上 下
8 / 27

第7話

しおりを挟む
 僕が1階にたどり着くと凄まじい人だかりがまず目に入って来た。職員室のドアの前でむくつけき男達が密集して押しくらまんじゅうをしていた。ウワァ......。
「でも......」
 これで何が起きているのかハッキリ予想がついた。チクショウ、今日は厄日だ!あぁ、でも結局は自業自得なのか。
「すいません、ちょっと通して......」
「抜け駆けは許さねえぞ一年坊主、美人のあんな姿そうそう拝めるもんじゃねぇ!

 人だかりをどうにか掻き分けて職員室の中に入ろうとしたけど失敗。謎の気迫と共に押し返され、そのまま廊下で尻餅をついてしまう。それでも何度か挑戦を繰り返した僕はなんとか人混みを押しのけることに成功して、かろうじて首から上だけを部屋の中に侵入させることができた。確保した視界に入って来たのは、守屋先生と何かを話している1人の変質者。
 水着程の面積しかない扇情的な衣装で身を包み、グラマラスな肢体を惜しげもなく晒した美女である。ここから見ていると背中から生えた蝙蝠のような羽と先端がハートマークの尻尾で人間ではないことがわかる。
「あ、あれがサキュバス......」
 ゴクリ、と隣の生徒が唾を呑み込む音が聞こえた。話している本人達はこの騒ぎを別段気にしてないようだ。他の先生方が生徒が中に入るのを止めているから何だろうけど。ともかく、の事態が起きていることを確認した僕は、職員室の中に入れないことと、先生がこちらに気づきそうにないことを理解して、最悪な結末を覚悟した。
「......!」
 大騒ぎの中でも聞こえるよう、大きく息を吸い込んでから怒鳴るように呼びかけた。周囲の視線が全て僕に集まる。目立つのは嫌だったけれどこの際仕方ないと割り切って、注意が逸れたことで集団の圧力が弱まった隙をついて職員室の中に入る。
「あっ、コラ!」
 ドアの前で他の生徒を止めている先生の制止を無視して、僕はまっすぐ守屋先生と話している痴女のもとに向かう。
「あ~俊也~、わざわざ来てくれたのね~。ちょうど教室まで持って行ってあげよう~って先生と話していたところで~」
「そこまでしてもらわなくてもいいだろうということで、校内放送で呼び出そうとしてたんだが......」
「ナイス判断です、先生。おかげで助かりました」
 校内に出現した変質者は弁当を届けにきた保護者、というか僕の母さんだった。正面で向き合えば『鈴木 リリム』と書かれた札が首から下げられ、大き過ぎて零れ落ちそうになっている胸に挟まれているのが見える。どうやら守衛さんと会っていたのは校内通行許可証を貰うためだったらしい。息子の忘れ物を届けに母親が学校を訪ねる、それぐらいならまだ日常の範囲だが......。
「ねぇ、母さん。なんでその格好で来たの?」
「え~?だって~学校に変な服装で行ったら俊也に迷惑だ~って種彦さんが前に言ってて~正装で行けば~問題ないって~教えて貰ったから~」
 うん、それは父さんが正しい。変にオシャレなんかしないでスーツとかで来てくれたほうがよっぽど良い。良いんだけど......。
「なんでそこで正装で来ちゃうのさ!」
 そう、別にこの人四六時中こんないかがわしい服を着ているわけではない。むしろ平凡な主婦のように普通の格好で過ごしている。なにがどーしてこーなった。
「大体その格好で外歩いていて警察に声かけられたりしなかったのさ、いくら文化の違いって言っても限度があるでしょ!?」
 魔術世界からの観光客というのも少なからずいるので多少突飛な服装をしていても白い眼で見られるようなことはなくなった昨今だが、こんな痴女がうろついているのを放置する程世間は寛容にはなっていない。絶対誰かが通報しているはずだ。
「う~ん、別にお巡りさんにお世話になるようなことはしてないと思うけど~?ちゃ~んと魅了チャームを抑えるチョーカーも付けてきたし......」
「それだよ!」
 サキュバスという種族は無意識に異性を興奮させる魔法、魅了チャームを周囲に振り撒いてしまうらしい。科学世界で言えばフェロモンのようなものだ。無闇にそういうものを出さないよう、発散を抑える魔法の道具がある。あるのだが......。
「デザインが犬の首輪にしか見えないんだよ、ソレ!」
「え~?サキュバスの間では大人気の一品なのよ~?高性能でデザインも大人しいから、どんなコーデにも合わせられるって評判なの~」
「あぁ、別に趣味がどうとかじゃないんですね......」
 文化の違いって凄いなぁ、と遠い目になる守屋先生。おそらく普段から付けてるチョーカーのせいで、AVかなにかの撮影だと思われたに違いない。そうであってくれ、あまりにもヤバいから通報という形ですら関わりたくないとか思われたとか考えたくない!
「も~、そんなに怒らなくてもいいじゃない~。俊也ったら思春期なんだから~」
 この怒りは絶対思春期と関係ない。仮にそうなんだとしたら僕は絶対大人になりたくない!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

処理中です...