ある時計台の運命

丑三とき

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王都

ユリッタハーツフェルドの苦難

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「お待ちどう!
お、もう1人のお客ってのは宮廷の給仕さんだったか!どうだ、懐かしいだろう城の食堂は!」

「はい。わたくしが訓練生の頃は毎日美味しくいただいておりました。今でもこの味が恋しくなります」

ユリはたまに他所行きの顔になる。
そんなに凛としちゃって。さっきまで泣いたり怒ったり忙しかったのに。

「そうかいそうかい!そりゃ嬉しいねェ。それに今日の野菜の仕込みはアキオ殿がしてくれたんだ。一段とうまいだろうよ!」

「勿論でございます。アキオ様がその御手で直接お切りになったお野菜が食べられるなんて、今にも天に」
「ユリ!それはもう良いから。冷めてしまう前にいただこう?」

ユリの熱弁が始まったらしばらく止まらないから、今のうちに熱を覚ましておく。

「わあ。すごい……ありがとうございますガシモワさん」

目の間に置かれたのは、ポトフのようなスープと肉団子が入った白いソースの煮込み料理。スープにはジャガイモもどきや人参もどき、玉ねぎもどきがゴロゴロ入っている。肉団子は白いソースで煮込まれていてこれまた美味しそうな香りが漂っている。

「この野菜スープは具材が大きめなのがミソだからよお。アキオ殿が下ごしらえしてくれた野菜がピッタリだったってワケよ!」

「さすがでございますアキオ様」

———パチパチパチ

「恥ずかしいからやめて」

上手に切れなかっただけなのに、料理長は褒めてくれるしユリは拍手し出すし。
みんなの優しさがひしひしと伝わってきて嬉しいけど、やはり恥ずかしい。

「んでこっちは、アキオ殿が剥いてくれた野菜の皮を細かく刻んで挽肉と混ぜて肉団子を作ってみた。特製のクリームソースで少し煮込んである。肉も野菜も摂れて栄養満点だ!」

上手に剥けなかった野菜の皮を肉団子に活用するなんて、さすが料理人。
しかもこんな短時間で。


「美味しそう…」

「勿論美味いに決まってんじゃねえか!俺らの腕と、それからアキオ殿の真心が込もってんだからな!」

「わたくし、一生の思い出にします……」

「ありがとう。もっと上手にできるように練習するね」

「怪我だけはされないように!!それだけは充分気をつけてくださいね!」

「はい。わかりましたユリ先生。充分気をつけます」

真剣な表情で怪我の重大さを説くユリに早く食べようと促してご飯にありついた。
食堂には僕とユリの2人きりで、貸切状態。いつもたくさんの人がいるから、なんだか新鮮だ。


ご飯はどれもこれもほっぺたが落ちそうなほど美味しい。僕が不器用に切った野菜も、ガシモワさんにかかれば絶品料理に大変身だ。
いつかこんな料理が作れるようになりたいけど、ユリが言ったように絶対に怪我しちゃう自信あるなあ。
無理せず、できることをできる範囲で。

でもジルさんにスープを作るというすでに定めてしまった目標だけは絶対に成し遂げたい。
喜んでくれると良いんだけど。



美味しい料理はみるみるうちになくなってゆき、「アキオ様のお野菜……」「アキオ様のお料理……」「アキオ様の真心……」と呟きながら最後の一口を名残惜しそうに噛み締めるユリ。
僕のことはさておいて、名残惜しくなる気持ちはよく分かる。既にお腹はいっぱいだけど、まだまだ美味しく感じるもん。


2人とも綺麗に完食して、ガシモワさんや料理人の皆さんにお礼を言い、力強い鼓舞を受けて食堂を後にする。
そして食後の運動がてらユリと一緒に遠回り道しながら部屋に戻った。
日は沈みきっておらず、もちろんジルさんはまだ帰ってきていなかった。

ユリは未だにご飯のおいしさへの感動が消えないらしく、「アキオ様が、お野菜を……」「アキオ様が……」などと呟いて空くうを仰いでいる。
………ん?
なるほど、そういうこと、か……?

僕は、今浮かんだ一つの可能性を投げかけてみることにした。


「ねえユリ。ひとつ聞いても良い?」

「何なりと!!!」

声をかけた途端にピシッと姿勢を正すユリ。

「もしかして、ユリの恋人って樹木医のハヤチ・ブルネッラさん、だったりする?」

「……な、えっ!?!?ど、どこでそれを?」

「やっぱりそうなんだ」

「その通り、ですが……」

ユリは、何故?と言いたげに僕を見つめる。

「この前図書館でブルネッラさんと会ったんだ。樹木の入門書を探しに来てて。
自己紹介したら、『君があの”アキオ様”か』なんて言うから。僕をそんな風に呼ぶのってユリだけなのに、何故そう呼ばれたか不思議だったんだ。だから2人はもしかして親しいのかな、と……。
それにユリが目の下にクマをつくるようになったの、ブルネッラさんが任務から帰ってきてからでしょう?恋人同士、夜遅くまでたくさんお話してたのかなと思ったんだ」

微笑ましく思い、ついペラペラと憶測のみで話を進めているとユリの目に段々と影がさした。

「アキオ様に、彼がそう言ったのですか……」

「ユリ……?」

「確かにブルネッラ隊員とわたくしはそういう関係にあります」

どうしよう、ユリが少し怖い。
城でスキャンダルのお話しはタブーだったのだろうか。じゃなくても人のプライベートの話にずけずけと踏み込み、実際に見たわけではないものをも推測だけで喋ってしまった。

僕、めちゃくちゃ無神経じゃん……

 

謝ろうとしたその時、

「あんの、クソ根性無しボサボサメガネ野郎。アキオ様に何という口の聞き方………!!!!!」

という地響きのような声が聞こえてきた。その出所はもちろん彼からだ。

「……そ、そこ?」

「な~にが『きみがアキオ様ぁ?』ですか!!馴れ馴れしいにも程がある!」

「いや、僕は別に、」

「まったく、アキオ様に失礼な口を聞く根性はあるのに、私の夜の誘いにはなかなか乗って来ないんですから。
寝台に引き摺り込むまでに何時間かかったと思ってるんです全く!!あんなやつと同じ種族だなんて信じられない!」

顔を赤らめて憤怒しているユリも、怖いけど可愛い。

……………夜?

「誘い?……寝台に。………あぁー……」


ユリの寝不足の原因は、楽しくお話に花を咲かせていたわけでは無かったらしい。
サラッとすごいことを明かされた気がして固まってしまう。
しかしそれよりも僕が引っかかったのは、その後の言葉だった。


自分の発言の意味に気がついたらしいユリがハッと我に返る。

「申し訳ございません!!このような私情をアキオ様に」

「それは、構わないんだけど……そっか……」

そうか、そうだよ。確かにそうだった。
何で今まで忘れてたんだろう。

「……アキオ様?どうかなさいましたか?」

「今、失恋した」

「今!?なぜ!?」

早々に気づくべきだった。
でも、ツリーハウスでジルさんに話を聞いた時は、まさかこの世界の人に愛情を抱くなんて思っていなかったから。あまり気にも留めていなかった。

「アキオ様……?」

ユリの心配そうな顔も、あまり頭に入って来ない。信じたくない気持ちと現実を受け入れねばという気持ちがせめぎ合う。

「僕は、始祖を先祖に持たない純粋な人間だよね……」

「……そのように、伺っております」

「だから無理なんだ。ジルさんと同じ種族を先祖に持たないから、ジルさんが僕に惚れるはず無い、よね」

僕の言葉に、ユリはわかりやすく悲しそうな顔をした。

「アキオ様、それは違います」

思いもしないユリの返答に、困っている自分がいる。期待なら、させないで欲しい。


「……どうして?」


ユリはこう続ける。

「確かに、フェニックスの血を受け継ぐわたくし同様、ブルネッラもフェニックスの血を受け継いでいます。おそらくこの世のほぼ全ての恋人同士、伴侶同士が同じ始祖を先祖に持っています」

「じゃあやっぱり」

「しかし純粋な人間、つまり異界人は……この世界の始祖人がどの始祖の血を受け継いでいようと関係無く、皆を惹きつける力を持っていたといわれているのです」

「惹きつける?」

はい。と小さく言ってひと呼吸置くユリから、緊張感が伝わる。

「なぜ始祖が、人間を召喚し続けたと思いますか?」

「優秀な頭脳を持つ子孫を繁栄させるためって聞いた」

「理由はいくつかあります。今アキオ様がおっしゃったのもそのひとつです。その……」

珍しい。強気な彼がここまで言い淀むなんて。
その口からどんな言い伝えが紡がれるのか、ユリの言葉が滞るたびに僕の心拍数が上がった気がした。


「あくまで言い伝えに過ぎませんが、始祖たちは人間の……体を、求めたのです」

「体?」

「召喚された人間はその地に安寧をもたらす———。この言い伝えには、複数の側面があります。
そのひとつは、当時の始祖や始祖人にとって人間の体が……その……」

ユリの声はだんだんと小さくなり、苦しそうに顔を歪める。あまり見たことのないユリの表情に胸が締め付けられる。

「……ユリ、無理しないで。もう分かったから。大丈夫だよ」

青ざめた顔で俯くユリに、これ以上何も言わせたくなかった。

「アキオ様にこのような事をお伝えして良いか
……しかし貴方には全てを知る権利があります。
現代人にも、その本能は多少なりとも残っていると思いますから」

「言いづらかったろうに、伝えてくれてありがとう」

「ですが、何も体だけを求めたとは限りません!
わたくしたち始祖人もそうですが、本能で相手の体を求めると言うのは、互いの心が惹かれ合うためには欠かせないことなのです。大切なことなのです。
ですからきっと始祖も人間に対して、体だけでなく、心も求めたはずだとわたくしは信じております」

そう語る目は至極真剣で、いつもとはまた別の熱量が込もっているように感じた。

彼のいう通りだと僕も思う。
その証拠に、古文書にも人間と始祖との間に情が芽生えていた事実が記されていた。
もしかしたら、酷いことばかりが行われていたわけでは無いのかもしれない。言い伝えには無い真実が絶対にあるはずだ。

「僕も、そうだと思う」

「そうですよね……!
現代には残酷なことばかりが言い伝えられておりますが、きっとそれだけでは無いでしょう。現代を生きる者に、当時のことは分からない。けど、きっと……!!」

ユリの顔に明るさが戻る。
だんだんいつものユリになってきた。

「えっと、じゃあ……僕に可能性が無いわけではないってことで、いいのかな?」

「ええ!むしろ大アリでございます!!」

ギラリと鋭く目を光らせ、自信満々に頷く。

「良かった……」

「アキオ様。わたくし、隊ちょ……んん゛っ
我が国の王宮の給仕として、精一杯アキオ様のお役に立てるよう、今一度心に誓います!」

「たいちょ…?
……うん、ありがとう!ユリの応援って、何だかとても心強いね」

ユリ、やっぱり寝不足だけじゃなくて体調が悪いのだろうか。
若干心配だけど、めらめらと闘志を燃やしてくれているユリはとっても元気そう。きっと基礎体力が違うんだろうな。
よし。僕もユリのように頑張らなくちゃ。
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