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009 タガが……外れる:S

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「え!?」

 俺に向ける西住の瞳。

 怖い……けど。
 ちゃんと見る。
 道端に散乱する生ゴミに向ける目だとしても。

 あ……どう、して?
 嫌悪はなく。
 恐怖もなく。
 あるのは、驚きの色だけ。



「俺が抱かれる側!?」

 驚くポイント、そこ……なんだ。

「逆だろ? だってお前……」

 西住を見つめ。

「先輩たちは俺を犯すつもりで、それはそれで仕方ないと思ったけど。きみとなら、俺が抱きたい。想像ではいつもそうだ」

 本心を語る。



 もう、コレしかない。
 西住に俺を拒否させるには、俺の欲望を知ってもらう。
 そして。
 俺を。西住にとって可もなく不可もなくだった俺を、嫌いに……ソレ、は……悲しい。
 けど。
 コレが最後なら、コレで最後なら。
 正直に。
 気持ちを。



「きみは、自分で思ってるより色気があるんだ。すごくそそられる。声も、身体も。もちろん、匂いも。今だってもう……」

「フリだからな!」

 もう、ガマン出来ないほど欲情してる。

 そう言う前に、西住が声を荒げる。

「俺に原因があることで、お前が自分を投げ出すの……放っておけないからで、お前に抱かれたいとか……そういうのじゃない!」

 フリ、はしてくれるのか。
 嫌じゃないのか。
 気持ち悪くないのか……俺の、知っても。
 ダメだ。
 期待値が下がらない。
 ゼロにならない。

 むしろ、上がる。



 世界が欲に、引っ張られる!



「この人が、その気あるって」

 俺の世界をおかしくした小柄な人と目を合わせると。
 勇気づけるように笑みを浮かべてくれて。

「なかったら。きみがどうなろうと、自分の心配が先だと思うよ」

 さらに。俺の世界を、あり得ないはずの現実に寄せる。

「高畑さん! 困ります。コイツ煽るの、やめてください」

 西住が困る……のは、ダメだけど。
 もう、脳内が……バグってる。

「ウソは言ってないけど。ホントにつき合っちゃう可能性、ゼロじゃないでしょ?」

「そ、れは……」

 口ごもる西住。



 ゼロだ!……って、言わないのか!?
 言ってほしい。
 言わないでほしい。
 けど。
 言って……くれないと、もう……無理。



 タガが……外れる。



「夢が現実になるなんて、夢だ」

 押さえ込んでた欲望の中。妄想の波の中、呟いた。

「最悪な日のはずが……最高の日に……」

 俺の世界の妄想の西住と、現実の西住が……混ざる。

「どうにかなりそうだ」

「落ち着け! 大丈夫だから。どうにもなるな」

 大丈夫……?

「西住。やさしい」

 コレは現実……。

「違うだろ! お前……ついさっきまで、形だけつき合うのも無理っつってたくせに! 豹変し過ぎ……」

「必死なところもいい。情熱的なのは大歓迎だ」

 俺のために、熱くなってくれる……なんて尊いんだ。

「高畑さん! 止めてください!」

 ああ……西住!



 大好きだ……!



 西住の横顔を眺めてると。

 スマホの着信音。

「はいはい」
「うん。何かあったの?」
「よかった。じゃあ、もう解決?」
「この子たち、つき合うことになったからって言って」

 小柄な人の言葉が耳を素通りする。

「オッケー。すぐ送る」
紫道しのみちがアイツらといて、話つけてる」

「え……マジですか? 今?」

 西住の声。
 なんか、うれしそう……。

「そう。で、脅される要素はなくなったって証拠に。きみたちの写真が必要なんだって」

 写真……?

 小柄な人が、こっちにスマホを向ける。

 きみたちの、写真……って。



 俺、と……西住……!?



「だから、つき合う雰囲気でね」

 つき合う、雰囲気……!?

 西住と顔を見合わせる。

「早く。もっとくっついて」

 小柄な人の指令に。

「でも……」

 西住は困惑顔。興奮してる俺に、引いてるっぽい。当然だと思う。
 だけど。
 嫌悪感はない。
 確かに、ない。
 ない理由はわからない。
 でも。
 いい。
 いいことにする。

「わかりました」

 西住の隣にいる。



 つき合う雰囲気で……!



「セックスするかどうかは、あとでゆっくり話し合えばいいから。今は演技でも仲良さ気にして」

 する……かどうか……話し合えば、いい……西住と、セック……ス……?

 小柄な人の言葉に動揺してたら、指が……西住の指が、俺の指に触れて……咄嗟に離した。

 思わず握っちゃいそうで。
 ぎゅっと掴んじゃいそうで。



 勃っちゃいそうで。



「沢渡くん」

 スマホをかまえたまま、小柄な人が俺を呼び。

「キスしていいよ。僕が許す」

 また。今までで一番、衝撃的なコトを言って……。



 まるで、異次元の世界に強制ワープするみたいに。
 もしくは……裏と表を逆にして天と地をひっくり返して、世界の見方と存在の仕方を変換したみたいに。

 俺が認知する不可能を可能にした。
 自分で設けた枠を制限を。ボーダーを消す自由があることを、俺に気づかせた……というより。

 俺が俺に許すことを許した。



 俺の世界を、現実を……別モノに、変えた……。



 この人。
 ほんとに。

 何者……!?

 いや。何者でもいい。
 この人が何者だとしても、問題はソコじゃない。
 俺の世界を変えたのが問題。
 変えちゃったのが、問題。
 一度知ったコトは知らなく出来なくて。
 許したコトはもう許さなく出来なくて。
 不可逆な変化は元に戻らない。

 変わった世界で、古い禁忌は消滅。



 許された俺は。
 西住に、キスをした。


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