ある時計台の運命

丑三とき

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王都〜第二章〜

給仕のプライベート

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——————side  Julittahertzfeld——————

私は仕事終わりにブルネッラの部屋に押しかけた。

———ガチャ

「お邪魔します」

「ユリッタ。お仕事お疲れ様。
おや………今日は随分とお疲れのようだね。何かあった?」

この部屋には観葉植物がいくつか置かれていて、どれも生き生きと元気に育っていることからも、彼の樹木医アーボリストとしての腕が知れる。

「別に疲れては……はぁ……」

「ははっ、それを疲れてるって言うんだよ。ほら、ここに座って。その窮屈そうな襟元も外して」

ブルネッラはため息をつく私を椅子に座らせて、シャツのボタンを二つ外す。寝台の上でもこれくらいの積極性を見せてくれたら嬉しいのだが。

「で?何があったの?」

「………とてもとても重要な機密情報なので詳しいことは言えませんが…アキオ様が……」

「君は本当に、アキオ君のことになると熱くなるねえ」

「だって!最高司令官がアキオ様のことを特別に思っておられるのは、誰から見ても明らかでしょう!?なのに……なのになぜ、アキオ様はまだ愛されていないと思っているのですか?人の感情の機微に鋭い彼が、なぜ自分に向けられる愛には鈍いのですか?これまで彼が歩んできた人生で、どんな経験をすれば、そうまで愛に鈍くなれるのですか?あの小さな体に、あの清いお心に、どれほどの重圧を受ければ、あんなに……」

アキオ様は、人が困っていたり悲しんでいたりするといち早く気づいて何とかしようとする。私の恋人も言い当てた。これほどまで観察眼のある彼が、自分への愛情に気づけない。何か理由があるはずだ。

「ユリッタが何をしようと、アキオ君のこれまでの人生にはどうやったって関われない。でも、彼のこれからの人生には間違いなく君が必要なはずだよ。
司令官が何を考えてるかわからないけど、悪いようにはならないさ。そう思わない?」

彼はこう見えていつも冷静だ。
ブルネッラのくせに、的を得たことを言うのが悔しい。

「……ほんとに、じれったくて仕方がありません」

「焦ったいけど、我慢したんだね」

彼はこう見えて頭がよい。なので私の言いたいことをすぐに理解して、ほしい言葉をくれる。
必要最低限の言葉で全て彼に伝わってしまうため、私は自分の語彙力が低下してしまうのではないかと密かに危惧していたりするのだ。

「当たり前でしょう?私は、"アキオ様の恋を陰から応援し隊" 隊長ですから。アキオ様ご自身で司令官の思いに気づくべきです。第三者である私が口を挟むなんてできません」

まあ、実際のところ喉元まで出かかったのだが。
それ絶対司令官もアキオ様のことを好きですよ。
なんて、言わなくても誰もがわかる言葉が出かかった。しかしアキオ様にとっては何としても手に入れたい事実。私から軽率に伝えてしまうのは違うと思った。


というか、司令官は絶対毎朝アキオ様のおでこに口付けしてると思う。アキオ様がそれに気づいたのがたった一度だったというだけで、アレ絶対毎日してるよね。
本人が気づいてないことをいいことに。
よくそれだけで我慢できますね。
私だったらもっとこう、この腕から絶対に逃してやるものかという勢いで……いや、これは断じてアキオ様をではなく!アキオ様にそのような無礼なことはこの命が裂けたってできない!!
例えば……例えば私とブルネッラだったらの話で……

「ユリッタ…しかめっ面になってるよ。眉間のシワ、伸ばして伸ばして」

優しすぎる手つきで私の眉間に触れるブルネッラ。
もう……なんかいらいらしてきた。


———ガバッッッ!!

「ユ、ユリッタ……いつもと変わらず積極的だね。そして力も強いね…うぐ」

ぎゅっと抱きしめ、案外とゴツい彼の筋肉を体全体で感じる。

「やめてください……そんな風に触らないでください」

「そんな風って……僕どんな風に触ってた?」

むかつく。ブルネッラが私を壊れものでも扱うかのように触るのが本当にむかつく。
例えばこのまま彼を腕の中に閉じ込めて、ずっと離してやらないと駄々をこねたって、風呂に入れて着替えさせて歯も磨いてくれと強請ったって、毎日起こして髪を整えてご飯を食べさせろと無理を要求したって、この男は全てを受け入れるだろう。

私の全てを受け入れるのに、彼からは何も求めてこないのがむかつく。


「もっと欲しいです」

彼の眼鏡を奪う。
口付けはいつも私からする。彼のスイッチを入れるためだ。しかしながら強敵。これっぽっちじゃ欲情もしてくれない。
柔らかい唇は、すぐに離れていく。

「っ!こらこら、ユリッタ、明日も仕事でしょう。早く寝なさい」

「いやです」

「嫌って……困ったなあ」


困るな。

こっちはいつ何があっても良いように、準備してるのに。王宮給仕の抜かりなさを舐めるなよ。


「じゃあもう一度だけ、口付けを」

「……ほんとにもう一度だけ、ね」

愛おしい顔がゆっくりと近づいてくる。
唇を掠める吐息がくすぐったい。彼が近い。匂いが、肌が、瞬きの音でさえも全てが近い。
ゆっくりと重なる唇から熱が生まれる。その熱は体の中心へと駆け巡る。甘い唇が猛毒のようにつらい。
もっと私を毒で侵してほしい。
彼を求めて口を開く。舌を引き摺り出してやろうとすれば、鬼を怖がる子供のように逃げ回る。激しく長い攻防戦の末、ちょこまかと逃げる舌を捉えてやればこっちのもの。
彼は人が変わったように私の舌を蹂躙する。
緩く吸い上げ、歯列をなぞり、まるで口内の神経をひとつ残さず愛撫されているようだ。
私の口から一筋漏れた唾液を親指で拭う。


「はぁっ…ふ……」

「どうしたのユリッタ、いつもの威勢は」

「だっ……て…」

「…っ………すごい目してるの、気づいてる?」


スイッチ、やっと入った。


自分だって、どんな目をしているのか気づいているのだろうか。

血走った目に歪んだ瞼。
飢えた獣のような目だ。

これだ。彼のこの目が大好きだ。
こうなった彼は、もう私のことしか見えなくなる。私以外が彼の世界から消えてしまう。
ずっとそうだったらいいのにと望んでしまう汚い私をも、彼は受け入れることを知っている。




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