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選択肢についての事 晴サイド

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「男性Ωって、どの性別の人とでも子供を作れるでしょ?それって世界中の誰と恋愛してもちゃんと家族を持たせてあげられるって事だわ。子供をを持つことだけが幸せではないのはちゃんとわかっているのよ。でも、私は愛した人に子供を残して上げられなかったから。貴方が羨ましいと思ってしまうわ。
貴方はΩだけど、男性でもある。自分の持って産まれたものを変える事は出来ないけれど、持って産まれたものを受け入れた上で自由に自分の選びたい道を選んでいいのよ。貴方には無限の選択肢があって、自分で選んでいいということを忘れては駄目よ。」


初めての発情期を終えて、自分の性を目の当たりにしたショックで、Ωなんか嫌だと泣く俺にそう言ったのは俺の育った養護施設のえり子先生だった。

えり子先生の愛して結婚した人はΩの女性で、βのえり子先生は彼女との間に子供を作る事は出来なかったのだと言う。妻を亡くして、妻の勤めていた養護施設の職員になるために資格を取ったという人で、俺にとっては育ててくれた母の様な人だった。

「えり子先生は、自分の性を受け入れて、満足しているの?」

えり子先生の経歴を知っていた俺は、わざと意地悪な質問をした。

「今は受け入れてはいるけれど、βの女じゃなかったら良かったと思ったことは何度もあるわ。」

えり子先生は奥さんがすごく好きだったから考えたのだそうだ。自分がβの女でなければ発情期に彼女をもっと満たしてあげられるのじゃないかとか、子供好きの彼女に自分の子供を持たせてあげれるのではないかとか。
でも、奥さんは言ったのだそうだ。
「貴女だから好きになったのよ。もしかして生まれ変わって私たちの性別が今と全然違っても出会ったら私はきっと貴女を好きになると思うわ。でも今の私が好きなのは今の貴女だわ。私には色々な人を選ぶ選択肢があったけれど、貴女を好きになって貴女を選んだのよ。ちゃんと自信を持って欲しいわ。」
それを聞いて女性βの自分で良かったと思ったのだそうだ。

今思い出すとえり子先生は独特の価値観と信念を持った人で、人によっては傷付けられる様な言い方だったけれど、その時の俺は慰められたし、自分のΩという性を受け入れる切っ掛けになったのは確かだ。
未来に出会う大切な人の為に発情期があるのなら、今は辛いけれど乗り切れる様な気さえしたのだ。14歳の初心な俺は完全に恋愛脳のえり子先生に丸め込まれていたと思う。


俺が選んで俺が決める。本当に自由に選択していいのだろうか?

―――――――


「ヒャッ!!」

昼休みに入って食堂で突っ伏していたら、頬に冷たいペットボトルを頬っぺたに充てられてビックリして変んな声が出た。

「やめろよ!冷たいだろ。」

「ハハハッ!変な声。」

慌てて飛び起きたら、隣の席に陸人が座っていた。一つ年上Ωの陸人は世話好きで、後から入った俺の面倒を何かとみてくれ珍しく俺も懐いて、すっかり仲良くなっていた。

「なあ、なんか食べたら?顔色悪いよ。いつも、おにぎり持って来てただろ。今日はないの?」

ここ何日か何となく気持ち悪くて、食べ物を受付なくて食事が食べられなくなっていた。

「お腹はすいてるんだけどさ。何食べても匂いが気持ち悪くて。吐いちゃうんだ。ご飯の匂いも駄目で。」

再びテーブルに突っ伏す。冷たいテーブルが気持ちいい。
やたら眠いし、悪い病気だったらどうしよう。

陸人が顔を近付けて来て小声で内緒話をする。

「お前、それ典型的なアレじゃん。検査した?」

「いやでも。…俺、ちょっと昔あって子供は難しいって言われたことあるからそれはないかなと…。」

共感と同情の混じった眼差しがこちらを見た。

「まじか。…悪い。」

何となく事情を察しただろう陸人にΩ性って切ないね。とこちらも共感と同情。

「いいよ。心配してくれてありがとう。」

「いや、でもそれ絶対じゃなくて、出来にくいって言われたんだろ。万が一ってのもあるかもよ。」

「…いや、ないだろう。」

「そうかなぁ。」

「そうそう」

「まあ、いいけど。水分補給くらいしろよ。」

「いや、水もお茶も気持ち悪くて。」

「これかやるから飲んでみろよ。」

さっき頬っぺたに充てられたペットボトルを差し出された。レモン味の炭酸飲料?

「いや気持ち悪くなると悪いから。」

いいから。とプシュッと音をたてて蓋を開けられて飲めと促される。
そこまでされたらと飲んだら、水分を取れなかったのが嘘のように炭酸が美味しくてごくごく半分くらい飲んでしまう。

「何これ!?すげえうまい!プレミアムなジュースとか?」

「…いや、ただの炭酸飲料だから。」

「でも、口に入れても気持ち悪くないの久しぶりで」

嬉しくて、泣きそう。それくらいこの数日は食べれなくて飲めなかった。無理に食べて半分吐くみたいな生活で、日に日に悪化するので怖くて外では物を口に出来なかった。

「マジか…。加藤さんが、自分が悪阻の時は炭酸しか飲めなかったから、晴に飲ませてみろって。晴が最近食べてないし、ずっと具合い悪そうだってみんな心配してんだよ。」

陸人は隣のテーブルでお昼を食べていたパートのおばちゃんたちの方に顎をしゃくった。そんなに自分わかりやすかったかなと思いつつも、心配してくれていたという言葉にそちらを見るとみんなこちらを見てて目が合ったので嬉しくて「ありがとうございます。」と笑って言った。

「やだあ!高梨くん可愛い。」とか笑い声が聞こえる。キャピキャピしてて女の人ってなんか元気だな。と思って見てたらパートのリーダー格の加藤さんが来てクッキーをくれた。

「クッキーなら多分食べられると思うから食べてみて。後、カロリーメイトとかもいけると思うわよ。あと、おすすめはフライドポテト。」

そう言ってまた自分の席に戻ってお昼を食べ始めた。

「匂い平気?」

隣で菓子パンを開けた陸人が聞いてきた。
大丈夫。と答えると食べ始めたので、俺ももらったクッキーを食べてみた。気持ち悪くならなくて、ホッとした。
俺の妊娠は彼らの中で確定みたいだが、適度な距離感で気遣ってくれる事がありがたくて、この数日の不安な気持ちが柔いだ気がした。


――――――――――

終業後、俺はドラッグストアで妊娠検査薬と炭酸飲料とカロリーメイトを買って帰った。

「マジかぁ~」

陽性判定の妊娠検査薬を前に俺は頭を抱えた。

予感がなかったと言えば嘘になる。
あんなことがあったから、もしかしてとは思っても、生涯自分は子供を孕む事はないだろうと思っていたので妊娠というのは除外して考えていた。21年生きてきて自分の性的嗜好は男に抱かれる方で、女性や同じΩを抱くというのは考えられなかったので子供を持つということはないだろうと思っていた。


スマホのカレンダーを開いて日付を確認する。
あの忌々しい日からだいたい2ヶ月。
父親はあいつで間違いない。
そもそも、ずっと、妊娠するようなことはしてないんだから、他に相手がいるわけがないんだ。

「避妊薬、高かったのに効かなかったなぁ。」


レイプされて孕んでって、堕す一択だよな。

なのに、自分の胎の中に自分とは別の生き物が生きているのだということに不思議と嫌悪感はない。
一生手に入らないと思っていたものがこの中にいるのだ。

産むという選択肢が頭を過る。

今日職場で優しくされて、さっき買って来たカロリーメイトと炭酸で久しぶりに吐かずに食べれたので今いつになく気持ちに余裕が出来てる気がする。落ち着いて考えられるのはそのお陰かもしれない。

名前も知らなくて、顔も朧気にしか憶えてない男の子供を産んでいいものか。

下半身丸出しで土下座する姿が浮かんだ。
真面目そうで誠実そうで間抜けだった。
俺を責めずにひたすら謝って、
……言い訳もしなかったな。
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