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第12章 準備

誰の怒りだ?

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 修哉さんの言葉に、問うように首を傾げた。

「共感は……過ぎると錯覚を起こして自分がブレる」

「どういう意味……?」

「たとえば、オレがつらさを訴える。それを聞いたおまえが自分もそのつらさを感じて、共有するのが共感だ」

「うん……わかるよ」

「実際に同じつらさを感じても、それが相手のものだと頭では捉えてる。これは自分の感情じゃないってな。その境目のラインが見えないほど共感すると、自分のものと錯覚しちまう。意識してるか無意識かにかかわらずだ」

「自分がブレるっていうのは……?」

「本来なら耐えられるつらさが、耐えられなくなったり。逆に、耐えられなかったつらさを耐えられるようにもなる。喜べないことが喜べるようになったりな。まぁ、簡単にいえば、自分の中の許容範囲がズレるってことだ」

「何かマズいの?」

「自分にとっての許容範囲やリミットは、不要なものも多いが必要なものもある。それが狂えば、自分の言動に自信も責任も持てなくなるだろう。後悔するようなことやってから気づいても遅い」

 修哉さんと見つめ合う。



 彼の言ってることはわかる。
 だけど。
 何故それを今、僕に言うのかはわからない。



「おまえが共感してるのは、誰の怒りだ?」

 唐突に放たれた問いに、目を見開いた。

「え……!? 誰のって、僕は別に怒ってないけど」

 心当たりはまるでないふうに、首を傾げた。

 共感の話はここに繋がっていたのか。

「そういえば、綾さんに聞かれたな。誰かに、何かに怒ってるか。修哉さんに聞けって言われたって」

「あいつ……さり気なく聞けって言ったのによ」

「どうしてそう思ったの?」

「なんだろうな。おととい、かいの話をした時のおまえの反応と雰囲気か。怒りや憎しみに燃えてる人間ってのは、悪に寛容だからな。あとは……勘だ」

「でも、本当に怒りなんてないよ。ここに来て何も嫌なこと起きてないし」

 実際は起きている。
 許せない。許してはいけない罪を、篠田が犯した。

「館のみんなとしか喋ってないし」

「だから、気になったんだ。おまえ自身じゃないとすれば、誰か別の人間の怒りだ。といっても、あの時点でおまえと接点があったのは、奏子とれつくらいだろう」

「修哉さんは……烈だと思った?」

「そうだ。あいつは他人に感情を見せないが、もしかしたら、おまえになら……ってな」

 よかった。
 奏子のことは全然疑ってない。

「学校の友だちで許せないヤツがいて、一緒にこらしめてやりたい。あるいは、卑劣な先生がいるとか。想定したのはそんなのだが」

 自然に笑った。



 修哉さんが本当のことを言っているとは限らない。
 まだ僕に探りを入れているかもしれない。
 だけど。
 怒りの共有相手を烈だと思ってくれているならそれでいい。

 何もないところから、ボロは出ないからね。



「烈のことはまだよく知らないけど、仲良くなりたいと思ってるよ。リージェイクと凱みたいに」

「あいつらは……」

「修哉さんからは、仲良くなれないように見えるかもしれない。だけど、違う」

 つい、遮るように言った。

「あの二人はお互いに思い合ってる。前から。今も、ずっと……」

 驚いた顔をした修哉さんの胸元で、ハロが暴れる。

「おう、悪い。ほら、戻れ」

 ハロを箱の中に降ろし、修哉さんが僕に向き直る。

「それが本当なら安心だ。今の学校は居心地がいいらしいが……凱には外での顔もある。あまりにも度を越したことをやってりゃ、ジェイクが気づくだろうからな」

「僕……リージェイクと凱は似てると思う。どっちとも話したんだ。二人とも、やさしくて強い」

「ああ、わかってる」

「二人とも好きだよ。いろんなところ、見習いたい。リージェイクにも、ここに来て初めて知った面があったしね」

「ジャルド」

 笑みを浮かべたまま、修哉さんの瞳が真剣になる。

「今のお前は、凱とジェイク、どっちの強さがほしい?」

 ためらわなかった。

「凱だよ」

 そう答えた理由はひとつ。



 修哉さんがそう予想しているだろうから。



 そして、それは当たりだ。
 だから、本当のことを言った。



 子猫たちと奏子の件に疑問を持たせない。



 これが今一番重要なこと。
 うまくごまかせている最後のところで、修哉さんが僕を疑う要素を与えちゃダメだ。

 凱の強さがほしい。

 僕が本心を隠さなかったことは、修哉さんを安心させるはず。
 いろいろ欲張ったら、ほころびが出来る。
 ひとつひとつ……慎重に事を進めるんだ。
 


 僕の復讐計画は、もう動き出しているんだから。 


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