106 / 110
第12章 準備
誰の怒りだ?
しおりを挟む
修哉さんの言葉に、問うように首を傾げた。
「共感は……過ぎると錯覚を起こして自分がブレる」
「どういう意味……?」
「たとえば、オレがつらさを訴える。それを聞いたおまえが自分もそのつらさを感じて、共有するのが共感だ」
「うん……わかるよ」
「実際に同じつらさを感じても、それが相手のものだと頭では捉えてる。これは自分の感情じゃないってな。その境目のラインが見えないほど共感すると、自分のものと錯覚しちまう。意識してるか無意識かにかかわらずだ」
「自分がブレるっていうのは……?」
「本来なら耐えられるつらさが、耐えられなくなったり。逆に、耐えられなかったつらさを耐えられるようにもなる。喜べないことが喜べるようになったりな。まぁ、簡単にいえば、自分の中の許容範囲がズレるってことだ」
「何かマズいの?」
「自分にとっての許容範囲やリミットは、不要なものも多いが必要なものもある。それが狂えば、自分の言動に自信も責任も持てなくなるだろう。後悔するようなことやってから気づいても遅い」
修哉さんと見つめ合う。
彼の言ってることはわかる。
だけど。
何故それを今、僕に言うのかはわからない。
「おまえが共感してるのは、誰の怒りだ?」
唐突に放たれた問いに、目を見開いた。
「え……!? 誰のって、僕は別に怒ってないけど」
心当たりはまるでないふうに、首を傾げた。
共感の話はここに繋がっていたのか。
「そういえば、綾さんに聞かれたな。誰かに、何かに怒ってるか。修哉さんに聞けって言われたって」
「あいつ……さり気なく聞けって言ったのによ」
「どうしてそう思ったの?」
「なんだろうな。おととい、凱の話をした時のおまえの反応と雰囲気か。怒りや憎しみに燃えてる人間ってのは、悪に寛容だからな。あとは……勘だ」
「でも、本当に怒りなんてないよ。ここに来て何も嫌なこと起きてないし」
実際は起きている。
許せない。許してはいけない罪を、篠田が犯した。
「館のみんなとしか喋ってないし」
「だから、気になったんだ。おまえ自身じゃないとすれば、誰か別の人間の怒りだ。といっても、あの時点でおまえと接点があったのは、奏子と烈くらいだろう」
「修哉さんは……烈だと思った?」
「そうだ。あいつは他人に感情を見せないが、もしかしたら、おまえになら……ってな」
よかった。
奏子のことは全然疑ってない。
「学校の友だちで許せないヤツがいて、一緒にこらしめてやりたい。あるいは、卑劣な先生がいるとか。想定したのはそんなのだが」
自然に笑った。
修哉さんが本当のことを言っているとは限らない。
まだ僕に探りを入れているかもしれない。
だけど。
怒りの共有相手を烈だと思ってくれているならそれでいい。
何もないところから、ボロは出ないからね。
「烈のことはまだよく知らないけど、仲良くなりたいと思ってるよ。リージェイクと凱みたいに」
「あいつらは……」
「修哉さんからは、仲良くなれないように見えるかもしれない。だけど、違う」
つい、遮るように言った。
「あの二人はお互いに思い合ってる。前から。今も、ずっと……」
驚いた顔をした修哉さんの胸元で、ハロが暴れる。
「おう、悪い。ほら、戻れ」
ハロを箱の中に降ろし、修哉さんが僕に向き直る。
「それが本当なら安心だ。今の学校は居心地がいいらしいが……凱には外での顔もある。あまりにも度を越したことをやってりゃ、ジェイクが気づくだろうからな」
「僕……リージェイクと凱は似てると思う。どっちとも話したんだ。二人とも、やさしくて強い」
「ああ、わかってる」
「二人とも好きだよ。いろんなところ、見習いたい。リージェイクにも、ここに来て初めて知った面があったしね」
「ジャルド」
笑みを浮かべたまま、修哉さんの瞳が真剣になる。
「今のお前は、凱とジェイク、どっちの強さがほしい?」
ためらわなかった。
「凱だよ」
そう答えた理由はひとつ。
修哉さんがそう予想しているだろうから。
そして、それは当たりだ。
だから、本当のことを言った。
子猫たちと奏子の件に疑問を持たせない。
これが今一番重要なこと。
うまくごまかせている最後のところで、修哉さんが僕を疑う要素を与えちゃダメだ。
凱の強さがほしい。
僕が本心を隠さなかったことは、修哉さんを安心させるはず。
いろいろ欲張ったら、ほころびが出来る。
ひとつひとつ……慎重に事を進めるんだ。
僕の復讐計画は、もう動き出しているんだから。
「共感は……過ぎると錯覚を起こして自分がブレる」
「どういう意味……?」
「たとえば、オレがつらさを訴える。それを聞いたおまえが自分もそのつらさを感じて、共有するのが共感だ」
「うん……わかるよ」
「実際に同じつらさを感じても、それが相手のものだと頭では捉えてる。これは自分の感情じゃないってな。その境目のラインが見えないほど共感すると、自分のものと錯覚しちまう。意識してるか無意識かにかかわらずだ」
「自分がブレるっていうのは……?」
「本来なら耐えられるつらさが、耐えられなくなったり。逆に、耐えられなかったつらさを耐えられるようにもなる。喜べないことが喜べるようになったりな。まぁ、簡単にいえば、自分の中の許容範囲がズレるってことだ」
「何かマズいの?」
「自分にとっての許容範囲やリミットは、不要なものも多いが必要なものもある。それが狂えば、自分の言動に自信も責任も持てなくなるだろう。後悔するようなことやってから気づいても遅い」
修哉さんと見つめ合う。
彼の言ってることはわかる。
だけど。
何故それを今、僕に言うのかはわからない。
「おまえが共感してるのは、誰の怒りだ?」
唐突に放たれた問いに、目を見開いた。
「え……!? 誰のって、僕は別に怒ってないけど」
心当たりはまるでないふうに、首を傾げた。
共感の話はここに繋がっていたのか。
「そういえば、綾さんに聞かれたな。誰かに、何かに怒ってるか。修哉さんに聞けって言われたって」
「あいつ……さり気なく聞けって言ったのによ」
「どうしてそう思ったの?」
「なんだろうな。おととい、凱の話をした時のおまえの反応と雰囲気か。怒りや憎しみに燃えてる人間ってのは、悪に寛容だからな。あとは……勘だ」
「でも、本当に怒りなんてないよ。ここに来て何も嫌なこと起きてないし」
実際は起きている。
許せない。許してはいけない罪を、篠田が犯した。
「館のみんなとしか喋ってないし」
「だから、気になったんだ。おまえ自身じゃないとすれば、誰か別の人間の怒りだ。といっても、あの時点でおまえと接点があったのは、奏子と烈くらいだろう」
「修哉さんは……烈だと思った?」
「そうだ。あいつは他人に感情を見せないが、もしかしたら、おまえになら……ってな」
よかった。
奏子のことは全然疑ってない。
「学校の友だちで許せないヤツがいて、一緒にこらしめてやりたい。あるいは、卑劣な先生がいるとか。想定したのはそんなのだが」
自然に笑った。
修哉さんが本当のことを言っているとは限らない。
まだ僕に探りを入れているかもしれない。
だけど。
怒りの共有相手を烈だと思ってくれているならそれでいい。
何もないところから、ボロは出ないからね。
「烈のことはまだよく知らないけど、仲良くなりたいと思ってるよ。リージェイクと凱みたいに」
「あいつらは……」
「修哉さんからは、仲良くなれないように見えるかもしれない。だけど、違う」
つい、遮るように言った。
「あの二人はお互いに思い合ってる。前から。今も、ずっと……」
驚いた顔をした修哉さんの胸元で、ハロが暴れる。
「おう、悪い。ほら、戻れ」
ハロを箱の中に降ろし、修哉さんが僕に向き直る。
「それが本当なら安心だ。今の学校は居心地がいいらしいが……凱には外での顔もある。あまりにも度を越したことをやってりゃ、ジェイクが気づくだろうからな」
「僕……リージェイクと凱は似てると思う。どっちとも話したんだ。二人とも、やさしくて強い」
「ああ、わかってる」
「二人とも好きだよ。いろんなところ、見習いたい。リージェイクにも、ここに来て初めて知った面があったしね」
「ジャルド」
笑みを浮かべたまま、修哉さんの瞳が真剣になる。
「今のお前は、凱とジェイク、どっちの強さがほしい?」
ためらわなかった。
「凱だよ」
そう答えた理由はひとつ。
修哉さんがそう予想しているだろうから。
そして、それは当たりだ。
だから、本当のことを言った。
子猫たちと奏子の件に疑問を持たせない。
これが今一番重要なこと。
うまくごまかせている最後のところで、修哉さんが僕を疑う要素を与えちゃダメだ。
凱の強さがほしい。
僕が本心を隠さなかったことは、修哉さんを安心させるはず。
いろいろ欲張ったら、ほころびが出来る。
ひとつひとつ……慎重に事を進めるんだ。
僕の復讐計画は、もう動き出しているんだから。
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
隣の人妻としているいけないこと
ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。
そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。
しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。
彼女の夫がしかけたものと思われ…
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる