ぶジルさんを見れるなんて、スーパーレアだ。

「ゆっくり眠れたか?」

「はい……」

起きてすぐに目が合ったということは、ずっと寝てるところ見られていたのだろうか。

……恥ずかしい。起こしてくれればよかったのに。
でも、どうして今日はまだ部屋に居るんだろう。

「ジルさん、お仕事は……?」

「休暇をもらった。今日は1日ゆっくり休もう」

「1日?1日ずっと一緒にいられるってことですか?」

「そうだ」

心が満たされるとはこのことか。
幸せすぎて胸が苦しい。

おそらく急遽休みを取ってくれたのだと思う。
この前、催しが終わるまでは忙しいと言っていたから。申し訳ないのと嬉しいのがせめぎ合って、……嬉しいの勝ち。

「もう少し眠るか?」

「いえ。起きます」

ジルさんがいるのに寝てるなんてもったいない。よっこいせと身を起こして座ると、一緒にジルさんも起きて僕の背を支えてくれた。

「今日、何かしたいことはあるか?アキオの好きなことをして過ごそう」

彼の問いに、ゆっくりダラダラしたいとか、中庭を散歩したいとか、図書館で一緒に本を読みたいとか、とにかく色々なことが思い浮かんだのだけれど、僕にはどうしてもすぐに会いたい人物が居た。

「……ニルファルさんのところへ行くことは、できませんか?」

ジルさんは、困惑したような、やはり、というような、複雑な表情をした。


「あれで一件落着では無いような気がしています。この世界のルールとかまだ全て分からないけど、不法入国とか傷害未遂とか、おおごとになってたらどうしようって思って……だからせめて、僕に刃を向けた事だけでも、気にしないでください、って伝えたい」

僕の言葉を静かに全て聞いた後、ひと呼吸おいてジルさんは言った。

「……君は本当に優しいな。
正直、ニルファル国王のことは不憫だと思うが、アキオを傷つけようとしたことについてはどうしても許し難い自分がいる。しかし、君がそう言うなら…許す努力を、してみよう…」

言ってることとは裏腹に、眉間に皺を寄せたり小さく眉を吊り上げたり、とても困っているのが伝わる。ちょっと可愛い。

「ふふっ、ジルさん、難しい顔してる」

「感情と感情の間で揺れているからな。
……実は、アッザが昨夜の間にニルファル国王の後見人の元へ知らせを入れておいたらしい。その人物がもうじき城に着く。到着次第話し合いの場を設けるということで、王にアキオの同席を打診されていたが、返事は保留にした。本当は断固として拒否したかったが…」

「僕は、行きたいです」

「……君ならそう言うだろうと思った。
私とアッザも付き添う。いいな?」

「はい。ありがとうございます」

よかった。これでひとつ心配事は無くなった。
もしかしたらあのままニルファルさんと会えなくなるのではと懸念していたから。

でも、もうひとつきちんと確認しておかなければならないことが僕にはある。



「あのジルさん、もうひとつお聞きしたいことが…」

「どうした?」


ジルさんが心配気に顔を寄せる。
顔の近さに緊張が隠せない。緊張でなにも言えなくなってしまう前に、思い切って聞いた。





「……夢じゃ、無いですよね」

僕が言った意味ををすぐに理解してくれたジルさんは、

「ああ。夢では無い」

と言った。そして大きな手が僕の耳を撫でた。冷たくてくすぐったい。





「……ジルさん。愛しています」

この言葉は何度だって言っていいと知ったから、これからはひたすらに素直に伝えたいと思う。僕の気持ちが伝われば、ジルさんも返してくれる。

「私もアキオを愛している」

こうやって。






「アキオ」


ち、近い……

ジルさんがゆっくり近づいてくる。


思ってたのと違う。お互いに好意を伝え合って、幸せだと笑い合って、そろそろ着替えようかと起き上がって、二人で楽しく朝ごはんを食べる。僕の中でそういう予定のはずだった。

だけどジルさんがどんどん近づいてくる。



こ、これは——




そうか…おはようの挨拶だ!



恥じらいを誤魔化すために目を瞑り、ジルさんにおでこを差し出す。こんなことで緊張するもんか。これが終わったら僕の番なのだから。
でもどうしよう、ちゃんとできるかな。おでこにキス。ジルさんの体の一部に僕の唇が触れるなんて、なんだかとっても……
いやいや、なに変なこと考えてるんだ。

でもこんな気持ちになるのは別にいけないことじゃ無いってユリが言ってた。もしかしたらジルさんも少しはそういう気持ちになったりするのかな。もしそうなら、照れ臭いけどちょっと嬉しいかもしれない。


ジルさんの両手が僕の首筋に添えられる。
その手によってほんの少し上を向かされた僕の顔に吐息がかかる。甘い息は僕の頬を撫でる。そのたまらない感覚に溺れていると、唇に温かいものが触れた。
自分の息が肌に柔く跳ね返ってくる。
目の前には何か壁があるようだ。
その正体を確認しようと目を開いたら最後、僕の心臓は、誤作動を起こしたように暴れ回った。


「ん……」

力が入らない。まるで全身が空気に溶け出しているみたい。

唇に当たったものがゆっくりと離れていく。
それを目で追えば、ジルさんの形の良い薄い唇が目に入った。



「………!」



その行為の意味がわかった途端、暴れていた心臓が更に無茶をし出す。


「っ、すまない、つい……抑えきれなかった。嫌、だったか?」

この状況でジルさんの声を耳に入れなければならない不憫な僕の顔は、今どんなだろう。きっと見せられ無いほど赤くて、とっても恥ずかしい顔をしてる。

目の前の大きな胸板に押しつけ、彼の視線から逃れた。ジルさんの匂いが近すぎて、もっとおかしな気持ちになってしまった。

「アキオ?」

「嫌じゃ無い……うれしいです」

でも恥ずかしい方が大きいのは許して欲しい。ジルさんが急にこんなことするから、もう顔があげられなくなってしまった。

「うれしいけど……心臓がばくばくする。口から出そうです」

「口から……それは大変だ。君の世界の人間はそういう体の仕組みになっているのか?何とか飲み込めそうか」

「ふふっっ…ジルさんおもしろい……物の例えですってば」

「……なるほど」

ジルさんは僕の背中に手を回し、後頭部をそっと撫でる。
彼の意外と面白いところも、お茶目なところも、全部僕だけのものだ。って思うのは、あまりにも欲が深すぎるだろうか。

「もう少し、こうしてたいです……」

「ああ」

ジルさんの心臓が僕のおでこを心地いいリズムで叩く。


この世には自分の知らない瞬間がたくさんあると感じる。こんなに心が解けて誰かの心と交わる瞬間があるなんて知らなかった。
まるでジルさんとひとつになったみたいで、なんて気持ちがいいのだろうと思う。この人を守りたい。守られるだけじゃなくて、僕もジルさんを守りたい。


こうして僕には、またひとつ目標が増えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

回顧

papiko
BL
若き天才∶宰相閣下 (第一王子の親友)    ×  監禁されていた第一王子 (自己犠牲という名のスキル持ち) その日は、唐突に訪れた。王国ルーチェントローズの王子三人が実の父親である国王に対して謀反を起こしたのだ。 国王を探して、開かずの間の北の最奥の部屋にいたのは―――――――― そこから思い出される記憶たち。 ※完結済み ※番外編でR18予定 【登場人物】 宰相   ∶ハルトノエル  元第一王子∶イノフィエミス 第一王子 ∶リノスフェル 第二王子 ∶アリスロメオ 第三王子 ∶ロルフヘイズ

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

私の彼氏は義兄に犯され、奪われました。

天災
BL
 私の彼氏は、義兄に奪われました。いや、犯されもしました。

麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る

黒木  鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。

表情筋が死んでいる

白鳩 唯斗
BL
無表情な主人公

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

処理中です...