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王都
◇間話◇ある隊員の日常
しおりを挟むつい数日前この城に、「スワ・アキオ」という方が客人として来られた。
なんでも、先日武装偵察部隊を筆頭に摘発に成功した「大規模奴隷取り引き事件」の協力者だというのだ。
くだんの件は城でもすぐさま話題になった。
隊を指揮したのはあのジルルドオクタイ最高司令官。彼はその立場でありながら、時にはいち隊員として先陣を切って過酷な任務に当たり、緻密な作戦の元、隊員たちに的確な指示を与えると聞く。
アキオ殿は、最高司令官が潜入した先で捕らえられていたらしい。
内部がどのような状況だったか分からないが、それを探るのは野暮だろう。
彼が来てからこちら、皆が口を揃えて「アキオ殿、アキオ殿」と噂するのでどんな勇猛な人物かと思えば、まだ成人にも満たないであろう子供だった。
彼を見かけた瞬間、これまでにないほど強く胸が締め付けられた。
こんな小さな体で、長期間の監禁に耐えていたというのか。
ふざけるな。
戦争は終わっても、残虐な犯罪がまだ世に蔓延っている。
たびたびその事実を目の当たりにすると、いつもやるせ無い思いを抱く。
おそらくここにいる全員がそうだろう。
軍人を目指す者は皆、何かを内に秘めている。野心や理想、後悔、無念。
時には怒りの炎を隠すことなくその目に猛らし、まるで殺意に生かされているかのような危うい人間も入隊する。
初めはこんなのを入隊させて大丈夫なのかと不安になることもあったが、先輩らは、王が入隊を許可した人間なのだから悪い奴じゃないと口を揃える。いくら王とはいえ信頼しすぎではないかと訝しんでいた。
しかしどんな人間も、一年間の訓練を終える頃にはコロっと丸くなり、優秀な軍人に育つ。
丸くと言っても、その信念の炎は皆静かに胸に灯したままだ。だから自分のことのように必死に人を助ける。
アキオ殿が来た時も、二度と彼が辛い思いをせぬように、そして彼のような目に遭う民間人が一人でも減るように、自分ができることを遂行しようと改めて気を引き締めたはずである。口にせずとも、皆の顔からそれは伝わってきた。
酷い目に遭ったアキオ殿は、もしかしたら大勢の人間に怯えるかもしれない。彼と会うことがあったら、どんな顔をしよう。何と声をかけよう。
そんなことを思いながら過ごした。
しかし実際に会ってみると、彼はすれ違う隊員に行儀良く挨拶をし、食堂ではほっぺたを膨らませた美味しそうな顔でそこらじゅうの隊員に愛嬌を振り撒くのだった。
アキオ殿の表情は豊かとは程遠い。しかし時折見せる小さな小さな綻びに、隊員たちは皆虜になっていた。
それはあの方・・・も同じだった。
体術の演習時、アキオ殿が来た。
最高司令官から直々に指導を受けられることなんて滅多にない。貴重な機会に張り切っていたところに、加えてアキオ殿の見学ときた。
おそらくそこにいた全員が彼にいいところを見せたいと思ったことだろう。
かくいう私も、彼の応援を受ける隊員が羨ましくて仕方なかった。
最高司令官ともあろう方の指導なので、怒号が飛び交い、ついてゆくのも必死な地獄の訓練を想像していた。
しかし予想に反し、的確な指摘と細かいアドバイス、さらに時折舞い上がりたくなるようなお褒めの言葉もいただく。そして指導を受けるごとに、自分の”目”が育っていると感じるのだ。
短時間でこうも違うのか。
筋肉や技術は習得に時間がかかるが、この数時間でメキメキと育つ自分の観察力や瞬発力に驚いた。
しかし次の瞬間、その驚きを吹き飛ばすほどの衝撃的な光景がこの目に飛び込んできた。
司令官が、笑っ、た………?
アキオ殿の頭を撫でて、嬉しそうに、笑った……
明日は槍が降るのか?それとも樹木が虹色にでも染まるのか?
その貴重な笑みを向けられたアキオ殿はというと、さして驚く様子も無く、されるがままになっていた。
いやいやいや、アキオ殿アキオ殿、何を普通に受け入れているのですか?
あぁそうか、アキオ殿はまだこちらに来られたばかりで、最高司令官と過ごした時間が短……いや、そんなこと無いじゃないか。
最高司令官の休暇中や王都までの道も一緒だったと聞く。
ということは、アキオ殿にとっての最高司令官は、あれが通常運転ということなのだろうか。
最高司令官は休憩の号令をかけ、隊員は小屋に駆けた。
チラとアキオ殿の方をみると、最高司令官に抱き上げられていた。
その最高司令官のお顔は、いつになく柔らかく優しい。
周りの隊員らは目を丸くしっぱなしだ。
最高司令官、これは……そういうことですか?そういうことなのでしょうか?
えっ、アキオ殿もお顔が少々赤……
そ、そういうことなのですか!?
お二人、そういうことなのですか!?!?
この日演習を受けていた隊員たちの心が、間違いなくひとつになった。
が。
後日、同じく奴隷事件の任務に当たり、アキオ殿と道中共にした武装偵察部隊のタニョ・イガ隊長とアフメト・メテ副隊長とお話しする機会があった。
言葉を選びながらそれとな~くお二人について聞いてみたところ、メテ副隊長ははっきりと「二人はまだ結ばれてないよ」とのこと。
いやいや。またまた。
あんな優しい笑顔の最高司令官見たことありませんし、アキオ殿も顔を赤らめていましたよ、と言うと、「いっつもああだから。もうどうしようもないからあの二人。こっちがどんだけヤキモキしてるか、人の気も知らないで……」と頭を抱える。しかしなぜだか楽しそうだ。
メテ副隊長はなかなか進展しない二人に焦ったさを感じながら、アキオ殿にアプローチの仕方を伝授しているのだという。
それを積極的にやってのけるアキオ殿に対して最高司令官の理性はというと、強固な鉄壁のようにびくともしないらしく、なかなかうまくいかないようだ。
イガ隊長は「もう、口が緩すぎますよ」と呆れていた。
何ということだ。
アレがまだ結ばれていない人たちの姿だというのか。あり得ない。
「まぁ、見守ってあげてよ」とニヤニヤするメテ副隊長。
この人、絶対楽しんでる。
自分に出来ることなどないので、心の中でエールを送りつつ、見守らせていただくことにした。
演習場での一件は瞬く間に噂が広まり、最高司令官を笑顔にさせる力を持つアキオ殿のことを密かに崇拝する者も増えたとか。
城内でアキオ殿に会えれば運気が上がるだの、浄化されるだの言う者も現れはじめ、最早パワースポットと化している。
わかる。
すれ違いざまにちょこんとお辞儀をされた時は、「今、自分にお辞儀をしてくれたのか……!?」という一瞬の衝撃のあと、すぐに心がほわほわして、気づいたら顔が勝手に笑顔になっていた。
なるほど、あの最高司令官でさえも笑顔にしてしまう訳だ。
あのお姿を前にして真顔でいられる人間がいるのなら見てみたい。
数日後、彼の焦ったい恋路を陰ながら応援することを目的とした『アキオ様の恋路見守り隊』なるものが秘密裏に結成されたとかされなかったとか。
いったいどこの誰がそのようなミーハーな隊を発足させたのか。
かくして、アキオ殿の癒しの力は日々過酷な訓練や任務に勤しむ軍人達の心の拠り所となり、密かなファンは日に日に増えてゆくのであった。
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